閑話 小さな冒険①
「…ちょっと待て」
早朝、ではないが日が昇り始めた頃、とある家の居間でルシアと同じテーブルに付いていた魔族が言った言葉に彼は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった
さらには驚愕の表情を浮かべながら問いただした
「すまん、もう一回言ってくれ」
「だから、リファがインクの港街に買い物に行った、一人で」
彼の言葉に答えたのは最強魔族と呼び声が高い元魔王ルシーリアの片腕、イルフリーデだ
エルエリア大陸中に響き渡るんじゃないかと言うくらいの声を彼は上げた
「……………………………………………なんだとーーーーーーーーーーー!」
思考がフリーズしたルシアが再び動き出したのはしばらくたってからだった
大森林一帯に響き渡る大声は近隣の小動物を怯えさせた
「ちょっ、おま…まじで何してくれてんだ!」
「何か問題でもあるのか?
「そう言うことじゃねぇんだよ!いつだ、いつ出かけた?」
掴みかからんばかりの勢いでイルフリーデに詰め寄るルシアに彼は内心困惑していた
「朝から騒がしいな婿殿は」
「どしたのー?」
そこへ黒を基調としたゴスロリ系の可愛いパジャマに身を包んだルシーリアと淡い青色の果物がプリントされた可愛いパジャマを着たベアトリスが目を擦りながら居間へ入ってきた
「イルフリーデがな、リファを一人で買い物へ行かしたんだ!さぁ言え、いつ行ったんだ」
「「!?」」
ルシアの言葉に二人は驚きに目を見開いた
ベアトリスは完全に目が覚めたようで信じられないような眼差しをイルフリーデへ向けている
「つい、一時間程前だ…」
三人の視線にいたたまれなくなったのか、些か緊張気味に答えるイルフリーデ
多分ルシーリアがいるからだろう…
「リファの足ならまだ遠くまで行ってないはずだ!」
「ならば我らも捜索隊をだそう」
「頼む。ベアトリスはカーナ達にも伝えてくれ」
「オッケー」
そう言うとルシアとルシーリアは急ぎ足で部屋を出ていった
その後にベアトリスが同じく出ようとした所、イルフリーデに止められる
「おい、何がどうなっているんだ?何故そんなに慌てている」
「あんた、知らないの?リファちゃんはねぇ…」
「な、なんだ。勿体ぶらずに教えろ」
一旦言葉を切るベアトリスにイルフリーデは急かす
「リファちゃんは極度の方向音痴なのよ!」
「──!?」
ベアトリスの言葉にイルフリーデは雷に打たれたように身を硬直させた
漫画なら背景描写に雷が描かれているであろう
等のベアトリスは足早に外へ掛けていく
部屋にはイルフリーデだけがポツンと残されたが、そこへカルナが入ってきた
淡い水色の髪をすでに丁寧に束ねており、服装もパジャマ姿ではなく部屋着になっている
「イルフリーデちょっと聞きたいのだけれど、リファは何を買いに行ったのかしら?」
「それは言えん…」
その言葉にカルナの目が厳しくなる
「まさか、イルフリーデの所用じゃないでしょうね?」
「馬鹿を言うな。俺なら自分で買いに行く。リファが欲しい物があると聞いてきたんだ」
「それは何?」
「言えん」
「なんでかしら?」
「リファに口止めされているからな」
「そう…なら仕方ないわね…」
踵を返そうとしたカルナの背中にイルフリーデは声を掛けた
「俺以外知らんから他の奴に聞いても無駄だぞ」
カルナは返事はせずにそのまま部屋を出ていった
遠くからルシアの「雪が降ってるじゃねーか!」と言う叫び声が木霊になって響いていた
◇
リファを発見したと言う報告を聞いたのはルシア達が動き出して二時間程たった後だった…
