一章 54 兜跋毘沙門天
「さすがヴァイシュラヴァナ様だ・・あの滅びの魔族を押している」
「俺達2人でも凌ぐのがやっとだったってのに、さすが武神だな」
戦況を見つめながらレフィルとヴァージルは言葉を交わす
しかしその状況に納得してないのが1人
『・・・・・』
狐太郎である
難しい顔をしたまま黙って毘沙門天を見つめている
無論魔力を送りながら、だが
「どうなのだコタロー」
『・・押してるけど、攻めあぐねてる感じかな。滅びの魔族の再生能力は厄介みたいですね』
状況を知りたいミレリアに狐太郎は歯切れが悪く返答する
本来なら短時間で決着はついている
動きもキレが悪いし、三叉戟を振るう腕も重そうに見える
普段の絶好調時を知ってる狐太郎だからわかる
毘沙門天は不調である
そしてその理由は明確だった
『くそっ・・』
それが自分のせいだと気づいている狐太郎は小さく毒づくと、ポシェットから魔力回復のポーションを取り出し再び飲む
見れば狐太郎の周りには5本以上のポーションの空き瓶が転がっていた
狐太郎が飲み干したポーションは狐太郎が作ったポーションで、瓶1本て狐太郎の魔力を全快させると言う代物である
それを5本以上飲んでいると言うことは予想以上に魔力の消費が激しいのだろう
「コタロー、大丈夫か?」
若干辛そうな狐太郎を見つめながらミレリアは心配そうに言葉をかける
『大丈夫です』
「しかし、辛そうに見えるぞ」
『問題ないです。あるとすれば自分への不甲斐なさですよ』
悔しそうに狐太郎は理由を露呈する
『本当なら戦いは決着ついてるはずなんです。毘沙門天の実力はこんなもんじゃないです』
「そうなのか?十分凄まじいと思うが・・」
『本来の力なら多分魔族の再生スピードを上回る攻撃を繰り出せてるはずです』
「・・それが本当ならたしかにこの状態は好ましくないな・・」
ミレリアは心配そうな表情を狐太郎に向けていたが、視線を毘沙門天と魔族が戦っている方へ移した
・・・・・・・・・
【雷戟】
毘沙門天の三叉戟の三叉付近から生み出された雷は三叉戟全体にまとわりつくと輝きが増す
【散雷戟】
雷を纏った三叉戟をノーモーションで3度繰り出した
-ギン、ギィィィン、ドン-
二つはなんとか長剣で弾き、直撃を免れた魔族だったが最後の一撃を左肩にくらい木の葉のように吹っ飛んだ
ちなみに先のニ撃は長剣で弾かれたものの、雷撃は魔族へ到達しており微弱ながら麻痺効果を生み出し動きを鈍らせた
だから最後の一撃が当たったのだ
飛ばされた魔族は空中で受身を取り、クルリと一回転して地面に着地する
が、一撃を食らった左肩はダラリと力なく下がっている
よくあれで握っている長剣を離さないものである
あるいは一体化しているのか
そしてやはりと言うか魔族の左肩の傷が再生する
【やはり再生するか・・しかし再生能力も僅かだが落ちてきているの。このままいけば再生する前にカタをつける事ができそうだが・・】
毘沙門天はそう呟くと、チラリと狐太郎の方へ視線を移した
狐太郎の周りにはすでに大量のポーションの空き瓶が転がっている
【いつポーションが尽きるかもわからぬし、狐太郎にも疲労が見えるの。やはり長引かせるわけにはいかんか・・】
しばらく思案していた毘沙門天は狐太郎から魔族へ視線を移す
【仕方ない。久々に本気モードになるとしようかの・・・狐太郎!】
『--は、はいっ!』
【このまま長引かせれば不利じゃ、一気に勝負を付けるぞ】
毘沙門天のその言葉に狐太郎は驚愕の表情で固まる
【大丈夫じゃ。あのバカにできてお主にできない訳がない。狐太郎は魔力の事だけ考えるが良い】
『--はい』
未だ不安を拭えない声の狐太郎に毘沙門天は愉快そうに笑う
【何、すぐにカタをつける。安心せい】
『・・わかりました』
【うむ、良い返事じゃ】
毘沙門天は1つ頷くと三叉戟を地面に突き刺し印を組む
【オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ】
毘沙門天は真言を唱える
ちなみに召喚者の唱える真言と、毘沙門天が唱える真言は言葉は同じでも内容が異なる
召喚者は呼び出す為に、そして毘沙門天が唱える場合は
パワーアップするためである
膨大な魔力が膨れ上がり辺りを白に染め上げる
そんな中、魔族は危険を察したのか今までで1番大きな咆哮を上げると白の中心地、毘沙門天が立っているであろう場所に突撃した
『--!?』
急激に吸われる魔力に眩暈を覚えながら狐太郎が見たのは、白の中心に魔族が長剣を持って突撃している所だった
なんとかしようにも今狐太郎は動けない
