一章 35 再会

『これが練兵場?』


狐太郎が巨大な壁を見上げながら感嘆の声をあげる


「大軍を練兵できる程の規模ですから」


クリスティアが狐太郎の言葉に相槌をうつ


『門があるけどあそこから入るの?』


狐太郎達がいる場所よりやや右手に通常よりもはるかにデカい扉がある


「あそこは軍を出動させるとき以外は開かないので。開けれるのは王と軍を束ねる者、そして伯爵以上の地位を持つ貴族。ただし国に対して功績高く信頼されてる者のみですが」

『じゃあどこから入るんだ?』

「あそこですよ」


クリスティアが指さす先、巨大な扉の隣に人1人通れるくらいの普通の扉がある

巨大な扉の横にさり気なくあるので気づかなかったようだ


『横にデカい扉があるから余計小さく見える』


いささか目を凝らしながら見つめる狐太郎


「あそこから入りましょう」

「待ってください」


扉へ向かおうとするクリスティアを呼び止めるグリッドの表情は警戒している顔だった


「誰か来ます」


言うと同時に反対方向の茂みからガサガサと何かがかき分けながらこっちに来る

茂みの高さは2メートル程あり人が隠れられる高さだ

狐太郎はポシェットから刀を取り出し、クリスティアやロイザードを庇う位置に移動する

ロイザードやクリスティアも杖を取り出す

尚も近づいてくる音に狐太郎が刀を抜きかけた


「待て!」


聞こえた声は知った声だった

続いて現れた2人に狐太郎達は安堵の表情だ

現れたのはウェルキンとデュラインだった


「2人とも無事だったのですね」


駆け寄ってくる2人に労いの言葉をかけるクリスティア


「もちろんです。あんな欲に目が眩んだ冒険者風情に我々がやられるわけはありませんから」

「クリスティア様こそ無事で何よりです」


2人の言葉にクリスティアも笑顔になる


「それでどうされますか?」


デュラインの言葉にクリスティアはこれから中に入ろうとしてた旨を伝える


「ちょうど良いタイミングだったようだな」

「2人共疲れはありませんか?」


クリスティアの言葉に2人はそろって頷く


「コタローがくれたポーションを飲んだから万全です」


ちなみに狐太郎がウェルキン達に事前に渡していたのは単なるポーションではない

身体能力上昇効果が付いたポーション、精霊の秘薬ラウフポーションと呼ばれる物で狐太郎のオリジナルである


「しかしあのポーションを飲んでから体が妙に軽いのだが」

「ええ、魔力も心無しか増えてる気がします」


ウェルキンとデュラインの言葉に狐太郎は相槌を打つ


『うん、そのポーション身体能力上昇効果があるからね』


その言葉に2人は一瞬呆気に取られるも平静を取り戻す

多少の事では動じなくなってきたのは良い傾向なのかもしれない


「さ、さすがコタロー。ちなみに名前はなんて言うポーションなのだ?どこで売っている?」


この騒動が終わったら買いに行く気満々のウェルキンにデュラインは些か呆れ気味だが、止めない所を見るとデュラインも興味はあるようだ


『え~と、名前はラウフポーション?売ってないと思う』

「なんだその疑問形で曖昧な回答は!独り占めするつもりだなコタロー」


曖昧な狐太郎の返答をそういう風にとったウェルキンが詰め寄ろうとする


「ウェルキン、落ち着きなさい」


クリスティアの言葉に一瞬で大人しく下がるウェルキンだが、目が教えろと語っている


『誤解しないように聞いて欲しいんだけど、ラウフポーションは俺が作ったんだ。だから売ってはいないと思う』


今度こそ驚愕に目を見開く2人

クリスティアは予想してたのか驚きはない


「な、なるほど。それでは仕方ありませんね」

「もっと作れんのか?」

『今は材料が圧倒的に足りない。村に帰らないと作れないよ』


狐太郎の言葉に意気消沈する2人


「ふふ、さて緊張もほぐれたと思いますので行きましょうか」

「「はっ!」」


2人の切り替えの速さに今度は狐太郎が驚くが、一瞬で表情を引き締める

扉の向こうではおそらく敵が待ち構えているだろう


「自分が鍵を開けましょう」


グリッドが言うとクリスティアは鍵をグリッドに手渡す

