二章 8 新手

ブレークレイブレイド蒼い雷刃!」


ヴァージルに短刀が振り下ろされる直前、レフィルが突っ込んで散乱している樽の山が稲妻と共に爆ぜた

同時に隅っこに避難していたレイラの表情が引き攣る


「ーー!?」


魔族は危険を察知し慌てて横に移動する

そこを稲妻を纏った大剣の刺突が凄まじい勢いで通過した


「・・お返しだよ」


しかしかわされるのがわかっていたのか、レフィルは冷静にそこから先程の魔族と同じように回し蹴りを放つとそれは見事魔族の横腹に突き刺さった


「!?ぐはっ!」


まともに食らった魔族は船の縁を越え、海に投げ出された

しかし落ちる前で左手で縁を掴み反動でくるりと甲鈑に着地した


ネグロファルクス裏切り者のーーベトレイヤー闇大鎌・・・・」


魔族は声の方に振り向くが呟いたヴァージルの姿はそこにはない


消えたヴァージルに驚愕に表情をした魔族の後ろに黒い雷光を引きずりながら現れたヴァージルは変形した禍々しい大鎌を振り抜く

が突如魔族が霞のように姿が朧気になり、大鎌は空を斬った


「まさか俺の動きについて来れるとはな・・それが貴様らの本気か」


声に振り向くと先程とは反対側の縁に魔族は立っていた

その表情は読みにくいが、驚いている事は間違いないだろう

そして見れば右腕の手首から先がない

どうやらさっきヴァージルが振り抜いた大鎌はかろうじで当たっていたようだった

しかし瞬時に失った右手首が再生され短刀も出現し、空いていたもう片方の手にも黒い短刀が握られ左右の手に短刀が握られた


「あれくらいじゃダメージにならんか」


ヴァージルは即座に再生した手首を見ても別段驚いた様子もない


「だけど・・」


レフィルは小さく呟くと再び蒼い雷光をスパークさせて魔族へ突撃し、大剣を振り下ろす


「ーーっ速い!」


魔族は改めて見たレフィルの速さに驚きながらも短刀で大剣を防ぐモーションを起こす


「こんな所で負けてられないんだ」


言い放ったレフィルの斬撃は蒼色の軌跡を描き魔族に吸い寄せられるように襲いかかる


「っぐ・・」


片手で防げると思っていた魔族はレフィルの斬撃の重さに呻く

弾かれはしなかったものの痺れてしまった


「死ね」


瞬時に闇色の稲妻を纏ったヴァージルが魔族の傍に出現すると大鎌を振り抜く


「ぐあっ」


首を取られる事は回避したが再び腕を、今度は肩から先をバッサリ斬られた

さらにレフィルが大剣を横凪に振るうが、魔族は再び霞のように消え大剣は空を斬った


「・・・・おのれ・・人間の分際で・・」


船の縁まで下がった魔族は今までの態度とは変わり憎々しげに2人を睨め付ける

失った右腕も再生したものの、若干息が上がっている


「許さんぞ・・」


怨嗟の言葉を呟いた魔族は再び溶けるように消える


「ヴァージル後ろだ!」

「ーー!?」


先程のゆっくりした瞬間移動とは違い瞬時にヴァージルの後ろを取った魔族は振り向く間も与えずに短刀を縦に振るう

とっさに前に転がってダメージを避けたヴァージルだが、魔族はさらに追撃をする

今までよりもスピードが増した攻撃にヴァージルも防戦一方になる


「くっ・・怒りで・・っ!」


左右の短刀の乱舞をギリギリでかわしていたヴァージルだが次第にかわしきれなくなる

短刀の振り下ろしが頭部への致命傷は曲刀で防いだものの胸の辺りを浅く斬られ血が滲む

それでヴァージルが一瞬怯む

しかしレフィルがカバーに入るように魔族の横から大剣を振り下ろす

だが、魔族はレフィルには目もくれずにヴァージルに蹴りを放ち吹っ飛ばす

