一章 18 ダムル

~時間は少し遡る~


宿を出たクリスティア一行はそのまま街の門を出て一路フリッグ伯爵領へ向かう


「さて、とりあえずみなさんはこちらの武器を・・・後でコタローさんから頂いた武器をしまってこちらを装着してください」


デュラインは魔法袋から大剣、杖にローブ類を取り出し各自配る


「なせだ?」

「とりあえずは偽装ですね。後は捕まった時に取られたくはないでしょう?」

「それはそうだが」

「まだフリッグ伯爵が味方って決め付けるのは早いと思いますし」

「街で相手の物見に見られてた場合を考慮しまして」

「念をいれるということか」


そう言いながらウェルキンはもらった大剣を腰に差す

いかにも新米冒険者って感じの安物な大剣だ

見れば杖なども初心者用の先端に魔石がないタイプだし、ローブも真新しいが黒で色が違う

本当はまったく違う武器でも構わないのだが、いざという時に困ると言う事で同型の武器にしてある


「ええ、何やらきな臭い感じがしますし」

「それでもいかない訳にはいかん」

「なのでしっかり対応できるよう準備しましょう」


デュラインはデュラインで片手剣はしまい、買ってきた長弓を持ち、矢筒を腰に差す

これで多少は誤魔化せるかわからないが可能性は下げれるだけ下げた方が良い


「今すぐ変えなきゃいけないのか?」

「まぁフリッグ領に近づいたらでいいでしょう」


そういって歩みはじめるクリスティア達


「クリスティア様その腕輪は?」


デュラインがクリスティアの左の手首にハマっている腕輪を発見する


「これですか?精霊の腕輪だそうです」

「まさかコタロー殿から?」

「いつの間に」

「昨晩頂きました」


クリスティアの発言に一行が固まる


「く、クリスティア様、昨晩と言うと?」

「眠れなくて起きていたんですが、コタロー様も起きていたようで少し気分転換にお話させてもらいました。その時に護身用にもらったのです」


ウェルキンが驚愕の事実に顔を歪めている中、ロイザードはちゃっかり鑑定用モノクルを装着し腕輪を眺めている


「これは1度だけ精霊を呼び出せるようですな。装着者の魔力によって召喚される精霊が違うようですぞ。尚1度使うと割れてしまうらしい」

「ええ、コタロー様からもそう聞きました」

「1度使うと割れるって事は使いどころが大事ですな」

「使わないに越したことはないです」

「無論それが一番ですな」


ちなみにこの腕輪、普通に売られていて購入する事も可能なのだが高価すぎるのがたまにキズである

そして一度で壊れるため売れない

せいぜいが金持ちのボンボン貴族が護身用やステータスとして購入したりする


しかしその実態は召喚者の魔力の少なさに腕輪が負荷で壊れるのがほとんどである

そしてもう一つの壊れる理由

精霊が単に興味を示さないだけである事は知られていない

召喚者はほとんど金持ち貴族に限定されるため上から目線での命令を精霊は嫌う

中にはまともな貴族もいるのだろうが

なので大概がその召喚者に常時使役されるのを嫌がる精霊が腕輪に負荷を与えて壊すのである

そしてクリスティアが持つ腕輪も例にそって同じ物である

昔は使役者と精霊は対等もしくは友人、戦友として相対されていたのだが、いつからか上下関係が出来上がってしまい、嫌気がさした精霊達により次第に召喚される事が減っていた