雪はその間も降り続き外の景色を白く染め上げている
「婿殿、見つけたぞ」
「ほんとか?どこだ?」
ルシーリアの言葉にルシアはガバッと立ち上がる
テーブルには死者の大森林の精密な地図が広げられている
「今はここにいるようじゃ」
「………」
ルシーリアはその地図の一箇所を指差す
その場所はルシア達がいる大樹の場所からインクの港街を挟んで反対側だった…
これが発見に時間がかかった理由だった
「発見者は俺が行くまで接触なしでそのまま監視を続けろ。すぐに行く」
「妾も一緒に行くぞ」
駆け出すルシアに便乗してルシーリアも一緒に出ていった
「と言うか、リファは何を買いにいったのかしら?」
「知ってるのはイルフリーデだけみたいですが、彼は教えてくれませんでした」
地図を見ながら呟くカーナにカルナは先程の事を伝えた
◇
「るんるんるんるん♪」
リファは森の中を気分よく歩いていた
雪が降り積もるのもお構い無しにサクサクと歩く
白を基調としたややゴスロリチックな服装は清楚で天使かと錯覚するくらい美しかった
そのリファの肩には小さな羽の生えた妖精が座っていて、リファの歌に合わせて体を揺らしている
どうやら森で見つけてそのまま懐いたようだ
「おっかいもの~、おっかいもの~♪」
手には途中で拾ったのか小さな木の枝を握っている
リファが上機嫌な理由
それは一人で出かけている事に由来する
すでに方向音痴だというレッテルを貼られているリファは一人で村を出る事を禁止されていた
かならずリンもしくはミンク、ミエイらが一緒で行動していた
他の仲間、モカやカラネらは一人で森へ木の実等を拾いに出ているのに、だ
それは内心リファは不満だった
さすがにまだ誰も一人で港街への買い物はしておらず、リファはこれをチャンスと思って行動に移した
「あれ~?ちょっと違う?」
立ち止まり、周囲を見回し首を傾げるリファ
「おかしいなぁ、たしか目印の木がこの辺りにあるはずなんだけどなぁ」
そう言いながら再びガサガサとあらぬ方向へ歩き出した
それを見守る人影にリファは気づかない
◇
ルシアは全速力で森を走っていた
無事の報告をうけてはいるが心配で仕方が無い
大森林の魔獣は賢いが、腹が減っているこの時期は空腹が理性を上回る
リファが魔獣に襲われるかもしれない、そう思ったらルシアはゆっくりしていられなかった
そしてそれに追従しているのはルシーリアのみ
いや、ルシーリアしか付いてこれなかったが正しい
ふいに視界の先に黒い人影が見えた
全身黒い黒装束
と言っても顔はミスリルセイノ額あてに、上半身は黒の長袖インナーに上にこれまた黒いゆったりとした衣装を纏っていて、肌を晒してないが胸はボリュームがある
下半身は黒いミニスカートに黒いストッキングのような物を履いており、それが妖艶さを醸し出していて間違いなく男が見たら赤面するだろう
そう、彼女は忍の女性版、クノイチの格好をしていた
そして頭からは動物の耳がぴょこんと生え、辺りの些細な音を逃すまいとせわしなく動いている
彼女は猫の
「マスターこっちです」
その人影はルシアに合図を送る
「
「大丈夫です。ただ……」
ルシアの前に跪いた月夜と呼ばれたクノイチは言い淀んだ
「何かあったのかえ?」
月夜の表情を見たルシーリアが反応する
「お二人に一つお聞きしたいことがあります」
急に意を決したように顔を上げた月夜が真面目な表情で二人を見据える
「なんだ?」
「リファ様は今はこの先で休憩なされてます」
「ふむ、それで?」
「この後ルシア様とルシーリア様はリファ様を連れ戻しに行かれるのですよね?」
