一章 25 光の精霊

黒騎士から振り降ろされる大剣からクリスティアは視線を逸らせずにいた

ウェルキンの呼ぶ声が何処か遠くに聞こえ、周りのすべてがゆっくり動いている


「死ぬ瞬間って周りがゆっくりになるって言うけどこれがそうなのでしょうか」


辺りを見回しながら、これから自分が死に直面してると言うのに酷く冷静に分析している事に軽く苦笑いをする


「ウェルキン、デュライン、ロイザード、メアリー。・・・コタロー様、ごめんなさい。私・・・」


涙が頬を伝い落ちる

その涙の雫が何かに触れた瞬間世界は白に包まれた


クリスティアは咄嗟の光に目を瞑る

その光が収まるとまた違う場所に立っていた


「え!?もう死んじゃったの?死後の世界?」


同じ場所に立っていると言うのは周りが先程と変わってないのでわかる

なんと言うか薄皮1枚隔てた感じで世界が真っ白になっており周りがうっすら見える

そして周りは完全に停止していた

その何もない白い世界にクリスティアの呟きに答えるは誰もいない


「ここは死後の世界ではありませんよ」

「え!?」


いきなり聞こえた声に辺りを見回すも誰もいない


「ふふ、ここですよ」


クリスティアが再び声のした方へ視線を向けると白い翼の生やした人間?がゆっくり降りてきた

見れば天使に見えなくもない

しかしそれはクリスティアも知ってる顔だった


「あ、もしかして・・・精霊様?」

「元気でしたかクリスティア」


あまりに場違いな挨拶にクリスティアはなんと答えていいかわからず固まる


「元気と言うのもおかしな話ですね。あなたが窮地だから私が呼ばれたのですし」

「え?私が精霊様を呼んだんですか?」

「ミルワースでいいですよクリスティア」


その柔らかい声音にクリスティアは落ち着きを取り戻す

暖かく包まれてるような、癒される声だ


「ミルワース様を私が呼んだのでしょうか?」

「ええ、コタローから精霊の腕輪をもらったのでしょう?」


言われて慌てて腕に着けていた腕輪を見る

よく見るとぼんやりとだが白く光っている


「ミルワース様を呼ぶ腕輪だったんですね」

「いえ、精霊なら誰でも呼べるのです。ただクリスティアには私が相性いいみたいですね。私の属性は光ですから」

「では・・・ミルワース様は・・」

「もっとお話したいのだけれどまたにしましょう。先にこの窮地を脱出しましょう。そろそろ時間が動き出します」


周りを見ると今いる白い世界にヒビが入り始めている


「でも、どうすれば・・・」

「腕輪に魔力を流し込むのです。そうすれば私はあなたの力になりましょう」

「ミルワース様・・はい」

「ふふ、ではいきますよ」


白い世界に無数の亀裂が入り、次第に広がる

クリスティアはぼんやり光る腕輪に手を添えて魔力を込めると腕輪の光が増す

そこから光が溢れ出すのと、白い世界が砕け散るのは同時だった




「クリスティア様!!」


ふいにウェルキンの叫びが聴こえ、急に五感が鮮明になり止まってた時が動き出す

クリスティアは黒騎士の大剣を振り降ろされ絶体絶命の危地にいると言うのにクリスティアには先程のような絶望感はなかった


ブレッシングシールド祝福の盾


自然と口から紡ぎだされた言葉は力を伴いクリスティアの前に具現化する

黒騎士の大剣は突如現れた不可視(うっすらと視認できるくらいに薄いが)の盾に阻まれ、あろうことか大剣の方が砕け散った


「よくできましたねクリスティア」

「あ、ミルワース様。何故か頭の中に言葉が浮かんできて・・・」


一歩遅れてクリスティアの傍に具現化したミルワース事光の精霊はクリスティアを褒め称える


「く、クリスティア様?」

