INSキーとマウスの影

 クラスは一応錬金術師だが、除霊や解呪の類を頼まれることもある。今日はそんな仕事の一つをこなす。


 私の周りではコンピュータの類が姿を変えている。我々の力と共に周囲の環境に適応して存在している。幸か不幸か、私には昔のコンピュータに関する知識があり、それを持って今回の仕事にあたることを要請された。


 今回相手にするのは『キーボード』と『マウス』だ。


 実はこれは私達の世界に紛れ込んでしまった『邪悪なるキーボード』と『邪悪なるマウス』であるようなのだ。


 この二つが存在したのは私が住んでいる場所から少し離れた地域だった。(※そこではコンピュータの類はそちらにあった形で存在している。今もキーボードやマウスの類は必要とされるようだ)


 そちらに居る友人から得た情報では、この二つのデバイスはその辺りにある企業を渡り歩くように移動し、人々の邪念を集めていったという。ある時その邪念が暴走しかかったのを、我が師である魔法使いと、我が先輩である錬金術師が防いだのだ。力を失いつつも姿を消していたこのデバイスだが、巡り巡って今私の手元にあるというわけだ。


 さて、敵を知るにはまず味方からと言うのはなかなかに言いえて妙だ。味方も含めた己から、だろうね。


 どうにか解明できた邪念を集める手法だが、それがこのキーボードにあるINSキーだ。


 私はほとんど使わなかったのだが、このINSキーを押すと、通常の入力モードから別のモードに切り替わる。点滅している部分からの入力が『上書き』される形になる。


 この機能を人間たちと共に遊びに使いながら、邪念も集めていたようだ。


 つまり、このデバイスたちは何をしていたかと言うと、


 上司や会社、日常生活や社会への不満を文章にして入力させ、その文章をINSモードで美辞麗句に書き換えるというものだ。


 はっきり言って面白い。腹が立っている者達の溜飲が下がるなら、そんな悪戯は安いものでは無いのか?


 まあ、された側が知ればいい気分はしないだろうが。


 そんなこんなで、このキーボードとマウスには人々の邪念が集まってしまったのだと。そしてそれを解呪する方法は、集まった邪念の話を少しだけ聞く事。


 防御措置を施した私の装備と装置たち。それに繋いで現れる文言に応えてみる。


―――


 えーと……規定よりも少しだけ多いとか少ないとか言い続けて来る? 試しに全く同じものを出してみたら文句が違った? うーん……そう、大変だったね。まあ、きっと、あなたはその人の技量を追い抜いてるってことだよ。きっとその技が必要とされることがあるよ。だって、あなたがやったからそうなったわけだし……



 えーと……忙しい、忙しいと言い続けてあなたを責め続けていた? 実際に忙しくなると居なくなる? 問い詰めると奇声をあげて逃げる? そう、酷いね。大変だったね。でも、まあ、忙しい時に頑張ったわけだから、忙しさに対応できるわけだよね? あなたは。なら、いいんじゃないかな? 少しは、だけど。自分で何かをするなら、その力は必要になると思うんだ……


 えーと……挨拶の声が小さいとか、表情が暗いとか言われ続けた? 大きくするとうるさいと言われた? 表情を明るくしたら、何を笑ってやがると言われた? 服装のことまで責められた? そう、酷いね。酷いよ。でも、まあ、その人達はきっとそれくらいしかやることが無かったってことかもしれないよね。だったら、自分の為に何かをやろうと思ったあなたは、その時点でその人達に勝っているってことだからさ。もう、その人達には手の届かないような位置に居るんだよ。きっと私も行くから、先に行って待ってて……


―――


 どうにかキーボード側は落ち着いてくれたようだ。さてマウスはというと……


 このマウスは光学式でないようだ。ボールが動いて働く仕組みだね。もしかして、この中に……ヒィ!


 ふ、ふみゃぁ……掃除してお焚き上げに出そう。


(終わりかな?)

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