「一応そのつもりだが…?」
「カグヤ、何がいいたいのじゃ?」
「もし、連れ戻すおつもりなら…ここで私が食い止めます」
「「!?」」
月夜のまさかの発言に二人は驚きを隠せない
が、ルシアはそれ以上の動揺は見せずに落ち着いた表情で月夜に聞いた
「理由を聞いていいか?」
「私は…先程からルシア様が来るまでリファ様を監視していました」
話し始めた月夜の言葉に二人は無言で頷く
「その時に、リファ様のひとり言を聞いてしまったのです」
正確にはひとり言ではなくフェアリーに話しかけてるのだがそこは大きな問題ではないようだった
「なんじゃ?そのひとり言とは?」
「映像石を」
◇
「ふぅ、結構歩いたね。ちょっと休もうか」
肩に乗るフェアリーにそう話しかけるとフェアリーはこくこくと頷く
リファは辺りを見回し手頃な切り株を見つけると腰に付けた魔法袋から暖かそうな毛皮の敷物を取り出すと切り株に敷き座る
さらに大きめの毛布を取り出し自身の体を包む
そこへフェアリーも一緒に入る
「今頃はみんな慌ててるかなー。イルフリーデさん内緒にしてくれたかな…」
切り株から浮いた足をぶらぶらさせながらポツリと呟くリファにフェアリーは大丈夫と小さい手で頬を撫でた
「ふふ、ありがとう。フェアリー、聞いてくれる?あのね私いつもお世話になってるますたー達、ルシーリア様達に腕によりをかけて美味しい料理を作りたいんだ。その為にはまずは食材の調達から。自分で一から全部揃えてやりたいの。今の私にはそのくらいしかできないから……ねぇフェアリー、あなたも食べたい?」
ここで映像が途切れる…
「以上で……──!?」
月夜は再び顔を上げてルシアに視線を移すと…
ルシアは立ち尽くしており、その目からはとめどなく涙が流れていた
ルシーリアを見ればルシア程ではないが目を瞑り片手で目頭を抑えている
「っ…やめだ……」
「え?」
小さく呟かれた言葉に月夜は思わず聞き返す
「やめだ。月夜、全員に伝えろ。動ける者は大森林に布陣しろ。リファを魔獣から守りつつインクまで誘導する」
「わ、わかりました!」
ルシアの言葉に月夜は一瞬笑顔になるがすぐに表情を引き締め、返事をした後二人の前から消えた
「優しい良い子じゃな…」
「ああ、ルシーリアお前にも動いてもらうぞ」
「もちろんじゃ。あの子らは妾の子も同然。魔獣なんぞに近づけさせんわ」
そういうルシーリアの表情は先程の涙ぐんでいた表情とは違いニヤリとふてぶてしい表情だった
「イルフリーデとベアトリスを呼ぶぞ」
そう言うと、念話を使い始めた
◇
そこからは彼らの凄まじいまでの努力があった
「あ、あった矢印」
木に刃物で付けた矢印を見てリファは移動する
「(おい、何でそっちに行くんだ!?)」
「(さぁ…)」
草むらから覗くルシアらを尻目にリファはずんずん進む
「(くそっ月夜、リファの進む方向に先回りしてまた木に矢印を刻んでおいてくれ)」
「(御意)」
月夜は
《イルフリーデ、ベアトリス、お主らは上空からリファを追跡せよ。見失うではないぞ》
《御意に》
《はーい》
《おいベアトリス。ルシーリア様に対してその返事はなんだ》
《別にいいじゃん》
《よくはない。ルシーリア様にそのような言葉遣いなど──》
《もうルシーリア様は魔王じゃないからいいじゃん。ルシーリア様も畏まった話し方はいらんって言ってたし》
《それでもだ。だいたいお前は昔から…》
《イルフリーデ、ベアトリス。お喋りは後回しじゃ。ベアトリスは周囲の索敵、イルフリーデは上空からリファに接近する魔獣の排除》
はっ!