傍から見れば蹴りの音と金属音は同時に聞こえたように感じた


ーギンっー


魔族の動きは速くレフィルの大剣は魔族の短刀に防がれた

しかも先程とは違い押し負けてもいない


レフィルは魔族の素早さに驚愕するもすぐに大剣を引き戻し今度は横凪に振るった

しかしそれも魔族の短刀に防がれる


「奥の手が貴様らだけとは思うなよ・・ドゥンケルサリーレ闇強化


魔族の身体から闇が噴き出し魔族の身体を覆う


「ーーなっ!」


闇を纏った魔族は一回り大きくなったような威圧感を受けた

実際は変わらないのだが噴き出る瘴気がレフィルを圧倒していた


魔族はレフィルの背後に出現すると短刀を無造作に振り下ろす


「ーー!?くっ」


ーーギンっーー


かろうじで大剣で短刀を防ぐが、魔族の力に押し込まれる


「人間ごときが!楽に死ねると思うなよ!!」


そして空いてる手の短刀をレフィルの心臓目掛けて突き出す


「貴様こそ人間を舐めるな!トライゾンファング裏切りの牙


吹き飛ばされたヴァージルが気勢を放ちながら凄まじい勢いで接近し大鎌を上下から振るう

それはさながら獣が獲物を狙うが如く鋭い一撃だった


「ちっ」


闇色の大鎌の軌跡がレフィルに迫った危機を救った

魔族は小さく舌打ちすると霞のように姿を消し、ヴァージルの攻撃は空を斬った

そして再び今度はレフィルの背後に音も無く出現する

が・・


「・・やはりな」

「ワンパターンだね」


レフィルの背後を取った魔族は短刀を振り下ろすが、即座に反応したヴァージルに防がれてしまう


「なに!?」


まさか絶対の一撃を防がれるとは思っていなかったのか、動きが完全に止まる

そしてその隙は致命的な隙となって降り注いだ


「ーーっがぁ!」


ヴァージルが防ぐ間にレフィルは魔族の背後へ移動し大剣を振り下ろした

大剣は魔族の肩口から縦に真っ直ぐ切り裂く


「こ・・この人間・・風情が・・・・」


怨嗟の言葉を吐きながら首をレフィルに向ける魔族は明らかに瀕死だった


「終わりだ」


ヴァージルは大鎌を横に振るうと魔族の体が上下に分断される


「・・・・ま・・さか・・・・人・・間・・ご・・・・と・・・・・・・」


怨嗟の言葉を吐きながら消滅していく魔族


「貴様の敗因は人間を舐めてた事だ。攻撃の際の瞬間移動は必ず背後に現れる。単調な攻撃だったな」

「それがわかれば簡単さ。後はお互いの背を意識してれば瞬時に対処できるからね」


2人の言葉に魔族は答えずに恨みの表情のまま風に消えていった


2人はそれを見届けた後疲れたようにため息をついた







・・・・・・・・・・









真言を唱え終わった朱姫の体は自身から発する光に包まれた

その一瞬の光が収まると朱姫は本気モードの兜跋毘沙門天スタイルに変わっていた

しかし手に持つのは愛刀の朱姫一文字べにひめいちもんじではなく三叉戟である

それに狐太郎は訝しむが、聞こえた驚愕の声に思考を持っていかれる


「!?その姿・・貴様、まさか・・・・」


魔族は目を見開き、固まっている


【ほぅーー私を知ってるのか】

「まさか・・いや馬鹿な・・こんな所にいるわけがない。本物ならあの・・死神と一緒のはずだ・・・・」


急に魔族はキョロキョロと辺りを警戒し出す


【ふふふ、魔族の間では人気者だな。・・主よ】

「いない・・」

【ホッとしてる場合じゃないと思うがの】


あからさまにホッとした表情の魔族に朱姫は音も無く近づく


「ーーっ!?」


魔族は慌てた様子でバックステップで朱姫から間合いを開けようとする


