二章 9 上陸

【なるほどのぅ。だいたいの事は把握した】

「しかしその話は本当なのかい?未だに信じられないんだけどさ」


話に加わっていたレイラが苦笑いしている

すでに避難していた船乗り達が船を動かし、エルエリア大陸へ向かっている最中である

ただ、魔族が怖いのかレイラ達の周りには誰も近づいてくるものはいない

唯一の例外はルクスである

彼は相手が誰であろうと戦いの場ではレイラから離れない

そしてもう1人の側付きのカミラはいない

ルクスがいるときは彼女は必要ないので恐らく中で作業しているのであろう

尚、破壊された縁の破片や空樽はそのままである


「うむ、本当の話だ。我が主は「我の最後の命令じゃ。ーーこれより人間との戦争は中止にする。仕掛けられての反撃は許すが、こちらから仕掛ける事は断じて許さん」と仰られた。我々ルシーリア様派は前々から人間への攻撃は控えろと言われてたから別段驚く程ではなかった。問題はそれ以外だ。今の魔族は大きくわけて二つの派閥にわかれている。1つは前魔王様、我が主と、先程も言ったように現魔王と名乗っているボルガだ」

【ちなみに戦力比はどの程度じゃ?】

「別に我々はボルガと敵対しているわけではない。向こうはどうか知らんが・・数で言えば我らが圧倒的に少ない。だが、我々魔族は数の優位はアテにならん。それこそ実力がピンキリだからな。前魔王様が魔王だった頃に慕ってくれていた大半は付いてきてくれてはいるが、ほとんどは中立だ。ボルガは人望こそないが、優秀な参謀がいるのかここ数年で戦力を増やしつつある」


イルフリーデの言葉の中に朱姫は気になった事があったので聞いてみた


【ちょっとまて。ここ数年って事は魔王が代替わりしたってのは】

「数十年前の事だ。「妾は今日限りで魔王をやめる」と突然言い放つと、フラリといなくなってしまってな。部下だった我らが必死に捜索して、ようやくこの大陸にいるとわかったのがつい最近だ」


イルフリーデの言葉に朱姫と狐太郎はお互い目線を合わせると内心小さなため息をつく

逆にレフィル達は魔王の破天荒っぷりに驚いている


「なんというか・・」

「想像していた魔王と違うわね・・」


レフィルとリリアはどういう表情をしていいかわからず固まっている


「今思えばルシーリア様は嫌気がさしていたのかもしれん。いつ終わるかもわからん人間との戦いに」


人間と違って魔族は長命だ

それこそ強大な魔力を持つ魔族は何千年と生きると言う

その長い時間戦いに明け暮れれば嫌気もさすのだろうか・・


「我が主、ルシーリア様の実力は歴代の魔王と比べ突出した強さを持っているのだが・・少々人間臭くて言動が子供っぽい所があってな・・良くも悪くも魔王らしくはない」


イルフリーデは困ったような表情をしながらも誇らしげだった


「まぁルシーリア様が歴代初の女性魔王だからねー。」


ベアトリスが女性魔王と言う単語を強調して誇らしげな言葉にレフィル達は驚き固まる


「魔族って実力社会じゃん?だから基本魔王様の側近って男ばかりなわけ。だけどそれじゃ大変だろうってイルフリーデがさ、あたしを魔王様専属の~、人間の言う所の所謂侍女?みたいな感じでつけてくれたのよ」

「俺は今更ながらお前を魔王様の側に置いたことを後悔している」

「ちょっ、なんでよ!」

「お前がいらんことを吹き込むからルシーリア様が魔王を退位し下野してしまったんだろうが!忘れたとは言わさんぞ」

「うっ・・でもそれはさ、ルシーリア様が何か面白い話を聞かせろってしつこいから・・」


激昴したベアトリスだが、イルフリーデに言いくるめられ次第に声が小さくなる


「まぁお前のお陰でルシーリア様が色々助かっていたのは確かだ。お前の話を楽しそうに聞くルシーリア様を見て良かったとも思っている」

「でも、たまに辛そうな表情を浮かべる事もあったよ。あたしどうしていいか分からなくて・・」

「ルシーリア様の事はルシーリア様自身にしかわからん。お前が気に止む必要もない」


酷く落ち込むベアトリスを慰めるイルフリーデの声音が柔らかかった


「女の魔王なんかって陰口はしょっちゅうだった。しかしルシーリア様は圧倒的な実力で魔王の座を掴んだのだ。実力主義の魔族にとってこれは文句の言われはない。ルシーリア様は「文句があるなら力でねじ伏せてみろと」毎回言っていた。それでも力では勝てないのがわかっているからな、裏で姑息な手段を用いる輩が多くてな。我々も潰すのが大変だった」