斥候役で気配察知には自信があるグリッドなら万が一扉の向こうに敵が待ち構えていようともなんとかなるだろうと踏んだのだ


「扉の近くには気配はありませんね。開けます」


扉に近づき向こうの様子を神経を尖らせながら調べていたグリッドは大丈夫と判断すると、ゆっくり鍵を差し込み回す

するとカチャリと鍵が開く音が聞こえる

クリスティア達はそろって頷くと、グリッドがドアノブを掴み扉をゆっくり開ける


そしてウェルキンを先頭にクリスティア達は素早く中に入る

最後に狐太郎が入り扉を閉める

視線を中に移すとそこは広大な草原だ

元からそうだったのか、あとから作られたのかはわからないが、丘もあり森もありとあらゆる実戦を想定した練兵場のようだ

とりあえず目に映る範囲には動く物はいない


「ここにお兄様とお姉様が・・」


クリスティアは呟きながらも辺りを見回している

ウェルキン達も警戒しながら見回している


『あ、あそこ』


狐太郎が指を指した先には王宮寄りにある緩やかな丘になっている場所だ

そこに遠目からではわかりにくいが四角い箱のような物が見える


それを見つけたクリスティアは走り出す


「クリスティア様!?デュライン、ロイザード行くぞ」

「うむ」


駆け出したクリスティアに遅れてウェルキン達も走り出す


「コタロー、我々も行こう。罠だろうがバラバラになるよりはましだろう」

『うん、そうだね』


グリッドと狐太郎もクリスティアの後を追うように走り出し、近づくにつれ四角い箱のような物は檻で間違いなかった


中に人がいる事を見るとあれがクリスティアの兄と姉、第一王子シャルロスと第二王女ルティーナだろう

近くで見ると衣服は所々ボロボロで擦り切れており、普段は整えられているであろう金色の髪もボサボサでくすんで見える

疲労か飢餓かわからないが、横たわりぐったりして動かないが少なくても死んではいないはずだ


「シャルロス兄様!ルティーナ姉様」


クリスティアが檻にしがみつき2人に声を掛ける


「・・うっ・・・」

「お兄様!?」


クリスティアの声にシャルロスは小さな呻き声を上げゆっくり起きる


「クリスティア、か?」

「はい、お兄様」


シャルロスの声は些か掠れてはいたが、無事生きてることへの喜びがクリスティアの声に現れる

若干涙声なのは気のせいではないだろう

ちなみにルティーナは普通に寝ているようだ

スースーと寝息が聞こえる

その姉のマイペースぶりにクリスティアも一瞬笑顔になる


「ここは?・・く、頭がくらくらする」

「大丈夫ですかお兄様。ここは練兵場ですわ」


頭を振りながら起き上がるシャルロスにクリスティアは言葉をかける


「練兵場・・・--!?クリスティア、逃げるんだ!!」


シャルロスの突然の言葉にクリスティアは固まってしまう


「クリスティア様!!」


グリッドが警戒した声を上げウェルキン達もクリスティアの側に寄る


「やはり罠だったか」


クリスティア達がいる丘から北側、今いる場所より少し小高い丘の向こうから、王国軍の兵士がズラリと現れる

その数、3000はくだるまい


『ん?』

「どうしたのですかコタロー」


何かに気づいた狐太郎にデュラインは声をかける


『なんか兵士達の表情が無表情と言うか、虚ろと言うか・・』

「操られていると言うことか!?」

「これだけの数となると生半可な魔力と魔術では無理ですよ」

「まさか禁術か!」


「ご名答。さすがはデュラインだな」


兵士達の列が真ん中から二つに割れ、先程の声の主が2人のお供を連れ歩いてくる


「待っていたぞクリスティア」


1人はクリスティアやデュライン達が良く知る人物


「--アゼル兄様!!」

「久しいなクリスティア」


言いながら兵士達から少し離れた場所に立ち止まる

お供はアゼルの後ろに佇む

うち1人は大臣だが、もう1人は全身をローブで包んでいて表情もわからない


「ウェルキン・・」

「ああ」


デュラインとウェルキンが警戒の声を交わす

アゼルの隣に佇むローブ姿の男が異様な雰囲気を醸し出している


「あいつはヤバイぞコタロー」

『うん、今までのどの敵よりも1番ヤバイ』


狐太郎の勘も警笛を鳴らしている

アイツはヤバイと


「どうしたクリスティア、久々の兄妹の再開なのだ。昔みたく飛びついてきてもいいんだぞ」


両手を広げながら笑顔のアゼルにクリスティアは背筋がゾクッと震える


「アゼル兄様、シャルロス兄様とルティーナ姉様を開放してください」


クリスティアは自分を奮い立たせてアゼルを見据える


「それはできない相談だ」


さも当然と言う風にアゼルは言う


「フリッグ伯爵を毒殺した罪は死でしか償えない。王族、貴族殺しは重罪なのだよ」

「ふざけるな。何度も言ってるだろう!」


シャルロスは檻の柱をへし折らんばかりに掴みアゼルへ叫ぶがアゼルは涼しい顔で受け流す


「証拠もあるんですよ兄上。貴方の側近が自白しましたよ」

「嘘だ!」

「嘘ではありません。まぁ自白したあと自責の念に駆られたのか自殺したようですが」

「アゼル、貴様ぁ!」


シャルロスはどこにそんな力が残ってたのかと言うほど怒りに震えている


「アゼル兄様、それについては1つ言いたいことがあります」

「何だクリスティア」

「フリッグ様は生きています」

「なに?」


クリスティアの発言にシャルロスもアゼルも一瞬動きが止まる

特にアゼルの表情は驚愕に彩られている


「私はここに来る前にフリッグ様の領地に伺ってました」


それはアゼルも報告で知っているので何も言わずに黙って聞いている

そしてクリスティアはフリッグ領で起こった出来事を一部始終伝えた

アゼルは大体報告にあったのと同じだったので別段驚きはなかったが、シャルロスは逆に驚きの連続だったようだ


「なんと言う事だ。フリッグ伯爵が父と同じミラグアム病だったとは・・」

「クリスティアよ。それでどうやって治すと言うのだ。ミラグアム病は不治の病と言われているのだぞ。フリッグ伯爵が生きているならミラグアム病も治ったと言う事じゃないのか」


その通り、ミラグアム病は現代の薬では効果がなかった

ラグアニア国王がミラグアム病に侵された後、様々な治療薬やポーションが試されたがどれも効果はない

狐太郎がユグドラシル薬を持ってくるまでは


「はい。それが治るならお父様のご病気も治ります。ですから私はお父様のご病気を治す為に戻ってまいりました」

「ふふ、王国の王族の専属医師も治療できなかったミラグアム病をお前が治せると?」

「はい。特効薬を持っています」


クリスティアのよどみない言葉にアゼルは再び驚くが一番驚いていたのは横にいる人物だった


「馬鹿な!あの薬に特効薬はないはずだ!」


クリスティアの言葉に大臣は有り得るはずがないと叫んでいた

大臣は我に返るもクリスティア達の視線が突き刺さる


「ドルバ大臣、何故ミラグアム病ではなくあの薬・・・と仰ったのでしょう?まるでミラグアム病にかかる薬を持っていらしたみたいな言い方でしたね」

「あ、いやそれは・・・」


大臣は一転しまった!と言うような表情になる

返答に悩み視線が泳ぎまくりで答えに窮する大臣だが、横からアゼルが遮る


「そう虐めてくれるなクリスティア。ドルバは父上が倒れ、兄達が捉えられてから不甲斐ない私をろくに睡眠も取らずに色々サポートしてくれて疲れているのだ。ドルバ、少し下がっていろ」


いけしゃあしゃあとアゼルは言う

ドルバもこれ以上墓穴を掘りたくないのかおとなしく下がった

クリスティアはアゼルの言葉に顔を顰めるも追及はしなかった

今何をいった所でのらりくらりとかわされるだろうと思ったからだ


「とにかく、その特効薬が本当なら私にそれを寄越せ。父上に飲ませる」

「嫌です」

「なに?」

「アゼル兄様、先程私はお父様のご病気を治す為に戻って来たと言いましたよね?」

「?ああ」


拒否られたアゼルは一瞬苦痛に似た表情を見せるも続くクリスティアの言葉に首をひねる


「それが1つ」

「1つ?まだあるのか」

「はい。二つ目はアゼル兄様、アゼル兄様を止めることです」


アゼルは両手を広げ何を馬鹿なと一笑する


「何を言っているのかわからないな。私はそこの兄と姉が父上に毒を盛り、国を我がものとせんと反乱を企てたから阻止したまで。それに現状国を動かす者は私しかいないのだから仕方があるまい。言わば私は被害者だ」

