二章 33 タイトル未定

─朱姫視点─


兜跋毘沙門天になった私は久々に体に我が主の魔力が巡るのを感じている

草原をめぐる風が私の周りで渦を巻いているのが見えた


「へぇ」


対面にいるアティリオは私の姿を見て感嘆の声をあげ、どこか懐かしげな表情をしている


その・・姿にもなれるんだ。今回の契約者はなかなかやるのかな?だけど──」


余裕の笑顔のまま、草木をかき分けるようにしてこちらに走ってくるアティリオ

その素早い動きは人族の容量を軽く超えている

草原の葉の丈のお陰で背の低いアティリオの足が見えず、まるで地面を滑るようにこちらに向かってきていると錯覚する程だ


「その姿で普段通りに動けるのかなー?」


戦場にそぐわない、明るい間延びした声だが、剣速は真逆で鋭く速い

一気に屈みながら懐へ入り込んだアティリオは抉るように黒い剣を下から突き上げてくる


葉を舞い散らせながら、凄まじい風きり音と共に剣先が私の視界いっぱいに広がる

それを首の傾ける最小限の動きで交わすも私の髪がパラパラと数本空を舞う

しかしこれだけ密着されていて小さい敵が相手だと十分に刀を振るえない

それを知って超接近戦を挑んで来たなら対したものだ


「これだけくっつかれたら自慢の刀も振るえないよね」


私の考えを読んだのか、自信満々にそう言うアティリオの表情はドヤ顔だった

子供が百点とって「どう?」みたいな顔

これが戦場で戦いではなければ騙されているだろうな


間合いを開けようと下がろうとも、アティリオは逃がすまいと離れない

しかも面倒な事にしっかりと攻撃してきて反撃の糸口を掴ませない

アティリオの黒い剣は私の紅時雨と違い長さが短い

小太刀のようだが、子供用の剣だと推測する

あるいは自分で調整したのか

自分に合わない武器程扱いにくいものは無い

なので奴の黒い剣は接近した間合いでも十二分に剣を振るえている


相変わらずしつこくて、やっかいな敵だ


「うーん、なかなか当たらないなぁ。動きはそんなに早く見えないんだけど。経験の差?」

【さて、な…】


空いてる手の人差し指を顎に当て、首を傾げるように疑問を口にするアティリオ

そんなのんびりした言葉だが、逆に剣を持っている手の速度は徐々に激しくなり、私は答える余裕が減っていく

まるで剣を持つ腕だけ別の意思があるかのように動きが不可解だ

しかしどれだけ速くなるのか


「もう!何で逃げるのさ…逃がさないけどね」


何度目かの間合いを取ろうと下がろうとする私を見て、踏み込んでくるアティリオ

もうずっとこんな追いかけっこをしていてアティリオは若干言葉の中にイラつ気が混じり、それは行動にも現れる

先程よりもこちらへの踏み込みが深い

私はそれを待っていた、焦れてイラつくのを


私は後方に掛けていた踵への重心をつま先へ伝え、足を踏み込む要領で前に移す


「え?」


アティリオは一転驚き、表情が固まるも即座にまずいと思ったのか逆に下がろうとする

しかしすでに踏み出した足は止められず、ゆるい踏み込みにしかならなかった

その中途半端な動きは私には十分な隙だ


私はアティリオの頭を掴むと軽く下を向かせる


【ふっ!】


そして渾身の膝蹴りを顔面に叩き込んだ


「がっ…」


メキっと言う鼻がひしゃげる音と膝に伝わる肉を潰す感触を感じながら、二発目も叩き込む

その後でアティリオが暴れだしたために頭を抑えていた手を離し三発目は不発に終わる


フラつきながら後方に下がったアティリオの表情は先程までの余裕ある楽しげな表情ではなかった

鼻骨が折れ鼻が曲がっておりとめどなく血が滴る

だがアティリオは痛みなどないかのように、左手で折れた鼻を無理やり治す


パキパキと骨の鳴る音をさせながら鼻を正常な位置に戻すと、回復魔術なのか左手で抑えた鼻の辺りに瘴気がわだかまる

それは一瞬で終わり、離した手の下から現れた鼻は完全に元に戻っていた

しかし表情は不機嫌そうに揺らめき、私を睨みつける


「痛いじゃないか。こんな無垢な子供に無慈悲な攻撃して」

【本当に無垢ならよかったんだがな】


抗議をスルーした私はアティリオに素早く接近すると紅時雨べにしぐれに魔力を込め、お返しとばかりにいかづちを纏わせた高速の突きをお見舞する


雷双らいそう

「わっ!」


雷を纏った一撃は周囲に電撃を撒き散らしながらアティリオに襲いかかる

紅時雨の刀を紙一重でかわしても纏う電撃がアティリオを襲うため、ギリギリでかわすのは無理だ

奴もそう思ったのか大きく回避し、間合いを開ける

しかし神速の速さで引き戻した紅時雨を逃げるアティリオへ再び繰り出す


