閑話 小さな冒険②

「おいルシーリア。離れろよ」

「良いではないか。久しぶりの婿殿の温もりなのじゃ」


空から降ってきたルシーリアはルシアの後ろから抱きすくめるようにしがみつき、背中に頬を当ててスリスリしている

さらにルシーリアは嬉しそうにぎゅうぎゅうとルシアを抱きしめるが、当のルシアは面倒くさそうな表情だ

しかしルシーリアを剥がさないのは嫌ではないからなのかもしれない


しばらく黙って見ていた外野から非難の声が響く

リファが寝ているため大きな声ではないが声に込められた力は相当だった


「ルシーリア、いちゃついてる場合じゃないでしょう?」

「そろそろマスターから離れた方がいいと思いますよ」

「やれやれ…頑張った御褒美に少しはよかろうに…」


カーナと月夜かぐやの言葉にしぶしぶルシアから離れると漆黒の翼を一度はためかせ、フワリと地面に着地する


「で、何があった?」

「婿殿もつれないのぅ…大森林の入口辺りに魔獣が溜まっておるぞ。暴君が多い」


ルシアは少し不貞腐れたルシーリアの頭を撫でてやると彼女はすぐに機嫌を直した


「奴らは冬眠時期じゃないのか?」

「それがのぅ、冬眠前の食料が少なかったせいで空腹みたいなのじゃ。気がたっておったぞ」

「あ、あれじゃないかしら?」


ルシーリアの発言にカーナが思い出したように声を上げた


「秋口辺りから何組かの冒険者達が森に来たの覚えている?」

「ああ、結構な人数だったが実力はそれ程じゃなかったからほっといた奴だな」

「うん、後で分かったんだけどそいつらが森の食料を結構採取していったみたいなの」

「何?奴らの実力なら入口近辺しか入れないはずだろう?高級な食料や薬草類は中盤から奥地にしかないはずだが?」

「これも後から分かったんだけど、彼ら魔物よけのアイテムを持っていたらしいの。効果はせいぜい一日から二日だから奥地までは来れないけど」

「薬師共が作った魔物よけがそんなに効果あるわけないと思うが…」

「それはわからない。けどその冒険者達が森の魔獣や魔物達の食料を奪った事には間違いないわ。何度か森に入り込んでるから」


苦虫を噛み潰したようなカーナの表情にルシアは白くて長い髪をガシガシとかく


「空腹時なら威嚇したくらいで下がってくれないだろうな…」

「そうだのぅ、恐らく殺すしか手は無いかもしれぬ…」

「できるなら無駄に殺したくはない。自然に生きる奴らだ。どうするか…」


しばらく沈黙とリファの寝息だけが場を支配する


「あ」

「どうしたのじゃ婿殿」


何かを思い出したように声を上げたルシアにルシーリアは尋ねる


「たしか魔獣とコンタクト──じゃない、話ができる魔族がいたろ?」

「ああ、堕ちた魔族と呼ばれていたエゼルね」


カーナの言葉に一瞬ルシーリアは嫌そうな表情をするも瞬時に取り繕った


「エゼルならたしか魔獣と会話できたはずだよな?」

「ええ、私も何度か見てるから確かだと思うわよ」

「よし、なら月夜村に戻ってエゼルを大至急呼んできてもらえるか?」


月夜は頷こうとした所でルシーリアが手を上げた


「婿殿、妾が行こう」

「…いいのか?」


「妾なら飛べるから月夜よりは速く移動できる」

「……わかった。じゃあルシーリア頼む」

「うむ、任せるが良い」


力強く頷くと翼をゆっくり動かして宙に浮き、そのままゆっくりと一定の距離まで離れると一気に加速して見えなくなった


「大丈夫だったの?」

「ああ、ルシーリアなら大丈夫だろう」

「それじゃひとまずルシーリアがエゼルを連れてくるまで待機かしら?」

「そうなんだが…」


ルシアはそういいながら月夜に向き直る


「月夜、すまないがまたリファを誘導できるように目印をいくつか作って行ってほしい」

「御意に。クノイチを総動員してもよろしいでしょうか?」

「任せるが、いいのか?」

「みんなマスターの役に立ちたくて出番を待っております。それに──」


月夜は一旦言葉を切り、毛布に包まり眠るリファに視線を移す


「リファ様は私達から見ても家族です。家族を助けるのに道理はいりません」

「そうか、ありがとな」


素直に礼をいい笑顔で答えるルシアに月夜は一瞬だけ頬を赤くするのをカーナは見逃さなかった


「しかし木に矢印を書くのはそろそろ怪しまれるから、何か考えないとな」

「幻術…は無理ね」

「ああ、リファは希少種白銀狼と空狐の血が混じってる。幻術は効かないし見破られるぞ。俺らが動いてるのもそこからバレるだろう…」

「とすると…簡単に木の実などかしら…」

「魔物や魔獣が食べない木の実とかなら大丈夫だろう」

「やはり食べ物か…」

「言っておくが、ミンクと違って食い意地が張ってるとかじゃないからなリファは。単純に料理への探究心だろうな」

