二章 34 タイトル未定

─朱姫続き─


はやり届かない…

そう思った瞬間、腕が伸びた


【──!?】


咄嗟にしゃがんで回避する頭上を瘴気を帯びた腕が通り過ぎ、私の髪を数本吹き飛ばしていく

さらに離れた場所から二号が瘴気弾を打ち出してくる

それを立ち上がる反動を利用して後方にバク転しながら避ける


動きは私の方が早いがやはり、連携がやっかいだ

強さ的には滅びの魔族の下位に相当するか…

今の攻撃を防いだ事でアティリオは一瞬笑みを消したが私の再びの防御一辺倒な姿を見て相互を崩している

余裕ぶった表情で切り株なんかに座りおって…


ふん、すぐにその笑みを消してやるわ


一号の腕が真っ直ぐ突き出されてくる

それを魔力を纏わせた紅時雨で撫でるように軌道を反らす

後方で腕が地面をえぐる音が響き渡る

腕が戻るより早く一号の懐に飛び込むと、紅時雨を横薙ぎに振るう


ーガキィンー


完全に無防備だった胴への一撃はもう片方の手で阻まれる

その腕は縮んでいた


まさに伸縮自在か…面倒な…

そこへ戻ってきた腕が振りかざされ、さらに二号からの瘴気弾が私に襲いかかる

味方を巻き込むつもりか


私は防がれた瞬間にはすでに回避の体制に入っていたので一号の間合いからすぐに逃れられた

しかし瘴気弾は一号を掠めると先程まで私がいた場所へ着弾し粉塵と瘴気を撒き散らす


またもや煙を切り裂いて向かってくる一号

ダメージはないようだ

瘴気の塊はダメージにならないようだ

だから遠慮なく味方を巻き込めるのか…

そもそも味方と言う概念があるのかわからないが


私は迎え撃つ為に紅時雨に魔力を送り込む

斬れないなら斬れ味を上げるまでだ


「なかなかもつね。そろそろ魔力が尽きて動けなくなると踏んだんだけど」


切り株に座り足をブラブラさせアティリオは喋っている

しかしその表情は腑に落ちないと言う表情だ


「僕の一号と二号と互角以上に戦えてるのも変だよ。昔はこんな善戦すらしてなかった」

【貴様の思い違いではないのか】

「ハッキリと覚えてるもん。僕の暇潰しに付き合える数少ない相手だからね」


暇潰しときたか…


「僕の腕が鈍ってるのかな?それとも…」


人差し指を顎に当て見た目は可愛いらしい仕草をするアティリオ

その間にも私に接近戦を挑みに来ている近中距離特化の下位の滅びの魔族と中長距離特化の滅びの魔族

一対一なら遅れは取らないが連携が面倒くさい


「朱姫が強くなってる?あはは、まさかね」


そんなアティリオの声を聞きながら二体の滅びの魔族相手に私はなんとか立ち回る

奴のその声音は表向き愉快そうに聞こえるが、どこか硬い


私は徐々に紅時雨に込める魔力を上げていく


「武神だよ?強くなってるって、神に数えられる武の神が修行でもしたって言うの?ありえないよ」


ーピッー


先程とは違う一号の腕を弾く感触にニンマリする

見れば弾いた一号の腕には斬り傷ができていた

それはすぐに再生され傷は塞がってしまったが

なるほど、このくらいの魔力を込めれば少なくとも届く…ならば…


【どんな奴でも停滞は衰退の始まりだ!神だから、武神だからと鍛錬を怠り満足したらそれ以上上には行けない】


ーザンッー


下から振り上げた紅時雨の刀身が一号の腕を半ばから斬り飛ばした

かつて主はそう言った


昔の私に説教をしたのは主が初めてだった

武神だ神だと言われ、内心有頂天になっていたかもしれないが、奴の言葉は響いた

神だろうが武神だろうが完璧な奴は存在しない


なんという無礼な奴だと思ったが、なるほどとも納得した

それから鍛錬を始めたのだ

あまり私に立ち向かえる敵は多くはないから強くなったかは実感はなかった

しかし今ならわかる


努力は報われる



腕を斬り飛ばされた一号が言葉にならない悲鳴を上げる

残念ながらこいつは声が出せないのか仕草だけだ

そして斬られた腕は再生はしない

