二章 7 毘沙門天はご機嫌ナナメ

リザールの港街から離れて2日、最初の魔族襲撃以外は特に何も問題は起こらずに航海は進んだ


ミレリアも徐々に普段通りの表情に戻りつつある

魔術を教えている時は真剣そのものだ

あるいはそちらに没頭する事で余計な事を考えないようにする為なのかもしれない

リリアも狐太郎に多少悩みを話せたからか、表情は若干明るくなった

今も模擬戦の休憩中にレフィル達と何やら話をしている


【狐太郎】


振り返ると模擬戦を終わらせた朱姫がこちらに歩いてきていた

リザールの港街近辺の海域はそこそこ温暖な気候だが、今は夏を過ぎて秋に近づいている

そしてエルエリア大陸は周りの気候に関係なく何故か何故か一年中ほぼ寒い

気温が上がっても涼しいくらいの気温で収まってしまう

なので秋に近づいている今はエルエリア大陸は寒いはずで、現に近づくにつれ徐々に寒くなってきている

そんな中、模擬戦をして暖まった全身から湯気を登らせている朱姫はタオルで汗を拭きながら狐太郎の隣に来て、同じように座る


【ーーリリアは魔術適正あると思うぞ】


その言葉に狐太郎はビックリして思わず朱姫を見つめる


『聞いてたの?』

【うむ】


どうやらリリアが狐太郎に話していた事を朱姫は聞いていた、いや聞こえていたらしい

その朱姫はレフィル達と話し込んでいるリリアに視線は向いている


【私は魔術に疎いから確信はないが、魔力量は常人より多かろう】

『適性がないとかは?』

【狐太郎のようにまったく適性がなく魔術が発動しないわけでもないのだ。少なくとも魔力量からして平均以上の魔術師になれると思っているのだが】


むしろ狐太郎のように魔力があって魔術が使えないと言うのが異常なのであり、それを知ってる狐太郎は気落ちした表情になる


『・・でも本人は伸び悩んで結果冒険者を諦めたって』

【うむ、どうもその辺がよくわからん。やはりこういうのは魔術に精通した者に聞くのが一番手っ取り早い】

『まぁそうだよね。この中では一番はミレリアだけど』

【短い間とは言え一緒に旅をしていて気づかないわけがない。という事はミレリアでもわからなかったのだろうな】

『多分だけどミレリア以上の魔術師はそうそういないよ』

【ーーまぁそうだな・・・・】

『ーーうん・・・・』


2人はある人物が頭に浮かんだが、そこから先起こり得るであろう出来事を思い浮かべ、気難しい表情になり、慌ててソレを思考から追い出した




「お頭、魔族だ!2匹、多分こないだの奴らかもしれねぇ」


マストの上の見張り台から遠くを眺めていた船乗りから叫び声が聞こえてきた


「来たね。今度は簡単には引きゃしないよ」


そういうとレイラは非戦闘員達を避難させる


「レイラ様もお下がりください」

「バカ言うんじゃないよルクス。頭のあたしが下がってどうするのさ」


「おい、相手は2匹と聞いたがヤバい相手なのか?」


レイラの元へヴァージル達も集まった


「ああ、ルクスでも歯が立たない」

「ーーーー!?」

「ほぅ・・」

「そいつらに何回かやられてるからね」

「よく船が沈められなかったな」

「奴ら遊んでるのか、あたし達を適当にあしらうだけあしらって警告したらいなくなるからね」

【変わった魔族だのぅ】

『普通は逃がさないで殺しちゃうと思うんだけどね』


朱姫と狐太郎はその魔族の行動に疑問の表情を浮かべる


「頭、来た!だが、前の魔族とは違う」

「わかった、そこはいいからあんたも早く避難しな」


マストの上で見張りをしていた船乗りはスルスルと降りると急いで船内に逃げ込む

その辺はよく訓練されていて動きに淀みはない


「さて、前の魔族とは違うみたいだけど」

「やることには変わりないな」


すでに肉眼でも全体のシルエットがわかるくらいに近づいてきている




「くっくっく。本当にいるぞ」

「馬鹿な人間共だ。ここで海の藻屑になるんだからな」


言いながら魔族2匹は甲鈑に降り立つ

1人は身長は2メートルはあろうかという高さで体躯も筋肉質で頭には捻くれた角のようなものが2本生えている

もう1人は170前後の身長に細身の体躯でこちらも頭に角が1本生えている


「やっぱり前の魔族とは違うみたいだね」

「殺気がタダ漏れだ」

「たしかに前に屠った魔族とは一味違うな」


レイラの言葉にレフィルとヴァージルは警戒する体勢をとる

そのヴァージルの言葉に背の高い魔族が反応する


「ほぅ?と言う事はナバン達を殺ったのは貴様達か」


背の高いほうの魔族が面白そうに狐太郎達を睨めつける


「そのナバンが誰かは知らんが、一昨日来た魔族を倒したのは俺達だ」


