二章 13 共闘

~とある森の中~


「む!?ーー婿殿!」

「誰が婿殿だ」


言葉と同時にハリセンのような物が魔族の少女の頭を叩く

雪がちらつく夜の森に子気味いい音が響き渡る


「何をする」

「婿殿はやめろ!で、どうした?」


何だかんだで魔族の少女を邪険にしない男性に少女は一つうむと頷く


「おそらく千単位の魔族がインクに近づいておる。結構動きが早いぞ」

「数千ならインクに滞在している変人コンビがいるから大丈夫だろう。質はどうだ?上位はいるか?」


数千と聞いても表情を変えない男性の言葉に少女は再び索敵範囲を広げる


「ーーん、殆どが中位以下のよう・・む!?これはーーーー魔竜?ーー!?」

「なに?数は?」

「ーー500以上はいるようだ」


その言葉に男性は迷うような仕草をする

一方少女は何故か笑みをうかべる


「野戦か。多少は犠牲者が出る可能性があるな。ーー仕方ない、俺がーー」

「婿殿!」

「だから婿殿はやめろと言ってるーー」


男性の言葉は少女の表情により最後まで続かなかった

何故なら外見の少女に似つかわしくない悪巧みしてます的な笑みを浮かべていたからだ


「妾が行こう」

「・・何か見つけたのか?」

「なに、魔族の中に見知った顔が見えたのでな。軽く挨拶にしてこようと思う」


何を考えてるかはわからないが、少女が行くと言うのなら大丈夫だろうとタカをくくる


「それにーー婿殿は森から離れぬ方がよいであろう?」

「・・わかった。そっちは任せるぞ!ただし無茶はするな。危ないとわかったら撤退も考えろ」

「ふふふ、婿殿は心配症だのぅ。妾を誰だと思っているのじゃ」


心配されたのが嬉しかったのか、一転嬉しそうな表情の少女


ただの・・・魔族だろ」


男性はバツが悪そうに返事を切り返すと、少女はバサりと背中に漆黒の羽を生やしゆっくり浮かび上がる


「心配せずとも無理はせぬ。それよりそっちの心配でもしたらどうじゃ?婿殿も早めに寝るといい」


少女の言ってる意味がわからず首をかしげているうちに少女は高く舞い上がりインクの港街の方へ滑るように飛んで行った


「まぁあいつなら魔竜が1000いようが2000いようが関係ないか・・」


男性はしばらくそれを眺めていたが、自身も言われたように寝ようと木造の建物に向けて歩き出した


「ーーん?」


建物に近づくと傍に1人の子供がおり、こちらを見ていた

先程いた6人いた半獣人のうちの1人だ

そこでさっき魔族の少女が言っていた言葉を思い出した


「そういうことか。1人でどうしたリファ?」


その子の側まで歩いていった男性は子供の名前を呼ぶと艶やかで綺麗な黒髪を撫でる

金色の髪の子は猫耳が生えた猫の獣人だったが、このリファと呼ばれた少女ーー外見はまだ幼女といっても差し支えないくらいに幼いーーは狐と狼のハーフ、さらに言えば希少種である妖狐と銀狼のハーフだ

