一章 20 元フリッグ領夫妻

~同時刻、クリスティア達~


しばらく歩かされ、離れの場所なのだろう

クリスティアとメアリーはウェルキン達とは別の牢屋に入れられる事になった


「大人しくしてるんだな。そうすれば危害は加えない」


牢屋に入れられ兵士は呟く

無表情なその顔は必死に感情を隠しているようにも見えた

しかしクリスティアはそれには触れず、そのまま兵士は出ていき辺りは一瞬の静寂に包まれる

こちらの地下牢は造りは同じく3方を石壁で覆われ、正面には鉄格子

違う点があるとすれば窓がないくらいだろう

なので地下牢は薄暗い

唯一の明かりと言えば各牢屋の鉄格子の横の石壁に埋め込まれている魔石の灯りくらいだ

それでも地下牢すべてを照らすことはできず奥の方は闇に閉ざされている

通路を真ん中に左右に分かれた牢屋は計8つある

クリスティアとメアリーは一番手前の牢屋に入れられている

クリスティアはしばらく地下牢をゆっくり眺めていたが、どこからか声が聞こえてくるのに気づく

メアリーも気づいて一緒に探してみる


すると声のする場所は正面の牢屋からだとすぐにわかった

正面の牢屋からすすり泣く声が聞こえる

暗がりでよくは見えないがベッドに1人横たわっており、それに付き添うように座っている人がいる

クリスティアはとりあえず声をかけてみることにした


「あの・・大丈夫ですか?」


声をかけるとビクりと反応しこちらを見る

30半ばくらいだろうか、ここが地下牢ではなければ思わず見とれてしまう美貌の女性だが

しかしその瞳には涙が浮かび頬にも涙が流れた跡がある

そしてその相手がクリスティアを見て驚愕の表情になる


「クリスティア・・様?」

「私を知ってるのですか?と言うことはあなたもダムル様に捕まりここに閉じ込められた人なのでしょうか?詳しく事情を聞きたいのですが・・・」

「ああ・・・・クリスティア様、わたくしです。ローリアです」


その言葉に今度はクリスティアが驚く


「フリッグ様の奥方様・・それではそこのベッドに横になってる人は・・・」

「はい、夫のフリッグです・・・・」


これには一緒にいたメアリーも驚かずにはいられない

どう見ても昔会ったフリッグ伯爵と面影が一致しないのだ

憔悴しきってやせ細っている


「そこに誰かいるのか・・?」


するとベッドに横になっているフリッグ伯爵がムクりと起き出す、否起きだそうとした

しかしわずかに身じろぎする程度しか動けないようだ

それをローリアが支える


「フリッグ様、お久し振りです。覚えてますかクリスティア・セイルーンです」


クリスティアの言葉に無反応なフリッグ伯爵

それどころか視界の焦点が定まっていないように見える


「あなた、クリスティア様ですわ」


耳元でローリアが呟くとフリッグ伯爵は驚きの表情をする


「なんと、クリスティア様が何故このような所に・・・」

「ダムル様に捕らえられてしまいました・・・」


再びローリアが通訳のような感じでフリッグ伯爵に語りかける


「なんと罰当たりな兄だ。王族を地下牢に閉じ込めるとは・・・」


深いため息をつきフリッグ伯爵は言葉を続ける


「クリスティア様、久しぶりの再会なのに色々申し訳ない。今のわたしは目はおろか、耳も遠くなってな・・・」

「!?・・・一体どうされたのですか?」


驚愕するクリスティアの質問にフリッグ伯爵は少し思案する


「捕まった時に兄に何か飲まされてな。以来身体は衰弱していくばかりだ。最初は微熱と倦怠感、そして手足が痺れ立っていられなくてな。次に起きてられなくなって・・徐々に手足は感覚がなくなりつつある」


