一章 55 それぞれの終わり

「--あ」


黒い渦が立ち上ったのは離れてた場所にいたミルワースの結界内にいたクリスティアにも見えた


「--まさか」


アゼルが魔族になった時に発生したものと同じだと直ぐにわかったクリスティアは青ざめる


「大丈夫よ、あれは解魂玉を使ったのね」

「かいこんぎょく?」

「簡単に言えば魔族に身体を乗っ取られた時に使うもので、強制的に身体から魔族を追い出す物よ」


ミルワースは丁寧に説明する

過去ミルワースもこの解魂玉を使う場面にいたことがあるから知っている

その言葉にクリスティアの表情は明るくなる


「じゃあアゼル兄様は助かるんですね」

「喜ぶのはまだ早いわクリスティア。魔族は追い払えると思うけど、後遺症が残る事があるの。恐らく魔族に乗っ取られてた時間が関係してるのだと思うけれど。長時間乗っ取られた場合、最悪魂はもう消滅してる事もあるのよ」


ミルワースの説明を聞いていたクリスティアは先程の明るい表情から一転する


「そんな・・・」

「恐らく大丈夫だと思うけれど、問題は後遺症ね」


そうこうしているうちに、遠目からでもわかるくらい黒い渦は次第に弱まって行くのが見え、そして黒い渦は消えた


「終わったみたいね」

「!?じゃあ--」

「ええ、もう危険はないわ」


ミルワースの言葉が終わるか終わらないかのうちに駆け出したクリスティア


「私も行こうかしら。久しぶりに朱姫にも挨拶したいし」


そう言うと結界内に留まっている一同を見回す


「もう危険がないと言うならこちらは大丈夫です」


デュラインの言葉に側にいたウェルキンやマキシムも頷く


「ありがとう、それじゃちょっといってくるわね」


そう言うとミルワースは展開していたテラフアーダルミエル精霊の光翼を解くと滑るようにクリスティアの後を追っていった


「我々も行こう」

「ええ、アゼルにお説教しないといけませんわ」


そのセリフにシャルロスは表面上穏やかな表情をしているルティーナだが怒っているのを知る

普段はめったに怒らないが怒らせると怖い


ちなみに檻の鍵は大臣が持っていてちゃっかり開けてもらっていた


そしてシャルロスとルティーナもクリスティアの後を追うように歩き出した



「ようやく終わりそうだな」


しばらく無言で王族達が歩むのを眺めていたウェルキンはポツリと呟く


「そうですね。後始末は残ってますが一先ずこれでおしまいでしょう」

「長かったな・・」

「ええ」

「そうですな」


王宮脱出から今まで、クリスティアの護衛兼親衛隊の3人は感慨深げに呟いた







・・・・・・・・・







黒い渦が収まるとそこには人間の姿のアゼルあった

肌を侵食し蝕んでいた黒い皮膚も綺麗さっぱりなくなっている


「コタロー様!」


狐太郎がその声に振り向くとクリスティアがこちらに駆けてくるのが見えた

後ろにはミルワースがついている


「--!?」


近づくにつれ倒れているアゼルが視界に入るとクリスティアはさらに足を早めた


「お兄様!」


アゼルの傍らに膝をつくと必死にアゼルに声をかける


「お兄様!アゼル兄様!」


しかしアゼルは起きるそぶりもなくピクリとも動かない

それでもクリスティアは呼び続ける


「アゼル兄様、起きてくださいアゼル兄様!」


狐太郎達はその様子をただただ黙って見つめている

声は次第に弱くなり、涙がポタリポタリとアゼルの顔を濡らす


「アゼル・・兄・・・様、起きて・・下・・・さい」




「--そう・・耳元で叫ぶ・・・な。ちゃんと・・聞こえている」


そう呟くきゆっくり目を開くアゼル


「----!?お兄様!」

「クリスティア・・--何故・・・?私は、生きて・いる・・?」


涙で顔を濡らしながらも喜びの声を上げるクリスティアにアゼルは誰にともなく疑問だった事を呟いた


「コタロー様が助けて下さったんです」

「また・・あいつか・・」


遠くから眺めている狐太郎に視線を移そうとするも首が動かなかったアゼルはそのまま空を見つめ小さくため息をつく


「体が動かない。私の体は・・どうなっている」


指先すら動かせないアゼルは自分の体の様子がわからない

体が麻痺した状態に近く、感覚がまるでないのだ


「四肢は無事よ。ただ魂が還ったばかりだから身体に馴染むまで時間がかかりそうね」


アゼルはクリスティアの後ろに佇む女性の声に唯一動かせる目を向ける


「--そなたは」

「気にしないで、ただのクリスティアのお友達・・・の精霊よ」


アゼルはその言葉に驚いた様子だったが一言「そうか」と呟いただけだった