その眼光を怯まずにまっすぐに見返すのはヴァージルだ

だが、殺気にあてられ若干緊張しているように見える

それほどの相手と言うことなのだろう


「なるほど、これは少しは遊べそうだな」

「まぁ殺すことには変わりないんだけどな」


背の低いほうの魔族がニヤニヤしながら呟く

レイラやリリアの表情が強ばる


【ふむ、どうやら逃がす気はないらしいぞ】


その殺気を受けても平然としている朱姫が面白そう呟く


「望む所だね」

「その言葉、後悔させてやる」


レフィルとヴァージルが同時に武器を抜く


【リリアとミレリアは避難した方がいい。できればレイラも避難して欲しいのだが】


レイラをチラリと見るもレイラは表情を強ばらせながらも首を横に振る


【ならばルクス、レイラの守りは任せる。離れておれ。狐太郎もレイラに付け】


その言葉で相手の魔族が並々ならぬ実力を持っていると察したレイラはおとなしく船尾の方へ下がった

狐太郎も悔しそうな表情をしながらも朱姫の言葉に素直に従った


『頑張ってね朱姫』

【船上ではなかったら、狐太郎の訓練にでもと思ったがな。レフィルとヴァージルは二人がかりで一本ヅノを当たれ】


「仕方ないな」

「了解しました」


2人は不承不承ながら頷く


【油断するなよ】

「2人がかりか、くっくっくいいねぇ」


背の低い魔族は愉快そうに笑うとどこからか漆黒の短刀を生み出した

そして背の高い魔族が朱姫の物言いにイラついた声を上げる


「では貴様が俺と1対1で戦うと?」

【不服か?】

「多少はウデに覚えがあるようだが、その中途半端なウデが命取りになる」

【ははは、そんな事言われたのは久しぶりだ】


朱姫は笑いながら愛刀の朱姫一文字べにひめいちもんじをスラリと抜く

最近はずっと三叉戟ではなく刀を使っている

使いやすさではもちろん刀の方が使いやすいのだが、もしくは相手がそれ程の相手か

しかし服装は鎧等は身につけておらず、相変わらずの黒いスエット姿だ

あいも変わらずふくよかな胸がスエットを押し上げて体のラインを鮮明にさせている


【じゃあ始めるとしようかのぅ】






・・・・・・・・・






「不本意だが、二人がかりでやるぞ」

「仕方ないね」


ヴァージルとレフィルは魔族を挟むように左右に移動する

魔族は舐めているのか黒い短刀を手に持ったまま特に構えもせずに立っている


「さぁ、俺を楽しませろ。新しいオモチャ共!」

「その言葉、後悔させてやる」


呟くとヴァージルは魔族へ突進する


「一匹ずつか?」

「まさか」


続いて一呼吸置いてレフィルが大剣を手に持ち魔族へ突っ込む


「そうこなくっちゃな!」


魔族は嬉しそうに笑うと先に間合いに入ったヴァージルに体を向けると素早い動きで短刀を振るった


「ーーくっ!」


予想以上の魔族の早い動きにヴァージルは振り下ろすはずだった曲刀を短刀の軌道上に当てる


ーギィンー


危なげなく短刀を防ぐヴァージルに魔族は一瞬驚きはしたもののすぐに口元を嬉しそうに歪める


「これを防ぐかよ。思ったより楽しめそうなオモチャだ」

「そのオモチャに倒される気分はどうだい?」


そこへ背後から迫っていたレフィルが大剣を肩口へ振り下ろす

しかし魔族は慌てずに一歩横へ移動するだけで大剣をかわすと移動の勢いをそのまま乗せ半回転して短刀をレフィルへ振るった


首元に振るわれた短刀は間一髪しゃがみこむ事で回避したレフィル

しかし短刀は軽く小回りが利く

そのまま逆手に持ち替えた魔族はしゃがんだレフィルの頭へ短刀を小さいモーションで振り下ろそうとしたが、短刀をそのまま持ち上げた状態でくるりと一回転する


ーギィンー


ちょうど掲げた短刀がヴァージルの振り下ろした曲刀にぶつかり耳障りな音を奏でた

これにはヴァージルも驚きに目を見開いた

瞬間立ち上がる勢いをもってレフィルが下からすくい上げる斬撃を放つ


当たる


レフィルとヴァージルがそう思った瞬間、魔族の体が霞のように消え去った


「「ーー!?」」


2人は目を見張り、レフィルは途中で大剣を止めた

あのまま振り切っていたらヴァージルに当たっていたからだ


「やれやれ、並のスピードじゃダメか。活きのいいオモチャだな」


2人が声に振り返ると魔族は船の縁に立っていた


「少し本気を出してやるか」


そういうと魔族が縁を蹴ってこちらへ飛んできた

ちなみに蹴られた縁は破砕音を響かせ砕け散った


「!?」

「ーーくっ・・」


魔族は一瞬でレフィルの懐に入り込む

ヴァージルとレフィルは魔族の動きに付いていけてない

正確には目はかろうじで追うことができたのだが、体が反応しなかった