しかし半獣人だからなのか普段髪は黒髪である

だが獣化すると白に近い白銀色の髪になるようで、初めて見た時男性は見惚れてしまった


腰あたりまで真っ直ぐ伸びる黒髪は漆黒と言っていい程艶やかで、この世界に似つかわしく無い程綺麗で見とれるほどだ

前髪は綺麗に目の上で切りそろえられており、サイドの髪だけ少し長い

現代風に言うと姫毛と言うものだが、もちろんこの世界ではそんな名称はない

見ようによっては三重にも見える二重のパッチリした目で男性を見上げてくる少女は男性を見据えると、おずおずと口を開いた


「・・怖い人、来るの?」


リファの瞳に不安の色が浮かぶ

男性は大丈夫だと呟き少女の目線を合わせるようにしゃがみこむと再び髪を優しくなでた


「大丈夫だ。リファ達は何も心配しなくていいぞ。ここにいれば安全だからな」


男性の言葉に少し安心したのか不安の色は薄らいだが、小さな手が男性の服の裾をギュッと掴んだ


「あのね、マスターに似た怖い人がここに来るの。その時マスターはいなくて、それでみんなーー」


マスターとは男性の事だ

続いた言葉に男性は驚きの表情を浮かべたが、

途中からリファの瞳から涙が溢れ泣きだしてしまい、男性は慌てて懐からハンカチを取り出す


先程、魔族の少女が代わりに出て行ったから男性は森に残ることができた

もし魔族の少女がいなかったらインクに助太刀に行く予定だったのだ

リファは予知でもあるのだろうか、そんな考えが男性の頭を過ぎるがすぐに思考を切り替えた


泣きじゃくるリファの目元を優しくハンカチでぬぐいながら、それでも男性は大丈夫と言い聞かせる


「俺はここにいる、どこにも行かない、大丈夫だ。その怖い人も、リファ達に悪さをする奴らも、ここに危害を加えようとする奴もまとめて俺がぶっ飛ばしてやる」


含むようにゆっくり力強く言う

そして男性のまっすぐ見据える目に、リファは今度こそ落ち着きを取り戻した


「・・うん」

「よし、それじゃもう寝よう。寒くなってきたから暖かくしないとな」

「一緒に寝るの」

「仕方ないな」


苦笑いを浮かべた男性はリファの差し出した小さな手をしっかり握ると、一緒に建物へ歩いていく


「(こいつらには絶対に悲しい思いはさせたくない。絶対不幸にはさせるか)」


男性は心の中で、必要とならば鬼にでも悪魔にでも、再び・・死神にでもなる覚悟を決めるのだった







・・・・・・・・・・・







~インクの港街から少し離れた場所~


2人の魔族が朱姫達の元へ訪れていた

キルエラやジンバックは武器を手に持ち、いつでも攻撃できる体勢を取っている

守護隊のメンバーも武器を手に持って警戒している


2人の魔族は攻撃する意思はなく、ヴァイシュラヴァナを呼んでくれとだけ

うち1人はもう1人の後ろに隠れていたりする

そこへ遅れて朱姫や狐太郎達が到着する


【誰かと思えば・・イルフリーデ、だったか?】

「ああ、数日ぶりだな」


朱姫が一歩前にでるとイルフリーデと軽く挨拶を交わす

そしてイルフリーデの後ろに隠れていたのはベアトリスで彼女は狐太郎を見つけると、手を振った


「それで、この人達の武器を下げさせてもらえない?ちょー怖いんだけど。特にそこのエルフとドワーフ」


ベアトリスは朱姫に視線を送ると早口でまくし立てる

どうやらキルエラとジンバックが怖いらしい


【この2人は大丈夫だ。敵ではない】


朱姫の言葉にキルエラ率いる率いる守護隊とジンバックは武器を下ろす

警戒はしてるようだが、それは仕方がない

しかしベアトリスは殺伐とした空気が和らいだ事にホッとしていた


【それで、何の用だ?こちらは忙しいのだが】

「うむ、ボルガ率いる魔族達の一部がすでにこちらに向かってきているのであろう?してソナタらは迎撃すべくここで待ち構えていると」

【そうだ】

「ならば我らもソナタらに加わろうと思ってな」

「なんだと!?」


イルフリーデの言葉に反応したのはキルエラだった

驚愕と疑惑が入り混じった眼差しでイルフリーデを見つめている


「見た所、人手不足のようだが」

「その通りじゃ。向かい来る魔族は2000以上と聞く。正直猫の手でも借りたいくらいじゃな」


逆にジンバックは冷静にイルフリーデと会話を重ねている


「なら都合が良い。我らも手伝おう」

「信用できん」


それに意を唱えたのはキルエラだ

イルフリーデはその言葉に別段機嫌を損ねたわけでもなく普段と変わらない素振りで顎に手を添える


「ふむ、まぁそれが普通であろうな」

「やっぱり怪しまれてるじゃん!もう帰ろうよ?無理だって」


未だイルフリーデの後ろに隠れたままのベアトリスは乗り気ではないようで帰りたがっている


「そうはいかん。ルシーリア様がこの大陸にいるのは掴んでいるのだ。どこにいるのかはまだわからんが、万が一この街にいるとすれば何としても守らねばならん」

「それはそうだけどさ・・」


イルフリーデの言葉にベアトリスはしぶしぶながら納得している


「それに、今から向かって来ている魔族は現魔王ボルガ率いる軍だ。ルシーリア様に害なす奴らだ。少しは戦力を減らしておきたい」


キルエラは朱姫に視線を送ると朱姫は軽く頷く

嘘はついてないとの事だ

それで少しは信用する気になったのか先程までの刺々しい感じは無くなった


「事情はわかった。この戦いだけの間なら構わない」

「それでいい十分だ。助かる」


イルフリーデの言葉にキルエラは再び驚きの表情を作る


