二章 6 リリアの苦悩

狐太郎は刀を収めずに戦っているレフィル達の方へ視線を向ける

レフィル達も危なげなく戦えているので加勢は必要なさそうだった


すると後ろから朱姫が近づいてきて、やれ脇があまいだの、足運びが遅いだの説教し始めた

狐太郎は一瞬顔を顰めるも、聞いているふりをしながらレフィル達の戦いを観察する





・・・・・・・・・





「ちょこまかと・・」


魔族は伸ばした指の爪で切り裂くように振るう

だが、その尽くが当たらない

ヴァージルは弾き、あるいは既の所で見事な体捌きで交わす

しかし爪の長さは曲刀よりも長くリーチは魔族の方が長いのでヴァージルの攻撃はなかなか届かない

それでもヴァージルは焦った様子もなく淡々と魔族の爪を交わしていく

隙ができるのを待ちながら


そしてそれは訪れた

苛立った魔族が腕を大きく振るい大ぶりになるとヴァージルはそれを見逃さずに間合いを詰める

まずは魔族の爪へ曲刀を振るった


ーギギギギギィンー


耳障りな音が立て続けに連続で鳴り響くと、次いで何かが甲鈑に落ちる音が聞こえた

先程まで爪を弾いていたのでよもや斬り落とされるとは思っていなかったのか


「ーーーーっ!?」


魔族は爪を断ち斬られ、驚愕の表情で落ちた爪を見た

そんな隙をヴァージルが見逃すはずはなく、一気に懐に入り込み颶風ぐふうの如く曲刀を縦横無尽に振るった

漆黒の刃が撫で斬りにし、勢いで吹き飛ばされる魔族は断末魔の言葉を発することも出来ずに海に落ちる前に風に溶けた






・・・・・・・・・・






「それが全力かい?」


魔族が繰り出した両刃の黒い大剣をレフィルは眼前で事もなげに防ぐと先の言葉を吐いた


「くっ・・人間如きが」

「またそのセリフ?聞き飽きたよ」


レフィルは魔族に蹴りを入れて黒い大剣ごと押し返すと自身は半歩下がり小さく言葉を紡ぐ


「ーーブレークレイブレイド蒼い雷刃!」


ーパリッー


一瞬レフィルの周りに稲妻が走ったかと思ったその瞬間、稲妻は大剣に収束されそこから纏わりついた蒼白い稲妻はレフィルの全身を駆け巡る

そしてレフィルが残像を残して消える


魔族の紅い瞳が大きく見開かれ驚愕の表情を映し出した瞬間、レフィルは正面から蒼い雷光がまとまりつく大剣を振り下ろしていた


「ーー!?」


縦に1回、さらに×字のように斜めに2回斬られた魔族はその驚愕の表情を貼り付けたままヴァージルと対した魔族と同じく断末魔の声さえ出せずにそのまま風に流されて消えた

レフィルの表情は硬かったが魔族が完全に消滅すると少しだけ不機嫌さが抜けたような表情で小さくため息をつく

それに後ろから近づく人影があった


「やけに気合が入っていたな。何かあったのか?」


声に驚くレフィルは表情を取り繕うと後ろにを向く

そこには声の主、ヴァージルが立っていた


「ーーいや、特に何も無いよ」


レフィルは一瞬何かを思い出し、思考から追い出すとそう答えた


「?・・そうか」


ヴァージルは一瞬訝しんだが、特に追求する事なく言葉を終わらせた

そして残る魔族がいる船尾へ視線を移す

そこには獣人トリオとレイラが魔族を相手取って戦っていたが決め手に掛けて手こずっている


「助けに行く必要もないか」

「そうだね、彼が来たよ」


見れば階段からルクスが上がってきて、魔族に掛けていく所だった


「彼は強いね」

「ああ、かなりの使い手だろう」


そう話しているうちに素早い動きで魔族に近づいたルクスが片刃の若干反った片手剣を振るい斬りつけている


「あの剣も相当な業物みたいだな。魔剣じゃないみたいだが」

「どことなくコタロー君の剣に似ているね」


細身で長めの刀身は狐太郎の日本刀を思わせる造りをしている


『たしかに似てますね』


その声を聞きつけたのか狐太郎が2人に近寄ると自身の刀を見る


「片刃で刀身の細さはそっくりだな」

「というか本当よく折れないよねその剣も」

【1本はヒビ入ったがな】

『うっ・・』


朱姫の言葉に狐太郎は思い出したのかガックリする


「そういえば、そのヒビ入った剣は修理しないのか?」

「僕も不思議に思ってたんだ。港街でも鍛冶屋に寄らなかったらしいじゃないか」

『いえ、普通の鍛冶屋じゃ無理ですから』

【金属もそうだが、加工の仕方が独特だからのぅ】

「なるほど、折れない秘密はその工程にあるのか」


そんな話をしていると、船尾で戦っていたレイラ達は魔族を倒す所だった

ルクスが懐に飛び込み下からすくい上げた斬撃が魔族を逆袈裟斬りに断ち斬った


そして武器を収めると獣人達は下に避難している船乗り達を呼びに行き、レイラとルクスの2人がこちらに歩いてくる

ミレリアとリリアも軽く避難してたが、終わったのを見てこちらに来る


「強いとは思っていたけどあんたら強すぎないかい?」


こちらに来たレイラが些か呆れたような表情で呟く


「もっと強い魔族と戦ったことあるからな」

「あの魔族達は油断してたからね」

「それにしても圧倒しすぎじゃないかい?うちらが5人がかりなのにさ」

【さっき見てたが、獣人達はまだ動きがぎこちないな。もう少し場数を踏めば一気に強くなる。それこそ、今の魔族を1対1で屠れるくらいにはなるであろう。良い拾い物をしたのぅ】