魔族は体をクルリと反転させるとレフィルに回し蹴りを放つ

しかし回し蹴りは隙が大きい

レフィルは魔族が体を反転させてる間になんとか反応し、回し蹴りが当たる瞬間に後ろに飛び威力を殺した


と言っても魔族のそれも並のスピードではない一撃は、レフィルの表情に苦痛の色を浮かび上がらせた

吹き飛ばされ、空樽が積み重なってる所へ盛大な音を立てて突っ込んだ


レフィルが攻撃を受けてる間ヴァージルもじっとしていた訳ではない

狙われたのが自分ではないと知るや、すぐさま曲刀を魔族に向けて振り下ろしている


しかしそれも魔族が横手から切り上げるような短刀に防がれる


「ーーなっ!?」


そしてヴァージルは力負けし、曲刀をかちあげられ、無防備な上半身を晒す

それをむざむざ見逃す魔族ではなく、切り上げた短刀をそのままヴァージルの心臓目掛けて振り下ろす







・・・・・・・・・






「女とは言え容赦はせんぞ。その蛮勇、後悔しながら死ぬがいい」


言うなり二本角の魔族は霞が溶けるように消え、次の瞬間には朱姫の背後に現れ腕と同化した刃を頭上から一気に振り下ろした


「ーー!?」


しかし振り下ろしたのに肉を断つ感触がまるでないのにいぶかしんだ魔族は次の瞬間慌てて横に飛んだ


【ほほぅ、今のをかわすとはなかなかの機器察知能力じゃな】


今しがた魔族がいた場所には愛刀朱姫一文字べにひめいちもんじを振り下ろした格好の朱姫が立っていた

無論、体にはダメージらしい傷は見受けられない

先程魔族が斬ったのは残像だったようだ


「ーーーーなるほど、舐めていたのは俺の方だったか。ならば本気で行かせてもらおう」


驚きから立ち直った魔族は朱姫目掛けて走る

右手と同化している刃も若干長さが伸びる

リーチが朱姫と同等か幾分長くなった右腕を横凪に振るう

先程とは剣ーー腕を振るう速さが格段に上がる

もはや狐太郎の目では軌跡を追うのも苦労している


しかし朱姫は見えているのか、体術を使い危なげなくかわしている

しかしタイミングを見誤ったのか部分部分刀で弾く姿が見られた


【むっ?】

「くっくっく」


朱姫の反応を確認した魔族はそれだけで特に変わることなく攻め立てている

かくいう朱姫は・・全て体捌きでかわすようになっている


傍から見れば武器で弾くではなく体術でかわすのは相手の動きが読めていなければ難しい

かわせなくなって武器で弾くと言うのが朱姫のスタイルだからだ

朱姫は朱姫一文字べにひめいちもんじを使う時だけ、高度な体術を使う

理由は単に相手の一撃で愛刀が万が一刃こぼれ等が起きないようにだが、狐太郎は生半可な武器では刃こぼれ所か傷すらつかないのを知っている


もちろん朱姫も承知の上だが、それでも相手の武器同士ぶつけ合うと言うのはあまりしない

なので体術でかわせていると言う事は速さは朱姫の方が上と言うことなのだが


【・・・・おのれ】

「くっくっく、その武器もかなりの業物だろう?何を怖がっている」

『(怖がっている?朱姫が?)』


狐太郎は魔族が言ってる意味がわからなかったが、朱姫を見ると怖がっていると言うよりも不機嫌になってきているように見える


まったく押されているようには見えないが、朱姫の表情は徐々に険しくなっている

狐太郎達では見えないが、何か攻撃を受けているのかも

と狐太郎が思った矢先、朱姫の言葉が響く


【ちまちまといけ好かない魔族め】


それは小さな呟きは怒鳴り声には程遠いが、怒気を含んでいて離れた狐太郎達にも届いた


『あ、ヤバい』


狐太郎は何かを察したのかポシェットから魔力回復用のポーションを3本取り出すと、次々に飲み干し始めた


「どういう事だい?」


レイラはまったくわからないと言うふうに問うが狐太郎は見てればわかりますと促した


『(模擬戦だけじゃ発散できなかったのか・・)』


狐太郎の魔力量は朱姫の修行によって増えているのだが、未だ全力を出し切れてない朱姫はモヤモヤとストレスを貯めていた

模擬戦もそのストレスを多少は発散する為にした事なのだがあまり効果がなかったのかもしれない


それに対しては狐太郎の実力不足なのだが、狐太郎は十分に痛感しているし、朱姫は朱姫で狐太郎に対して文句はない

誰のせいでもない、それが朱姫のストレスの行き場をなくしていた


【オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ】


朱姫一文字べにひめいちもんじを鞘に収め印を組み真言を唱えた






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