二章 10 それぞれの思惑

「ふぅ・・疲れたわ」

「まさかあんな風になるとは思わなかったよ」


時刻は夕方、インクにある宿の一室でリリアはベッドに体を投げたし、椅子に座っているレフィルはテーブルに突っ伏している


「いくら久々っていってもちょっとあれには参ったね」


同じように椅子に座っていたレイラも苦笑いをしている


『すごい人気だったねレイラさん』

【英雄の凱旋の様だったぞ】

「やめておくれ。背中がむず痒くなっちまうよ」


狐太郎と朱姫の手放しの賛辞にレイラは心底嫌そうな表情をする







・・・・・・・・・






~インクの港街、船着場~


昼を過ぎた辺りでインクの港街に到着した一行は、桟橋の辺りに人だかりができているのに驚愕していた

ミレリアなんかは驚きで固まっている

何故海賊がこんなに歓迎されるのかわからないようだ


「さて、船での旅はこれでおしまいさ。カミラ、後は任せるよ」

「買い出し以外の仕事が増えました」


ボソリと愚痴を呟いたカミラは些か不機嫌そうだ

魔族の襲来のせいで、破損した船の修繕費の計算して、修理をお願いしなければならないのだ


「今度美味いもの奢るから」

お土産・・・もお願いします」

「わかったよ。仕方ないね」

「約束ですよ」


その言葉でカミラは通常モードの表情へ戻った

存外食いしん坊なのかもしれない


「レイラ様・・」


カミラの隣にいルクスは言い難い複雑な表情をしている

不安と心配と葛藤、憤り等がないまぜになった表情だ


「ルクス、しばらく船は頼んだよ。しばらくはカミラについてまわってあげな。あたしが戻った時に船に何かあったら承知しないよ」

「わかりました・・」

「後は、自身もだけど獣人達を鍛えてやってくれ」

「はい・・」

「これはあんたにしか頼めない事だからね。カミラもそうだけどルクス、あんたのおかげであたしは安心して船を離れられるんだ。頼んだよ」


その言葉にルクスは複雑な表情のいくつかは消え去った

しかしレイラの側を離れるのはやはり寂しいらしい


「なるべく早く帰るからそんな顔するんじゃないよ」

「すいません」


「ったく・・」と小さく苦笑いを浮かべると狐太郎達に振り返る


「じゃあ行くよ」


それから船を降りると住民に熱烈な歓迎を受けた

近寄りすぎないように街の衛兵隊まで駆り出され、レイラ達と住人の間にロープを張っている


【ずいぶん慕われているのだな】

「カミラとルクスかい?まぁあいつらは海賊になる前、孤児だったガキの頃からの付き合いだからね。2人共愛想はないが頼りになるよ」

「孤児の頃からずっと一緒だったのか?」

「うん?そうさ、毎日毎日顔つき合わせて、よく飽きもしなかったもんだよ」


ヴァージルの言葉にレイラはカカと盛大に笑う


「海賊やるって言った時も付いてきてくれたんだ。感謝してもしきれないよ」

「そうか、いい仲間だな」


レイラの言葉にヴァージルはフッと穏やかな笑みを浮かべた


そこから、宿に付くまでは徒歩だと色々大変だと言うことで馬車が用意された

流石はパレードである

これにはヴァージルは疲れきった表情をしていた

疎まれ追われる事はあっても大手を振って歓迎なんてされた事はなかったからである

逆にミレリアは慣れたもので平然とし、リリアとレフィルは若干戸惑いながらもなんとかついてきていた


そうしてようやく馬車が宿に付き、部屋を借りた後はみなグッタリしていたわけである







狐太郎が暖炉の火からセットしていたポットの水が沸いたので人数分のお茶を入れているが、とりわけ狐太郎は疲れた様子はなさそうである


「それで、これからどうする」


普段あまり疲れを見せないヴァージルも椅子に座り疲労を色を滲ませている


「ま、急ぐ気持ちもわかるけど今日はここで一泊でいいんじゃないかい?あんた達も少しは疲れはあるだろうし、先を考えたら休める時は休んだ方がいいと思うけどねぇ」


ヴァージルの言葉にレイラはそう答えたが、視線はかの2人に注がれ、その眼差しは呆れが見える


【インクの港か、久しぶりだのぅ。昔は港街と言える程大きくなかったのだがな】


窓から見える景色を見ながら朱姫がしみじみ呟く

疲労は微塵も感じられない

冬に近づいており、外を歩く住人は厚手の服を着ているのが見える


