二章 12 魔族襲来

狐太郎と朱姫がキルエラとジンバックといつぶりかわからない再会を果たし、さらに食堂は朱姫の奢りで冒険者達は歓喜の声をあげる


食堂はすでに外に店じまいの看板が外に立て掛けられ、貸切状態になっている

久しぶりの再会でジンバックも嬉しかったようで3人と飲むことにしたようだ


食堂にいた冒険者達も朱姫の奢りと言うことでちゃっかりご相伴に預かっている

大体が怖いもの見たさの興味本位だろうが


当のジンバックだけは料理を作ったりと忙しかったのだが、自分らの料理をさっさとこさえると、残りの冒険者達の料理は厨房にいるもう1人の料理人(弟子)に後を任せて朱姫らと一緒のテーブルに座っており、その左右にはキルエラ率いる守護隊のメンツが座っている


「っく、がははは。まさかお前があの生意気だったコタローだとはな」


ジンバックは朱姫の隣に座っている狐太郎を見て豪快に笑う


「私も気づかなかった。コタロー、少し縮んだか?」


キルエラはなせが心配そうな表情で狐太郎を見る

狐太郎は頬を若干ひきつらせながら久々の挨拶を交わす


『2人共久しぶりです』

「やめんか!オヌシに敬語を使われたら尻が痒くなるわ」

「どうしたのだコタロー、熱でもあるんじゃないのか?」


豪快に笑うジンバックと若干身を乗り出し、本気で心配するキルエラ


『そんなに昔は敬語使ってなかったかな?』

【ふふ、そりゃ昔は荒れてた時もあったからのぅ。その頃に会っているじゃろう?懐かしいのう、主に紹介された狐太郎が2人に喧嘩を吹っ掛けたのはいつだったか】


昔、と言っても朱姫やキルエラ、ジンバックにとってはついこの間のような感覚なのだろう


「おお、そうじゃ。あの頃のコタローはとんがっていたのぅ」

「いきなり『俺と勝負しろ。俺が勝ったら部下になれ』だからな」

『うわー!思い出した!!やめて、あれは黒歴史』

【『2人一緒でも構わないぜ』と言ってたくせに、1対1でアッサリ負けると言うな】

『や~め~て~』


両耳を抑えながらテーブルに突っ伏す狐太郎

3人+守護隊の面々はそれを見てさらに笑い声をあげる


その光景に周りのファムや冒険者達は呆気に取られていた


「驚いた。店長があんなに上機嫌で笑うの初めて見た」

「いや、守護隊のキルエラがあんなに楽しそうな表情も初めて見たぞ。いつもは仏頂面なのに」

「守護隊の部下達もだ」

「あの美人の女、キルエラとジンバックと対等に話してやがる」

「それよりもあのガキだ。あの3人に平然と入って行ってるぜ。何者だ?」


盛り上がってる4人+守護隊8人とは裏腹に周りは静まり返り、ヒソヒソ声になっている


「しかしまさか朱姫とコタローが来るとはのぅ。しかも朱姫はコタローが召喚したのじゃろ?」

【ふふふ、そうだ。もうあのバカの気まぐれで呼ばれたり送り返されたりはしない。狐太郎がいるからな】

「まさか朱の姫あけのひめを召喚できるようになるとはな。以前はどんなに頑張ってもできなかったのにどういうわけだ?背が縮んだのと何か関係あるのか」

『身長から離れてよキルエラ。身長は関係ないから!』


真顔で思案しているキルエラは本気で身長が関係あると思っているようで、狐太郎は断固否定している

口調が昔に戻ってるのもご愛嬌だ


「しかし朱姫よ。この時期にその格好はどうかと思うぞ?寒くないのか?」


ジンバックのその言葉に周りの冒険者達が勢い良く頷いている

なんせ朱姫の格好は変わらず黒のピッタリしたスェットスーツに朱色のパンツルック、上は安物の皮の胸当てだけなのだ、ジンバックでなくとも疑問に思うだろう

さらに今はその胸当ては外してある

食堂に風は吹き込まないとはいえそれなりの寒さはある


【む?寒くはないぞ。この下地の黒は[デビルスパイダー]の糸で編まれた・・すぇっとすーつ?は、伸縮性に富み全属性に高い耐性を持っている。なおかつ夏はすずしく、冬は暖かいと言う優れ物だからな】