何故なら紅時雨に込めた魔力が斬った断面に付着してそのまま蓋をしているから断面から腕が生えることはもうない


二号が連続して瘴気弾をこちらに打ち出した

三発の瘴気弾だ

私はその瘴気弾を先程と同じように紅時雨で斬り裂いた

爆発はしたがごく小さいものだった

同じように魔力でコーティングして瘴気弾を覆ったのでその中での爆発だけだった


遠くでアティリオが切り株から腰を浮かせて目を見開いている

信じられないという表情だな


私は構わずそのまま暴れる一号との間合いを詰める

痛みで暴れていた一号は私に気づくと裂かれた腕をそのまま振り回す

下位の滅びの魔族には自我はないが、こいつは痛覚はあるようだ


そのせいか振り回される腕には先程までの勢いはない

遠心力で回している感じだ

私はそのままかわさずに向かってくる腕にタイミングを合わせて紅時雨を振り下ろす


ザクッと音を立てて腕が肩口から斬り飛ばされ一号はさらなる声にならない叫びをあげた


「──い」

【!?】


一瞬何か聞こえた気がしてそちらに振り返ると驚愕すべき出来事が起こっていた


【くっ…】


思わず固まる私に二号からの瘴気弾が飛んでくるが既で我に返り、瘴気弾を飛んで交わすと一号との間合いを取った

そして一号を見る


今まで何も無かった、ただ黒いだけだった場所に顔ができていた

その顔は人間の男性だろう

元は整っていたろう顔は今は苦痛に歪んだ表情が張り付いている


「あはは、驚いた?」


アティリオが得意げに話しかけてくる


「何も強くなってるのは朱姫だけじゃない。僕だってただのんびり過ごしていたわけじゃないんだ。僕が操るモルモット。ただの人形じゃつまらないからさ、ちょっと改良してみたんだ」


私はアティリオへは顔を向けずに一号と二号を見据えている

見れば二号にも顔が浮き上がってきており、同じように苦痛の表情を浮かべている


「こういうの、人間は好きでしょ?同情する?ただ一つ問題があってね、意思を与えると痛みで動きが鈍るんだ。そこは要改良かな」


私は腹の底から怒りがこみ上げてくるのをハッキリと感じた

こういう悪趣味で残虐な事を平気でする

子供の姿だって、この姿なら簡単に人間が騙されてくれるからというふざけた理由だ

一号と二号は苦悶の表情を浮かべながら私に向かって動き出した

同時に顔が黒で埋め尽くされそこは瘴気で覆い尽くされた

途端に動きが素早くなる一号と二号


しかし斬られた腕は戻っていない

残った腕で攻撃をしてくるが、読みやすい

伸び来る腕をかわし、懐に入り込むと胴を斬ろうと紅時雨を横凪に振るおうとした


「──あ」

【!?】


再び聞こえた声に私は一瞬硬直する

そこへ二号からの瘴気弾が飛んでくる


【くっ】


瘴気弾をかわし、あるいは弾きながら一号から距離をとるべく間合いを開けた

すると一号が顔を貼り付けた状態のままでこちらに向かってきた

私は迎撃体制を取っていたが途中思わず目を見張ってしまった

一号の動きが加速したのだ


一瞬で間合いを詰められた私は反応が遅れた

腕の一撃を後方にジャンプする事で威力を相殺したが、鈍器で殴られたような痛みが体を伝う

さらに詰め寄る一号の動きは意思がない時のように俊敏だ

しかし顔には表情が張り付いている


「どう?こういうこともできるんだ。人族ってこれだけでも同情して躊躇しちゃうんだよね」


したり顔のアティリオは再び切り株に座りながら得意げに語っている


「朱姫も随分人間臭くなってきたんじゃないかな?弱点が増えた分弱くなったんじゃない?」


余計なお世話だと思いながらも、否定はしない

まったくもってその通りだからだ

特に我が主は弱点だらけだ

目に付く範囲なら何でも助けようとする

それを逆手に取られて何度も痛い目をみているのにだ

白死神だが弱点だらけ

だが人間だから当たり前だ

完璧な人間なぞいない、神もしかり



しかしそれで私の心が鈍ると思ったか!?