『じゃあさ、ちょっと出歩いてみようよ。インクは俺も久しぶりだから』


その横で朱姫に話しかける狐太郎もウキウキした様子が伝わってくる


【うむ、そうだな。レイラ、私と狐太郎はちょっとでかけてくる。夕食までには戻る】


そう言うと狐太郎と2人で部屋を出ていった

バタンと扉が閉まる音がすると残った一行はお互い顔を見合わせる


「元気だねぇ」

「武神殿は疲れはないのはなんとなくわかるけど、コタローは何故だ?」

「子供だからじゃないのか」


ミレリアの問に答えたヴァージルの言葉に一同は納得する


「コタロー君の前で子供発言はダメよ?」

「わかっている」

「しかしあれでまだ成人したばかりだってのに、実力もある。色んな意味で末恐ろしいな」

「同感」

「それで、だ」


ヴァージルがふとレイラの方を見る


「いつまで付いてくるつもりだ?エルエリア大陸へ送ってくれるだけじゃなかったのか?船はどうする」

「船はしばらく休業さ。どうせ今から逃げ出したんじゃ海の上で魔族に見つかって藻屑になっちまうよ。うちらも一ヶ月くらい休む暇なかったからいい休暇さ」

「それとお前が付いてくるのに関係あるのか?」

「つれないねぇ。ただ興味があるだけだよ。それだけじゃダメかい?」

「・・ふん、足でまといにはなるなよ」


てっきり完全拒否されるかと思ったレイラはヴァージルの言葉にニンマリと笑う


「そのくらいは心得てるさ」


その言葉を受けてふとリリアは疑問に思ったことを口にした


「あれ、いつもレイラに付き従ってる人は?絶対付いてくると思ったんだけど」


ルクスとカミラがいない事を訝しんだリリアは布団に突っ伏したまま顔だけをこちらへ向ける


「お前・・船降りる時にその話してただろう」

「そうだっけ?」


ヴァージルの言葉にもリリアは知らないとばかりに頭を振る

呆れたヴァージルだが、レイラが自ら説明する


「ああ、説得した。まぁカミラは買出しやら船の修理の見積もりやらの仕事があるからね」

「もう1人は?」


それこそこれから行く死者の大森林は危険が伴う場所で、ルクスが絶対付いて行くと言い張る姿が全員頭に浮かんだのでルクスがなぜいないのか疑問だった


「今頃はどっかで鍛錬してるんじゃないのかね?」

「・・・・・」


その言葉にヴァージルはレイラが言った言葉を思い出し、ルクスに同情する


「先の魔族やイルフリーデって言う魔族には残念ながら手が出なかったからね。歯噛みしてたから発破かけてやったのさ。こっちは武神様がいるから大丈夫だしね」

「・・もうちょっと優しくしてやれ」


呆れたような声音で言うヴァージルにレイラは意味がわからず首を傾げるだけだった



その後、一行は一旦仮眠を取ることになり、レフィルとヴァージルの男性陣は隣の部屋に戻っていった








・・・・・・・・・








とある海上を一隻の船がエルエリア大陸に向けて進んでいる


「どのくらいでエルエリア大陸に着く?」


耳元まで掛かる黒髪を海風になびかせながら青年は聞く

青年と称したが、まだ幼さが残る顔立ちはまだ成人前のようにも見える

どこか温和な雰囲気を漂わせている青年はどこかこの世界ではない異国風の顔立ちをしていた


「そうですね、一週間はかからないかと」


その問に壮年のーー青年に比べればだがーー男性は若干曖昧な返答を返す

こちらはこの世界独特の、地球で言うところの彫りが深い白人っぽい顔立ちをしている

服装は文官や宰相が着るような服装で、動き回るには若干大変そうな服を着ている


「魔族は?」

「すでに斥候が人間に接触したと報告が上がっています」

「そうか」


そう呟くと表情を緩め、ニヤリと笑みを作る

それは歪んだ笑みだった


「くっくっく、ようやくこの手で裁きを下せる。覚悟しろ、異教徒め」







・・・・・・・・・







~とある森の中~


日も暮れてすでに辺りが闇に閉ざされる時刻、冬に近づいている季節にはこの時期の夜の寒さは堪える

さらに雪がヒラリと舞い降りてきている中、開けた広場みたいな場所には数個の篝火のようなものが焚かれており、そこには多種多様な獣人や魔族、ハーフの獣人や魔族などが集まり、地球でいえば国際色豊かな顔ぶれである