「あたしも狙われて大変だったんだから」

「お前はルシーリア様の側から離れなかったから大した被害はないだろう?」

「まぁそうなんだけど」


2人の愚痴に入り込めるわけもなく朱姫達は黙って聞いている

リリア達なんかは唖然とした表情だ


それに気づいたイルフリーデはごほんと小さく咳をすると、話を戻した


「少し話がそれたがそういう理由で人間に危害を加える気はない。ボルガ達は関係ないようだがな」

【1つ聞きたいがお主らは反対ではないのか?長年戦ってきた人間との共存を】


朱姫がズバッと切り込む

その言葉にレフィルらはハッと息を呑む

しかしイルフリーデは表情さえ変えずに答える


「正直な話、戦いを仕掛けてきたのは人間共だ。我々は防衛してたにすぎん。血気盛んな奴らはこれを期に人間共を根絶やしにしようと動いたが、結果はご覧の通りだ」


内心は伺いしれないがイルフリーデの表情からは人間が憎いと言う気持ちは読み取れない


「それにルシーリア様は最初から反対していた。なので俺も前線には出なかった。ルシーリア様派の魔族はほぼ出ていない。まぁ前線に出向いたのはろくな意思を持たない下級悪魔やそれを使役していた魔族だろう」


淡々と戦局を分析していたイルフリーデを朱姫は感心したように眺める


【お主が前線に出ていたら戦局は変わっていたかもしれんな】

「世辞はよせ。間違いなくヴァイスディザスター白の厄災に殺られていただろう」

ヴァイスディザスター白の厄災か。色々な呼び名があるのぅ、あ奴は】


朱姫はシミジミとため息をついた


『あの、ちょっといいですか?』


それまで大人しく黙っていた狐太郎が発言する

狐太郎も会話に参加したかったのだが、色々ボロが出るとまずいと思って今まで口を開かなかった


「なに?」


それに反応したのはベアトリスである


『イルフリーデさんとベアトリスさんって上位魔族ですよね?今は見て魔族だってわかりますけど、上位魔族だったら完全に人間の姿を取れるんじゃないですか?』


今回の質問は特に当たり障りのないものだったので朱姫は内心ホッとしている


「よく気づいたわねー。エラいぞ」


そう言いながらベアトリスは狐太郎の頭をグリグリ撫でる


『痛い!痛いです』

「あれ?人間の子供って頭撫でられると喜ぶでしょ?」


痛がっている狐太郎を見てベアトリスは首を傾げる

すかさずイルフリーデがベアトリスの頭をひっぱたくとグキっと嫌な音がした

首を傾げた状態で上からひっぱたかれたのでさらに首が横に曲がっている


「お前は加減を考えろ!そんな力を込めてやられて喜ぶわけがないだろう」

『それに子供じゃありません』

「うっそ?そんなに可愛いのに?」


狐太郎の反論にベアトリスは首を治しながら驚く

タフな魔族である


【まぁあまりからかってやるな。一応成人はしておるのでな】

「まじで?じゃあさーーむぐっ」

「もうお前はしばらく黙っていろ。それで先程の質問だが、もちろん人間の姿を取れる。だが今はそれは意味がない。それだけだ」

【なるほど。人間の姿にはいつでも取れるというわけじゃな】


朱姫は納得したように呟く


「俺からの話は以上だ」

【ふむ、私も特にはないの。他はどうじゃ?】


朱姫がレフィルらに顔を向けるとレフィル達は首やら手やらをブンブン横に振る


「ないようだな。では俺達は戻る。街に着くまでは気をつけることだな。ボルガの手勢がまたくるかもしれん。まぁヴァイシュラヴァナがいれば心配も無用かもしれんが・・」

【ふふ、了解した】

「いくぞベアトリス」

「あ、うん。じゃねー」


イルフリーデはそそくさと、ベアトリスは笑みを浮かべ手を振りながら去っていった


しばらく眺めていた一行は、完全に視界から見えなくなると大きく息を吐いた


「なんと言うか、色々疲れたな」

「有効的な魔族って初めて見たよ」

「武神様は当然として、コタロー君も緊張してないように見えたよ。すごいね」

『いえ、圧倒的すぎてそんな余裕なかっただけですよ。内心は逃げ出したいくらいでしたよ』


最後の言葉は嘘であるが、今世では有効的な魔族は初で緊張したのは事実である


「やっぱりあたしの目に目に狂いはなかったね。あんた達がエルエリア大陸に渡れる鍵だったわけだ」


レイラは1人納得しニンマリ笑う


「どういう事?」


リリアは可愛く首を傾げる


「いやね、毎回毎回あの魔族、イルフリーデだったっけ?あれがこの船を見逃してた理由さ。あれは戦力を見極めてたんじゃないかってね」