【遅い!】


魔族が下がるスピード以上の速さでさらに踏み込むと弓を引くように三叉戟を後ろに引き絞る


【雷戟】


稲妻を纏った三叉戟が神速の速さで突き出される


ードンッー


「ぐはっーー!」


魔族はガックリ膝をついた

朱姫が繰り出した雷戟に反応こそすれかわせなかったようで、急所は外れたが腹部に大穴が空いている


【ふむ、まだ届かんか・・】


再び朱姫が三叉戟を後ろに引く動作をする


【む】


魔族の体から黒い霧が吹き出し辺りの視界を遮り始めると同時に魔族の姿も霞のように消えていく


【雷槍】


朱姫が三叉戟を魔族がいた場所へ投げつけるが手応えなく甲鈑の感触だけが残った


【散雷】


朱姫の言葉で三叉戟にまとわりついていた稲妻が辺りを覆っていた黒い霧を蹂躙すると霧は瞬く間に霧散していく

しかし全ての黒い霧が消え去った場所には魔族の姿はない


【ほぅ、まだそんなに動けるのか】


しかし朱姫は余裕の表情で上を見上げる

そこには腹部を手で押さえた魔族が空に浮いていた


「・・・・バカな・・その力、やはり本物だと言うのか・・・・」

【・・さてな】


魔族の言葉に朱姫は曖昧な返事を返す

朱姫からの攻撃が止まった事で魔族は急ぎ腹部の傷を再生させる

しかしかなり力を使ったようで纏う瘴気がずいぶん減っているのを朱姫は確認していた


「これは由々しき事態だ。魔王様に報告せねば」

【魔王だと?】


その言葉に朱姫はピクリと反応する

その反応を恐怖だと思い込んだ魔族は急に饒舌になる


「貴様も知っておろう、今エルエリア大陸に魔王様率いる軍が向かっているのを。我はその先遣隊よ。我が主、ボルガ様にーー」

【ーーボルガだと?】


その名前を聞いた朱姫は思わず声を上げる

その時物凄い速さで船に向かってくる気配を感じる


【ーーむ?新手か・・これは少々やっかいなことになるかもしれん・・】


朱姫は向かってくる人影が魔族だと遠目からでもわかり、なおかつその強さも侮れないものだと看破し初めて表情を歪める

しかしその表情は次の一瞬で驚きに染まった


先程朱姫と戦って、今は空に逃れていた魔族が急に慌てたように回避行動のような動きを見せたのだ

その直後に魔族がいた場所を瘴気の塊が通過した


【どういうことじゃ?増援ではないのか】


朱姫は近づいてくる魔族をいつでも迎撃できるように警戒する


「貴様・・イルフリーデ」


朱姫と戦っていた魔族は攻撃されたのを確認し怒気を発している


「また船が近づいてきたから警告にきてみれば・・たしかガイエル、だったか」


言葉の内容からすると、この魔族がレイラの言っていた魔族だろう

そして接近してきた魔族の姿が徐々に顕になる

イルフリーデと呼ばれた魔族の外見は人間と見間違えそうな程人間っぽい姿をしている

目元を隠すくらいに長い黒髪に黒を基調とした服装は魔族だからだろうか

腰には長めの片手剣が付いており益々人間臭い

違いは目だけで、これだけは変えることができないのかルビーのような輝く赤い瞳だ

それも前髪で隠れてしまいほぼ外見は人間と遜色ない

そして人間とは違う特徴がもう1つ、額から左右に2本伸びた短めの漆黒のツノだろう


「話は聞いていたがもうボルガがこちらに来ているのか」

「貴様、ボルガ様を呼び捨てにするな」

「ふん、ルシーリア様が退いた席に群がった1匹に敬意払う必要などない」

「貴様ぁぁ!」


警戒していた朱姫はルシーリアの名前にピクリと反応する

ガイエルと呼ばれた魔族がイルフリーデの挑発に激昴し襲い掛かった