「最近リファ料理したがるものね」

「リファの料理はうまいぞ」


ルシアはリファの料理を食べたことがあるのか手放しで褒めている


「悪かったわね、料理が苦手で…」


カーナが不貞腐れたように唇をとがらせる


「少しずつ上達してると思うが?」

「気休めよ。リファの上達速度見たら諦めたわ…」


「ま、適材適所って奴だな。カーナにはカーナの良さがある」

「な、何よ。急に褒めても嬉しくなんかないわよ」


ぷいっとそっぽを向き急にツンデレみたくなったカーナにルシアは苦笑いする


「婿殿」


声にルシアが振り向くと一人の魔族を抱えたルシーリアがゆっくり下降してくる所だった


「早いわね…どれだけ飛ばしたのかしら」

「これは流石に私でも無理です…」


呆れた表情のカーナと月夜を尻目に着地したルシーリアは抱えていた人物を離す

角は左右に一本ずつ…なのだが右の角は途中で折れてしまっている

服装は魔族特有の黒を基調とした服ではなく、ゆったりとした白い服を着ていた

地面に付いた魔族の男性…いや少年だろうか、は辺りをキョロキョロ見回しルシアを見つけると慌てた様子で地面に膝まづいた


「る、ルシア様!?」

「相変わらずだなエゼルは。普通にしろって」


へりくだった態度にルシアは笑いながらも立つように言う

彼──エゼルは落ちた魔族と呼ばれる所謂魔族の変異種である

なぜそうなったかは未だにわからず純粋な魔族からも生まれることがある

エゼルは生まれた時から目が見えない

しかし瞼は閉ざされていないのだが、眼球が全て紅い

これは変異種では特に忌み嫌われる眼であり、災いをもたらすと言われている

そしてエゼルは幼い時に死者の大森林に捨て置かれていたのを月夜が発見し、大樹のある村で育った

発見時は紅い眼は開いておらず、接着剤のような物で強引にくっつけられていて瞼が開かない状態でガリガリにやせ細り、着ていた服はボロボロで瀕死だった


月夜に会った時も全身を震わせ怯えていて、何もしてないのに謝罪され命乞いをしてきた程、酷い仕打ちを受けていたらしい

死者の大森林に捨てられてから数日は経っていたらしく、よく魔獣に喰われなかったなと今でもルシアはたまにネタにしていた


そしてルシアの薬で眼は開くようになり、食事も普通に与えられ今では健康に過ごしてる

しかしルシアを命の恩人と言ってはばからないエゼルはこういった畏まった態度をよくとり、ルシアを困らせていた

後は性格的なものもあるのだろうが…


堕ちた魔族を初めて見て、それを知ったルシーリアもエゼルに謝罪し、今では彼女が色々と面倒を見ている


ルシアに言われてようやく立ち上がったエゼルだが、直立不動で緊張している様子だった

それをルシーリア達は暖かい目で見ている


「エゼルにちょっと頼み事があるんだ。お前にしかできない事なんだがやっても──」

「や、やります」


ルシーリアから言われていたのか大声は上げなかったが力強い言葉にルシアは相互を崩した


「まだ内容を言ってないんだけどな」

「ぼ、僕にできる事ならなんでもやります」

「まぁこれはエゼル以外にはできない事なんだが──」


そう前置きしたルシアはエゼルに事情を説明する


「死者の大森林の入口でお腹を空かせている魔獣達を説得すればいいんですね?」

「ああ、あいつらの食事・・はこっちで用意する」

「そ、それなら大丈夫だと思います。代わりになる食べ物さえあれば彼らも大人しく引き下がると思います」

「そうか。ところでエゼルは魔獣と良く話したりするのか?」

「え?あ、は、はい。よく散歩をするのでその時に魔獣達とはまれに遭遇しますので、話をしてます」

「流石だな」

「い、いえ。僕なんか……外見も、魔族としての力も何もないですし…」

「何を言ってんだ!」


そういってエゼルは項垂れるが、ルシアの力のこもった発言で思わず顔を上げる


「今回はエゼルにしかできない。俺も、カーナもカルナも月夜もルシーリアにだって出来ないことなんだぞ?」


ルシアの言葉をエゼルは最初は申し訳なさそうに聞いていたが、次第にその紅い瞳に力が宿る


「そうじゃぞ。今この場で必要なのは万の敵を屠る力も、天変地異を起こす魔術でもない。おぬしの…エゼルの力が必要なのじゃ」

「わ、わかりました。やってみます…いや、やり遂げてみせます」

「うむ、そう肩肘張らなくても良い。普段魔獣達と接してるように話してくれればよいのじゃ」

「はい!頑張ります」


先程のオロオロした感じのエゼルは消え去り、決意に満ちた少年がそこにはいた

ルシアはそれを見て笑顔で頷く


「よし、じゃあエゼル。さっそくだが頼む。ルシーリアと一緒に行ってくれ」