言いながら胸元の生地をみょーんと引っ張る朱姫に周りの何人かの冒険者は生唾を飲み込むが、ファムに頭を叩かれていた


「そうか、そうだったな。アヤツの作った物だったなそれは。相変わらず非常識な性能だ」

「まったく規格外の防具だな」


ジンバックもキルエラも思い出したかのように口を揃えて言う


『だけど周りの目もあるから薄手でもいいからコート着た方がいいって言ったんだけど』

「まぁそんな破廉恥な格好してるなら下心ある奴らからナンパされても仕方ないわな」

「自業自得であろう」

【む?】


狐太郎達が頷く中、周りの冒険者達も揃って頷いている

朱姫もそれを見ると今更ながら恥ずかしくなったのかバツが悪そうに果実酒をあおる


「して、こっちに来たのはアヤツに会いに来たのか?まさかわしらに会いに来たわけではあるまいに」


度数の高い酒をグビグビ飲みながらジンバックは朱姫に疑問を投げかけた


【うむ、実はだなーー】


朱姫が口を開きかけた時カランカランと食堂の入口の扉が音を立てて開いた


「あ、すいません今日はもう店じまーー」


ファムが対応しようとして扉に近づくが入ってきた人物を見て固まってしまう


「夕食になっても宿に帰ってこないと思ったらやっぱりここだったね」


入ってきたのは赤を基調としたの派手なコートを羽織ったレイラだった

そしてその後からリリアやレフィルらが入ってくる

彼らもそれぞれ防寒用の服を纏っている


『え?もうそんな時間?』

「そうよ、もう外は真っ暗よ。冬は暗くなるの早いんだから心配しちゃったじゃない」

『ーーごめんなさい』


両手を腰に当てて怒るリリアの言葉に狐太郎も素直に謝る

リリアも本気で怒ったわけではないのかすぐに笑顔になった


「おうレイラ、いい奴らを拾ってきたな。まさか朱姫とコタロー達だとは思わなかったが」


木製のデカいジョッキを掲げて気分良さげに挨拶するジンバックにレイラは呆れながらも近づいていく


「たまたまだよ。それにしてもジンバック、あんたが機嫌よく酒を飲んでるなんていつぶりだい?キルエラも。いったいどうしたってのさ」


ファムや冒険者達が慌ててテーブルを空けてくれたのに礼を言いながら、レイラはその隣のテーブルに着くとレフィルらも同じように座る


ファムは近くにレイラが来たものだから歓喜して舞い上がっている

目がハートなのがいい証拠だ


「がはは、久々に旧友が来たんだ。楽しく飲ませろ」

「久しぶりの再会だ。これくらいのハメを外すのはいいだろう」


ジンバックとキルエラが同じような事を言うと守護隊のメンバーも頷いている


ジンバックはともかく、堅物のキルエラまで笑みを浮かべながらそんな事を言うのでレイラはともかく、ファムや周りの冒険者達は目を丸くしている


レイラは朱姫を見、そして狐太郎に視線を移すと口を開きかけた


「さて、英雄レイラも来た事だし腕によりをかけてうまいもんでも作ってやるとしようかの。そろそろ弟子も忙しくて悲鳴を上げる頃だろうしの」


ジンバックが喋り出したのでレイラは話すタイミングを失ってしまった

よっこらしょとジンバックが立ち上がり厨房へ消えていくのを見送るとレイラは改めて朱姫を見る


「ジンバックがあんなにご機嫌なのは初めてだよ」

【そうなのか?私が知るジンバックはいつも美味そうに酒を飲んでいたぞ】

「やはり朱の姫に会えたのが嬉しかったんだろう」

「キルエラ、あんたもだよ。普段は鉄の仮面を付けてるかのように無表情のくせに」

「む?」

【昔は違ったんだがのぅ】

