二章 11 知己との再会

街に出た朱姫と狐太郎は街のとある食堂で相変わらずつまみ食いをしていた


『リザールと違ってこっちは活気があるね』


狐太郎は魚の揚げ物をぱくぱく食べながら食堂の中をグルリと見渡している


【インクに残ったのは腕に覚えがあるか、命知らずな冒険者、あとは一旗あげたい奴らが大半だろう。血の気が多いから賑やかなのであろうな】


こちらは薄めの果実酒をグビッと飲みながら、ほぼ埋まっている食堂を見ている

そこへ追加の料理をウエイトレスが運んできた


「ねぇ、あなた達レイラ様と一緒に船から降りてきた人達よね?」

【うむ、そうだが?】

「いいなぁ。私凱旋した時見に行ったんだけどすごい人だかりで遠目にしか見えなかったんだ。ね、レイラ様格好良かった?」

『う、うん、格好よかったよ』


熱のこもった眼差しでずずいと詰め寄るウエイトレスの言葉に狐太郎は少し引きながらも素直に頷いた

どうやらこのウエイトレスはレイラのファンらしい


「やっぱりなぁ。はぁ・・私もレイラ様の船に乗せてくれないかなぁ」


そんなことを呟くと周りの冒険者達がはやし立てる


「ファムがレイラの海賊船に乗ったって足でまといにしかならないだろ」

「ちげえねえ。料理できないんだからここで大人しくウエイトレスやってた方がいいぞ」


笑いが起こる冒険者達にムッとするファムは伝家の宝刀を口にする


「む、そんなこと言うともうツケで飲ませてあげませんよ」

「うわ、それだけは勘弁してくれ」

「最近魔族の侵攻で依頼がめっきり減って懐が寂しいんだ。ツケが利く飯屋はここだけだし、後生だファムちゃん」


途端に情けない声をあげる冒険者


「それに料理の腕は少しは上達したわよ」


右腕をバンと自信ありげに叩くファムに冒険者達は一転驚愕の表情に彩られた


「ま、まじか?」

「いや、有り得ねぇ。塩と砂糖を間違えるレベルじゃないんだぞファムちゃんの料理の腕前は」

「この前何かの魚の煮付けを毒味、いや食べさせられた時はちょっとヤバかった・・」

「なに?お前もあれを食わされたのか?」

「ああ、食った後暫く身体が動かなかったが・・」

「失礼ね。ちょっと痺れただけでしょ」

「ファムちゃん、ちょっとじゃなくて半日は麻痺してたぜ。お陰で依頼すっぽかして大目玉くらっちまったよ」

「だからお詫びにご飯奢ってあげたじゃない」


その言葉にほとんどの冒険者が1人に嫉妬混じりの視線を浴びせる


「なんだと?お前ファムちゃんとデートしたのか?」

「ここでファムちゃんの新作手料理をな・・」

「「「・・・・・・」」」


一瞬沈黙に包まれる食堂


唯一カチャカチャと鳴る食器の音は狐太郎と朱姫だ

一転静かになった冒険者達にぷんすかと頬を膨らませたファムは、気を取り直して狐太郎達に向き直る


「ねぇ、カミラさんは一緒に来ていないの?」

『物資の調達とか魔族に壊された船の修繕の依頼とかあるから暫く忙しいんじゃないですかね』