「あら、そちらにいるのはメアリーですね?元気そうで安心しました。しっかり食べてますか?」


メアリーは突如現れたミルワースに何と話しかけていいか口をパクパクしている

それを見てニコリと笑みを浮かべるミルワース


「クリスティア様、これは・・・?」


ボルグがクリスティアの方へかけよってくる

先程まで交戦していた黒騎士は先程のクリスティアの祝福の盾で動きを阻害されてこちらまで来れないようだ


「あ、ボルグ無事でしたか?」

「はい、なんとか。まさか精霊・・?」

「はい。あ、怪我してますね。スピリトブレス精霊の祝福

「傷が・・・有難うございます」

「ボルグでしたか。クリスティアを守って頂き感謝します」

「いえ!?勿体ないお言葉です」

「ふふ、さてまずはこの状況を何とかしなくちゃいけませんね」


見れば周りはミルワースの出現に一同固まっている


「す、素晴らしい!!精霊だと!?まさかクリスティア様が精霊使いだったとは!ますます我が妃に相応しい!」

「何ですかクリスティア?あの肉ダルマは?」


ダムルの鬼気迫る仕草にミルワースは嫌な物を見たと言わんばかりに不快そうな顔をする


「コタロー達と分断されてますね。まぁあちらはあちらで大丈夫でしょう。クリスティア」


チラリと狐太郎達に視線を向ける


「はい。セントブレッシング聖の祝福


クリスティアが杖を振り上げると処刑場一面に小さな光が降り注ぐ

それはさながら雪が舞い散るようで幻想的だった

その小さな光は狐太郎やウェルキン、主に味方に降り注ぎ身体能力を3割程上昇させる


「す、凄い。力が溢れてくる」

「これが、精霊の力・・」


デュラインもロイザードも精霊の力に驚いている


「まさか王女様が精霊使いだとはな」

「あれはコタローがあげた精霊の腕輪のお陰だろう?」

『ああうん(まさかミルワースが召喚されるとは思わなかったけど)』


狐太郎はまたも知り合いの召喚に呆れた感じでミルワースの方に視線を移すとミルワースもこちらを見ていたようでウインクされた

マキシムはさすがは王族と賞賛する横でウェルキンはジト目で狐太郎を睨む


「事が終わったらその時の話を詳しく聞かせてもらうぞ」

『え!?』


いうが早いかウェルキンは魔剣ファラムを握り締め黒騎士に突っ込んで行った


「面白い男だなお前は」


狐太郎の肩をポンと叩くとウェルキンの後を追うようにマキシムも黒騎士に向かっていく

そして身体能力が上がったウェルキン達は先程を上回る速度で黒騎士を無力化していく


それに驚いたのはダムルである


「ば、馬鹿な。黒騎士があっさりと・・ぐぬっ!まだだ」


次々と無力化される黒騎士に慌てたダムルが腕を振るうとさらに数体の黒騎士が狐太郎達のいる付近の地面からせり上がって来る

通常の黒騎士よりも1回り大きい

先程の魔法を使う黒騎士と同等だ


「ん?また新しく黒騎士が出てきたぞ!」

「今までのより大きいな」

「ふん、丁度いい。ザコには飽きてた所だ」


ウェルキンとマキシムは構わずデカイほうの黒騎士へと突っ込む

そして互角の戦いを見せるウェルキンとマキシムにまたも狼狽えるダムル


「ば、馬鹿な!馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ!!私の魔力を素に生み出した黒騎士がたかが一介の護衛や騎士団長ごときにぃ・・・」


口角泡を飛ばしながら叫ぶダムル


「お前は俺を、俺達を舐めすぎだ!実力を見誤った。個の力はたしかに黒騎士と同等かそれ以下かもしれん。しかし俺は、俺達騎士団は協力しあい補い支え合い、幾度となく強大な敵に打ち勝ってきた。お前の金だけで雇われたゴロツキや意思なき黒騎士と比べるな」


ボルグが黒騎士と斬り結びながらダムルに吼える


「金で雇って何が悪い!金で手に入れた力が何故悪い!世の中金だ!金が全てではないか!!」

「金が悪いとは言わん。だが努力なくして手に入れた力など一時の物だ。努力して手に入れた力には遠く及ばない。」

「黙れぇぇぇ!!」


ダムルは再び腕を振るうとさらに黒騎士が出現する


「くっ・・・何!?」


ボルグが小さく呟くと同時にダムルを見る

ダムルは地面に座り込み大粒の汗を滴らせ荒く息をついている

心なしか顔色も悪くなっているように見える

無茶な魔力開放をしたため魔力が尽きたようだ

しかしそれは問題では無かった

ダムルから黒い陽炎のようなものが立ち上っていた


「な!?何だこれは!!うぐっ・・・」

「!?いけない!離れて!!」


ダムルが苦しみだしそれを見たミルワースが叫ぶ

近くにいたクリスティアとメアリーとボルグを、そして離れていた狐太郎達を光が包み込む

一拍遅れてダムルに纏わりついてた黒い陽炎は勢いを増しダムルを完全に包み込む


「なんだ?」


誰かが呟いた

近づこうにも近づけない程黒い陽炎は勢いを増し天まで届くと思われたが急激に収まっていく

そしてダムルがいた場所には黒い何かが蟠(わだかま)っていた

それは急激に人型の形を形作るとゆっくり立ち上がった

身長は180はあるだろうか、短髪の黒い髪はツノのように逆立っている

スラリとした体型だが決してやせ細っているのではなく程よく筋肉がついているのを窺わせる

そして漆黒のローブを身に纏っており足には黒いブーツ

一見して冒険者にも見えなくもないが纏う物が魔力ではなく瘴気なのは人在らざる者の判断材料としては十分だった

男は身体の感触を確かめるように手を握ったり広げたりしている


「ま、魔族・・・!?」


その呟きに黒い人型の魔族はゆっくり振り向く


「いかにも、まずは自己紹介をしましょうか。私は魔族のランガルスと言います。短い間ですがお見知りおきを」


ランガルスと呼ばれた魔族は慇懃に挨拶をするとチラリとミルワースの方に視線を移す


「ふむ、光の精霊ですか。やっかいですね」


魔族はそう言うが否や右腕をゆっくり持ち上げ掌を天に向けると魔力が収束していき、弾けた

しかし弾けた魔力は消えることなく黒騎士や拘束されていたダムルの私兵の体内に入り込む

狐太郎達にも弾けた魔力は向かったのだがミルワースが作り出した光に阻まれた


「何を!?」


ウェルキンが小さく呟くのと、私兵達に異変が起きたのは同時だった

魔族の瘴気の欠片が入り込んだ黒騎士や私兵達はダムルがそうだったように黒い陽炎を纏わりつかせている

やがてそれが彼らを覆い尽くし収まると、そこには黒い悪魔がいた


身長は2メートル程だろうか全身が黒く筋肉に覆われ頭には2本の角、そして背中には小さめながら真っ黒な翼がついている


「レッサーデーモンだと!?」


マキシムが驚愕の表情で呟く


「知ってるのか?」

「下級の悪魔だ。何度か討伐したことがある」

「なら倒せるのか?」

「俺達が討伐した時は一体に4人がかりだった」


マキシムの呟きに息を呑むウェルキン達


「ふふ、流石にこの数では太刀打ちできないでしょう。見た所そこの光の精霊も十全に力を発揮できてない様子」


魔族の言葉にミルワースは悔しそうな顔をする


「貴方達の目的は何なのですか?」


ランガルスは声のする方へ視線を向ける


「ふむ、ラグアニアの王女ですか。いいでしょう、何も知らずに死ぬと言うのも酷な話。多少ですがお話ししましょう」


ランガルスはそう言うと朗々と語り出す


「我が魔族がこの大陸に覇を唱えるための足がかりがこの国です。いきなり戦争を仕掛けるのもこちらも少なからず被害が出るのでね。裏で国を操ろう、と言うわけですよ。まずは手始めにこの国を。中枢にいる王族に近づきました」

「貴方がアゼル兄様を!?」

「力を欲していたようなのでね。簡単でしたよ、国を統べる力が欲しいですか?と訪ねたら即答しましたよ」


その様子を思い出してるのかランガルスは笑みを浮かべている

クリスティアは口を歪めている


「後は大臣にもね」

「ダムルを唆したのも?」

「ダムル?ああ、私の媒体となった人間ですか。いや私は何もしておりません。大臣の手の者ではないですかな?」

「黒騎士を生み出す力もか?あんな力はなかった」

「それは私が渡したアイテムの1つです。人間の魔力を糧に下級悪魔を生み出す物ですよ。魔力が低い物が度を超えて使うとご覧の通りです」


ランガルスは嬉々として質問に答える


「・・・お父様に飲ませた薬もあなたが渡したものなのですか?」


怒りを抑えたような震える声でクリスティアは問うとランガルスは些か首を傾げる


「お父様・・・?あぁ、ラグアニア国王ですか?国王に飲ませた薬が何かはわかりませんが私が渡した物の奴かもしれませんね」

「解毒法は!?治せるんですか?」

「相手を殺すために開発した薬に解毒薬があったら意味無いでしょう」

「そんな・・・・」


ガックリ膝を付くように項垂れるクリスティアに構わずランガルスはしゃべり続ける


「かくも人間とは愚かな生き物ですね。自分の欲の為なら家族すら亡き物にする。出世の為なら平気で他人を貶める。他者を踏みにじり欺き蹂躙する。愚かでなくて何なんですか」

