香ヶ丘の秋祭り!(3)
「竜。こんなところでどうしたの」
「……神戸」
その場にいる人物だけで言えば、いつも通りだった。週に二度か三度は、神戸と一緒に帰る。
「いつにも増して暗い顔だったよ」
「いつにも増してって何だよ、それはないだろ」
「いーや、絶対いつもよりひどかった。いつもも大概だけどね」
「それはお前がとびきり明るいから、相対的にそう見えるってやつだろ?」
俺は神戸に対して軽口を叩く。昔からこういう関係だ。
「じゃ、帰ろっか。あんまり遅いと男子がうるさいでしょ?」
「かもな」
俺は重い腰を上げて、神戸の隣を歩き始めた。するといきなりあ、と神戸が声を上げた。俺は思わず神戸の方を見た。
「さっきのスポドリ。おごりじゃないからね。あとでお金もらうよ」
* * *
俺と神戸とは幼馴染だ。
昔から香ヶ丘に住んでいたこともあって、男子と女子、という垣根を越えて仲良くしている。よく鬼ごっこで追いかけられて、ヒヤヒヤしたものだ。その頃から神戸は活発でおてんばで、少々男勝りだった。俺が鬼ごっこで逃げている途中にすっ転んで、建物の陰でシクシク泣いていた時も、真っ先に神戸が見つけて家まで連れて帰ってくれた。
神戸が強い女の子だからなのか、それとも俺が意気地のない男なのか。今ではすっかり俺の方が身長も高くなって、同い年とは思えないくらいになった。でもいまだに、俺は神戸には頭が上がらない。俺の気持ちの変化、みたいなのを真っ先に察してくれるのも、神戸だ。他の友達にはなかなか言おうとしないことでも、神戸相手だと口をつくように出てきてしまう。
「で、どしたの? いつもの竜じゃないよ」
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、俺と神戸は付き合ってはいない。お互いそういう感情がないことは分かってるし、下手にその領域に踏み込むのもなんだかまずい、とお互い直感しているのだ。
俺は実行委員になってから今日までのことを、ざっくり神戸に話した。すると神戸はどこかの名探偵のようにほほう、と言ってあごをなでだした。
「つまり、竜は蕗塔さん……ふっきーのことが好きってわけだ。こりゃ参ったな」
「オッサンみたいな言い方するなよ」
「本気だよ? で? ほんとのとこ、どうなの」
「どうって、別に好きってわけじゃ、ない気がするんだけどな。それよりふっきーって、どういうことだよ」
蕗塔と神戸とは特に親しく話していた気がしないでもないが、そこまで仲良くなっていたのか。
「名字にさん付けの呼び方だと、何だか堅苦しいでしょ? 最近そう呼んでいい、ってことになって。本人もすごく嬉しそうだし」
「そりゃまあ、そうだろうな」
よほど変なものじゃない限り、あだ名で呼ばれることを嫌がる人はいないだろう。あだ名で呼ぶことそれ自体に、親しみがこもっているのだから。
特に俺の方から話すことなく歩いていると、急に神戸が歩みを止めた。そして俺の目をまっすぐ見て、言った。
「竜ってさ、昔からそうなんだよ。わたし以外の女の子と、どうでもいいこと話したことなんて、ないでしょ」
「……ないかも。ってかお前もカウントすんのかよ?」
「そんなこと言っちゃう? そんなこと言ってるから女の子から避けられるんだよ」
「ぐっ」
文字通りぐうの音も出なかった。いや、強いて言えばぐっ、という音は出た。
「あーあ、せっかく顔がいいのにさー。口開いた竜がこんなのだって知らなかったら、わたしだって竜と付き合おうとしてたのになー」
「お前……!」
「今の半分くらい本気だよ」
「……本気かよ」
「世界中の女の子の中で一番竜のこと、分かってる自信あるし。別に生理的に無理ってわけでもないし。ただ、付き合うってのは、やっぱりちょっとね」
神戸にそんなことを思われていたとは。たぶん今言われなければ、気付くことはなかった。
「で? 結局ふっきーとどうなりたいの、竜は」
神戸が単刀直入に言った。
「どうなりたい……」
「付き合いたいっていうなら、まあその手のサポートはするよ。竜は何にでも臆病で奥手だから、一人じゃできないと思うし」
「俺を小学生扱いするなよ」
「出ました思春期」
「お前……!」
俺は反射的にいらだった声を上げたが、内心を軽く突かれたようで冷や汗をかいていた。確かに今蕗塔に告白しに行けと神戸に背中を押されたとして、本当にそうするだけの勇気はおそらくない。たぶん逃げるように帰ってくることになるだろう。
「まあ竜が告ったとしても、ふっきーは適当に流しそうだけどね。ふっきーそういうの鈍そうだし」
「鈍い?」
「普段の様子見てるとね。なんだろう、あんまり人とつるんでいくのに慣れてないっていうか、無理に気張ってるっていうか。幸い空回りしてないから、なんとかなってるけど」
少し関わるだけで、そこまでのことが分かるらしい。改めて女子の恐ろしさが分かる、といったところか。俺はじゃあどうすればいい、と神戸に尋ねた。
「どうすればいいか、ね。自分で考えれば?」
「え」
背後を守ってくれていた人に突然首を絞められた気分に俺はなった。しかし神戸はすぐに表情を緩めた。
「冗談だよ。竜は付き合う前のステップ、一個飛ばしてる」
