香ヶ丘の秋祭り!(2)
俺の名前は、
まず最初に一つだけ言わせてもらうと、よのみや、というのは別に読み間違えているわけじゃない。普通ならしのみや、と読むだろうことはもちろん知っている。だが昔からよのみやと読んできたし、両親にもそう読むと教えられてきたので、さすがに十四年近くも生きていれば違和感はなくなる。
前置きはいいとして、俺は今回、秋祭りの実行委員に立候補した。昔から俺は香ヶ丘に住んできて、毎年九月の終わりにある秋祭りがすごく楽しみだった。確か初めて秋祭りを見に行ったのは幼稚園の年少の頃で、その時は母親に連れられてきた。秋祭りの日には幼稚園は休みになり、秋祭りを見に行くことが勧められる。だからだと思うが、俺はその時見た町全体が一体になって秋祭りを盛り上げようとする姿勢というか、飛びぬけて明るい雰囲気がすごく印象的だった。今でもその時の感動は覚えている。
小学校に上がっても俺は友達何人かと一緒に秋祭りに出かけて、やれビンゴだのやれくじ引きだのとさんざん遊んだ。夏休みに入ったら一切お小遣いを使わず貯め続けて、秋祭りの時にごほうびのように一気に使うと決めていたぐらいだ。秋祭りはそんな俺の中で、かなり重要な位置を占めていたんだと思う。
そんな時だった。俺は中学校に入って実行委員に立候補すれば、秋祭りを「作る」側になれると知って、絶対に立候補してやると決意した。生徒会に入ると流石に多忙すぎて勉強に手が回らなくなるかもしれないので、あくまで実行委員だ。
実は立候補する時俺は、いかにも冷静を装って手を挙げていたが、心の中では早く実行委員としての仕事をしたくて仕方ない気持ちでいた。そりゃある程度伝統というか、決まりがあるから完全に自分の好きなようにはできないけど、それでも自分が秋祭りを作る側にいられるということが、なんだか嬉しかった。その点ではまだまだ俺も幼いのかもしれない。
「ヨイショォッ!」
だが、しかし。
問題はうちのクラスから立候補した、もう一人の実行委員だ。
今年の四月に転校してきた、蕗塔という女子。直接話したことはなかったが、いろんな意味で目立っているということは風のうわさで聞いていた。個人的に戦慄したのは、あの大谷に醜態を晒させた超威力のスプリンクラー。まず人に当てるものではないはずなのだが、あれが当たればどうなることやら、と俺は遠くで見てぞっとしていた。しかもそんな魔改造を一晩で施してきたらしい。いったいどんな頭してんだ。
そして今も、俺はダンボールを持ち上げつつ唖然としている。目の前をスタスタと
「……何だこれ」
そんな高性能アンドロイドを見て、俺の口からは貧しい感想しか出なかった。頭がついていかない。おそるおそる近付いてみると、
「ときに四宮氏、すでに作り終わった装飾はあるのですか?」
と非常に滑らかな口ぶりで尋ねてきた。俺はあまりにスムーズな喋り方のため相手がアンドロイドだということを忘れて、あっち行けば分かるんじゃないか、と廊下の端の方を指差し、友達に接するときの感覚で話してしまった。
「分かりました、あちらへ向かいます」
アンドロイドはそう言うと、スススッと移動を始めた。
「……あれを、蕗塔が作ったのか」
たぶんいくらかセリフのパターンを覚えこませただけではない。自分で考えてセリフを発する、いわゆるAIというやつなのだろう。
「どうしたの?」
あれこれ考えてぼけーと突っ立っているうちに蕗塔がやってきた。俺はさっきと同じ言葉を繰り返した。すると蕗塔はにこにこして、
「そうだよ?」
とさも当たり前じゃないか、みたいな感じで言ってきた。
「お父さんの研究分野に興味があって、やってみたんだよね。さすがにAIは借りてきたものだけど、それをちょっといじって改良して、それから荷物を持つとかいろいろ機能をつけて、β版として使ってるの。名前はかちょーさん。なかなか人懐っこいでしょ?」