「そうかい?軍神様が言うなら間違いないね。まだ船にも慣れてないからね」


朱姫の言葉にレイラはパッと表情を明るくする


「ルクス殿は今の魔族程度なら1対1でも行けそうな感じがしたけれど」

「まぁ、そのくらいの実力はあるよ。うちで一番強いからね」

「ほぅ、やはりか」


ヴァージルの目がルクスを見据えキラーンと光った


「近いうちに手合わせしてみたいもんだな」


そう呟くヴァージルにルクスの表情は変わらず無表情だ


「俺はレイラ様の剣だ。それ以外には興味はない」

「・・それは残念だな」


一瞬レイラに視線が行きかけたが、すぐに改めて諦めた

朱姫と狐太郎は黙ってそれを見守っている

ちょうどそこへ避難していた船乗り達が上がって来ると、レイラは彼らにテキパキと指示を出し始める


「とにかく助かった。後は自由にしてくれていいよ」

「私はお腹空いたわ」

「なら少し早いが準備させるよ。カミラ、食堂へ案内と料理長へ準備しろと伝えておくれ」

「わかりました」


そういってリリア達4人はカミラの後ろをついて行った

それを見送ったレイラは狐太郎と朱姫に視線を向ける


「これでいいかい?」

【うむ、感謝する】


レイラの側にはルクスだけが控えている


「まぁちょっと移動しようか」


そういうとレイラは甲鈑の端に移動した


「とりあえずここで大丈夫さ。それで聞きたいことがあるんだろう?」


言葉に朱姫は狐太郎をチラリと見ると狐太郎は頷く


『ルクスさんの武器、どこで手に入れたんですか』

「やっぱり気になったかい?」

『刀っぽいなとはおもったけれど』

【結構な業物であろう】

「流石だね」

【人族か?】

「いや、ドワーフさ」

【そのドワーフの名はわかるか?】


有名な鍛治師となれば名は売れる

それが鍛冶に特化したドワーフが作った武器となれば尚更だ


「いや、名はわからない」

『もしかして言うなって言われてる?』

「名は本当に知らないんだ」


その言葉に2人は目に見えてガッカリする

レイラはそれを見てニンマリ笑う


「まぁいずれわかると思うけどね」


何やら意味深な言葉を呟くレイラ


【ふむ、まぁそれはいいとして他の船乗り達の武器もそのドワーフが作ったのか?】

「あら、気づいたかい?そうさ。この船の武器から美品等は全部ドワーフにつくってもらったものさ」

【ずいぶん羽振りがいいのぅ】

「まぁね。正直かなり助かってる。おかげでこの一帯の海を縄張りにできてるんだからね」

【ただ、人員の強さはまだまだみたいだが】

「こればっかりはね。時間をかけて育てていかなきゃね。幸い素質はある奴らばかりだからね」

【なるほど、ルクス殿がすぐに倒さなかったのは獣人の経験を積ませるためか】


朱姫の言葉にレイラは目を見開き驚いた


「そこまでわかってるのかい」

【ルクス殿の動きがそういう風に見えた】

「その通り、船乗りは訓練する暇がなかなかとれないからね。ただ、あんたたちがいなかったらそんな余裕はなかっただろうけど」

【ふむ、なら船を降りるまでの間私が鍛えてやってもいいぞ】

「本当かい!?」


朱姫の言葉にレイラとルクスは驚きに目を見開き、狐太郎は小さくため息をつく

船旅は問題ないが、朱姫には些か退屈なのだろう

暇つぶしとして提言したのだと狐太郎だけは分かったが、さすがに口には出さなかった


【タダもなんだからな。船賃としては丁度いいだろう】

「願ったりかなったりだね。まさか武神様に稽古を付けてもらえるなんて」

【みっちり鍛えてやりたいのは山々なのだが・・】

「短期でも十分だよ。流石話に聞いていた通りだね」

【?ーーそうか、それでいつから始めるのだ?】


朱姫の言葉が終わらぬ間にどこからか美味しそうな匂いが流れてきた

その匂いに朱姫と狐太郎が鼻をひくひくさせているのを見たレイラはニンマリと笑う


「そうだね、昼食を食べてからにしようか」





・・・・・・・・・





それから昼食を食べたあと、朱姫による船乗り達の訓練が始まった

志願者だけと言う話だったが、なんとほとんどの船乗り達が志願した為に、ローテーションで訓練をする事に

さすがに船の仕事を疎かにできないので順番で相手をする事になった

さらには手が空いていたレフィルとヴァージルも駆り出される


ミレリアはミレリアで魔術の才能がありそうな船乗りをレクチャーしている

その表情は完全に晴れたわけではないが、海賊=悪からは少し離れられたように見える


主には模擬戦が主体なのだが、おかげで狐太郎は朱姫が酷く動き回るものだから魔力回復ポーションを頻繁に飲むハメになっている

その狐太郎は模擬戦には参加せずに甲鈑の端で眺めながらポーションを飲んでいると、隣にリリアが来た

彼女は彼女でレフィル達が駆り出されているので手持ち無沙汰になったとの事だった

狐太郎と一緒に模擬戦を眺めている


「さっきはお疲れ様。それにしてもコタロー君凄い強かったのね。レフィル達も強くなってて驚いちゃった」


リリアが感心したように狐太郎を褒める


「色々調べたわよー。まさかこの間のラグアニアのクーデターに首を突っ込んでたなんて思わなかったわ。しかも王女と一緒だったなんて」

『あれは、まぁ成行きってやつですよ』

「もしかしてあの時冒険者登録に来た時も一緒にいたのかしら?」

『あの時は一旦別れたあとでしたね。それで暇になったんでギルドに冒険者登録に行こうと思ったんです』

「そこでレフィルと私に会ったのよねぇ。あの時はコタロー君がこんな凄い子だと思わなかったわ。見た目はこんなに可愛いのに」

『あはは・・』


可愛いと言われて苦笑いの狐太郎


『そういえば、リリアさんはレフィルさんが任務受けてるって知ってたんですよね?』

「そうよ。一応私も当事者だし、途中までレフィルと冒険者やってたからね」


リリアは懐かしみながら、ゆっくりと話し出す


「最初は私の方が強くて、レフィルはあまり前に出るのが苦手だったの。今思うと可笑しいでしょ?私がレフィルを守ってたのよ。攻撃魔術主体だったけとけど、レフィルを守るために杖で接近戦もやったわ」


思い出し笑いをしながらリリアは話を続ける


「でもいつからかな、レフィルが変わり出したのは。武器も大剣に変えて前へ出るようになってからは、彼は目に見えて強くなっていって、あっという間に追い抜かれちゃった。そのくせ私はあまり強くならなくてね。攻撃魔術も上達しなくて、今までの癖で前へ出たりして迷惑ばっかりかけちゃってたなー」


一転リリアの表情は陰ができる

視線の先には船乗りと模擬戦をしているレフィルがいる


「ミレリア王女が加わってからは、ますます私必要なのかわからなくなっちゃって。ミレリア王女は攻撃魔術が凄いじゃない」

『あの火魔術は凄いですね』

「でしょ。それで凄い悩んだ挙句冒険者辞めようって思ったの。迷惑かけたくなかったから。冒険者辞めるって言った時レフィルは反対したけど半ば強引に私は辞めたの。理由を聞かれたけど言えるわけないじゃない。それでギルド職員に転職したの。こっちなら力になれると思ったから」


狐太郎は答えないが、リリアは構わず話を続ける


「最初はギルド職員になって良かったと思った。レフィルの役に立ってるんだって。レフィルも頻繁にギルドに顔出してくれるし。あの事件の事も調べることもできた」


リリアは一旦言葉を切る


「でもね、段々心配になってきちゃって。調べれば調べるほど。魔族と戦ったって聞いて物凄く心配したんだ。傍にいれないのがこんなに心配だとは思わなかった。特にレフィルは魔物討伐メインでやってたから余計にね。そこでヴァージルが一緒にってなっちゃったらね・・」


「さらにあの事件の真相がわかるならっていてもたってもいられなくて、足でまといってわかっててもついて行きたくなっちゃったの」


『それでリザールの冒険者ギルドに居たんですね』

「そうよ。宿でレフィル達に私も行きたいって言ったらすんなりオーケーもらって拍子抜けしちゃったわ。てっきり危ないからダメだって言われるかと思ったのに」

『きっとレフィルさんもリリアさんが来るのを待ってたんじゃないですか?』

「ーーそう、かな?」

『はい。3人一緒にいれると思って嬉しかったんじゃないですかね。今は僕らもいますけど・・』

「ふふ、コタロー君ありがとうね。慰められちゃったかな」


リリアは笑みを浮かべ狐太郎の頭を撫でる





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