「アゼル兄様、時間はかかるそうですが動かなくなった体は動くようになるようです」

「多少の後遺症は出るかもしれないけどね」

「--そうか」



「クリスティア!」


そこへシャルロスとルティーナが近づいてくる

声を聞きアゼルは顔を強ばらせる


クリスティアの側に着いたシャルロスは傍らに寝ているアゼルを見る

アゼルも表情は硬いもののシャルロスから視線を逸らさずに見る

アゼルはなんとか上半身だけでも起き上がろうと頑張るがやはり動かないようだ

クリスティアが手を貸し支え、なんとか上半身だけ起き上がらせる

その様子をルティーナはニコニコしながら見守っている


ミルワースは久々の兄妹の再開に邪魔をしては悪いと狐太郎達の所へそっと移動した


シャルロスとルティーナにした仕打ちを見れば何て言っていいかわからないのだろう

お互いが何と声をかけていいかわからずに沈黙が流れる



「アゼル・・」

「--ごめん兄さん」

「!?」


いきなりのアゼルの謝罪の言葉にも驚いたが、それ以上に驚いたのはシャルロスを兄さんと呼んだ事だった


「アゼル!元に戻ったのか?」


元に戻ったとは魔族の身体から戻れたことなのか、果ては魔族と関わった事で人格が変わった事についてなのか


「兄さん、僕は--」

「分かっている。全てはドルバ大臣から聞いた。すまなかったなアゼル」


シャルロスが急に頭を下げた事にアゼルは驚く


「なんで、何で兄さんが謝るのさ。悪いのは僕なのに・・」

「私がお前ともっと一緒にいる時間を作れれば--」

「兄さんは父上の政務の手伝いで忙しかったから仕方ないよ。それに僕は身体が弱いから」

「いや、しかし--」

「兄さんは悪くない。悪いのは勝手に暴走した僕だよ」


言葉に詰まるシャルロスにアゼルは言葉を重ねる


「国を疲弊させ民を苦しませ、父上や兄さん達にも迷惑かけてしまった。責任を取る覚悟はあるよ」


アゼルの言う責任は、死を意味する

王族とは言え身内を貶め、国を乗っ取ろうとしたのだ

しばしアゼルをじっと見つめていたシャルロスだがゆっくり首を横に振る


「それについては考えがある。ちょっと強引だがな」


ニヤリと笑うシャルロスの言葉にルティーナは追従する


「私は知ってますよ。アゼルが私達が魔族に干渉されないように牢に入れてくれた事を。牢には光属性の魔法陣か施されてましたから直ぐに気づきましたよ」


ニコニコとルティーナは言う

横ではシャルロスが目を見開いている


「姉さんにはバレてたのか」

「ふふ、体の弱いあなたに魔術の道を勧めたのは私ですよ?」

「そうだったね」

「まぁシャルロス兄様はそれに気づいてないようでしたけど」

「だからあんなにすやすや眠れてたのか・・」


シャルロスは呆れた表情でルティーナを見つめる


「だけど僕は父上を・・」

「それも大丈夫だ。クリスティア」

「--え」


尚も自責の念にかられて表情を曇らせるアゼルはシャルロスの言葉の意味を一瞬理解出来なかった


「ユグドラシル薬を持っています。これでお父様は治ります」


クリスティアは魔法袋から取り出した澄んだ濃い青色の液体が入った小瓶をアゼルに見せる


「--ほ、本物?」


震える声を出したのはアゼルだった

魔術師を目指していたならユグドラシル薬の凄さを知っているのだろう


「本物ですよ、アゼル兄様。これでフリッグ伯爵も治りましたから」

「そうか--良かった・・・・」


クリスティアの言葉でアゼルは心の底から安心したようで涙を零す


「それで父上の容態はどうなんだアゼル?」

「うん、症状は変わらない。今日明日でって事はないよ」

「ならとりあえずは一安心だな」





それからしばらくクリスティア達は少しの間兄妹水入らずの時間を過ごす






・・・・・・・・・






その後、王宮から救護班や兵士達が現れて怪我人の搬送や、戦死した兵士の亡骸を埋葬したりと練兵場は一時閉鎖される


そして国王は狐太郎がクリスティアに渡したユグドラシル薬を飲ませた結果、毒の進行及び症状はなくなった

しかし年齢的な問題もあったのか、毒に侵されていた時間が長かったのか足腰までは改善せずベッドに寝たきりになる

それでも上半身は自力で起こせるし、足腰も長期のリハビリが必要だが杖で歩けるくらいにはなるとの事だった


これにより国王は王を第一王子シャルロスに譲ることになる

元々国王に付いてまわり勉強をしていたので、そこまで大きな問題は起きずに済んだ


第二王女のルティーナは、相変わらずのんびりと変わらず過ごしている

聞けば貴族から見合いの話が大量に来ているとの事だが、全て断っているらしい

「身分より才能が優れた方はいないのかしら」