そもそも告りたい付き合いたいと言ったわけではないはずなのだが、いつの間にかそういう話になっていたらしい。この際俺は気にしないことにした。
「飛ばしたステップ……友達、か?」
さすがに俺にも、それが何であるかはすぐに分かった。俺が言うと、神戸はこくり、とうなずいた。
「そう。本来友達っていうのに、男も女もない。それはふっきーの言葉が正しいと思うよ」
「蕗塔が言ってたのか、それ」
「つまり受け売りだけどね。友達っていうのは本来、そんなに重い関係じゃないはずだ、ってね。簡単に友達になれるし、簡単に友達をやめることもできる。もちろん友達をやめるのはあまりいいことじゃないけど、それも含めてその人の運命、また別の友達を探せばいい。わたしと竜が幼馴染なのも、運命」
「お前とは運命ってよりかは腐れ縁だけどな」
「うるさい。デコピンするよ」
「してみろ」
俺と神戸はまたどうでもいい冗談を言い始めたが、神戸と話したことで確かな手応えはあった。そうだ。友達になればいいのだ。こればかりは、腐れ縁の幼馴染に感謝しなければならない。
いつしか俺の心の中を不法占拠していたもやもやは、消えてなくなっていた。
* * *
やがて秋祭りの準備は着々と進み、いよいよ秋祭りを明後日に控える、というところまで来た。神戸に背中を叩かれ押されて以降、俺は少しずつ蕗塔と話すようになっていた。もちろん、話しても話さなくても大して変わらないような、どうでもいい話だ。かちょーさんの開発秘話、みたいなやつも聞いた。
「かちょーさんをどれくらいの重さにするか迷ったねー」
「どれくらいの重さ?」
「そう、重いものを持ち上げる仕事は任せるつもりでいたから、あんまり軽い金属ばかり使っちゃうと荷物に負けて転んじゃうし。ま、よほど軽い金属じゃなきゃそんなことにはならないのかもしれないけど」
いよいよ町を挙げてのお祭りに向けて、学校だけでなくあちこちで盛り上がろう、という雰囲気が出ていた。その日は準備で少し帰るのが遅くなってしまい、流れで俺と蕗塔とで帰ることになった。
「四宮くんは、当日どうするの」
唐突に蕗塔が尋ねてきた。
「当日? 当日は、友達と色々巡るぐらいかな」
実行委員はお仕事お疲れ様、ということで、当日にやるクラスの出し物の当番は免除される。友達が当番の時は一人だが、それ以外は基本的に友達と三、四人くらいでぶらぶらする予定だった。
「よかったらその友達も入れて、私たちと一緒にどう?」
俺の心の中が、あからさまにギクッとした。最終的にその提案は、俺の方からするつもりだった。友達というには程遠いが、つながりを作るためのいい一歩になるんじゃないかと、俺なりに考えていたのだ。
「あ、もし嫌なら、それはそれでいいんだけど」
「いや、俺からも頼む」
勢いよく言ってしまった。まるでがっついているようで恥ずかしかったが、その時は気にも留めなかった。蕗塔も俺が突然大きな声を出したからかびっくりしていた。
「……えっと、舞ちゃんと、蒼ちゃんもいるけど」
少し咳払いをして蕗塔がおそるおそる言った。俺はその言葉にもうなずいた。
「分かってる。神戸がいるのはだいたい分かってた」
「……ははーん、そういうことか」
少しおどおどした表情から一転、蕗塔は急に分かったぜこんちくしょう、みたいな顔になった。他にうまい言い方がなかった。こんちくしょう、と言わせればぴったり、といった表情だった。
「何が」
「四宮くん、蒼ちゃんに入れ知恵されたんだね」
「ぶほっ!?」
飲もうとしていた水筒のお茶が思いっきり気管に入って、俺は激しくむせた。
「当たりだ。なーんか不自然だと思ったんだよねー」
「……分かってたってのか」
「あれ、言わなかったっけ。四宮くんと蒼ちゃんが幼馴染だってこと、私知ってるよ?」
「は? 何で蕗塔が知ってんだよ」
「それは秘密」
「意味が分からん」
神戸がわざわざ言いふらすほどのことでもないはずだし、俺もいつもいる友達には話しているが、神戸とは良くも悪くも友達止まり、ということは連中もよく知っている。
「まあね、四宮くんが急に積極的になったから、怪しいとは思ってたんだけどね。私がさっき言ったのと、全く同じこと言おうと思ってたんでしょ」
「さすがに提案の内容は自分で考えた。友達を目指せ、って神戸がアドバイスしてくれたのは間違いない」
この際隠しても無駄だと思い、俺は今回のあれこれを全部蕗塔に話した。蕗塔はますますしてやったり、という表情を浮かべた。
「ま、それも含めて四宮くんだよ」
「ん? どういう意味だよ」
「どういう意味も何も、そういうことだよ。……じゃ、友達にもよろしくね。当日朝七時、校門前で集合」
「ああ、分かった……って、は!? 七時!?」
おい、どういうことだよ!? と俺は必死に抗議の声を上げたが、聞こえないフリか、蕗塔はそそくさと退散してしまった。すぐに蕗塔の姿は見えなくなってしまった。
「七時とか……嘘だろ」
今年の秋祭りは早朝から、えらく疲れることになりそうだった。賑やかだと、楽しめる余裕はあるのだろうか。
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