「武神様、そこを詳しく」

「レイラ嬢も朱の姫もやめてくれ」


食いついたレイラにキルエラは勘弁してくれと両手を上げる

相変わらず周りの冒険者達は付いていけずに呆気にとられている


「ーー!?」

【む!?】


その時ふいにキルエラと朱姫の表情が変わる

そして同時に外が騒がしくなり、食堂の扉が勢いよく開いた


「隊長、魔族が来た」


突如入ってきた守護隊の隊員の言葉にキルエラは別段驚いた様子もなく、即座に立ち上がると同時に周りの守護隊のメンバーも立ち上がる


「来たか。人数は?」

「100はいないようで下級魔族が大半です」

「隊の半数は住人を避難させろ!そして家に入って出ないように触れ回れ。残りは俺と来い」


瞬時に切り替えて、淀みなく命令するキルエラは流石と言うしかない


【我らも手伝うか?】

「・・できれば我らだけで対処したいのだが、数が腑に落ちない。頼めるか?」


キルエラの言葉に朱姫はニヤリと笑う


【無論だ】


そう言って立ち上がると、同じく狐太郎達も立ち上がる


「あたしは足でまといになりそうだからここにいるよ」


レイラは肩をすくめる


【うむ、リリアもここにいるといい。ここなら安心だし、いざとなればジンバックがいる】

「おう、腕は錆びちゃいねぇぜ!任せとけ」


朱姫の言葉にジンバックは厨房から出てきて筋肉質な腕をバンバンと叩く


「こいつらはどうすんだ?」


ジンバックはチラリと冒険者達に目を向ける


「魔族と戦った事があるもの、腕に自信のある者は付いてきてくれ。少しでも戦力が欲しい。逆に魔族と戦ったことがない者、少しでも不安がある者は住人の避難誘導を頼む」

「「「おおーーーーー」」」


キルエラの言葉にほぼ全員の冒険者が声を上げる

流石に魔族の侵攻を聞いても残っただけはある猛者だ

それを見たキルエラは口角を上げた


「ではいくぞ!」







・・・・・・・・・・・・







インクの港街に乗り込んできた魔族達との戦いは、下位の魔族や下級悪魔が過半数以上だったのと、朱姫や冒険者達の参入もあり無事に殲滅し終わった

街に多少の被害は出たものの死亡者はいない

冒険者が何人か怪我をした者はいたが命に別状はないとの事でキルエラは犠牲者なしにホッとしていた


「しかし隊長、手応えがなさすぎます」

【これなら船上で襲ってきた魔族の方が手応えがあったのぅ】


守護隊の副隊長と朱姫が同じ考えのようで何かを疑っている


「それは私も考えている。最悪の時は結界を張らせてもらう」


キルエラが魔法袋からソフトボールくらいの大きさの青い透き通った色の水晶を取り出す


『もしかして、それって・・?』

「さすがコタローは気づいたか。そうだ、あの理不尽が作った結界宝玉だ。まったくハイエルフ数十人分以上の魔力を込めた宝玉をあっさり作りおって・・」


狐太郎の呟きにキルエラは頷き、何故か最後は愚痴を呟く


「結界宝玉?なんだいそれは」

「まぁ簡単に言えば使用者の魔力量に比例した防御結界ーー所謂シールドなんだが、それを長時間構築できる宝玉だ」

「なんだと!?」


レフィルの疑問に答えたキルエラの言葉の内容は衝撃だったようでミレリアが声を上げた


「シールドに関しては我が帝国や他国でも研究しているはずだ。しかし成功したとの報は聞かれていない」

「それはそうだろう。この宝玉が個々の国で作られるのはまだ長い年月が必要だと言っていたし、我々もそう思う」