「頭に血が上って周りが見えなくなっているぞ。そんなダメージを負った身体では俺には勝てん」


ガイエルの一撃をイルフリーデは危なげなくかわすと左手の手刀を無造作に振り下ろした

身をひねるガイエルだが、朱姫との戦いの消耗で動きは鈍い


「ーーっがあぁぁ!!」


イルフリーデが繰り出した手刀がガイエルの身体をやすやすと切り裂く


「タダでさえ俺より劣る貴様が手傷を負った状態で何故俺に勝てると思った?」


次いで右手に瘴気の塊を生み出すイルフリーデ


「数百年頭を冷やしてこい」


手に生み出した瘴気の塊をガイエルの身体に押し込むとガイエルの身体は空気が膨張するように膨らみ、爆ぜた


「さてーー」


ガイエルを屠ったイルフリーデは船に視線を移す

正確にはこちらを警戒している朱姫にだが


「そう警戒しないでもらいたい。危害を加えようという訳では無い」


そう言いながらゆるゆると船の甲鈑に着地するイルフリーデ

そしてゆっくりと何かを探すように辺りを見回す


「ふむ、どうやらーー」

「あーーー!」


続く言葉は更なる来訪者の叫びにかき消された

見上げると魔族がこっちに凄い勢いで突っ込んできていた

甲鈑に突っ込む勢いで飛んできた魔族は甲鈑を破壊する寸前でイルフリーデに止められ事なきを得た


「相変わらず騒がしいな貴様は」

「ちょっとイルフリーデ!あんたさっき人間を殺さなかった?あたし見たんだからね。瘴気の魔力弾で殺したのを。ルシーリア様にあれ程言われたじゃん、人間殺すなって。だいたいあんたはーー」


マシンガンのように一気にまくし立てる女性?の魔族に朱姫達は呆気にとられている

黒い髪は肩より少し長めで前髪は真ん中から綺麗に分けられ頬まで流れている

服装はもちろん黒一色でスラリとした体型はメリハリは、ない

が、女性特有の流れるようなラインは人目を引くだろう

目が紅くなければ


「落ち着けベアトリス。俺が殺したのは魔族だ」

「昔から後先考えずに行動するってルシーリア様から口をすっぱくしてーーーーえ?魔族?」

「ああ、ボルガの先遣隊がこの船を襲っていた」

「・・嘘?」


ベアトリスと呼ばれた魔族の女性は今度は驚きに固まる


「嘘ではない」

「ボルガの斥候って言うと・・」

「ガイエルとヴァルグリオだ。ヴァルグリオは船にいる人間に倒された後だったがな」

「うっそ?」


それこそベアトリスは目を見開き、改めて船にいる人物を見回した


「うーん、あれ?あの甲冑・・」


そして案の定と言うか朱姫を見て動きが止まる


「うっそ!?もしかしてヴァイシュラヴァナ?」

「そっくりさんでなければな」

「いやいやいやいや、どう見ても本物でしょ。あの眼力で相手を殺せそうな感じ。間違いないでしょ」


途端にベアトリスは慌てたように手をパタパタ振る


【少しいいか?お主ら】

「ひぇっ」


朱姫の言葉にあからさまにビクビクするベアトリス

なんと言うか人間臭い魔族である

そのベアトリスがオロオロと返答に困っているとイルフリーデが助け舟をだした


「話を聞こう。ヴァイシュラヴァナ、で宜しいか?」

【うむ、少なくともお主らとは対話はできそうじゃな】

「少なくとも危害を加える気はまったくない」

【それが本当かどうかはわからんが、まぁよかろう。ちなみにあそこに離れている彼らも話に加えても良いか?】

「構わん」

【感謝する】


そう言うと朱姫はヴァージル達と退避している狐太郎達に声をかけた





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