一章 53 その名は毘沙門天

意識を両手の宝玉に集中している周りに徐々に光が集まって来る

それは次第に大きくなり、直視では見れない程になる


『オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ』


狐太郎が言葉を発した瞬間、天へ光の柱が立ち上り辺りを光で覆い尽くす

しかしそれは一瞬で咄嗟に目を瞑ったミレリアはゆっくり目を見開くと、そこに佇む強大な威圧感に息を飲んだ


「ま、まさか--ヴァイシュラヴァナ毘沙門天・・・・・」


震える声でそう呟く


『ミレリアさん良く知ってるね』


誰に問うたわけでもない呟きに答えたのはその圧倒的な存在感に半ば忘れていた狐太郎だった


「こ、コタロー、本物なのか・・?」

『はい、正真正銘の毘沙門天ですよ』


身の丈2mはゆうに超えている体躯は筋肉質でいかにも強そうだ

といっても無駄に筋肉が付いているわけではなくアスリートといった方がしっくり来るかもしれない

そしてなんといっても甲冑を身につけている事が目を引く一因だろう

まさに武士と言う出で立ちはこの世界では異彩を放っていて、さらに右手には身の丈を遥かに超える三叉戟を持っている


ちなみにこの世界の甲冑とは西洋の騎士などが身に付ける金属プレート等があげられ、甲冑などは存在すらない


その毘沙門天は怒りの様相で何かを探すように視線をキョロキョロさせていたが、やがて側に佇む狐太郎に気づき表情を和らげる


【む、久々にあのバカが私を召喚したのかと思ったら、狐太郎ではないか。まさかお主が私を召喚したのか?】

「--!?女だと」


そう、毘沙門天は女性だった

ミレリアからは背中しか見えなかったのでてっかなり男だと思い込んでいたので声を聞き驚いた

見ればアスリート体型なのもうなずける

しかも胸はデカく甲冑で抑えられているのに形は崩れていない


低いよく通る声だが、以外にざっくばらんな話し方をする毘沙門天にミレリアは言葉が出ない


『お久しぶりです毘沙門天、多聞天かな』

【毘沙門天で良い。所であのバカは一緒ではないのか?】

『いえ、今は一緒ではありません』


あのバカで通じると思っている毘沙門天に、そしてそれで察してわかってしまった狐太郎は苦笑いを浮かべる


【そうか。あやつめ、300年前に私を魔巣のダンジョンで置き去りにしおってな。会ったら一太刀浴びせてやろうと思っておったのだ】

『あはは・・相変わらずですね』

【たまに言霊や姿見を使ってやりとりはするものの、あやつは自分ではやらんからな】


右手に持つ三叉戟を握りしめ怒りを顕にする毘沙門天に狐太郎は笑うしかない


【所で、私を呼べるようになるとは少しは強くなったのか狐太郎】

『いえ、今紀最弱かもしれません』

【ふむ、しかし内包する魔力量は昔に比べて増えておるようだな。それで私を呼んだか、む】


狐太郎を見ながら左手を顎に当て1人納得する毘沙門天は、何かに気づいたようで視線を動かした

それは戦い続けているレフィル達の方だ


【魔族、それも滅びの魔族か】

『知っているんですか?』

【知ってるも何も、私があやつに呼ばれる時は大体滅びの魔族絡みだ。最近は特に呼ばれる事もなかったからあやつが奴らを根絶やしにしたのかと思っていたが・・ふむ、どうやら下位の滅びの魔族のようだな】