【まだ行くぞ!飛・雷龍】


繰り出された紅時雨の刀身を纏う雷が龍の形になり連続してアティリオに襲いかかる


「わっ!わわわっ!」


人間の動体視力ではとうてい交わしきれない連続突きをアティリオは危なっかしげにかわす

最後の一突きを後方に飛びすさるようにかわすと、恨めしげな表情を私に向ける


「危ないじゃないか!あんなの喰らったら一溜りもないよ」

【余裕の表情で言うことか】


子供の姿で不機嫌そうに怒る様は戦場にそぐわずに違和感しか与えない

現に私もやりにくくて仕方ない

今も空いた手で髪の毛を弄りながらこちらを見つめている

どうやら雷で髪の毛が少し焦げ付いたらしい


「ひどい!髪は命なのに」

【ならば燃やし尽くしてやる!】

「酷いこと言うね朱姫は」


女々しい言葉を口にしたかと思えば私の言葉に苦笑する

しかしアティリオの髪の焦げた部分がボロボロと崩れ、すぐに新しい髪の毛が伸びてくる


「こんなものかなー」


伸びた髪を摘み、一人納得すると私に意地悪気な表情を向ける


「髪の毛のお返しはしないとね」

【すぐ元通りになったのだからよいだろう】

「それはそれ、これはこれだよ」


そう言うと、予備動作もなしにアティリオの姿が消えた


「朱姫の髪も同じようにしちゃおうかなー」

【──!?やってみろ】


声がしたのは背後

だがアティリオの得意な事は騙すことだ

想像してなかったわけではない


しかし振り向いていたら間に合わない

振り下ろされる剣の音を頼りに身をひねると同時に振り返るが…


「こっちだよ~」


再び別の場所から楽しげな声

人を小馬鹿にする声音には腹立たしいものがあるが怒りに任せたら手痛い反撃をくらうので我慢だ


「ん~」


間延びした声を上げながら周りを忙しなく動き回るアティリオ

その間にもフェイントを織り交ぜながら攻撃してきているので非常にウザったい


「朱姫さぁ、変わった?昔はさぁ、挑発したらすぐ乗ってきたじゃん」

【知らん──な!!】


右手からの斬撃を紅時雨で弾く

現状ではお互いの武器に欠けや刃こぼれはない

弾かれた瞬間にすぐ姿を消すアティリオ

消える瞬間膨れっ面だったのはいい気味だ

再び焦れてきたのかもしれん


「むぅ、当たらない。つまらない。これならどう?」


離れた場所に現れると空いた左手に魔力を集めだした

すると瘴気が集まりだし右手の剣と同じ・・黒い剣がその手に出現する


「これなら朱姫も避けられないでしょ?」


左手の剣をびゅんびゅん素振りのように振りながら、無邪気にあははと笑うと再び姿を消した

と同時に左側気配が生まれる

瞬時に左足を引き正面に受ける形にする


─キィン─


防ぐと同時に左手の剣が首を刈り取らんと迫る

それを仰け反る形でかわす


「あれ?」


反動で間合いを詰め、放った雷双はアティリオを貫くが残像だったようで手応えがなかった


「おかしいなー」


腑に落ちないという感じでアティリオは再び背後に出現し同じように二刀で攻撃してくるのだが、少し間合いを空けた私には届かなかった

私の反撃も届かなかったのは悔しいが…


しかし私も黙ってはいない

ヒットアンドアウェイを続けるアティリオに付いていく

左右の連撃は規則性があり、そこを突く

アティリオが剣に対しては素人だから付ける隙である


「わっ!」


二刀は必ず右からくる

まれに左のフェイントを織り交ぜてくるが、あくまで左はフェイントだけだ

右に意識を集中して剣をかわし、迫り来る左を弾き間合いを詰めると同時に膝を浮かせる


「──っ」


先程の膝蹴りを思い出したのか足に視線を移し一瞬表情が歪む

しかしこれはフェイントで本命は紅時雨の一撃だ

紅時雨の刀身に魔力を送り込み斬れ味を強化する


【ふっ!】


横薙ぎに胴を薙いだ一撃にアティリオはなんとか剣を差し込んだ

が、再びアティリオの表情が変わる


─バキっ─


紅時雨の胴薙ぎの一撃にアティリオの剣が耐えられずに折れた、そして…


「ぎゃあああああああああ」


悲鳴をあげた

しかし、体を反らせたのか切り口が甘かった

さらなる斬撃を与えるべく振り抜いた紅時雨を上段に構える


「うわああああああ!!」


殺られると思ったのかアティリオは周りに瘴気の塊を生み出し、がむしゃらにこちらに投げつけてきた


【くっ】


さすがに食らえばただでは済まないので、こちらも回避に専念する

その間にアティリオは大きく下がり両膝をガクリと地面に付ける


「ううううう」


ボタボタと流れる血を止血しているのだろう

しかしその目はこちらに向いている

