一章 34 ウェルキンの策

~時間は少し戻ってアーノルド亭出発前~



「まだ不安がある」


そう口を開いたのはウェルキンだ

視線が集まる


「どうしたのですか?」

「今更作戦を代えられないですぞ」


デュラインとロイザードの言葉にもウェルキンはどこか釈然としない表情だ


『作戦が気に入らない?』

「違う!こう、うまく言えないがそれだけではダメな気がする。予感と言えばいいのか・・・」

「そんな曖昧な・・」


アーノルド男爵は困ったような顔をする

他のメンバーも似たような気持ちなのかしばらく部屋がシンと静まり返るが、沈黙を破ったのは狐太郎だった


『わかった。その勘、信じるよ』

「コタロー・・」


狐太郎の言葉にウェルキンは驚く


「根拠はないぞ」

『でも第六感?て言うのかな。そういう感は信用した方がいい』


言いながら狐太郎は過去師匠に言われた言葉を思い出していた





~・~とある場所~・~



「いいか狐太郎、戦場で戦いで生き残る為には何が必要かわかるか?」

『強くなること』


即答の狐太郎に師匠は笑顔になる


「それは大事だがそれよりも必要なものがある」


言われて首をかしげながら唸る狐太郎


『・・経験?冷静でいること?広い視野?』


疑問形で狐太郎が答える


「違う。たしかに経験や冷静に判断できる視野も必要だが、1番は勘だ」

『勘?』


意味がわからないと言う風に狐太郎は首を傾げる


「そうだ。強さよりも経験よりも何より重要なのは勘だ。まぁ死の匂いを嗅ぎ分ける嗅覚って奴だな」

『よくわからない』

「わはは。まぁそうだな。例えば敵と対峙した時に嫌な感じってした事ないか?相手が格下でも」

『それならあるよ。こないだ師匠にマンティコアの巣に閉じ込められた時に、1番奥にいた奴がそう感じた。一瞬だったけど・・』

「あぁあれか。たしかにあの時のお前じゃ勝てなかったな」


笑いながら言う師匠に狐太郎は軽い目眩を覚えた


『師匠はそういうの働いた事あるんですか?第六感的な』

「俺か?う~む・・・駆け出しだった頃にあったようななかったような・・・少なくともここ500年くらいはないな」


真剣に悩む師匠に狐太郎は呆れる


「まぁあれだ、その勘を磨け。戦いで生きるためには必要だからな。どんな強い奴でも、いや強い奴ほど一瞬が命取りになる」

『師匠でも?』

「俺は別格だ。とにかくそれを感じた時は素直にそれを信じろ。生きる確率が上がる」


言われてもピンとこないのか狐太郎は微妙な表情だ


「わはは、まだ早いか。さて無駄話はこの辺にして、今日はエリキシル剤・・ユグドラシル薬の作り方を教えてやる。安心しろ、材料は山ほどあるから失敗しても構わんぞ。こいつだけは数をこなさなきゃ覚えられんからな。ちょっとスパルタだから覚悟しろよ」

『えぇ~』


物凄く嫌そうな狐太郎に師匠は笑顔で言う




~・~・~・~・~






「なるほど。では別の何か策を考えねばなりませんか」

「いや、馬車は使う」

『どういう事?』

「3台のうちの二台は空で出す。これは変わらない。で、残り1台に俺とデュラインが乗る」

「囮になると?」


デュラインの言葉に頷くウェルキン


「しかしそれではクリスティア様達は歩きなのであるか?見つかったらおしまいですぞ」


ロイザードの言葉にもウェルキンは自信を持って答える


「ローブを使う」

「ローブ?ああ、コタロー殿からもらった・・そうか!!」

「ああ、そのローブにはフードを被ればどういう仕組みかわからんが、存在が薄くなる仕掛けがある」

「なるほど。それで人混みに紛れて王宮まで向かうわけですね」

「しかしグリッドの分がないですぞ」

「大丈夫だ。メアリー」


ウェルキンはテーブルで茶菓子をぱくついているメアリーを呼ぶ

男爵家待機となり話に参加しなくても良いと判断したのかメアリーはリラックスモードだった


「ふぇっ!?」


いきなり呼ばれて素っ頓狂な返事をする


「メアリー、コタローからもらったローブを貸してくれ」


事情を聞き納得したメアリーは、口に含んでいた茶菓子を飲み込みお茶を飲んで喉を湿すと魔法袋からローブを取り出す


「はい、破らないでくださいね」

「何もなければな」


ウェルキンの言葉に「そんな~」と涙目になるメアリーだがスルーされる


「グリッド、これを着ろ」

「なるほど。これならいけますか」


ローブを手渡されたグリッドは涙目で見つめるメアリーに借りますと一言いい、羽織る

狐太郎に『丈夫だから大丈夫。破れたらまたつくってもらうから』と言う言葉に安心したのか再び茶菓子を食べ始めるメアリーを尻目に、ウェルキン達は若干羨ましそうな目を向ける


「ま、まぁこれで行けるだろう」

「たしかにクリスティア様の危険度は下がりますね。しかしウェルキンは危なくなりますが」

「クリスティア様が無事ならそれでいい」


即答だった

清々しい程の即答に一同は苦笑いだ


「わかりました。ではクリスティア様この案で行きたいと思います」


しばらく逡巡していたクリスティアだが強く頷く


「一つだけ。ウェルキン、デュライン無理はしないでください。危うくなったら逃げてください。もう仲間は失いたくありません」

「もちろんです。生きてクリスティア様の元に馳せ参じましょう」




~~~~~~~





馬車は結構な速さで街中を走り回る


「成功ですよウェルキン。残ってた冒険者達は全員こちらに付いてきました」


荷台から後ろを見つめながらデュラインは言う

結構な冒険者達が追いかけてきている

すれ違いざまにフードをなびかせ顔を少し見せたのも功を奏した

ウェルキンやデュラインの顔を知ってる冒険者がいたのかもしれない


「よし、これで追い付かれないギリギリのスピードで王宮まで行くぞ」


御者台に座り馬車を操りながらウェルキンは悪魔のような笑みを見せる


「大金に目がくらんだ冒険者どもめ!クリスティア様を捕まえようなど100年早いわ」


速度を若干落とし走り続ける馬車に裏道から先回りしたのか先の路地から冒険者達が数人飛び出してくる


「そんなんで止まるか!」


ウェルキンは腰から魔剣ファラムを抜き放つと刀身に炎を生み出し冒険者達めがけて振るう

それはまるで生き物のようにうねりながら冒険者達へ向かう


待ち受けていた冒険者達は驚愕し一様に炎から逃げるように慌ててかわすが、炎は遠隔操作でもされてるのか再び冒険者達を狙う

うち1人が避けきれずに炎に包まれる


「ウェルキン!」

「大丈夫だ。派手に見えるがあれに殺傷力はない。せいぜい服を軽く燃やす程度だ。多少の火傷はクリスティア様を狙った罰だ」


やり過ぎてはないかとデュラインから非難の声も、ウェルキンの返答に納得のデュライン

彼もウェルキン程ではないがクリスティアを心酔しているのだ

他の冒険者達は炎に追われて裏路地に逃げ込んだらしく辺りにはいない

炎に包まれ転げ回る冒険者の横を馬車で通り過ぎながらデュラインは魔剣フェオンを振るう

すると冒険者を包んでいた炎が消えたが、身体中に浅い切り傷が浮かんでいる


「ほぅ、やるなデュライン」

「ウェルキンやコタローが頑張ってたように我々も何もしなかったわけではありませんよ」


デュラインの言葉にウェルキンは口角を釣り上げる


「面白い。事が終わったら俺と模擬せ--」

「お断りします。それよりまた来ますよ」


デュラインの即答にガッカリしたウェルキンだが、再び現れた冒険者達にニヤリと笑う


「このまま突っ切るぞデュライン。覚悟はいいか!」

「ええ、もちろんです」

「全員しばらくベッドの上でうなされてろ」


悪魔のような笑顔でウェルキンは再び魔剣ファラムを振るう





~同時刻、クリスティア一行~


「冒険者達はいなくなったと思ったら、兵士が徘徊してますね」


クリスティア達は先に進めずにいた


「全員倒しますかな?」


幻影の杖シャッテンスキアーを構えるロイザードに狐太郎はストップをかける


『大通りに面した場所は目立つからまずい』

「しかしこのままでは・・」


その時、クリスティア達の身を潜めている場所の近くの建物の扉が開く


「クリスティア様、こちらへ」


建物の入口から手招きしている人物がいる

一瞬クリスティア達は逡巡するも、兵士が近づいてくる気配をグリッドが察知し急いで移動する

クリスティア達が全員建物に入ったのを確認したのを見て扉を閉めるのと同時に兵士達が扉の前を通過したのはほぼ同時だった

狐太郎達は兵士達が過ぎ去るまで息を殺していたが、グリッドが気配がなくなったと教えてくれると『ふーー』と息を吐く


「助かりました」


クリスティアが感謝の言葉を紡ぐと匿ってくれた男はとんでもないと手をパタパタ振る


「我々国民はクリスティア様の帰還を心待ちにしておりました。そしてあのお触れが何かの間違いだとも」


どうやら男はラグアニア王国の国民のようだ

部屋は薄明かりでよく見えなかったが、目が慣れてくると男の他にも何人かいるようで、先程の男の言葉にみな頷いている


「クリスティア様、どうかこの国をお救い下さい」


集まった中でリーダーっぽい男が進み出て土下座をするとみなが同じように土下座をする


「頭を上げてください。大丈夫です。私はその為に戻ってきました」


クリスティアの言葉に男達は安堵し歓喜の声をあげる


「くれぐれもお気をつけください。今や王都は魔物が徘徊しています」

「大丈夫です。心強い味方がいますから」

「王宮へ向かうのですよね?」

「ええ、兄達を助けるために」

「外は兵士が彷徨いていて移動は難しいでしょう。我々が何とかいたします」

「助かりますが大丈夫ですか?」

「クリスティア様の為に何かしたいのです」


その言葉にクリスティア嬉しくもあるが不安そうな表情だ


「我々では不安かもしれませんが・・」


表情をくみ取ったのか男が苦笑いをする


「いえ、そういうわけではありません。貴方達は国の宝です。命は粗末にしないでくださいね」


集まってる男達はその言葉に感極まってるようで涙を浮かべている者もいる


「ありがたお言葉です。大丈夫です。多少兵士と追いかけっこするくらいですから。逃げ足には自信があります」


どうやら足の早い人選をしたようでみな一様に頷いている


「それでは中天まであまり時間がありません。我々は行きます。少ししてから外へ出てください」

「貴方のお名前を聞いてもよろしいですか?」

「ルシウスと言います」

「ルシウス、感謝します。精霊のご加護があらんことを」

「クリスティア様も」


ルシウスは「いくぞ」と男達に声をかけ、おう!と元気よく返事をして部屋を出ていく

みな通り過ぎざまに頭を下げて出ていく


『慕われてるね』

「昔はよく隠れて街へ行ってましたから」


今からは想像つかないが、お転婆だったのか・・

いや、度胸や行動力はそこで培ったのかもしれないと狐太郎は内心思いこそすれ口には出さない


「さすがクリスティア様ですな。ウェルキンがいたらさぞやご満悦であろう」

「違いない」


ロイザードの言葉に笑顔になる一同


「ルシウス達の気持ちを無駄にしない為にも頑張りましょう」

「グリッド、外の様子はどうですか?」


小さな格子状の窓から外を伺っているグリッドに尋ねる


「兵士達はいなくなったようです。うまくルシウス達がやってくれたようですね」

「では我々も行きましょう」


クリスティアの言葉に頷くと、扉を開け外に出る


先程とは違い兵士の気配はない


「これなら最短距離で王宮に行けそうですね」


グリッドの言葉に頷くとクリスティアはフードを被り直す

他の面々もフードを被り、移動を開始する


「すぐに王宮が見えてきますよ」

「いよいよですなクリスティア様」


グリッドとロイザードの言葉に頷きながらも視線はまっすぐ前を向いている

しばらく走っていると王宮が見えてくる


『あれが・・大きいな』


狐太郎はでかさに感嘆の声をあげる


「本来なら堂々と入りたいのですが」

「時間もかかりますし、さすがに警備の兵士を倒すわけにはいきませんな」

「どうされますか?」


一瞬考えすぐに決まったの一同を見る


「練兵場なら裏側から回れます、鍵もあるのでそちらに回りましょう」

「わかりました」

「ウェルキン達はどうされますか?」


ウェルキン達には合流場所は伝えていない

おそらく普通に正門に来ると予想しているが・・

クリスティアが何かが地面に影を作ったのに気付き、ふと上を見上げると小型の鷲が旋回していた

おそらくデュラインの使い魔[フェオ]だろう

こちらの場所を把握するために放ったと思われる


「大丈夫でしょう。フェオがデュライン達をこちらに導いてくれると思います」

「なら我々は早く移動しましょう」


いうが早いか一行は王宮の裏手に回るべく移動を開始する





・・・・・・





「デュライン、クリスティア様達は無事なのか?」

「ええ、フェオが偵察に出てますが、どうやら練兵場の方へ向かうみたいですね」

「さすがに強行突破はしないか」

「ウェルキンじゃあるまいし、そんな無謀な事はしないでしょう」

「なんだと!?」


軽口を叩きながらも2人は馬車を走らせ、時には向かい来る冒険者達に炎や、鎌鼬を浴びせる


「なら俺達も練兵場に向かうか」

「そうですね、途中練兵場に続く道に馬車を置いて道を塞ぎ通行止めにしてしまいましょう。多少の時間稼ぎになります」

「わかった」


ウェルキンが進路を練兵場の方へとった時に再び冒険者達が現れる


「ちっ、ワラワラと。クリスティア様の敵は俺の敵だ!デュライン」

「ええ、いきますよ」


前方を塞いでいる冒険者達へウェルキンとデュラインが同時に魔剣を振るうと炎と鎌鼬が混じりあい、巨大な炎の竜巻が発生する

それはさながら意思を持つかのように冒険者達へ向かい吹き飛ばす


「ウェルキン大丈夫ですか?」

「ああ、魔力が切れそうだポーションくれ」


ちなみにだが、魔剣といえども炎や水を刀身から生み出すにも魔力は消費する

簡単に言えば魔剣は炎や水を生み出す際の精霊からの通り道、所謂媒体なので魔術の知識がなくても生み出せる、なので今まで脳筋一筋のウェルキンも使えるのだ

しかし宿る魔力は鍛錬、もしくは使い続けなければ増えない

今のウェルキンがすぐに魔力が尽きるのもそういう理由からである


デュラインが魔法袋からポーションを取り出しウェルキンに手渡すと、蓋を開けて一気に飲み干す


「よし、これでこのままいくぞ」

「冒険者達もあらかた倒したようですからね」


馬車はスピードを上げ練兵場の方へ走る




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