下手に動けば魔力供給が途切れ、毘沙門天は還ってしまう
それだけは避けたい狐太郎は毘沙門天に迫る危機を目の当たりにしながらも、魔力を送る事しかできない
『間に合え--』
集中する為に狐太郎は目を瞑る
早く、もっと早く毘沙門天に魔力を送るために
そのお陰か毘沙門天を包む白い光はいっそう強くなる
だが同時に魔族が白い光に入り込む
瞬間毘沙門天がいるであろう場所を中心に黒い竜巻が発生し、白い光を吹き飛ばした
「--!?」
誰かが息を飲む
しかし再び空から白い光が凄まじい勢いで降り注ぎ毘沙門天がいる場所を直撃すると白い光は周囲に拡散し、毘沙門天と魔族を包み込んだ
ミレリア達は咄嗟に目をつむり、瞼が焼かれるのを防ぐ
そして散っていた白い光も収まりミレリアもゆっくり瞼をあける
「「「---!?」」」
ミレリア達3人はその光景に声にならない声をあげる
そして辺りに響く声
【よくぞ間に合わせた狐太郎】
その毘沙門天の言葉に狐太郎もゆっくり目を開く
『--!?』
狐太郎も先の3人と同じようにその光景に驚く
魔族が振り下ろした長剣は毘沙門天の左手で抑えられている
否、掴み取っている
無論長剣は毘沙門天の皮膚に1ミリもくいこんでおらず無傷である
魔族はそれをなんとかしようとしてるらしいのだが、掴まれてビクともしない
そして毘沙門天の外見も大きく変わっていた
鎧は革製と見られる甲冑から
さらに武器は三叉戟から刀身が長い刀へと様変わりしていた
刀は腰に差してあり鞘から赤く、そしてぼんやりと赤い光を放っている
「なんという威圧感、先ほどの比ではない・・」
「それになんだあの剣、・・赤く光っているぞ」
『あれは
「「--!?」」
狐太郎の説明に一同は息を飲む
「とばつびしゃもんてん・・」
『今の毘沙門天の敬称です。以前よりすべてにおいて能力が段違いに強いですよ』
「--初めて見た・・」
「震えが止まらん」
畏怖すら覚える3人をよそに、狐太郎は逆に安堵の表情だ
・・・・・・・・
そして同じく畏怖している人物が多数の中もう1人例外がいた
「あら、兜跋毘沙門天にまでなるのね。コタローも成長したわね」
「み、ミルワース様・・その、とばつびしゃもんてんと言うのは・・私にはヴァイシュラヴァナ様が現れただけでも驚きなのですが・・」
伝承で聞いたことしかないヴァイシュラヴァナか現れた事にも驚きだが、さらにそれより上が見れる事実に、一緒にいるウェルキンらはクリスティアの言葉に同意するようにコクコクと首を縦に振る
彼らはまだ驚きから回復してないらしく言葉が出てこないらしい
「いい質問ね。兜跋毘沙門天と言うのは簡単に言えば毘沙門天の本気モードよ。私も兜跋毘沙門天になった姿は久しぶりに見るわね」
「ヴァイシュラヴァナ様の、本気・・」
「まさかコタローが呼び出せるとは思わなかったわ。しかも兜跋毘沙門天まで・・」
ミルワースは狐太郎の成長を喜ぶ反面、内心は心配していた
「(また無理して・・)」
・・・・・・・・・
【ふふふ、この姿になったのはどれくらいぶりか・・どれ】
兜跋毘沙門天は嬉しそうにそう言うと掴んでいた長剣に力を込める
-バキバキバキ-
長剣が握りつぶされ砕け散る
「--!?」
「「「!?」」」
レフィルら3人は目が点になり、当の魔族も目を大きく見開いた
しかしいち早く立ち直った魔族は危機を察知し間合いを開けるべく下がる
【遅いのぅ】
兜跋毘沙門天は右手を刀に添える
傍目にはそれだけにしか見えなかった
しかし攻撃をしたのは誰の目にもわかった
刀に手を添えた瞬間下がろうとした魔族が吹っ飛んだからだ
『朱姫!』
【ふふ、ようやくその名で呼んだか。あやつに呼ばれるより心地よい】
『あれを殺さないで無力化--』
【言わずともわかっておる。魔力と一緒にお主の思念も流れてきたからのぅ。しかし元に戻すアテはあるのか?】
『昔師匠から受け取った物があります』
【ふむ、
素で今思い出したかのように呵呵と笑う朱姫
【なら問題ないの。準備をしとくがよい。すぐ済ます】
いうが早いか朱姫は吹っ飛ばされた魔族へ一気に間合いを詰める
接近してきた朱姫に気づいた魔族は飛ばされた空中で態勢を立て直すと天に向かって咆哮する
すると魔族の周囲に禍々しい瘴気を放つ球体が数十出現した
それは出現すると同時に瘴気を辺りに撒き散らしながら物凄いスピードで朱姫へ向かっていく
【良いぞ、もっと楽しませてくれ】
人間がくらったなら一溜りもないだろう高速で向かい来る瘴気を撒き散らす球体群を朱姫は楽し気に見つめる
【吸転鏡】
そして朱姫は慌てずに宝具を取り出す
すると彼女の前面に不可視の鏡のようなものが出現した