しかしこの世界で言えば異様で有り得ない光景である

だが、集まってる人達はお互い憎んだり、いがみ合ったりがまったく見受けられず、獣人や魔族が顔を突き合わせ、何かの談義をしていたりする


そして獣人や魔族達の前には2人の男女が向かい合う形で立っている

2人の男女は人間のようだった

その片方の男性が隣の女性に声を掛ける


「おい、レイラは無事か?」

「ちょっと待ってーーーーうん、明日にはインクに着くってさ」

「そうか」


片耳に手を当て何かと話す仕草をしている女性はやおらうつむき加減だった顔を上げ、無事を確認する旨を伝えると男性はホッと胸をなでおろす

そして男性は集まっている集団に話し出す


「どうやら無事にインクに着くようだ。後はまぁ大丈夫だろう。お前らも武器をしまって普段の生活に戻れ。雪も降ってきているから風引かないように暖かくするんだぞ」


男性の言葉で集まっていた獣人や魔族達は一様に安堵の表情を浮かべて解散していった

しかしその集まりの先頭に立っていた魔族の少女は一向に立ち去る気配がない

集まっていた人達はまたかと言う苦笑いと好奇の視線を投げかけながら散っていく


2本の角と深紅の瞳は魔族の証でそれ以外は人間らしい装いをしている

しかしやはり服装は黒を基調とした服で何故かフリルのついたドレス姿、俗に言うゴスロリと言う奴であろうか

身長は150すらなさそうな小柄な体型であるが、体のラインはメリハリがしっかりしていて子供ではないとわかる

現に胸の前で組まれているであろう腕は胸のでかさのせいで見方によっては腕が隠れて見えない程である

大きな胸が服を押し上げる様は男性ならゴクリと喉を鳴らしかねないだろう

しかしそれは不釣り合いな程の背中の背負う得物が躊躇わせる

強大な死神が好むような禍々しい漆黒の大鎌を背負っているのだ


魔族の少女は集まっていた人達が完全にいなくなったのを見計らって男性に話しかけた


「婿殿」

「誰が婿殿だ!」


男性は瞬間移動のように魔族の少女の前に移動するとどこからか取り出したハリセンのような物で魔族の少女の頭をスパーンと叩いた


「いきなり何をする?」

「婿殿は止めろ」


魔族の少女は叩かれた頭を抑えながら不機嫌そうに口を尖らせる


「で、何か気になった事あったの?」


男性の隣にいた女性が平常運転で魔族の女性に話しかける

魔族の少女もコロッと態度を変え、真面目な表情になる


「うむ、魔族が押し寄せてる話はしたと思うが・・」

「うん、今の魔王が大群引き連れてきてるんでしょ」

「それは前に1度聞いてるぞ。手は打ってある」


男性の言葉にも魔族の少女の表情は晴れない


「予感か?」

「いや、気配が・・まだ遠いから分かりづらいが、むーーそなたと同じ気配がする」


婿殿と言いかけて言い直した魔族の少女の最後の言葉に男性は一瞬驚いた表情になるが、すぐに改め面倒くさそうに白い髪をガシガシとかく


「ーーちっ、まじか」


その表情は心底嫌そうな表情だった

だがそれは一瞬で、次にはニヤリと笑みをうかべる


「面倒くさい話だが、そっちは何とかするから大丈夫だ」


男性の言葉に隣にいた女性と魔族の少女はしばらくじっと男性を見つめていたが、諦めたように小さくため息をつく


「無理だけはしないでよね。いざとなったら私も戦うから」