聞いていくうちにクリスティア表情は次第に驚きと驚愕に彩られていく

そしてポツリと呟く


「ミラグアム病・・・・」

「知っているのですかクリスティア様!?」


ローリアが驚きの声を上げる

クリスティアは自分の心拍数が跳ね上がるのを感じた


「どういう事ですかクリスティア様?」


ローリアの言葉でフリッグ伯爵も驚き、というか訝しげに尋ねる


「クリスティア様・・・」

「大丈夫ですメアリー」


心配そうに声をかけるメアリー

クリスティアは落ち着きを取り戻し、フリッグ夫妻を見据える


「お父様が掛かってる病と同じ症状です」


呟いたクリスティアの言葉にローリアは驚き泣き崩れる

泣き崩れるローリアを見て察したのだろう

フリッグ伯爵は泣き止まないローリアを優しく撫でながらため息をつく


「そうか・・もしかしたらと思っていたが・・・」


もはや何色にも映らない目でしばらく天井を見上げていたが、やおらクリスティアの方に視線を送り何か呟こうと口を開きかけた時、地下牢への扉が開く

入ってきたのは1人の兵士だった

手には食事が載ったトレーを持っている


「食事を持ってきました」


食事が乗ったトレーを格子の下から差し入れる

同じくクリスティア達の牢の方にも同じように食事を差し入れる


「すみませんフリッグ様、ローリア様・・・」


そして兵士は座り地面に額を押し付けるように謝る


「いいのですよ。顔をあげてください」


しばらく土下座したまま微動だにしなかったがゆっくり身体を起こす

そしてクリスティアの方にも向き直ると再び頭を擦りつけんばかりに下げる


「クリスティア様にもご迷惑を・・・申し訳ありません」

「あなた1人のせいではないのですから気にしてはいけませんよ。悔しいのは私も同じです」

「クリスティア様・・・」


その時地上へ続く扉から人が2人こちらへ降りてくる

遠くてわかりずらいが、1人はずんぐりむっくり体型のシルエット

言わずもがなダムルである

その後ろに、ダムルの体型のせいでよく見えないが兵士だろうか

ダムルは短い足と肥太った腹を揺らしながら1段1段ゆっくり降りてくる

そしてクリスティア達の牢屋の前まで来て額の汗を拭うとぐふふと粘着く笑みをクリスティアに向ける

後ろに控えていた兵士もニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべている

先程食事を持ってきた兵士と鎧の色は違い紫と赤の鎧だ

その食事を持ってきた兵士はすでに立ち上がりダムルの邪魔にならないように後ろに下がっている


「改めて、お久し振りですなクリスティア様」

「先程お会いしましたわ」

「ぐふふ、こうして間近でお会いするのは久しぶりと言う意味ですよ。ますます美しくなられましたな」

「ダムル様は少しお太りになられたのではないですか?」

「そこの愚弟のせいでこの間まで幽閉状態でしてね」


ダムルはベッドに横たわるフリッグ伯爵を忌々しそうに睨めつける


「まぁそれも全てはクリスティア様の兄アゼル様のお陰で日の目を見ることがかなったわけですが」


痛烈な嫌味にクリスティアは顔を顰める

ダムルはフリッグ伯爵からクリスティアに視線を戻し粘着く笑みを浮かべる


「多少窮屈だと思いますが少しの間ここで我慢してください。後半月も掛からないと思いますが、事が終わりしだい出して差し上げますよ」

「どういう事ですか?」

「ぐふふ、すでにクリスティア様を保護したと王都に使いは出しました。後は現国王がお亡くなりになれば、アゼル様が新国王となられる。それがもうすぐと言う事ですよ」


その言葉にクリスティア達は青ざめる


「やはりアゼル兄様が・・」

「薬はどこから調達したのかわかりませんが、効果は証明されてますからな。人によって差異はあるようで、そこで寝ている男は後5日持てば良いほうでしょうな」

「そんな・・・」


絶望的な表情を見せるローリア

ダムルは興味がないかのような視線をフリッグ伯爵へ向けるが隣のローリアへ視線を移すと一転ニヤリと笑みを浮かべる


「事が済めばクリスティア様もローリアも私の妻となるよう手配はしておりますゆえ、楽しみに待っていてください」


2人は背筋が凍るような悪寒に捕らわれる

この時ばかりはフリッグ伯爵の耳が聞こえなくて良かったというべきか


「ダムル様、あの侍女はどうするんで?」

「ふむん、お前達の好きにするがよい」

「さすがダムル様!」


ニヤつく笑みにクリスティアの後ろにいたメアリーも恐怖で後ずさる


「だが、すべてが終わるまで手を出すなよ?」

「わかってます!!」


嬉々として返事をする私兵にクリスティアら女性3人は顔を青ざめさせる


「おっと、そうそう。忘れてましたがクリスティア様に付きまとっていた護衛ですが、処罰が決まりましたぞ」


そういいながら、一枚の用紙を鉄格子越しにであるがクリスティアの前にか掲げる

それを見たクリスティアは一瞬で驚愕の表情になる


「そんな・・・」


後ろにいたメアリーも驚き固まっている


「ぐふふ、3日後に公開処刑を行います。クリスティア様を誑し誘拐した罪は重罪ですからな」

「それは誤解です!!」

「すでにコヤツらにも通達が行ってるはずです。3日後を楽しみに待っていてください」


とぐふふと笑いながら腹を揺らしながら去っていくダムルと私兵

彼らが去った後はしばらくクリスティア達も放心状態で辺りは静寂に包まれた


「もう・・何もできないのでしょうか・・・このまま終わりなのでしょうか・・・」


メアリーはうなだれながら小さく呟く

しかしそれに答えられる者はこの場にいなかった・・・


「コタロー様・・・」


クリスティアの小さな呟きは誰に聴かれる事なく溶けて消えた




地下牢一番奥の光が届かない場所に何かが動く

一部の床石が盛り上がり持ち上げた床石を横にスライドさせる

そこから現れたのは黒い衣装を纏った男だった

身長は180はないであろう

被り物をしてるためおおよそだが・・

頭からつま先まで黒に覆われた男は穴から出ると音もなく壁際に移動する


「まさか第三王女がいるとは思いませんでした。これは少しばかり面倒な事になりましたね・・・」


灯りが届かない無人の牢屋で黒の男が呟く

しかしその呟きは誰にも聴かれる事なく虚空に溶ける


「しかし色々喋ってくれたお陰で収穫がありましたね。逆に今すぐ動くわけにはいかなくなりましたが・・・一旦戻りますか・・・」


そうひとりごちると男は腰の魔法袋から小さい長方形の紙を取り出し魔力を込める

一瞬淡く光り、その光が紙に収束されると男は紙を離す

しかし紙は舞い落ちずにその場に留まり一つの形になる

フェアリーだ


「何か変化があれば教えて下さい」


黒の男に言われたフェアリーはわかったと言わんばかりに首を数回縦に振ると男の周りをクルリとひと周りして闇に溶ける

それを見届けた黒の男は再び来た道を戻るべく床に掘られた穴に向かいかけ、クリスティアのいる方へ視線を向ける


「さっき第三王女様がコタローって呟いてたような気がしたけど・・・まさかね・・・」


呟き、自ら掘った穴に飛び込みどかしてあった床石を元あったように嵌め込む


そして再び地下牢に静寂が訪れる

先程まで最奥の牢屋に人がいた痕跡は綺麗さっぱりなくなっていた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る