魔族が打ち出した瘴気の塊はその吸転鏡と呼ばれた鏡に激突する瞬間、吸転鏡に音もなく吸い込まれ即座に弾き出されるように魔族へ向かい打ち出された
「--!?」
未だ空中に飛ばされていた魔族には交わす術はない
なんとか身をひねり長剣で弾いたり数弾は交わすものの、すべてはやはり無理だった
しかし瘴気は魔族にとって糧であり毒ではない
故にダメージはほぼないに等しい
そしてようやく魔族は地面に着地する
すでに朱姫は刀の間合いに入ろうとしているが、刀を抜く所か柄さえ掴んでいない
魔族は瞬時に折られた長剣を再生させると朱姫に斬りかかった
【まだ来るか】
嬉しそうに笑う朱姫
魔族は左右の長剣を上からの斬り下しと左からの横凪ぎでの同時攻撃を行う
すでに長剣の間合いに入っていたが、朱姫は刀の柄に手を軽く添えただけだった
誰もが今から反応しても間に合わないと思った
魔族の長剣は振り下ろされ、横凪ぎ振り抜かれる
狐太郎とミルワース以外は目を瞑る
しかし斬り裂く音も、血が渋く音も聞こえない
【残念だったのぅ】
そう呟く朱姫の表情はどこまでも楽しそうだった
時間差で金属音が地面に落ちる音が2度聞こえた
目を開けたミレリア達が見たのは付け根から綺麗に斬り落とされていた2本の長剣だ
先程の金属音は刀身が地面に落ちた音だった
魔族は驚愕の表情を貼り付けたまま長剣を振り抜いた態勢のまま動かない
それを見逃す朱姫ではない
【あまり長引かせるわけには行かぬ。悪いがこれで終いにしようぞ。--封気錠】
現れた錠のようなものは振り抜き交差したままの魔族の腕を瞬時に捕まえる
次いで手首にも錠がかかる
硬直から解けた魔族は残る足で間合いから逃れようと跳躍体制に入る
【逃れられぬ】
瞬時に両足首にも錠がガッチリかかる
ただそれだけなら魔族もジャンプくらいはできるだろう
跳躍体制に入った魔族の目が再び見開かれる
【錠を重くした。これで動く事もできまい】
生半可な重さだったら逃げられたかもしれない魔族だったが今は重さに耐えられずに地面に倒れ込む
それでももがいていた魔族だったが、錠が地面にくっつくように固定されてしまったため身動きが取れなくなる
さらに首にも地面と連結するように錠がくい込み、完全に地面に張り付け状態になり身じろぎすら不可能になる
今の魔族は空しか視界に入るものはない
【これで動けまい】
朱姫はそう言うと本気モードの兜跋毘沙門天を解除してノーマルモードに戻ると狐太郎を呼び寄せた
『さすがですね・・』
【狐太郎、まずはその他人行儀な話し方をやめるのだ。似合わんぞ】
『ごめん、会うのが久しぶり過ぎて距離感が掴めなかったんだ』
【私に軽口をきけるのはあやつらとお主くらいなのだから他人行儀は寂しいではないか】
『気をつけるよ朱姫』
狐太郎の言葉に朱姫は満足そうに頷く
【さて狐太郎、
『うん、ここに』
狐太郎はポシェットから真っ白な球体を取り出す
大きさはビー玉くらいの大きさだ
これは
下位の滅びの魔族は単独では具現化はできない
今回のように何かを媒体としないと無理なのだ
中位以上となるとまた別なのだが
狐太郎の師匠は対滅びの魔族用にこの解魂玉を作ったのだ
彼からしてみれば下位の滅びの魔族など物の数ではないのだろうが普通の人間からしてみれば十分過ぎるほどの驚異である
【やれやれ、狐太郎が持っていると言うことはこれを使うのをあやつは予期していたと言う事か・・】
『うーん、多分適当に詰め込んだだけだと思うよ。在庫整理とか言って、要らないものを入れただけじゃないかな。普段から要らないものを押し付けてくるし』
狐太郎はそう言うが朱姫は知っている
彼が物凄く心配症なのを
家族同然の狐太郎を危険に晒すまいと1人苦悩していたのを知っている
いや、狐太郎だけではない
彼の身内になった者に対しては超過保護で心配でたまらないのだ
表には出さないが裏では物凄く心配している
もちろんその身内には朱姫も入っている
だから
【ふふ】
『?』
思い出してほんわかしていた朱姫に狐太郎は首をかしげる
【さて、あまりゆっくりしてる時間はないな。戦闘してないから魔力の消費は少ないとは言え狐太郎も辛かろう】
『あまり時間経つと触媒の魂も消滅しちゃうからね』
狐太郎は魔族に近づくと解魂玉を魔族の上にポトリと落とした
すると解魂玉は魔族の身体に溶け込むように入っていく
魔族はなおも拘束を解こうともがいていたが、しばらくすると大人しくなる
瞬間、魔族を中心に黒い渦が出現した
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