『黙れ!!』


狐太郎が一喝すると広場にいた面々がビクりと体を震わせる

身体の芯まで響くような声に一同動く事ができない

狐太郎は走り出し近くにいるレッサーデーモンに刀を問答無用で振り下ろす

しかしレッサーデーモンは慌てず刀を左腕で防御する

ギィンと金属がぶつかり合う音が響き膠着する

狐太郎の刀は左腕に防がれたが若干腕に刃が食い込んでるのを見ると完全に防げたわけじゃないらしい

レッサーデーモンは左腕で防御したままで右手に魔力を収束する


『一の太刀・・・』


狐太郎は刀を一旦引き居合斬りのように腰だめに刀を構えると刀身に黒を纏わせる


『影炎』


レッサーデーモンが右手に収束した魔力を放つより一瞬早く狐太郎の刀が届き、レッサーデーモンを上下真っ二つにするとそのまま消滅する

それを見たランガルスは少し驚いた表情を見せる

仲間を倒されたレッサーデーモン達は狐太郎を脅威と認識したのか攻撃体制に入るが、それをランガルスが片手を上げて静止させる

レッサーデーモンを葬った狐太郎に興味あるのか視線を移す


「あなたは・・・なるほどなるほど。面白いですね」


品定めするように狐太郎を見る


「コタロー様・・」

『大丈夫だ。ミルワース、クリスティア達を頼む。魔力は持ちそうか?』

「今のクリスティアの状態ならあと1回が限度でしょうね」

『なんとか大丈夫か。なら任せた』


ミルワース頷きクリスティア達を離れた場所に下げる

それを見届けた狐太郎はランガルスに視線を移す


『魔族のくせにお喋りなんだな』

「私自体語るのは嫌いではないのでね」

『んで虚言を織り交ぜて相手を貶めるのか』

「虚言?」

『解毒法がないって事だ』

「虚言ではありませんよ。ああ、貴方はあれを言ってるんですか?」

『ああ』

「ユグドラシル薬、別名エリキシル剤。エリクサーともいいますか。しかしすでに廃れたと聞き及んでますが?現に私が生まれてから300年程はその存在を知りません」

『可能性はあるだろ』

「万に一つとない可能性に掛けるのですか?あなたは面白い。しかしそれもまずはこの窮地を脱出しなければ潰えますよ」

『当たり前だ』

「ではお喋りはここまでにしましょうか」


ランガルスが両手を広げる

すると処刑台にいる40体以上のレッサーデーモンが動き出す

狐太郎も流石に冷静さを取り戻したのかウェルキン達の所に戻ってくる


「流石にこれはまずいですね・・」

「デュライン!何かないのか!?」

「いくつかあったんですが、レッサーデーモンの大群の前には・・・」

「くそっ」


40体以上のレッサーデーモンは一斉にその場で火球を生み出している


「おいおい・・」

「まずいな、ロイザード」

「やってるのであるが、某の防壁では焼け石に水で突破されるのが目に見えてるのである」

「万事休すか・・」


狐太郎は何かないかと必死に頭を回転させる


そして火球が放たれた


40体以上ものレッサーデーモンが放つ火球

それをウェルキン達は眺めてる事しかできなかった



ウィンドウォール風の障壁


どこからか唱えられた風の魔法によりウェルキン達に向かっていた火球は上昇気流のように打ち上げられぶつかり合い爆発した


「ふむ、やはり下級悪魔の魔力などこの程度か」

「おやおや、今日は色々な事が起こりますねー」


ランガルスが視線を向ける先に狐太郎達も目を向けるとローブに身を包んだ人物が広場の入口からこちらに歩いて向かってくる

フードも被っておりその表情は伺いしれない


「味方、なのか・・・?」

「そうだよ」


マキシムの呟きに答えたのはローブの人物ではなかった

さらに別の声が聞こえて慌ててそちらに視線を向けるとクリスティア達の近くにいつの間にか1人立っていた

背は175センチ程で短めの青い髪

手には抜き身の長剣を持っている

何よりその顔には狐太郎は見覚えがあった


「レフィルさん!?」




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