「--!?あの強さで下位」


ミレリアの思わず上げた驚愕の声に毘沙門天は振り向く


【む、そこの人間は狐太郎の女か?なかなか美人ではないか。しかも火神の加護をもっておる】

『ち、違いますよ、俺はまだ一人身です』


毘沙門天の突飛な発言に狐太郎は慌てて否定し、ミレリアはポカンとしている


【なんじゃ、そうなのかつまらん。私に早く孫を見せてくれ。あやつは子を成すつもりはないようだから希望はお前だけなのだ】


何気に年寄りのような発言に狐太郎は苦笑いをし、ミレリアはハッと我を取り戻す


「ヴァイシュラヴァナ様、お目にかかれて光栄です。私はロマレイア帝国第二王女のミレリアといいます」


急に畏まった話し方になるミレリアに毘沙門天は「ほぅ」と呟き、狐太郎は目を剥く


『王女様!?』

【ヴァイシュラヴァナと言う呼び名はどうもしっくりこんな・・・】


毘沙門天は小さく呟くが、否定はしなかった

ほぼ、この世界の人々はヴァイシュラヴァナと言う名で毘沙門天を呼ぶ

毘沙門天と呼ぶのは一部の人達だけである


【ふむ、王女なら血統も申し分ない。どうだミレリアとやら、狐太郎の嫁にならんか?こやつは有望だぞ】

『ちょっと!』


再びの暴走に狐太郎は焦るが、ミレリアは冷静に対処する


「ヴァイシュラヴァナ様のお墨付きならコタローはきっと強くなるでしょう。しかし私にはその権限がありません」

【ふむ、なら私自らロマレイア帝国とやらに赴いて直接・・】

『ちょっ!い、今はそんな事はどうでもいいんですよ!』

【どうでもいいとはなんだ狐太郎。私にとっては孫の見るのは一大イベント・・む】


呟いた毘沙門天につられて2人も視線を動かすと戦いながら場所を移動してきたのかレフィル達がしっかり視認できるくらい近くにいる

しかし2人の装いは大きな怪我は見えないが肩で息をしてるのが見て取れた


【再会の会話はこの辺にしておこうかの。で、狐太郎憑依できるのか?】

『いえ、今の自分の状態じゃ身体が付いていかないと思います』

【なら魔力消費は激しいがこのまま行くしかないのぅ】

『すいません、まだ未熟で』

【何、構わん。ただし魔力は切らすでないぞ】

『わかってます』

【ではちょっと行ってくるとしようかの】


まるで散歩に行くような軽いノリで毘沙門天は歩き出す

右手に三叉戟を持った危険な散歩だが







・・・・・・・・・・







「逃げるのも楽じゃないよ」

「文句を言うな、注意を引き付けておかないとすぐに他の所へ殺戮しに行くから仕方ないだろう」


レフィルとヴァージルの2人は狐太郎が無事策を成したのを確認したので撤退中である

撤退と言っても相手は1人、こちらは2人なので撤退とは言わないかもしれないが

先程の会話は下がりながらの2人の会話である


普通に下がるだけではあの魔族は他の獲物を探し求めてしまうために、適度な距離を開けながら散発的な攻撃を繰り返し意識をこちらに引き付けながらの撤退と言うわけである

さらに魔族は牽制目的の攻撃だとわかると意に返さず他へ行こうとするからタチが悪い

なので徐々に牽制と言いながらも、強い攻撃を加えざるを得ない


そのやり取りが何度かあり、もうひと息の所まで来たが


「おい、もう俺達の攻撃には見向きもしないぞ」

「あっちはたしか・・まずいっ!」


魔族が視線を送る先、それはフリッグ伯爵達がいる場所である

大多数の生命反応を見つけた魔族はレフィル達の攻撃など気にせずに口を笑みの形に歪め、そちらへ走り出そうとしたのだか急にレフィル達の方を顔を向ける


「な、なんだ・・?」


突如こちらに振り向いた魔族に2人は戸惑い訝しむ


【人間よ、後はわしに任せるがいい】


不意に背後から聞こえた威圧感たっぷりの声に2人はびっくりして振り返る

そこには甲冑を着込んだ女性が三叉戟を手に持ち立っていた


「--!?」

「な--まさか神霊だと!?」


ヴァージルは絶句する


【ふむ、よくわかったな。多少の知識は持ってるようだ。説明したいが、あれが時間をくれそうにない】


毘沙門天の言葉に振り返ると、魔族が目を見開きこちらを凝視していた

そして咆哮を上げたかと思うとこちらに駆けてくる


【説明は狐太郎にでも聞くが良い】


毘沙門天は2人の前へ出、三叉戟を構える

その姿は武神というに相応しい姿だった


【さぁ、私を満足させてくれよ】


駆けてくる魔族に大して威圧感たっぷりに言葉を発しどっしり待ち構える







・・・・・・・・・







『レフィルさん』


ゆっくり歩いてくるレフィルとヴァージルに狐太郎は声をかけた


「ふぅ、何とか大丈夫だったかな」

「ふん、頑張ったのは小僧の方だ。俺達は10分持ってないからな」

「そう言うのは言ったらダメだから」

『無事で良かったです』


軽口を叩き合う2人にホッとする狐太郎に思い出したようにヴァージルは真顔になる


「聞くがあれは神霊で間違いないか?」

『そうです』

「私も初めて見た。武神ヴァイシュラヴァナ・・」

「ヴァイシュラヴァナだと!?」

「--!?」


ミレリアの言葉にヴァージルは驚愕の表情をする

どうやら毘沙門天よりヴァイシュラヴァナと言う呼び方の方がこの世界で知れ渡っているようだった


「おとぎ話の中に出てくる伝説の武神をまさかこの目で見ることができるとは思わなかった」

「今になって身体が震えてきたよ」

「過去の文献でも武神ヴァイシュラヴァナを呼び出せたのはたった1人と聞く」

「コタロー君は2人目って事か。すごい事じゃないか」

「しかも話を聞く限りでは知己のように感じたが・・」


ミレリアの言葉に3人の視線が狐太郎に向く

狐太郎は隠し通すのは無理と悟り、かいつまんで説明をした





「まさかコタローの師匠が武神の唯一の召喚者だったなんて・・」

「魔神戦争の英雄[白死神リロイ]だったとはな」

「コタロー君が規格外なのわかった気がするよ」


3人の言葉に狐太郎は若干表情を引き攣らせる


『いや、でも僕は道具を使わないと無理ですし・・』

「普通はそれでも無理なんだけどね」

「神霊を召喚するなどどれくらいの魔力を使うのか検討もつかん。ましてや武神だぞ」


狐太郎の言葉を他所に狐太郎の株があがってる、のかは定かではないが

この話は狐太郎は気まずいので話をそらすべく口を開く


『は、話は後回しにして毘沙門天と魔族の戦いを観察しましょうよ』

「そうだな」

「場合によっては助太刀した方がいいかもしれんしな」

「そんな事態にならないように願わないとね」

「なんだレフィル自信がないのか?」

「神霊の、ましてや武神の戦いに加わるなんて恐れ多いよ。付いていけるかどうかも怪しい」

「たしかに加わって足でまといになるのは避けたいな」

「ならば大人しく静観するのがよさそうだぞ。あれに入れるなら別だがな」


最後に言ったミレリアの言葉にレフィルとヴァージルは毘沙門天と魔族の戦いに視線を移す


「--ヴァイシュラヴァナには頑張ってもらわないとね・・」

「--同感だ・・」


2人の呟きにミレリアは若干白い目を向けるが、やおら狐太郎に向き直る


「それでどうなのだ?ヴァイシュラヴァナ様は」


どうかと言うのは100%の力を発揮できてるのかと言う事だろう


『・・ちょっと動きが良くない・・』


ポシェットから魔力回復用のポーションを取り出し飲み干しながら狐太郎は答える


「私は動きが速すぎてわからないのだが、戦況はどうなのだ?」

『・・互角、いや毘沙門天が少し押してる感じはするけど・・』


言いながら狐太郎の表情は曇る


『やっぱりまだ魔力が足りないか・・』

「そう自分を卑下するでない。神霊を、ましてやヴァイシュラヴァナ様を召喚するなど大陸で2人目なのだぞ。少しは胸を張るがいい」


ミレリアの言葉に狐太郎は表情を和らげる


『ありがとうミレリアさん』


狐太郎は礼を言うと毘沙門天に魔力を送るべく意識を集中させる






・・・・・・・・





【ふむ、少し動きが鈍いか・・だがこれしきで--】


毘沙門天は三叉戟を魔族目掛けて高速で突き出す

常人の目に到底追える速さではないのだが、魔族はギリギリの所で長剣で弾き軌道をそらすと、長剣の間合いまで踏み込み、空いてる方の長剣を毘沙門天目掛けて振り下ろす


-ギィィィン-


【はっ、温いわ】


毘沙門天は三叉戟の持ち手で長剣を防ぐと、その場で風車のように回転させ、長剣を弾く

さらに逆手になった三叉戟の柄の部分を三叉戟が霞むほどの速さで3度突く


魔族は最初の突きは残っていた長剣で弾いたが残りの2つをまともにくらい吹っ飛んだ

三叉戟の柄は平と言うわけではなく、多少丸みを帯びた形状になっている

刃ほどではないにしろ、ダメージはあるだろう

ましてや武神の高速の突きである


吹っ飛ばされた魔族はすぐに態勢を立て直す

そして攻撃を受けた箇所を見る

血はでていないが、凹みヒビが入っているのが見える

瞬時に再生したのだが、魔族は表情を歪めると再び咆哮を上げ毘沙門天に突撃を開始した


【下位とはいえ、そこそこの強さはあるようじゃな。だが代わりに知能は失ったか・・】


その表情は変わったように見えなかったが、言葉には哀れみを含んでいた


咆哮を上げながら突っ込んでくる魔族の長剣から繰り出される刺突を毘沙門天は身をひねり既でかわすと戻る勢いを利用し反動で三叉戟を繰り出した


三叉戟が届く寸前、魔族は直前でなんとか長剣を滑り込ませる


【甘いわ】


毘沙門天は三叉戟を勢いよく押し込むように、さらに捻りを加える


-バキン-


魔族の目が見開かれる

捻りを加えたことで三叉戟の間に滑り込ませた長剣をへし折ったのだ

その勢いのまま三叉戟は魔族の胸に吸い込まれる


-キィィィン-


下からすくい上げられたもう1本の長剣が三叉戟を上へかちあげた

毘沙門天は三叉戟を逆らわずに回転させ柄の部分で殴りつけようと三叉戟を回す

だが、弾かれた事でわずかな時間無防備になった胸元へ魔族は折れた長剣を投げつける


【むっ】


しかしそれは短くなった分回避がしやすくなったと同じで、毘沙門天は左腕をかざし防御態勢を取る

そして長剣はかざした左腕の防具に弾かれ中を舞い、地面に落ちる


魔族はその間に毘沙門天との間合いを取るべく後ろに下がる

そして手からは再び長剣が生まれた


【やれやれ、これではきりがないではないか】


毘沙門天は瞬時に生み出された長剣を見てため息を付く


【手こずる感じはしないが、長引かせるのは狐太郎に負担がかかるのぅ】


左手であごのラインをさすりながら毘沙門天は呟く


【さて、どうするか・・】






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