「ふざけるな、父上に毒を盛り反乱を企てたのはお前だアゼル」


シャルロスが叫ぶ


「兄上、少し黙っててくれませんか」

「ぐあっ・・」


アゼルが言うとシャルロスは檻の柱から弾かれ痛みに蹲る


「シャルロス兄様!?」

「ただのショックを与えただけだ。命に別状はない」


「さて、先程の続きだが私が反乱をしたという証拠はあるのかクリスティア」


クリスティアは思わず口を噤む


「どうした?ないのか?まさか証拠がないのに私を罪人呼ばわりしたのかクリスティア?」


クリスティア達は言葉に詰まる


「しかし今ならまだ許してやろう。さらにお前の刑を減罰してやる。さきほどの発言を撤回し、こちらへ来い」


アゼルは両手を広げ「さぁ!」という感じでクリティアの言葉を待っている


「嫌です」


クリスティアのその言葉にアゼルは一瞬表情を歪めたがすぐに感情が無くなったような無表情になる


「なるほど。お前も結局の所、私の敵と言う事か」


呟きアゼルが右手を掲げる

その時クリスティアはアゼルの袖口から除く浅黒い肌が目に入ったが自分を呼ぶ声にそれは思考の片隅に追いやられた


「クリスティア様!」


グリッドが叫ぶとほぼ同時に西の森の中から悪魔=レッサーデーモンが出てくる

その数100を有に超えていることは間違いない

おそらく森の中にもまだいる事を考えると500体近くはいるのではないだろうか


「--なっ!?悪魔だと?」


シャルロスが驚きの声を上げていると、さらに南側からも数は少ないが数十体のレッサーデーモンが現れる

さらに中に紛れて多少毛色が違うレッサーデーモンが混じっている


「あれは--グレーターデーモンか!」

『グレーターデーモン?』


ロイザードの言葉に狐太郎が反応する


「うむ、レッサーデーモンの上位種である。上位種と言うからには能力も全てレッサーデーモンより上。某も見たのは初めてですが」


緊張の面持ちでロイザードが話す


「どうする?」

「移動しようにもシャルロス様とルティーナ様は檻の中。我々がいなくなれば攻撃される事は必死だろうな」

「ならばここで迎え撃つしかないだろう」


ウェルキンが覚悟を決めたように魔剣ファラムを抜き放つ


森から丘までは500m程離れており、出てきたレッサーデーモンも動き出してはいない

南側のレッサーデーモンやグレーターデーモンも同じように動かない

まるで誰かの命令をまっているかのように


「私に味方しないのであればすべからく敵だ。--行け!」


アゼルが右腕を振るうと兵士や悪魔達が動き出す

一番近くにいるのは森にいるレッサーデーモン達で次いで兵士、グレーターデーモン達となる

足並みはそれほど早くはないがこのままでは包囲殲滅させられる


「まさかアゼルが操っているのか!?」

「兄上、私は力を手に入れたんだ。大陸を統べる力を」

「馬鹿な・・」


アゼルの言葉にシャルロスは愕然とする

その間にも包囲は徐々に狭まりつつあり予断を許さない


「くそっ!これでは・・」

「デュライン、何かないのか!?」


接近され、完全に囲まれれば全滅は必死だ

ウェルキンは先にこちらに接近する悪魔達の方へ駆け出し、魔剣ファラムを振るう


「--もう少し、もう少し耐えてください」


デュラインも魔剣フェオンの鎌鼬を使い足止めしようとするも悪魔には大して効果がないように見え、顔を歪める

悪魔の相手をしながら兵士を殺さないようにする

みんなにそんな精神的余裕はない


ヒュプノアフツァー眠りへの誘い!」


ロイザードが幻影の杖シャッテンスキアーで詠唱し発動した魔術は指定した広範囲

の対象をその名の通り眠りへ誘ういざなう魔術である

それを兵士達のど真ん中に放ったのだ

うまくいけば無力化できるという気持ちを込めて放ったものだが・・・


「くっ・・上位ともいえる禁術で操られているから効くかはわからなかったがやはり効かないか・・」


ロイザードの名誉の為に言えば通常なら間違いなく効いている

ただ、兵士達にかけられている禁術の方が魔術としてのランクは上なのでロイザードのヒュプノアフツァー眠りへの誘いはかき消されたのだ

ちなみに同ランクの魔術ならば相殺で相手の禁術は解け、さらにランクが高ければ上書き(相手の禁術を打ち消しこちらの魔術をかける)事が可能なのである


後の【幻影の魔術師】と後世に伝えられるロイザードもこの時点ではまだ発展途上中なのである


残るグリッドはクリスティアを守る最後の砦として側に残ってもらっている

狐太郎は接近してきたグレーターデーモンとすでに切り結んでいる


「悪足掻きを・・残念だよクリスティア。お前は聡明だと思っていたんだが」


丘の上から包囲されていくクリスティア達を、何の感情も篭ってない目で見つめている


「くそっ、多勢に無勢だ。まずいぞ」


ウェルキン達は奮闘しているが如何せん数が違いすぎる

いよいよ包囲が狭まってきて逃げ場がなくなってきていた





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