一章 21 侵入

狐太郎は休まずに馬を走らせていた

普通なら夜道で馬を走らせるのは危険を伴うのだが、フリッグ領へ続く街道はよく整備されており、見通しも悪くないのでなんとかなっている

馬自体あまり乗らない狐太郎だが基本的な走らせる、止まるくらいはできる

街から街道はまっすぐ伸びているのでひとまず安心だろう


『急がないと・・・』


処刑が3日後なら最悪明日と言う可能性もある

手紙に日付は書いてなかったが、街を出発して当日にフリッグ領へは到着する

クリスティアの事だから街で宿は取らずに一刻も早く救援を頼みに行くだろう

そして何かあるならそこだと狐太郎は踏んでいる

数日経ってから捕縛は有り得ない

捕縛するなら会ったその時にするはず

それが最短で狐太郎には最悪のシナリオだ

情報がすぐに手に入らないこの世界では常に最悪を想定して動かないと取り返しがつかなくなる


『絶対に死なせない』


この世界での最初の仲間だ(精霊は除く)

なり行きとはいえ寝食共にした事で絆はある



休む間もなく走らせた為数刻でフリッグ領が見える場所まで来ることができた

騎乗してると目立つ為下馬する


『休みなしで走らせてゴメン。ありがとな』


乗ってきた馬の鬣を優しくなでながら礼を言う

馬はブルルとひと鳴きしながら狐太郎に鼻面を押し付けてきた


『お前はここまででいいよ。こっからは俺が頑張らないとな』


言うと手綱を取り外すが、馬はしばらく狐太郎に寄り添っていた


『女将に礼を言っといてくれ。あとお詫びとしてこれも』


狐太郎はポシェットから取り出した物を鞍に落ちないように付ける

馬はわかったと言わんばかりに首を縦に振る仕草をする

そして狐太郎に背を向け来た道を帰って行った


それを見送った後狐太郎は改めてフリッグ領の入口に視線を移す

夜も深い時間の為か門は固く閉じられている

それを見た狐太郎はしばし固まる


『まいった。そこまで考えてなかった・・・』


門兵に言って開けてもらうにも正当な理由はない

クリスティア達が捕まった時点でフリッグ伯爵は敵になってると言うことだ

そこで門兵に掛け合ってもナシのつぶてであろう

そもそも言った所で捕まるのがオチである


『ん?捕まる・・・』


狐太郎はしばらく首を横に傾けながら考える


『そうだ!!捕まろう』


地理に疎い狐太郎がよしんばうまく忍び込めたとしてもクリスティア達が入れられている牢屋を探し出すのは骨だろう

なら捕まってしまえば牢屋に案内してもらえるじゃんと言う狐太郎のズボラな考えである

まぁ処刑まで時間がないと言うのもあるだろうが・・・

頭を使うのはいささか苦手な狐太郎である


『あ、待てよ。もしくは麻痺薬か眠り薬で眠らせて場所を聞き出すか』


捕まるリスクよりもその方が無難そうだと狐太郎は結論を出す


『そうと決まれば善は急げだ』


狐太郎は眠り薬の小瓶をポシェットから出す

小瓶を投げ込むべくもう少し近づく

視認できる位置に来るとわかるが門兵は1人だった

白銀の甲冑が月明かりに反射している

近くにプレハブのような小さな建物があるがあれが詰所なのだろう

もう1人があの詰所で仮眠をとっているのだろうか

小瓶の割れる音で目覚めると厄介だが、眠り薬が割れてから煙状になって周囲に漂っている時間は2、3分だ

その間の時間で詰所から出てこなければ気付かず寝てるだろう

なので恐らく大丈夫だと狐太郎はタカをくくる


丈の高い草むらに身を潜め投擲できる距離まで近づいた狐太郎は眠り薬の小瓶を弧を描くように高く放り投げる

門兵の近くに落ちた小瓶は小さな破砕音を響かせ割れる


「な、なんだ!?・・・うぐっ・・・・」


急な割れる音で振り向いた門兵だが眠り薬を吸い込んだようで意識を失い倒れ込む

それを見た狐太郎は薬の効果が周りから消えるまでしばらく待つ

詰所からは誰も出てこない

巡回でもしてるのだろうか・・・


考えても仕方ないので薬の効果が周囲からなくなったのを見計らって素早く倒れた門兵の方へ近づくとポシェットから取り出した縄でぐるぐる巻きにし、口には一応猿轡のようなものを噛ませる