「そっかー。カミラさん来ないかなー」


ファムのカミラと言う単語の呟きに沈黙していた冒険者達も再び騒ぎ出す


「カミラさんて美人だよなー。つれないけど」

「バカ、あのクールな感じがいいんじゃねぇか」

「ちげぇねえ。あのクールな感じで罵ってもらいたいぜ」

「変態か!」

「もう少し腕っぷしがあれば海賊船に乗れたのになー」

「ぶはは、よせ。お前じゃ無理だ。ルクスに瞬殺されて終わりだよ」

「うるせぇ」

「海賊船に乗る査定は実力だけじゃないらしいぜ」

「んじゃ何なんだよ」

「さぁ・・」

「なんだよわからねぇのか。まぁ常に女を見ては鼻の下を伸ばしてるお前じゃあの海賊船には一生乗れねえよ」

「ぷっ。確かに」

「なに?お前なんか嫁いるくせに、こないだ花屋の若い娘に鼻の下伸ばしてただろうが!」

「ばっ、バカ野郎。伸ばしてねぇ。あれは嫁へのプレゼントをだな・・」

「はいはい、ごちそうさま」


周りの冒険者達とファムと言うウエイトレスのやりとりで食堂がドッと沸く


『もっとギスギスしてるかと思ったけど』

【うむ、さすがに一旗あげようと残っただけはあるな】


朱姫は果実酒のカップを傾けかけて中身が空に気づくとウエイトレスを呼び止めた


【すまんが同じのをもうーー】

『水で』


かぶせ気味の狐太郎のセリフに朱姫は唇を尖らせた

そしてウエイトレスがいなくなったのを見計らったのか1人の冒険者が近づいてきた


「よう!」


茶髪のいかにもチャラそうな冒険者が飲み物を両手に持ちながら来て、朱姫の隣にドカッと座ると、片方の手に持っていた飲み物を朱姫に差し出し、もう1つを狐太郎に差し出す

顔はイケメンの部類に入るであろうその顔は笑みを浮かべている


「酒飲みたいんだろ?奢ってやるよ」


しかし朱姫は一瞥しただけで手をだそうとしない

狐太郎は若干鼻をひくつかせた後は知らん顔だ


周りにいる冒険者達は一部を除いて気づかない振りしているのか、関わりたくないのか微妙な空気が流れる

いや、チラ見をしているので気にはなっているのだが皆一様に気の毒そうな表情をしている

そしてその一部は茶髪の冒険者がいたテーブルの冒険者達だ

3人の冒険者が座ってこちらを眺めおり、こちらはニヤついた笑みを浮かべている


「どうした?毒なんか入っちゃいないぜ」


茶髪の冒険者が左腕を朱姫の肩へ回そうとした瞬間、朱姫は目にも止まらぬ早さで左腕を弾いた

あまりの速さに見えたものはほぼいない


「ーーっ、何しやがる」


一瞬何をされたかわからなかった茶髪の冒険者は固まっていたが、弾かれた腕の痛みで我に返った


【毒ではないが流石に睡眠薬入りのは飲めんな】

『匂いで丸わかりだからね。どこから仕入れたのかわからないけど調合が甘いかな。ほら、スミンの葉っぱのカスが浮いてるよ。もっと丁寧に濾さないと。それとバレないようにしたいならニナイの葉の汁も混ぜなきゃ。スミンと相殺されて無臭になるから』