甘いわ!


加速した一号が腕で突いてくる

くらえば致命傷間違いなしだ

チラッと後方に二号が瘴気を放とうとしている

私の動きを見定めているのだろう


ならば迎撃だ

先程よりも多く紅時雨に魔力を流し込むと強い紅い光が紅時雨を包む


【紅津波】


紅時雨を振るうと同時に紅の本流が軌跡を生む

迫り来る一号の腕が紅の波に呑まれて消え、次いで一号本体に襲いかかる


「──」


アティリオの操作で一号の意思が復活するがもう躊躇はしない

さらに後方から二号の放った瘴気弾が迫り来るが遅い

一号をすり抜けて来た瘴気弾も紅に呑まれて消滅し、そのまま一号に食らいつく


「─────────!?」


一号が声にならない悲鳴を上げ、もがくが紅は離れる気配はない

次第に紅い本流に飲み込まれたて行った一号はそのまま跡形も無く消え去った

後に残るのは紅い残滓だけ


これにはアティリオも残った二号も呆然とするしかなかった

視線を二号に向けると、思い出したように距離を取り瘴気弾をバラまいてくる

しかし


【紅雷】


紅を纏った紅時雨の刀身を天に掲げると、二号を中心に紅い雨が降り注ぐ

それは瘴気弾を蒸発させ、二号自身にもダメージが入る、さながら酸という猛毒の雨のようだ

範囲が広く逃げる場所も隠れる場所もなく、二号は紅い雨の中、意味不明な叫び声も次第に小さくなり同時に動きも鈍くなっていく

そして最後は瘴気溜まりになり、土に染み込むように消えていった


「な、なんで…」


見ればアティリオは驚愕の眼差しで、言葉がでないのか口を金魚のようにパクパクしている


私は二号も完全に消滅したのを確認すると軽く目を瞑り黙祷する

そしてアティリオに向き直った


「何で簡単に倒せるのさ!魔力も切れてないし、インチキだよ」

【貴様が勝手に見誤っただけであろう】


声のトーンが若干低くなってるのは、怒ってるからか


【そういう貴様は随分魔力を減らしたな。瘴気が薄くなってるぞ】

「う、うるさい。これでも十分朱姫に勝てるよ!」

【ならば倒してみよ】


私は一気にアティリオとの間合いを詰めると、魔力を纏わせ紅くなっている紅時雨を振るう


「わっ!?」


ーギィンー


既でで黒い剣を生み出し紅時雨を防ぐが、刃が黒い剣にくい込んでいる


もう少し魔力を込めねばいかんか


送り込もうとした魔力よりも早くアティリオは剣をかち上げて慌てて間合いを広げた


「僕の剣を折ろうったってそうはいかないよ。こっちだって強くできるんだ」


元は瘴気で覆って作った剣だ、強度や切れ味は上げれるのだろう

折れかかっていた部分が瘴気で覆われ、厚みが増したように見える

強度を上げたか


ならば私も──


ーピリッー


何か違和感を感じ思わず紅時雨に視線を移すのを目ざとく見つけたアティリオは子供の顔に似つかないニヤリとした邪悪な笑みを浮かべる


「あは、もしかしてその刀朱姫の魔力濃度に耐えられなくなった?それとも容量オーバーかな?所詮は二流の刀だね」


アティリオの言葉も耳に入らないほど私は紅時雨に目を奪われていた


紅い──波紋!?