そして、詰所の方へ気配を断ちながら向かう

詰所は無人かと思ったが気配があったために慎重に向かう

しかしその気配は動く様子もなくその場にとどまり続けている

そしてこちらを警戒した様子もないのだ

警戒する必要も無いほど狐太郎を取るに足らないと思っているのか

これは余程の実力者かもしれないと喉をゴクリと鳴らす

そして詰所の壁に設置してある格子状の窓から意を決して中を伺う


『(はぁ!?)』


思わず声を上げそうになり慌てて口元を抑える

中を覗くと紫と赤の鎧を着た兵士が酒樽を抱きしめながらイビキをかいて転がっていた


『(状況がわからない。職務怠慢なんじゃないのかこれ。それともこの紫と赤の鎧の方が白銀の鎧の兵士よりも偉くてコイツはサボってるとか?)』


当たらずとも遠からずである

実力的にはチンピラと変わらない紫と赤の鎧の兵士より鍛錬された白銀の鎧の兵士の方が実力は上なのだが、ダムルの直属と言うこととダムルには白銀の鎧の兵士はこぞって従わず、フリッグ伯爵を盾に従わせてる状態なので立場的には紫と赤の鎧のダムル私兵の方が偉いのである

というか普段も偉そうにしているが・・・

無論狐太郎は知らぬ事であり、単なる想像を口にしただけなのだが


『(でもこれはチャンスだな。今のうちにアイツも縛っちゃおう)』


狐太郎は詰所の入口までササッと移動すると扉をソーっと開け隙間から中を覗きこむ


『(他には誰もいなそうだな・・・)』


入る前に周りに人の気配がないか確認してから中に入り扉を再び閉める

外からは気づかなかったが中に入ると酒の臭いがキツい


『(酒臭い・・・つかコイツ1人でひと樽空けたのかよ。と言うかチンピラみたいだな。大丈夫かフリッグ領・・・)』


1人呟きながらポシェットから取り出した縄で同じようにぐるぐる巻きにする

頑丈な柱にぐるぐる巻きにし、猿轡もガッツリ噛ませる

酔い方からしてしばらく起きないだろうが念の為だ


『(話を聞くのはあっちの兵士の方が良さそうだな)』


狐太郎は酒臭い詰所を出ると、白銀の鎧の兵士が倒れている場所まで戻る

そして人目につかない場所まで移動させたあと兵士の頬をペチペチと叩く


『おい。起きろ』

「う・・ん?・・・・!?もがっ!!」


起きて狐太郎を見て驚いたのだが猿轡のせいでしゃべれない


『騒ぐな。騒ぐと死ぬぞ!聞きたいことがある。答える気があるなら頷け』


短刀を喉に当てながら狐太郎が聞くと兵士はゆっくりだが頷く


『まずそうだな・・・数日前に王女様一行が来たのは知ってるな?』


狐太郎の問に兵士は驚く

今しがた来たこの男はなぜ王女が来たのを知ってるのだろうと


『おい、知ってるなら頷け』


兵士は驚きながらも素直に頷く


『それじゃ次だ。その王女様達が捕らえられた場所を教えろ』


兵士は驚きのあまり固まる

そして何かを訴えるようにモゴモゴと喋る


『んー、どうするか・・・おい、猿轡はずしてやるが大声だすなよ?』


短刀をチラつかせると兵士は頷く

狐太郎は仕方なしに兵士の猿轡をはずしてやる

しばらく呼吸を整えていた兵士は落ち着くと口を開く


「あんた、王女様様達の味方なのか?」

『それを知ってどうする?』

「もし味方なら助けて欲しい」

『うん?どういう事だ?』


兵士は一瞬口ごもり詰所に視線を送る


『詰所にいた奴も縛って動けなくしてある。助けを期待してもダメだ』

「いやそれは構わない。アイツらとは仲良いわけではないからな」

『同じ領主に使える仲間じゃないのか?』

「今の領主様はフリッグ様ではない」

『あー、そう言えば兄のダルマ?だっけか?』

「ダムル様だ。詰所の兵士を見たか?奴らの鎧は紫と赤でダムル様の直属の私兵だ」

『あんたは?』

「俺はフリッグ様から頂いたこの鎧だ。いわばフリッグ様の私兵だ」

『と言うか、わける意味あるのか?』

「何も知らないのか?ダムル様は別邸で幽閉状態だったのだが、何者か協力者がいたらしく兵を率いて反乱を起こしたのだ」


こんな簡単にベラベラ内情を話していいのかと思うが結局彼も何とかしたいと思っていて、それが出来ない事に悔しい思いをしていたのであろう

狐太郎が敵ではないと判断しての事だと思うが


『それで前領主は?抵抗しなかったのか?詰所にいた奴を見る限り腕は大したことなさそうだが・・』

「あのチンピラ風情だけなら我らは遅れはとらん。他に黒騎士が10体程いて歯が立たなかったんだ」

『そいつは強いのか?』

「ああ、俺たちが数人束になってもかなわなかった」


それは要注意だなと心の隅に止めておく


『それで、王女様達が捕まってる場所は?』

「領主館にある離れの別邸の地下だ。ちなみに護衛達とは別々になっている」

『全員一緒じゃないのか?』

「ああ、ダムル様の案なのかはわからないがな」

『護衛達の牢は遠いのか?』

「ああ、少し王女様達とは離れている。恐らく何かあった時に容易に合流できないよう時間を稼ぐ為だろう」

『面倒な事になったな・・・両方なんて行けないぞ』


狐太郎がどうしようか思案していると兵士がさらに話しかけてきた


「なぁあんた本当に王女様達の味方なのか?」

『ん?ああ、信じられないか?』

「いや、助けるならみんな一同に集まる時間がある」

『いつだそれは?』

「護衛達が処刑される時だ」

『どういう事だ?』

「護衛達は明朝公開処刑が決定している。そこにはダムル様や恐らく王女様も場に姿を現す」

『なるほど、そこで助けに行けばいいんだな』

「ああ、だが奴には黒騎士がいる」

『それは多分大丈夫だ』

「本当か?」

『ああ』


ウェルキン達を解放し、近くの兵士から武器を奪って多少暴れれば場は混乱する

その間に王女達を取り戻せばいいと狐太郎は考えている


『そうすると明朝までに身を隠す場所がいるな』

「それならウチにくればいい。うちなら処刑場までは遠くない。ギリギリまで身を隠せるはずだ」

『本当か?助かる。なら縄を解く』


狐太郎は兵士の縄を解き自由にするが兵士が何をする素振りも無い


「あんたお人好しだな。俺が嘘を言ってたらどうするつもりだったんだ?」

『ん?目が真剣だったからな。それに・・・・裏切るより裏切られる方がましだ。その方がこっちの心は痛まない』

「・・・深いな」

『師匠の言葉だけどね』

「いい師匠だな。俺の名はマキシム、あんたは?」

『狐太郎だ、少しの間だけどよろしく頼むよマキシム』

「ああ、じゃあ移動しよう。もうすぐ夜が空ける」


マキシムは言うと狐太郎を促し移動を開始した

空は少しずつ白み始めていた




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