「ーー!?っこのやろう。人が下手に出てれば・・」


今の狐太郎の言葉を理解したものはいない

そして瞬時に睡眠薬入りとバレ、さらにはダメだしされ茶髪の冒険者は顔を真っ赤にする

同時に茶髪の冒険者とテーブルを同じにしていた3人の冒険者と隣のテーブルにいた4人も同時に立ち上がる

おそらく仲間だろう


他の冒険者達は巻き込まれてはかなわないと、自分達の椅子とテーブルを朱姫達から遠ざける

逃げ出さないのは冒険者ゆえの矜持か、はたまた荒事には慣れているからか、少なからずとも興味があるからか


『あれで下手なんだ・・』

【下心満載なのは認めるがな・・しかし残念ながらまったくタイプではない。諦めろ】

「っ!?う、うるせぇ!」


茶髪の冒険者が朱姫に掴みかかる、がヒラリと難なくかわす朱姫

酒のせいで制御が効かずに他のテーブルへ突っ込みそうになる茶髪の冒険者を朱姫は左手の手刀を強めに首筋に落とし、茶髪冒険者を地面に叩きつけた

周りに被害がいかないように最低限の配慮であった

狐太郎だけは相手の首の骨が折れてないか心配していたが・・


「こ、このやろう」


茶髪冒険者が伸されたのを見た残りの仲間の冒険者達は一斉に朱姫へ殺到した

しかし元より実力に天地の差がある上に冒険者達は酔っぱらいである

まったく知らない人達から見ればいざ知らず、身内からすれば危険なんて何もないのだった


案の定瞬殺で襲いかかる冒険者達をのした朱姫は汗一つかいていない


「う、動くんじゃねぇ!」


残った茶髪冒険者の仲間の最後の1人が狐太郎を後ろから羽交い締めにしナイフを首筋に当てている

朱姫への畏怖か、酔ってるからかナイフは小刻みに震えている


朱姫はそれを一瞥すると戦闘態勢を解いた

しかし凶器は手刀、近づけば危ないため狐太郎を拘束してる冒険者も近づけずにいた

そして朱姫相手に優位に立ったと思った冒険者は酔いもあって余計な事を口走った


「へへっ、バケモノみたいな女でもガキの命は惜しいみたいだな」


ーピキッー


2人の額の血管にクッキリ青筋が浮かぶ

その言葉で冒険者の命運は決まってしまった


直後に冒険者の視界から朱姫の姿がかき消える

その姿を追えたものは皆無である

そして瞬時に拘束を解いた狐太郎はしゃがみこむと、その頭上を何かが通り抜ける

直後、メキっと言う嫌な音が聞こえ冒険者が鼻血を吹き出させながら仰け反った

手加減はしたようだ


そして狐太郎はそのまま立ち上がると冒険者の右腕を抱え込み豪快な一本背負いをかました

ガシャーンと言う音が響き狐太郎達のテーブルが破壊された


『あっ』

【せっかく私が被害ゼロで済ましたと言うのに】


朱姫は呆れた表情だ


【しかしこういう程度の低い冒険者も残っているのだな】

『逃げ遅れたとかじゃない?』

【もしくはおこぼれに預かろうとしたハイエナか】


朱姫と狐太郎は倒れた冒険者達に辛辣な言葉を浴びせる


「ちょっと、なんの音?ーーえ?」


そこへ料理を手に持った先程のウエイトレスのファムが食堂に入ってきた

そして伸された冒険者達とその中心にいる朱姫と狐太郎を交互に見ている

床に伸びている茶髪冒険者を見ると顔色が変わる


「もしかして・・」


すると今まで静観していた他の冒険者が口を挟んだ


「ナンパしたザイオン達が振られて喧嘩を吹っ掛けたら返り討ちにされた」


と至極簡潔に説明した

ザイオンとは茶髪冒険者の事らしい


「また?自業自得ね」


ウエイトレスの言葉には侮蔑と軽蔑の眼差しで伸びているザイオン達に注がれる


【美品を壊して済まなかった。これで足りるかはわからないが・・】


と、言いながら懐から金貨を数枚取り出すとファムに手渡した

その渡した金貨にファムはもとより、周りにいた冒険者達も呆気に取られた


「ちょっ、多すぎ。うちの美品はそんな高価なものじゃないから」

【しかし】

「争い事もうちの店慣れてるし、むしろこの程度の被害ですんで良かったわよ」


と言いながら金貨をすべて返す


【しかしこちらはそれでは申し訳ない。せめて金貨1枚くらいは受け取ってくれ】

「それでも十分多いんだけど・・じゃあその分食事をサービスさせてもらうわ」

【うむ、それなら構わない】

「成立ね」


朱姫とファムの話がまとまり、ファムが厨房へ消えて行った丁度その時、食堂の入口が勢いよく開いた


「失礼する。喧嘩していると通報を受けたのだがーーむっ」