先程のような余裕のある顔ではなく、怒りで血走った顔だった


止血の間に攻め込む手もあるのだが、アティリオの周りには先程の瘴気の球が数十個攻撃の合図を待つように浮かんでいて、簡単には近づけない


「くうぅ…なんで…」


呻いた後に出た呟きでアティリオは混乱しているのだとわかる


「こんなのおかしい。朱姫がたった一人で僕を圧倒するなんて。[滅びを滅ぼす者]リロイと一緒でやっと僕に追いつける程度だったのに」

【一つ教えてやろう。人間は、人族はな。日々努力して進化しているのだ】

「だからその百年足らずで朱姫は僕に追いついたって事?有り得ない。だって朱姫を召喚できる人族は[滅びを滅ぼす者]リロイ以外では結局現れなかった。運良く今回召喚主が現れたとしても[滅びを滅ぼす者]リロイ以上の召喚主はそうそういないよ」

【随分褒めるではないか】

「そりゃあね。人族で唯一僕と渡り合えたんだもん。多少は敬意を表するよ」


話を続けていく中でアティリオは幾分回復したのか、顔色が良くなり口調も饒舌になってきていた

私は攻めあぐねていたわけではないが、奴の話に乗ることにした


「それで、朱姫がこんなに強いのはどんなカラクリがあるのさ」

【教えるわけがなかろう】

「可能性としては今の召喚主が優秀な可能性もあるけど…」

【優秀だぞ。お前の言う[滅びを滅ぼす者]リロイをいつかは超えると思っている】

「へぇ…」


教えないと言いながらも主と狐太郎に話が及ぶと知らずに口を開いてしまう…

私の言葉にアティリオの目がスゥと細まる


「じゃあその主は魔力量が多いんだね。朱姫が全力──いや、全力以上を出せるくらいに」

【──いや、まだ未熟だからな。魔力量は多いがまだまだだな】

「わかったぞ!長時間戦い続けると魔力量が足らないから、短期決戦を狙っているんだ。だから今百%以上の力で僕を倒しに来てるんだ!タネがわかれば簡単だね」


勝機を見出したのかアティリオの表情に余裕が見て取れた

さて…


「ちょっと身体を取り戻せた喜びと、朱姫を見つけた嬉しさではしゃいじゃったけど冷静に行こう。うん」


自分に言い聞かせるように言葉を紡いだアティリオが次にとった行動


「長期戦なら僕が仕掛ける必要はないんだ。むしろ逃げ回るのもありだけど、それじゃ朱姫と遊べないからね。こういう趣向で行こうと思うんだ」


そう言うと、周りに浮遊する瘴気がアティリオの左右に集まりだした

そしてそれは次第に一つの形を形成する


「あはは、どう?久しぶりだけどうまくできてるかな?」


人形だ

いや、人族の形をした瘴気と言うのが正しいか

影がそのまま地面から出てきたかの如く、目も口もなくのっぺりした黒い人形だ

不気味そのものだが実力は侮れない


「名前はこっちが一号、こっちが二号にしよう」


安易なネーミングセンスだと馬鹿にするなかれ、我が主もセンスは似たようなものだ

一号と呼ばれた黒人形は頭に小さな角が一本真ん中から生えている

二号は左右に角が二本だ

単純だがわかりやすい


「よし、じゃあ…一号二号いけ!」


アティリオの言葉に予備動作なしでいきなり向かい来る黒人形

構えも何もなく突っ込んでくる様は人の形をしていても動きは人の動きではない

途中二号がスピードを緩めると一号は加速して瞬時に距離を詰めに来る


しかし一号は間合いに入る前に腕を上段から振りかぶる


む?


モーションも大きく間合いも届かない

後ろの二号が何かするのか視線を一瞬送るもおかしな動きはない

しかし視界に入ったアティリオの顔が私の背筋に悪寒をもたらした


気づいた瞬間私はその場から飛んでいた


─ドンっ─


そして直後に響く衝撃音

先程まで私がいた場所に一号の腕が振り下ろされていた

さらに後ろに気配が産まれる


【──!?】


─バシュ─


二号は遠距離からの瘴気弾

速さも威力も申し分ない

視界の隅でアティリオが笑う


【舐めるなよ。──ふんっ!】


紅時雨で魔力弾を一刀両断する

しかし元からそうだったのか、斬った魔力弾が爆発し瘴気が周りを覆い視界が奪われる

そこへ煙を裂いて現れたのは黒い腕

煙幕と同じ色の腕の為、発見と回避が遅れた


【ぐっ…】


交わせずに食らい地面に叩きつけられる

そこを再び二号の魔力弾が襲い来る

そこを転がり直撃を避ける

地面に着弾した瘴気弾は爆発し、周囲の草木を枯らしてゆく


再び煙幕を裂いて現れる一号

間合いの外から腕を振る

私はその腕をギリギリまで凝視する




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