「なんだ?」

「魔族が礼を言うのを初めて聞いた」

「ちょっとー!それひどくない?あたしらだって普段お礼の一つやふたーーむぐっ」

「黙ってろベアトリス。確かに普段は敵対している者同士、そう言えば感謝の言葉はなかったな」

「・・・・変わった奴だ」

「ふーーそうかもしれんな」


未だもごもご言っているベアトリスの口を抑えながらイルフリーデとキルエラ、お互い何か通じるものがあったのか、キルエラに完全に刺々しさはなくなった


『似たもの同士・・』

【くっくっく、確かに】

「がはは、魔族とエルフが似たもの同士か。面白いのぅ」


その言葉にイルフリーデは表情を変えず、キルエラは仏頂面になるのだった






・・・・・・・・・






「あとどれ位だ?」


後続からゆっくりと向かう軍団の中に他と比較すると明らかに異質な大柄な男が、横を併走する魔族へ疑問を口にする

その頭から生える漆黒の角は天を突かんとばかりに伸びていて長い

目は紅い宝玉をはめ込んだように赤々としており、それだけで男が只の魔族ではないことを証明している


「はっ、先頭部隊は後、半時もすればインクに到着できるかと」

「そうか」

「しかしよろしいのですか?まだインクにいるのかわからないと聞いてますが」


尋ねられた魔族はもっともな疑問を口にする


「構わん。どの道この大陸に居ることはわかっている。大陸を蹂躙する手始めが港街インクだ」

「それでは人間共の反撃を受けるかも知れませんよ?たしかあの街は手練の守護隊がいるとか」

「そんな守護隊なぞ所詮は小さな街一つ守るのがせいぜいだ。そんな人数で2000を超える魔族を倒せるわけがない、無意味だ。それにこの大陸には大国は存在しない。せいぜいが小国止まりだ。そんな小国に我々を倒せる人間なんかおらぬであろうよ。冒険者とか言う流浪の人間も魔族の大軍が向かうと知って、慌ててこの大陸から逃げ出したと聞く」

「その為に大々的に喧伝したと言うわけですか。さすがですボルガ様」


側近の魔族のよいしょに、ボルガは満更でもなさはそうに笑みを作った


「待ってろよ。ルシーリア!この俺が直々に引導を渡してやる」






・・・・・・・・・






「来たぞ!」


見張りの守護隊の1人が大声で叫ぶと

休憩していたキルエラやジンバックなど、各々武器を手に立ち上がる


「結構な数だな。よくもまぁ集めたものだ」


そらを漆黒に覆う魔族を見ながらイルフリーデは呟いた

さらに地面が振動し始め、徐々にそれは大きくなっていく


「魔竜を我が、と思ったが空の魔族を相手にした方が良いか」

「そうだな、頼めるか?俺たちは飛ぶことが出来ない。攻撃手段はもっぱら弓だからな。防壁はあるとはいえ空から魔力弾を撃たれたら一方的になる」

「承知した。街は平気なのか?」

「街はすでに結界を張ってある。俺が死ぬか、解かない限りネズミ一匹入ることはできない」

「なるほど」


キルエラの言葉にイルフリーデは納得したように頷くとスーッと浮かび上がる

そこに慌てたようにベアトリスがイルフリーデに近づく


「ちょっ、あたしは?」

「お前は後方で防御結界でも張っておけ。攻撃は無理だが防御なら大丈夫だろう?」

「ほんと?前線にはでなくていいの?やった!じゃあ後ろは気にせずやっちゃって!」

「・・現金な奴だ。自分だけではなく周りにいる仲間・・もしっかり守れよ」

「もち!あたし防御だけは得意だかんね!」

「死人を出したらルシーリア様に言うからな」

「余計なプレッシャーかけないでよ。もう、さっさと行けー」


前線にでなくていいとわかるとベアトリスは安堵し、いつもの調子を取り戻した


「では俺たちは地上で魔竜達を迎え撃つ。前衛は朱の姫とジンバック、真ん中をコタロー、左右の端をレフィルとヴァージルだ。用意はいいか?」

【いつでも良いぞ】

「久々に腕が鳴るわい」

「魔竜か、面白そうだ」

「2000体の魔族か、さすがに初めてで緊するね」

『うう、魔竜なんて今の実力で行けるかな・・』


うち1人、狐太郎だけは不安で仕方が無いようだった


【案ずるな狐太郎、その為に私とジンバックが隣にいるのだ】

「そうだぞ、思いっきり暴れていいんじゃぞ」

【武器は聖属性付の刀にするといい。たしかまほろばがあったであろう?】

『うん、そうするつもり』


言うと狐太郎はポシェットから白い鞘に収められた刀を取り出した


「ほぅ、やはり美しいな」


取り出した刀にジンバックは思わず感嘆の言葉を漏らす

そして朱姫とジンバックも自身の得物を手に持つ

ジンバックは巨大な戦斧、朱姫は三叉戟


「朱姫、朱姫一文字べにひめいちもんじはどうした?」


朱姫の手に持つ三叉戟にジンバックは疑問をぶつける


【船上での戦いでな、腐食させられた】

「なに?」

【まさかあんか使い手がいるとは思わなかった。すぐに武器を変えたが腐食が若干進んでるようでな、使いたくても使えないのだ】

「・・後で見せてみよ」

【直せるのか?】

「馬鹿を言うな。わしが鍛え直したら程度が下がる。見るだけじゃ」


「見えたぞ!」


会話をしていた朱姫とジンバックは誰かの大声に話を中断し、武器を構え直す


そして狐太郎達の目にも確認できるくらいの距離に土煙が見え、さらに地響きが続く

先頭には魔竜だ





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る