「妾もいるぞ」


心配そうに見上げる2人を男性は笑顔で一蹴する


「俺が大丈夫ったら大丈夫だ」

「それは知ってる。ただ、他の人を巻き添えにしないようにね」

「一面荒野にするでないぞ」

「そっちの心配かよ!俺は?」

「心配するだけ無駄なんだもん」

「婿殿なら殺しても死なないからな」

「婿殿言うな!」


何故か仲良く男性をいじる女性2人は種族は違えど姉妹のように仲が良かった


「お前らも寝ろ。雪が降りはじめてるから明日の朝は冷えるぞ。ーーん?」


男性が視線を動かすと、建物の影に隠れるように、いや半身だけしか隠れてないがこちらを不安げに見つめる子供がいた

目はクリっとしてて愛くるしく、鮮やかな金色の髪は短めでショートカットだ

そしてその金色の髪からは猫耳が生えていて、所謂猫の獣人という奴だ

男性につられてそちらを見た女性は一瞬驚いた表情を作るがすぐ笑顔になる


「あ、起こしちゃったかな?」


女性の言葉に隠れていた小さな子供は女性に向かってとてとてと歩み寄り女性の足に抱きついた


「どうしたの?また怖い夢でも見た?」


女性の言葉に抱きついた子供は泣きそうな表情で見上げてくる

その子供の頭を優しく撫でる


「もう大丈夫だからね。それじゃ今日はお姉さんと一緒に寝よっか」


言いながら手を引き建物に戻ろうとするが、子供は男性をじっと見上げている

女性はそれを見て男性に視線を向ける


「ほら、そんな不安そうな顔してるからこの子が心配してるわよ」

「この顔は元からだ!」


その言葉に男性はツッコミ、苦笑しながらもゆっくり近づき目線を子供の高さに合わせてしゃがみこむ

そして金色の髪を優しく撫でると子供は嬉しそうに、くすぐったそうに目をつむる


「何も心配いらないぞ。俺ももう部屋に戻る。先にコイツと戻っているといい」


その言葉に猫耳ショートカットの子供は満足したのか小さく頷くと女性の手を握りとてとてと歩き出す

そして建物に入る前に再びこちらを見て、何故か名残惜しそうな表情を浮かべ、ゆっくり建物へ入っていった


魔族の少女と男性はしばらく見つめていたが、やおら魔族の少女が口を開いた


「あの子供はこないだレイラから引き取った6人いた半獣人の孤児のうちの1人か?」

「ん?ああ、そうだ。他にもいたけどな。あの6人が一番幼くて、酷い状態だった。ハーフで産まれ、疎まれ、蔑まれ、常に暴力を振るわれ続けてきていたらしい」


男性はその時を思い出し表情を歪め、怒りで拳を強く握りしめていた


「商船であの6人を見つけたレイラはぞっとしたと言ってたぞ。怯える事すら忘れ、目には一切の感情が浮かんでいなかったってな。話しかけても反応はなし、ただ時折何かに怯える仕草をしていたらしい」


男性の表情は一転、悲しみが広がる


「それが一月ひとつき二月ふたつきでだいぶ人らしくなったでないか」

「ああ。あいつらには幸せになる義務がある。俺が幸せにさせる」


その言葉に魔族の少女はフッと笑顔をつくる


「婿殿は孤児院でも開いた方がいいのではないか?」


スパーンとハリセンの子気味いい乾いた音があたりに響き、魔族の少女は頭を抑え不満気に男性を見上げていた







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