「え? ああ……」
つまり蕗塔が作ったのは外側だけということなのだろうが、それでも到底ついていけない話だ。まだ中学生の知識ではとても及ばないことも考えて作られているに違いない。
「仲良くしてあげてね、指導してくれた人には感謝を忘れない、いいやつだから。時々不具合で変なことするかもしれないけど……」
まあそれはご愛嬌ということで、と蕗塔はにこにこしながら言って、どこかへ行ってしまった。俺は相変わらずぽかんとして、突っ立っていることしかできなかった。
少し離れた生徒会室の方で、「わあ、こんなに装飾が! 運びましょう、運びましょう」と大きめのかちょーさんの声が聞こえた。俺もその声を聞いて、慌てて生徒会室の方へ向かった。
* * *
折り紙で作られた装飾がたくさんある。
その中から拾い上げて飾り、テープで壁に固定する。また拾い上げて、飾る。固定する。
俺は蕗塔がそうするのを、しばらくじっと見つめていた。俺がやっていたのではない。
「ん? どうしたの?」
あまりにぼけーっとしていたのか、蕗塔が気付いて俺に声をかけてきた。俺は何でもない、と首を横に振った。
「手慣れてるな、って思って」
「飾り付けのスペシャリストだからね。プロ『フェッ』ショナル」
「……はあ」
飾り付けにプロもクソもあるか、と思わず口から出そうになったが、ギリギリのところで止めた。普段の寺阪あたりとのやりとりを見るに、そのツッコミは野暮だ。やたらフェッを強調したのも何も言わないでおこう。
「嘘だよ」
「……は?」
と思ったらダマされた? みたいな顔を蕗塔がしてきた。
「私まだずっと小さい頃だけど、香ヶ丘にいたことがあるんだ。お母さんが秋祭りのママさん会にいたから、どんなことするかも分かってたりするよ」
「そうなのか」
「うん、だから心配は無用。転校生がいきなり実行委員に立候補なんて、正直びっくりしたでしょ」
「まあ、そりゃな」
「私頑張るよ! せっかくの大イベントだもんね、盛り上げなきゃ」
そう言うと蕗塔はくるり、とまた壁の方を向き、せっせと飾り付けを再開した。
「四宮ー。サボってないでやってくれよー」
「分かってる分かってる」
何かまだ、蕗塔に話すことがあった気がしたが、俺は呼ばれた方へ走っていった。
翌日。
本来俺は部活の練習に参加するということで、実行委員の仕事を抜けさせてもらうことになっていた。だがせっかく途中で通るから、ということで部活が始まるまでの間は仕事を手伝うことにした。
「あれ、四宮くん。来たんだね」
「ああ、ちょっと、手伝おうと思って」
それだけ言って俺は、黙々と作業を始めた。
黙々と。本当に黙々と、何もしゃべらずに。すぐ隣に蕗塔がいたのに、それ取ってくれ、というようなこと以外、何も話さなかった。
「……ごめん、もうこんな時間か。部活行ってくる」
「うん、行ってらっしゃーい」
まだ始まるまで十五分ほどもあるのに、俺はそうやって嘘をついて、グラウンドに逃げるように向かった。気まずかったのか、それとも恥ずかしかったのか。心の中をモヤモヤさせたまま、俺は練習していた。そして気が付けば練習も終わっていた。
「(……何だよ、この気分)」
俺は練習着から着替えてもまだ、ぼんやりそう思いながら、校門近くのベンチに座っていた。俺としては他の部活のクラスメイトを待っているつもりだった。
「はい」
その時だった。水筒のお茶を仰ぎ飲んでいた俺の前に、スポーツドリンクのペットボトルが差し出された。男にしては高い声だな、とどうでもいいことを考えつつ、受け取ってそちらの方を見やった。
「竜。こんなところでどうしたの」
「……神戸」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます