二章 35 タイトル未定

─ルシア視点─


黒装束を飲み込んだ紅色の火球クリムゾンフレイムはしばらく勢いが衰えることもなく燃え続ける

おそらく食らった敵はすでに息絶えているであろう事は確かで、恐らく骨すら残ってはいないであろう


俺はしばしそれを見ていたがふと何か違うと訝しんだ

その瞬間、上がっていた火柱が膨張するようにさらに大きく膨らむと、内側からの圧力のようなものにでも押されたのか爆発して弾け飛んだ


「──うおっ!?」


降り注ぐ火の粉が顔に掛からないように腕でガードするが、爆ぜた中からデカい何かの塊がこちらに向かってくるのが隙間から見えた

それは炎を身にまといながら弾丸のように一直線に俺に向かってくる


「おお!?」


俺は思わず驚きの声をあげながら、体当たりをかましてくる炎の塊を闘牛士よろしく白いローブをヒラリとさせながら交わす

炎の塊は交わされた瞬間にすぐに方向転換し、俺目掛けて攻撃を仕掛けてきた

攻撃だとわかったのは迫り来る物が腕で、手に握られているのはクナイだったからだ


鋭く突出されたクナイをおもむろに刀の鞘でぶっ叩く

クナイは弾かれ敵の動きも一瞬止まり、俺はその遠心力で身体を捻り蹴りをお見舞する

ガツッと言う硬いものに当たった感触を足に感じながらも強引に無理やり振り切った


しかし思いのほか重量があったのか、威力が相殺されたのか大して吹きとばせなかった

そして次第に燃え盛っていた炎の塊は鎮火していき、それに包まれていた者の正体が露になった

俺はそれを見て驚きのあまり無意識に言葉を発していた


「堕ちた魔族──」


それはさっきまでの黒装束とは似て非なる者だった

体型はそれほど変わらなく、多少筋肉が付いた感じで背はそれほど高くはない

しかし特筆すべきは髪の色と瞳だった

短く切られた髪は深紅を思わせる赤に瞳も赤い

いや、眼球すべてが赤で塗りつぶされている

そして顔には無数の切り傷


俺は久しぶりに武者震いで身体が震えるのと同時に、やり場のない怒りもこみ上げてきていた

顔の傷は虐待によるものだろう

恐らく体にも傷はあると思う


目の前にいる堕ちた魔族はガードのポーズをゆっくり解くと、怒りの咆哮を上げ俺に襲いかかってきた

その瞳には純粋に怒り、そして憎しみの色に染まっている


「ちっ」


想像よりも速い動きに俺は軽く舌打ちしながらもしっかり動きは捉えている

相手は拳ではなく貫手を心臓目掛けて打ち込んでくる

身体を捻り貫手を交わすも、相手は分かっていたかのように追撃してくる


「──ざっけんな!」


刀を横から叩きつけるようにして、貫手の軌道をそらす


─ギィィィィン─


耳障りな音を響かせながらなんとか攻撃をくらうのは免れたが、なんつー硬い腕してるんだこいつは、並の奴なら力負けして食らってるぞ


なんとか逸らした事で相手の身体が流れる

俺は態勢を建て直させるまいと今度は頭にハイキックを見舞う


「くそっ、かっ──てえな!てめぇは」


メキっと言う音を引きずりながら相手を吹き飛ばした俺は少し痺れ気味の足をプラプラさせる

今度はさっきよりも力を込めたからか、かなりの勢いで吹っ飛んでいき、近くの家の壁にぶち当たった

幸い、結界内なので建物などは壊れない

一瞬忘れていてしまったと思ったのは内緒だ


地面に崩れ落ちる前にまたすぐにこちらに向かってくる敵に、俺はため息をつきそうになるも高揚した気分の方が勝ったらしい


頭で考えるより先に足が地を蹴り敵へ向かって突っ込んで行ってた


楽しくなってきたな…


あっという間に間合いがゼロになるとそこからは攻撃の応酬だ

殺す気満々の殺意の篭った相手の攻撃をかわす度にアドレナリンが出て、自然に笑みが浮かぶ

逆に相手は憤怒の形相だ

目に映るもの全てに、世界全てが敵と言わんばかりの形相には俺も同意を感じる

かつては俺も世界を恨み、敵に回しかけた事があるからだ


しかしやすやすとやられてやるつもりもない

刀は空間庫にしまった

相手が無手なら乗ってやろうと言うアホな考えだ


朱姫やカーナらが見たら多分説教食らってるがここには俺と敵、二人だけだ

思う存分殺る


現状の速さは俺の方が上で、さらには怒り状態なので攻撃がわかりやすい

それでも食らえばタダでは済むはずもなく、まれに腕で防ぐも痛くて仕方がない

さらには俺の攻撃はさほど効いてないのか、もはやかわすこともしないで攻撃に徹してくる


その様子に若干カチンときた俺は自分に課している枷を一つ外す事に決めた


「永遠に続く神代の枷─リリース─解放


小さく呟くと頭の中でパキンと何かのストッパーが外れる音が響く


相手の拳が顔めがけて視界いっぱいに飛んでくるそれを、前へ踏み込みながら頭を傾けるだけでかわし、カウンターで右フックを放つ


案の定というか、相手は回避しようとすらしないで次の攻撃モーションへ入るところだった


が、俺への攻撃は不発に終わる

カウンターなのでコンパクトに振られた右フックだったが、敵のコメカミに当たった瞬間肉と骨が潰れる音と凄まじい打撃音を響かせ共に吹っ飛び、近くの巨木にぶち当たり崩れ落ちた


今度はすぐに立ち上がれはしなかった

相手は殴られた箇所から血を流していたがそれ以外は大した傷を負っていない

しかしその目は怒りを湛えたままずっと俺を見ている

心なしか、感情が灯った気がする


「どうした?まさか戦意喪失したとかじゃないよな?」


その目に宿るのは怒りか悲しみか

俺を見たまま動かない


「お前、名前はなんてんだ?」


動かなかった相手が俺の言葉にピクリと反応する

瞳にはやはりというか、感情が生まれていたようだ


「名前だよ。ないのか、名前?」

「──ナマエ…」

「そうだよ。なんて呼ばれてたんだ?」


初めて話した相手に俺はちょっと嬉しくなりながら、さらに話しかける


恐らく奴隷のように扱われてきて、人らしく・・・・扱われたことはないのだと思う

名前なんて聞かれたことはないのかもしれない


「シーヴァー」

「シーヴァーか、いい名前あるじゃねえか」

「いい名前…」


名前を褒められたのがよほど意外だったのか、驚きと控えめな喜びがその目に宿る

いや、もしかしたら褒められる事がなかったのかもしれないな


「お、お前の名は…?」


シーヴァーからの言葉に俺は目を剥いた

まさかそっちから聞いてくるなんて思わなかった


「そう言えば自己紹介してなかったな。俺の名はリロイだ。最近は色々あってルシアって名乗ってるけどな」

「リロイ…白死神のリロイか?」

「お?俺を知ってるのか?」

「そ、その白い髪、白い服」

「あぁ、まぁそうか。真似する馬鹿もいないからな」


昔ならいざ知らず、今は白髪、白いローブで街中を歩いていたら本物かどうか確認したあげく、偽物なら牢屋行きだ

逆に本物だとわかると蜘蛛の子を散らしたように逃げていく腫れ物か化け物扱いだ

疫病神扱いだからな、特にアルス教を崇拝している国ではな


我々堕ちた魔族の救世主…」


その言葉で俺は申し訳ない気持ちになる


「は?シーヴァー達の間ではそんな風に呼ばれてるのかよ…まいったな…」

「その救世主に頼みがある」


急に改まったシーヴァーの声に、俺も表情を引き締める

言いたい事はわかっているつもりだ


「俺を…殺してくれ…」


静かに、決意の篭った声音でシーヴァーは言った

その目は全く揺るぎはない

アルス教がどんな実験をしたのかわからないが、シーヴァーはきっと、自分でも助からないとわかっているのだろう

自分の内に潜むなにかと、抗う力すらない事に


「──わかった」


俺は務めて普通に返事をした

シーヴァーの思いに答えてやるためにも


「感謝する。最後に…あなたと話せて良かった…」


その言葉に目頭が熱くなる

よせ、俺はそんな大した人間じゃない…

あんたらと、シーヴァー達と何にも変わらない


「もう時間がない。俺の意識がまだあるうちに…」


しかしシーヴァーの言葉は途中で途切れる

ドクンとシーヴァーの身体が大きく震えたと思ったら、頭を抱えてうずくまる


「早いな…」


俺は慌ててシーヴァーに駆け寄る

もちろんトドメを刺すためだ

躊躇は死に繋がるし、情はシーヴァーの為にならない


走りながら空間から刀を引っ張り出すと、無造作に鞘から抜き放ち振り下ろす


「──白炎──」


斬った相手を炎で焼き尽くす刀術の一つだが、腕に薄い斬れ込み一つでもできれば腕を炭化させるくらいはできる

斬り度合いによって術の大小か決まる技だ

逆に斬れない場合は炎は発動しない

今回は発動しなかった

結構な力を込めたのに刃が通らない


「ちっ」


すぐさま刀を鞘に戻しながら、間合いを開ける

その時シーヴァーが顔をあげた


「──!!」


シーヴァーの目が、真っ赤に塗りつぶされていた目が縦に細い切れ込みが入っているのが見えた

まるで爬虫類の目だ

恐らくシーヴァーはもうシーヴァーではない何かに変わった


その目が、俺を捉えた!と思った瞬間、頭に衝撃を受けて仰け反る


精神攻撃か…


かなり強力な精神攻撃だが、残念ながら効かない

すぐに正面を見据えると、目の前にはシーヴァーがいた


「──!?」


爬虫類独特の目が間近で俺を見据える

再び精神攻撃をしてきたが、今回は完全に防ぐと逆に頭突きをくらわしてやる

ゴッと言う骨と骨がぶつかり合う音に、仰け反ったのはシーヴァーだ

しかし俺の額からも血が流れ落ちる


仰け反ったシーヴァーは思わぬ反撃だったのか数歩よろめく

俺はその間に流れ落ちる血を舌で掬い取りながら間合いを詰める


火焔葛かえんかずら──扇──」


刀から程走る無数の剣線が導火線のように扇状に広がり火焔がシーヴァーを覆い尽くす

しかしそれは一瞬で、炎を裂いてシーヴァーが現れる


喉目掛けて伸ばされた手を仰け反るように交わして、振り切った刀を引き戻し鞘に収める


「夢幻刀」


収めた鞘から引き抜かれた刀がシーヴァーに襲いかかる

数千の刃にも見える刀の一撃を、シーヴァーは身体を丸めるようにして防ぐ

その防御は正解だった


夢幻刀は一撃の重さより手数で攻撃するもので、軽い


金属がぶつかり合うような耳障りな音の調べが、それこそ夢幻に続くかと思われた刹那、シーヴァーは大丈夫と思ったのか防御態勢から攻撃へシフトしてきた


「甘いぜ」


しかし俺は当たり前のように空いていた左手に魔術の光を灯していた


「夢炎幻槍」


手の平から放たれた極細のレーザービームが迫っていたシーヴァーの右肩を貫通する

レーザーと言っても炎を極限まで圧縮した物で貫けぬ物はない

そして他には誰も使えない魔術だ、今の所な


レーザーが肉体を貫通した瞬間当たった肩周りが一瞬で炭化し崩れ落ちた

シーヴァーは、シーヴァーだったものは一瞬の出来事で惚けていたが我に返ると痛みの信号が脳に届いたのか絶叫をあげる


隙だらけだ


俺は刀を杖に瞬時にチェンジさせると白く輝く杖で地面を突いた

シーヴァーの足元に白く魔術陣が浮かび上がる


「聖帝─ホーリーサークル─」


言葉を紡いだ瞬間魔術陣はより一層輝きを増し白に包まれ魔術陣の中のシーヴァーは見えなくなった

さらに俺は地面を突いていた杖を頭上に掲げる


「神代の雷─イヅチ─」


巨大な落雷が天から降ってきて、寸分違わずに魔術陣に吸い込まれていった

瞬間、辺りをつんざく轟音が響き渡り、視界一面を白く染め上げた


すぐに視界は普段通りに戻ると魔術陣の場所を見る

そこには倒れた姿のシーヴァーだったものが炭化した状態で横たわっていた


「まだ死んでないとかどんな生命力強い奴を取り込んだんだよ」


炭化したそれを見つめ半ば呆れ声で呟く

人体実験で人外にされた者は、普通ならば死んだなら自然に崩れて溶け消えるか、あの転生者のように白い砂山が出来上がる

それなのに炭化したとはいえ人型を止めていると言うことは生きていると言うことだ


するとシーヴァーだった奴の目がパチリと開いた

目は変わらず爬虫類のそれだ

身体はまだ動かせないのか眼球の動きで俺を視界に捉える

俺は杖をシーヴァーに向けて魔術を発動させようとした


瞬間シーヴァーの右腕が大蛇のように俺に向かって伸びて来た

それを身を翻す事で回避するが、ローブの一部が掠ったようで焼け焦げた痕みたくなった


「まだそんな力があるのか」


このローブは特注品であらゆる魔術や斬撃、打撃に高い耐性を持っている

それを貫いた奴の攻撃力は侮れないな


伸び縮みする右腕は再び俺に向かって伸びてくる

今度は手の平に瘴気を纏わせているのが見えた

俺はまた空間から刀を取り出し杖とチェンジすると勢いよく鞘から半円を描くように刀身を抜き出し迫り来る腕に刃を叩きつける


「─神聖剣─」


白く輝く刀身は右腕とぶつかり──

──音もなく右腕を切り落とした──


「次は──」


返す刀でシーヴァーの首めがけて刀を振り下ろす


「別の形で会おうぜ──シーヴァー──」


切れすぎる刀はなんの抵抗もなく首を切り落とした

その瞬間胴体はゆっくりと崩れ始める

やはり死ぬ寸前だったんだな

身体が完全に崩れる頃、頭だけになったシーヴァーに目を向けると目が合った

爬虫類だった目は以前の目に戻っていて驚いた


すでに頭も崩れ始めており喋ることは不可能だが、俺を見るその目は暖かかった


(すまない──そしてありがとう──)


急に頭に響く言葉に俺は驚きながらも平常心を装う


「気にするな」


その言葉にシーヴァーは満足したのか目を瞑り、そして残ったのは黒く変質した砂山だけが残った

しばらくそれを見つめていたが、再び刀と杖をチェンジすると砂山に浄化の魔術を掛ける

すると黒かった砂はたちどころに真っ白に変わる


「またいつか──」


そう呟くとどこからか風が吹いてきて砂を巻き上げていく

もう慣れてる筈なんだけどな


慣れてる筈なんだが心は慣れない

気持ちはわかっている筈なんだが納得してない


砂を攫った風を見つめながら俺はしばらく動けなかった





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