と密かに嘆いているらしい


第三王女のクリスティアは光の精霊を従えてたのを見ていた兵士らから瞬く間に情報が王都中に知れ渡り、精霊とやり取りをする巫女として王宮にて職に就く事になった

回復も使えるクリスティアは毎日元国王を見舞い回復魔術を施しているらしい

そのお陰か元国王は予想より早く歩けるようになる


そして初お披露目の場では実際にミルワースを召喚して見せ、大歓声を浴びる

当のミルワースも満更でもないようで、国民に

しきりに手を振っていた

1つクリスティアに不満があると言えば、とある新聞の号外に[第三王女クリスティア、巫女に!数百年ぶりに精霊と主従契約を結ぶ]の見出しだった

クリスティアは誰にともなく「主従契約じゃありません」と不機嫌そうに呟いているが誰も信用してくれないらしい

たまに「どうやったら精霊を従えることができますか?」と貴族の連中が聞きに来る事がありクリスティアを悩ませている

ミルワースはミルワースで我関せずと言った感じで最近は精霊の村に帰らずクリスティアの部屋に居座り、侍女が入れてくれた菓子をつまんでいるらしい

そしてクリスティアは後に姫巫女としての地位を確立させ、ラグアニア王国と精霊との橋渡し役として活躍する


クリスティアの護衛だった3人はクリスティアを守り抜いた功績を認められ、今は直属の親衛隊として使えている

ウェルキンなんかは国の近衛兵の副団長の話も来ていたのだが「俺が仕えるのはクリスティア様だけだ」と断ったらしい

同じくデュラインとロイザードも話を断り、仲良く3人揃ってクリスティアの親衛隊を務めている

現在はその親衛隊も3人から100人に膨れ上がっている

そしてほぼ全員がクリスティア目当ての入隊である

もちろん実力主義の世界なので見合った力がないと入隊はできない

そういう点では、親衛隊はレベルが高いと言える

しかし巷では親衛隊ではなくクリスティアファンクラブと言われているらしい

実際に公にはなってないがクリスティアのファンクラブも秘密裏に有り、ウェルキンらは会員ナンバー1~3である


どちらもクリスティアの預かり知らぬ事である



そして侍女見習いのメアリーは無事侍女見習いから脱却?し、今も変わらずクリスティアの侍女として動いている

さらに水の魔術を扱える彼女は後に水の精霊と契約する事に成功する

これにより王都の水不足も衛生面も大いに改善される

魔術師達からオファーも殺到しているらしいが、「侍女の方が楽だから」と嘘か本当かわからない理由で断っている

後に水麗の侍女と言われるが、現状はミルワースと共にクリスティアの部屋で自ら入れた紅茶と菓子をつまむ姿しか確認されていないらしい

たまに「うな重たべたいです・・」と呟くらしい



そして第二王子アゼルは王都に東西南北ある塔の一つに幽閉され、王族と言う特権は剥奪される

ドルバ大臣は大臣職を解かれアゼルと一緒に幽閉されている

アゼルに付いていた侍女はお咎めなしだったのだが、自ら志願してアゼルの侍女として塔で働いている


無論貴族の間から処分が甘いとの声が上がったが、シャルロスの「ならば問う、お主達は何か行動を起こしたのか?国の危機に自分達の立場を守る為に諫めもせずに殻に閉じこもって静観していた貴殿らに文句を言う資格はない。あるとすれば、自らの危険を顧みず王都に駆けつけてくれたフリッグ伯爵だけだ」

と一括して貴族を黙らせたらしい


幽閉とは言え、シャルロスやルティーナ、クリスティアもお忍びで頻繁に会いに行ってるのでそこまで辛くはないのかもしれない

何よりしばらくは寝たきりなのだ、処分を不服に思った貴族から暗殺者を守る為にあえて堅牢な塔に幽閉したとの見方もあるくらいだ


アゼルはアゼルで色々な本を読んでいる

主には政治関連だ

何か力になれればと思っているらしい

ドルバが頻繁に書庫から本を持ち出す姿も確認されている

そんなアゼルを献身的に世話している侍女の姿も確認されている


フリッグ伯爵はしばらく王都にとどまり、新国王シャルロスを補佐する

先の功績が認められ伯爵から侯爵に奉じられる


そしてマキシムは同じく王都に留まる

先にグリッド以下連れてきた兵や義勇兵らを領地に帰し、マキシムはフリッグ侯爵の護衛と言う名目で残る

グリッドからは「命令だから先に帰りますが、王都であまり遊び回らないでくださいよ」と先に釘を刺されるも、少しくらいはいいだろうと戦友のウェルキンらを伴い夜の街に消えていくのを多数の目が目撃している

後にクリスティアとフリッグ侯爵にばれ、一時間正座させられたのは笑い話である





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