入ってきたのはイケメンのエルフだった


「げっ、守護隊・・」


冒険者の誰かが呟く


守護隊とはインクの港街を守備する衛兵隊である

なぜ大仰な名前なのかは不明であるが、守護隊の実力は折り紙つきで、名のある冒険者も彼ら守護隊にはめったに逆らわない

特にリーダーのエルフの男は凄まじく腕が立つ、との事でインクの港街ではイケメンでエルフで強いときて女性ファンが多い

しかしこのイケメンエルフ、堅物で頑固で融通が効かずに男性陣からは残念エルフと呼ばれている


朱姫と狐太郎はテーブルの残骸を片付けており守護隊が入ってきたのに気づかない


「これはまた凄まじいな。やったのは誰だ?」


エルフの言葉に冒険者達の視線が1箇所に集中する

そこには冒険者の影で見えにくいが、壊れたテーブルの破片を片付けている狐太郎と朱姫の姿

それを見たエルフは事情聴取をしようと踏み出したが、足下の伸びた冒険者が邪魔で入れない

なのでまずは目下の仕事に取り掛かった


「ふむ、理解した。まずは伸びてる奴らを運び出すのが先か。縛り上げて詰所へ放り込んでおけ。叩けばホコリも出そうだ。二、三日は泊まらせる事になるだろう」

「わかりました」


ちなみに返事をした守護隊の部下達もエルフでイケメンであり、リーダー同様職務に忠実である

部下達は屈強な伸びている冒険者達を難なく縛り上げると楽々と担ぎ上げ、外の馬車へ積み込む


そして伸びている冒険者を全て馬車に積み込んだ後、もう邪魔はないと判断した守護隊のリーダーは一部の部下達をそのまま詰所へ運ぶよう指示し、ようやく狐太郎達に向けて歩き出す


「そこな御仁」

【む?私か?】


立ち上がった朱姫はイケメンエルフよりも背が高くイケメンエルフは若干見上げる形になり、一瞬驚くがその後朱姫を正面から見据えた時さらに目を見開いた


「ーー!?もしかして朱姫殿か?」

【ん?私を知っているのか?】

「やはりそうか。久しいが相変わらず物覚えが悪いな。私だ、キルエラだ」

【なに?キルエラだと?】


朱姫は驚きながら、キルエラと呼ばれたイケメンエルフをまじまじと眺めた


【本当になく子も黙る戦場のアサシン暗殺者キルエラか?】

「その名を呼ぶのを止めろ、戦場の血濡れ軍神朱の姫あけのひめよ」

【どうやら本物のようだな】

「いい加減顔を覚えろ」

【どうもエルフの顔は同じに見えて仕方ない】


ひとしきり話した所で朱姫とキルエラは握手をかわす


「この騒動は貴殿が?」

【睡眠薬入の酒を飲ませようとしたのでな。ちょっとお灸を据えただけじゃ】

「相変わらずだな」


周りにいた冒険者達はポカーンとした表情をしていた

よもやキルエラと朱姫が知己だとは誰も思わなかったからだ

そして朱姫に手を出さなくて良かったと二重の意味で感謝した


「うちの貧乏食堂に金貨なんか寄越した奴は誰だ?釣りはでねぇぞ」


さらにその時、厨房から人間の平均より少し背が低めの髭面のオッサンが巨大な包丁片手に食堂へ出てきた

外見の風貌からドワーフだと思われるが白いコックコートを着ているから料理人なのだろう


「ちょっと店長、違うの!それには壊れたテーブルや食器代も含まれてるのよ」

「それにしたって多いだろうが!頼むのは勝手だが残すような輩は許さんぞ!ーーむ?」


物騒な凶器を持ちながら食堂を見回していた髭面のドワーフは食堂の中心にいたキルエラに目を止める


「なんだキルエラ、飯の時間には早いだろうが。それともさっきの騒動は貴様か?」

「冗談はよせジンバック、私は騒動があったと聞いて駆けつけてきたのだ。貴殿こそ騒動の時に出てこなかったようだが?」

「けっ!俺の戦場は厨房だ。食堂の事はファムに一任してるから知らん。料理を粗末にするなら制裁を加えてたが、破壊されたテーブルには料理はなかっただろうが」

「相変わらずだな」

「はん、言いおるわ小僧っ子が!」


キルエラは先程朱姫に言った言葉と同じ言葉をじんバックにも言うとジンバックはニヤリと不敵な笑みを浮かべた

しかしキルエラの横にいる大柄の女性に目をやると髭もじゃで表情が読みずらい顔が傍から見てもわかるくらい驚いた表情になる


「もしかして・・・朱姫、か?」


震えるような声を出したジンバックの言葉に朱姫は優しい笑みを返した


【うむ、久しいなジンバック】





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