「戦力?」

「そう。今魔王軍が大挙して押し寄せてるだろ?それに元魔王がエルエリア大陸にいる。そして元魔王達は戦力が足りない」

「魔族同士の戦争!?」


レフィルが驚いたように言葉を引き継ぐ


【いや、それはないじゃろう。魔族は数ではなく個々で戦うからの。戦争なんて大きなものにはならんはずじゃ】

「それに魔族が人間を戦力と思うか?よくても時間稼ぎの壁くらいしか思ってないと思うが・・」


ヴァージルがもっともな意見を言う


「それは押し寄せてる魔王軍の話だろう?イルフリーデが言っていた元魔王は人間と共存したいって言ってるらしいじゃないか」

「さっきの魔族が本当の事を言ってるならな」

「まぁ全部本当じゃないにしろ、攻撃の意思はないと見ていいだろうね。あるなら逃げ場のない、飛べない人間なんて船では格好の餌だし」

「ようするに行ってみないとわからない、行くしかないって事よね?」


あまり話についていけなかったリリアは開口一番そう話す


「そうなんだけど、そう言われると身も蓋もないね」

「リリアらしくていい言葉だったぞ」


リリアの発言に自然に相槌をうつレフィルとヴァージルに当のリリアは頬を膨らませた


「なんか馬鹿にされてる気がするんだけど」

「いつもの事じゃないか」

「昔からだろう?」

「ひどい!あんたらだってねぇーー」


いきなり言い合いを始めた3人を尻目にレイラは苦笑いをする


「やれやれ・・で、聞くまでもないけどどうする?」


レイラの視線は朱姫と狐太郎だ


『もちろん』

【エルエリア大陸へ行くぞ】

「だよねぇ」


2人の言葉にレイラはニヤリと笑うと船乗り達へ向けて大きく口を開いた


「お前達!このままエルエリア大陸へ突っ込むよ。それまで気張りな!着いたらしばらく休暇だ!気合い入れるんだよ」

「「「「「おーーー!!!」」」」」


元気に返事をする船乗り達の言葉を聞きレイラは笑顔で歩き出す


「さて、それじゃいい加減腹が減ったから飯にしようか?」

「ご飯?」


レイラの言葉を目敏く聴きつけたリリアは言い合いをしていたレフィル達から離れてこちらに走ってきた


「そろそろ時間だろう?」

「私お腹空いちゃった」

【さっきあれほど食べたのにか?】

「だってここの食事、船とは思えないくらい美味しいんだもん」

「その言葉、料理長に聞かせてやってくれないかい?」


レイラ達は他愛ない話をしながら食堂へ向かう

レフィルとヴァージルを残して






・・・・・・・・・・






「お頭、陸が見えてきました」


マストの見張り台から船乗りの声が響いた

それを聞いてリリアと狐太郎は船首に向けて走り出した

それを見た朱姫は小さくため息を吐く


【子供か・・・・】


その呟きを近くで聞いたミレリアは出しかけた足をピタリと止める


「ようやく到着だね」

「レイラ達も久々なんだよね?」


レフィルとヴァージルも船乗りからの声で甲鈑に上がってきた


「そうさ、散々あの魔族に邪魔されたお陰でね。約一ヶ月ぶりか。そろそろ食料の備蓄も危うかったからあんたらには助かったよ」

「よく一ヶ月も港に寄らずに食料が持ったな」


もっともな疑問にレイラはニヤリと笑う


「うちの船には食料を長期保存できる食料庫があるからね。一ヶ月くらいの航海は何でもないのさ」

「リザールには寄ってたじゃないか?そこで食料を買わなかったのか?」

「あそこは貴族相手に色々やらかしてるからね。大っぴらに買い物なんかできないのさ。ましてやまとめ買いなんてしたら直ぐにバレちまう」


悪びれた様子もなく軽く首をすくめるレイラに、ミレリアはピクリと反応するが特に何も言わなかった


「いつもはエルエリア大陸のインクの港で食料の調達はするのさ」

「そっちは問題はないのか?」


再びヴァージルの疑問だが、レイラは問題ないと答える


「エルエリア大陸に国を構えている奴らは、他と違っていい奴ばかりだ。あたしらとも知己だからね。昼間堂々と出歩いたって問題はないよ」


ゆっくりと近づいてくる大陸にレイラは懐かしむように目を細める


「お頭、港から接舷了解の信号が出た」

「船を桟橋に付けな!久しぶりだからってヘマするんじゃないよ」

「「「「「おーーーー」」」」」


「さて、あんたらも部屋から荷物を持ってきな。着いたら直ぐに降りるよ」







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