紅時雨の刀身は紅を纏ったままだが先程とは違い、刃にうっすらと紅い波紋が生まれていた

よく目を凝らさないとわからないが、間違いなく波紋だ


「刀を酷使した結果だね。一文字と同じように使った弊害だよ。可哀想にその刀…」


私が動かず落胆でもしてると思ったのか、アティリオはさらに饒舌になり襲いかかってきた


「僕が完全に破壊してあげるよ」


草原を滑るように突っ込んでくるアティリオの表情は笑顔だが、狂気を孕んだものだ

その顔を見た瞬間、私は我に返る


「あははは、さっきまでの勢いはどうしたのさ。もしかして魔力も切れたのかな?」


刀ではなく体捌きで黒い剣をかわす私にアティリオは魔力切れだと思っているようだ

たしかに魔力が切れた二流の刀では瘴気で覆われた一撃を受ければ破壊されかねない


「どうやら今回の勝負も僕の勝ちみたいだね。まぁ敗因は相手が僕だった事かな?それに他者が入れないこの結界じゃ、どんなに優秀な召喚主でも魔力は遮断されて送れないからね。僕以外なら魔力切れになる前に倒せたかもしれないけどね」


アティリオは勝ちを確信したかのように口が滑らかだ


「それっ」


奴は避ける方へ先回りすると黒い剣を振り下ろしてきた

私はそれを紅時雨で受け止める

その瞬間アティリオの表情は笑顔で歪むが、その顔は一秒と続かなかった


【残念だったな】


アティリオの強化した黒いを紅時雨で受け止めとめている姿に奴は驚愕の表情に変わる


「なんで!?魔力のこもってないなまくら刀に僕の剣が…」

【なまくらはそっちだったな】


売り言葉に買い言葉、アティリオは私の言葉に反応し顔が朱色に染まる


「なら、ならまた瘴気で強化するまでだ。それでその刀を折ってやる」


そういうと黒い剣がどくどくと生き物のように脈打つ


【残念ながら、お前の思い通りにはいかん】


私は紅時雨に魔力を込める

するとうっすらだった波紋がより強くクッキリ見えるようになった


ーギンッー


鍔迫り合いだった黒い剣を力で押し返す

奴も負けじと押してくるが、私はそれを利用して後方に素早くさがった

アティリオは反動で前につんのめるような体勢になっている


雷華ライカ


低い姿勢から草原の草木を全て刈り取る勢いで放たれたソレはあっという間にアティリオとの距離をゼロにした


「────え?」


呆けたような表情のアティリオだが、瞬時に紅時雨の軌道上に黒い剣を滑り込ませる

しかし紅を纏った紅時雨は音もなく黒い剣を寸断した

まるで初めから障害などなかったかのように、手応えもない

そしてそのまま私はアティリオの横を駆け抜けた


多少の感触はあるかと身構えていたのだが、まったくなかったことに不安になりアティリオを確認する


「──は?な、なんだ。斬られたのは剣だけじゃないか。僕はなんともない。はは、ははは。残念だったね朱姫───」


ほっとしたアティリオが振り向いた瞬間だった


「──え」


私の視界のアティリオがゆっくりと倒れていく

いや、言葉が間違った

上半身だけ倒れた


ドサッと言う音と共に地面に崩れ落ちたアティリオは何が起こったのかわかっていない様子で自分の体を見た


「な、なんで──?斬られた感触なんてなかったのに…」


ゆっくり崩れ落ちる下半身を見ながら呟いた

血は出ていない

しかし瘴気がゆっくりと空に舞うのを見たアティリオは絶望の表情へ変わる


「い、いやだ。死にたくない。また何年何百年も暗い場所で過ごすなんていやだ!助けて朱姫!助けてよ、ねえ!!」

【悪いが助けることは出来ん】

「今まで悪さしたことなら謝るよ。もう悪さしないから!なんなら朱姫の味方になってあげるよ。だから──」


悲痛な表情で助けを求めるアティリオに私は心が痛くなる

しかし、ここで助けたら今までの意味はない

だから突き放した


【すまんな】


その言葉にアティリオは奈落に突き落とされたように絶望の表情に変わる

いやだ、死にたくないと呟きながら瘴気が空に溶けていく

呟きも小さくなり、やがて全てが風に舞って消え、アティリオだった痕跡はなくなった


【ふぅ…】


私は深くため息をつく

これで良かったのかわからない

主ならどうしただろうか…

生かして逃がしたのかもしれんし、復活できないように消滅させたのかもしれない


答えの出ぬまま、胸に葛藤を感じ立ち尽くしていると、世界にヒビが入る


【考えても仕方ないか…】


亀裂は次第に大きくなり、世界が砕けた



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る