《よいか?絶対リファに見つかるでないぞ。隠密に行動せよ。以上だ》
そう言ってルシーリアは念話を切ると小さくため息を付く
「さて、地上でリファに近づく不埒者は妾が排除してくれようぞ」
ルシーリアはニヤリと笑うと巨大な大鎌を肩に担ぐとゆっくりと景色に溶け込んでいった
◇
「(だから何故矢印の方向に進まない…あ、そうだそっちだ!)」
「(初めて矢印の方向に進みましたね)」
ルシアと月夜が内心歓喜をあげていると、リファが急にこちらへ振り向いた
「「──!?」」
咄嗟に彼らは茂みに潜り込む
「ん~、今何か気配が…」
「にゃ、にゃ~~」
「なんだ猫か…」
ちなみに死者の大森林に普通の猫はいない
大樹の村にはいるのだが、リファは村の外は初めてなのでわからない
リファは興味をなくしたようで再び歩き出したのだが
「あ、木苺だ」
途中にあるベリーの木苺を見つけると駆け寄り魔法袋から籠を取り出しその小さな籠に放り込んでいく
そのうち一つを肩のフェアリーに渡すと自分も木苺を口に含む
「美味しいねシア」
リファの言葉にこくこくと満面の笑みで頷くフェアリー
どうやら名前を付けたようでシアと呼ばれたフェアリーも嬉しそうだ
「全部取っちゃうと虫さんや動物さんの食べ物がなくなっちゃうから半分くらいは残しておけば大丈夫かな」
小さな籠に八割程入った木苺を見てリファは小さく頷くと魔法袋に仕舞い込む
「うん、じゃあ出発しよっか。あれ──?」
立ち上がったリファは周りをキョロキョロ見回すと首を傾げる
「どっちだっけ?」
「(あっちだ!あっちだぞリファ!)」
「(ちょっ、マスター聞こえちゃいます。立ち上がらないでください、バレますよ)」
離れた場所では今にも飛び出しそうなルシアを月夜が懸命にしがみついて止めている
リファはガサガサしている草むらに視線を移す
「また猫かな?木苺食べたいのかな?私がいたら警戒しちゃうね。行こうかシア。猫さん、木苺ここにあるからねー」
そういうとリファは再び歩き出した
「(ノォォォ!そっちじゃなーーい)」
「(マスター、まだダメですってば)」
ルシアの声にならない叫びが衝撃波となり大森林に木霊した
◇
「(問題は夜だ!)」
すでに日が暮れている大森林は明かりがあっても余程事情がない限りは歩かない
ちょっとした広場に焚火を焚き、今リファは大きな木にできた木の
そのリファを背にルシアは目の前にいる月夜とカーナ、カルナと話し込んでいた
ちなみに焚火の火はルシアらが絶やさぬよう薪をくべている
もちろんリファに気づかないように、だ
この時期に焚火も付けずに森で夜を明かすなど自殺志願者しかしない
「(多分なんの備えもしてないと思うわよ、リファは)」
「(恐らく食料も水も最低限かと思われます)」
「(リファ達に上げた魔法袋はそんなに大きい物じゃないから少量の食べ物、水、寝具類などでいっぱいなはずよ)」
順に、カーナ月夜カルナである
「(今回は
「(リファ達にはひもじい思いはさせたくない…)」
「(相変わらず過保護すぎるわねルシアは)」
「(これを気に少しは娘離れしたらどうですか?)」
「(馬鹿な事を言うな!誰にもリファ達はやらんぞ!)」
ルシアの親バカぶりに案の定呆れているカーナ達だが、耳元のイヤリングが小さく振動したので表情を引き締めた
「もしもし?カーナか?」
「ええ、何かあった?」
通信相手はルシーリアであった
ちなみにルシーリアには大森林内に人員を配置する作業をしてもらっている
「今の所は大丈夫じゃ。リファに近づこうとする魔獣も今はおらんぞ。それでそちらはどうじゃ?」
「今は毛布に包まって寝ているわ」
「そうか、婿殿もそこにいるのか?」
「いるわよ」
「了解した」
そうすると通信用のイヤリングは静かになった
「ルシーリアがどうしたって?」
「さぁ?詳しくは本人からきいたら?」
「ん?」
焚火の火が風で少し揺らぎ、ルシアが気配を辿って上空を見上げようとした時
一足早く上から来た何かがルシアの背後にのしかかった
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