「ではなぜ・・そもそも、それを作れる力があるなら国に売り込めばいいではないか。一獲千金所か一生遊んで暮らせる。地位も名誉もーー」

【興味ないからだろう】


興奮気味のミレリアの言葉を遮ったのは朱姫で、狐太郎もそれに続き口を開く


『師匠が国に仕えるとは思えないし、変人だからきっと誰も扱いきれないと思う。それに人と関わるのが嫌いみたいだし・・』

【あいつの人嫌いは相当じゃからな】


狐太郎の言葉を引き継いで朱姫がカカと笑う


「ではその宝玉を我々ーー」

「やめておいた方がいいミレリア」


ミレリアの言葉を遮ったのはレフィル


「さっきキルエラさんが言ってたろう?ハイエルフ数十人分以上の魔力を込めてあるって。多分ミレリアは帝国に持って帰って魔術師団に解析させるつもりかもしれないけどーー」

「それはやめた方がいい。今のこの世界の技術力では解析は不可能だ。もし失敗して宝玉から魔力が溢れたり、暴走したりすれば国が吹き飛ぶではすまされん」


レフィルに続き口を開いたキルエラは恐ろしいことを言う

それでどれだけ危険かわかったミレリアは未だ未練があるようだったが諦めたようで何も言わなくなった


「それにーー」


キルエラは狐太郎をチラリと見る


「作り手以外では私しか使えない。使用する魔力が桁違いだからな。のコタローならわからないが、まぁ試さない方がいいだろうな。万が一暴走させても困る」

【相変わらず物騒な物を作っとるな】

『師匠は余裕で扱えるからでしょ?あまり他人の事を考えない人だから』


ボソボソと話す朱姫と狐太郎はお互呆れ顔だ


そこへ血相を変えた守護隊の1人が慌てた様子で駆け込んできた

休む暇も惜しんだのか、全身から汗を滴らせ、湯気を立ち上らせている

キルエラが先程後詰があるか偵察に出していた斥候の1人である


「た、隊長・・」

「まずは落ち着け。誰か飲み物を持ってきてくれ」


どんな時でも冷静沈着で表情が変わらない鉄面皮と陰で言われているキルエラは、落ち着いた様子で水を受け取ると汗だくの部下に差し出した


それをゴクゴクと飲み干した部下はようやく落ち着いたのか、一息付くと口を開いた


「5キロ程先ですが、魔族の大軍がこちらに向かっています」

「数はわかるか?おおよそでいい」

「空を黒く埋め尽くす魔族と木々をなぎ倒しながら地を掛ける魔竜、全部で2000はいるかと」

「ーー!?」


その言葉にキルエラはピクリと眉を動かすだけだったが、さすがにレフィル達は驚愕の表情だった


「魔族が2000だと?」

「ちょっと多いね・・全部がレッサーデーモン下級悪魔だとしても」

「それに魔竜とはなんだ」

ヴァージルとレフィルはその数に戦慄し、ミレリアは聞き慣れない単語に首を傾げる


【魔竜か。竜族を瘴気を浴びせ続け自我を失わせた竜の事だ。魔竜になると魔族の命令しか受け付けない。なかなか厄介だな】

「緊急事態だ。宝玉を使う。念の為街の住人には家から出るなと伝えろ」


それでも落ち着いた表情のキルエラは淡々と部下達に命令を出す


「結界を張ったら街から出るぞ。野外で魔族を迎え撃つ」

「ーー!?」


まさか迎撃するとは思ってなかった狐太郎達はキルエラの言葉に耳を疑った

しかしそれに同調する者もいた


【2000か。久々に腕がなるのぅ】

「わしも混ぜろよ。結界張ったからには中は退屈じゃ」


満面の笑みを浮かべた朱姫と、背に身長よりでかく長い戦斧を担いでいるジンバックだった





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