「僕一人では?」


一人で行くものだとばかり思っていたエゼルは思わず首を傾げる


「大森林の入口までどうやって行くつもりじゃ?エゼルの足じゃ走っていっても数日はかかるぞ」

「安心しろエゼル。ルシーリアはお前を運ぶだけだ。交渉は全部エゼルがやるんだ」

「さよう。妾は言葉を通わせられぬゆえ、魔獣達の所に運ぶだけじゃ」

「あ、そういう事ですか…わかりました」

「じゃあ頼むぞエゼル」

「はい」


ルシーリアはエゼルの手をとるとフワリと浮かび上がる

つられてエゼルも宙に浮く

恐らく浮遊か飛翔の魔術をエゼルにも掛けているのだろう


「では婿殿、行ってくる」


ルシアにウインクしたルシーリアは徐々にスピードを上げて行き、エゼルと共に視界からいなくなった



そして無事にエゼルは魔獣達と話をして、条件付きだが説得できたと連絡があった

さらに魔獣達はリファがお腹を空かせた時にこっそりと木の実やフルーツをリファが進む方向に不自然にならないように置いていてくれたりもしたらしい


「さすがエゼルだ」

「ですがマスター、その条件とはなんでしょうか?」


月夜はその条件が気になってルシアに聞いた


「代わりに提供する食料を、[俺が調理すること]らしい」

「!?そうなのですか」

「そうらしいぞ。俺も意味がわからん」


とんでもない条件かと内心身構えていた月夜だが実際聞いてみて逆にその内容に驚いた

エゼルが魔獣達から聞いた条件をルシアに話したが、なぜルシアが調理した食べ物なのか当の本人はまったくわからない

いや、わかっていなかった

逆にそれを聞いた月夜やルシーリアらは羨ましいと口を揃えて言ったそうだ





翌朝、若干日が昇る前にリファは目を覚ました

若干雪がちらついており気温も低い


「ふにゅ…」


むにゅむにゅと目を擦りながら身じろぎしたリファは、肩で一緒に寝ていたフェアリーと可愛らしく欠伸をしながらゆっくり起き上がると毛布を畳み魔法袋へ仕舞う

そして丁度お腹が鳴った


「朝ごはん…あれ?」


なるべく食事は節約しようとしているが、やはりお腹は減る

目に映る範囲に何かないかと辺りをキョロキョロ見回した彼女の目に映ったものは


「お肉?」


燃える焚き火の傍に棒に刺した肉が地面に刺さっていて香ばしい匂いをあげていた


「誰かいたのかな?誰かいますかー?」


焚き火が一晩絶えずに燃えていると言う現象には一切疑問を持たなかったが、さすがに串に刺さった肉が地面に刺してあれば怪しいと思ったようだった


しかし周りには誰もおらず、もちろん返事もない


「食べていいのかな…」


当然ながら誰からの返事もなく焚き火がパチパチ燃える音と、時折肉が焼けるじゅうじゅうと言う音だけしか聞こえない

ゴクリとリファの喉が鳴り、お腹もぐぅと悲鳴を上げた


「食べちゃおっか?このままだとまっ黒焦げになって食べれなくなっちゃうし…」


誰にともなく言い訳して串焼きに手を伸ばす

串焼きは見た目以上のボリュームで手にずしりと重さを伝えてきていた


「シアも食べる?」


うんうんと頷くシアに串焼きの肉を一切れ魔法袋から取り出した木皿に移すとシアはリファの肩から舞い降りて肉にかぶりついた


「美味しい。味付けは醤油…?あ、にんにくも刷り込んでるのかな」


リファはもぐもぐと食べながら調味料に何が使われているのかを探っていた


「(おい、にんにくはまだしも醤油はバレるだろ。醤油はまだこの世界に出回ってないんだぞ)」

「(多分大丈夫よ。リファが行ったことあるのはインクくらいだから。インクならジンバックの所に醤油や味噌の食材卸してるし)」


カーナの言葉に何やら考える素振りのルシア


「(…もっと落ち着いたら他の大陸へ旅行するか)」

「(いいわね。でもそれってリファ達の見聞を広める為でしょ?)」

「(いつかは村から出るかもしれんが、一回くらいは家族で旅行に行きたいじゃないか)」

「(そうね、行きたいわね)」

「(しっ。あ、リファ様が動き出しましたよ)」


ルシアらは再び息を潜め隠れる

リファは焚き火に土を掛けて鎮火させると服に付いたホコリを払って立ち上がった


「え~と……」


再び周りを見渡しながら立ち尽くすリファ

360度見渡す限り同じ景色なのだ

リファでなくとも迷うと言うものであろう


「あ、シア」


迷っているとフェアリーのシアがリファの肩から飛び立ち一定の場所をクルクル回る


「そっち?あ、シア待ってよ」


茂みに消えたシアを追ってリファも慌てて走り出す




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