そんな話をしてる間にも一行はサクサク進む

半日で着く距離なので焦らず進む普通に歩いても昼には着くだろうが、念を入れてフリッグ領の手前で昼休憩をいれる事にする


街で女将から貰った弁当を広げる


「もう領地は目と鼻の先なので焚き火はやめましょう」


言いながらデュライン魔法袋から飲み物を取り出す


「お弁当凄いボリュームです!」


メアリーは量の多さに驚き喜ぶ


「相変わらずですね女将は・・」


デュラインの言葉に首を傾げる一同


「女将は昔から何かする前は腹いっぱい食べろとうるさい人でしたから」


腹が減ってはなんとやらと言うやつなのだろう


「女将殿も昔は冒険者だったのですかな」

「わたしが知り合った頃はすでに引退した後だと聞きましたがそれなりに有名だったみたいですね」

「ほう、食堂での立ち回りから見てただ者じゃないと思っていたがそれほどが」

「ええ、多分私達が束になっても敵いませんよ」

「女将さん凄いですねー」

「私のもう1人の師匠ですからね」

「それで今のデュラインがあるのですね」

「基本は全部叩き込まれましたからね・・かなりのスパルタで・・・」


話してキツさを思い出したのか苦笑いながら若干顔色が悪い


「曲がった事が嫌いな方なので今回は大丈夫でしょう」

「だからあの宿にしたのか」

「ええ、リスクはなるべく減らしたいですからね」


それからしばらく食事の音だけが響く




みんながひと息ついたのを確認するクリスティア


「そろそろ行きましょう」


頷きウェルキン達は立ち上がる

クリスティアとメアリーはフードを被る

安物のフードなので何の効果もないが普通に顔を隠すくらいはできる

半刻も歩かないうちにフリッグ領が見えてくる

クリスティアは早足になりそうになるのをこらえながら歩く


「見た目は変わった所はありませんな」


歩きながらロイザードがポツリと呟く


「ああ、だが入ったら何が起こるかわからん」

「ええ、警戒するに越したことはないでしょう」


近づくにつれ様子がわかるようになるが、別段変わった所はない

街の入口の門兵にも特に何も言われずに入ることができた

中に入ると若干人通りが少なく感じる


「人が少ないですね」

「昼時なのにあまり賑わってないな」


通常ならこの通りは屋台や食事屋が軒を連ね良い匂いが辺りに立ち込めている場所なのだろう

しかし今は人も少なく屋台もないおかげで余計に広く寂れた印象を受ける

食事処は全部ではないが何軒かは空いているが昼時の賑わいも喧騒も聞こえてこない


「変ですね」

「ここまで活気がないのもおかしいな」


住人も心なしか元気がないように見える


「これではまるで・・・」


デュラインが呟きながらハッとした表情を浮かべる


「デュライン?どうかしましたか?」

「いえ、何でもありません」

「それでクリスティア様、この後どうされますか?一旦宿に部屋を借りますか?それともフリッグ様の舘へ行きますか?」


「・・フリッグ様の舘へ行きましょう」


少し逡巡したのち領主の舘へ行くことを決める


「色々と聞きたいこともありますし」

「そうですね」


一行は領主の舘へ向かう

途中にも色々な店などが並ぶ通りも通過するがどこも賑わいはなかった


しばらく歩くと目の前に大きな洋風の舘が見えてきた


舘へ近づくと2人の白銀の鎧を着た兵士が入口を塞ぐように立つ


「止まれお前ら」


クリスティア達は言われて素直に止まる


「ここに何用だ。用件を言え」


槍を構えながら問う


「フリッグ様はいらっしゃいますでしょうか?」


門兵は一瞬驚いた顔になるがすぐに表情を引き締める


「フリッグ様はお忙しい。お前らのような奴を相手にしてる暇はない」


仕方なくクリスティアはフードをとる


「ラグアニア王国第三王女クリスティア・セイルーンです」

「しょ、少々お待ちを」


門兵の1人は中に駆け出していく

残った門兵の1人は驚きの表情をしていたが一瞬悔しそうな表情が垣間見えたのをデュラインは見逃さなかった


「門兵殿、今何か言いたそうな顔をしてましたが・・・」


門兵は俯き黙っている


「今は何でも情報が欲しいのです、お願いします」


クリスティアからの懇願に門兵は目を瞑り俯いていたが、意を決したように顔を上げる


「クリスティア様、早くここからお逃げください」


門兵の言葉にクリスティア達は驚き固まる


「それはどういう・・」

「長話してる時間はありません。今この領地を治めているのはダムル様です」

「なっ・・!?」

「フリッグ様はどうなされたんですか?」

「フリッグ様は・・ダムル様に捕らえられ家族共に地下牢に閉じ込められています。そして・・・」

「なんだと!?」


門兵からの驚愕の事実に声を荒らげるウェルキン


「どういう事だ!!」

「説明してる時間はありません。早くここから・・」


言い終わる前に前の舘から兵士がわらわらでてきた

何故か着ている甲冑の色が違う兵士がいる

先の白銀の鎧と、もう一つは紫と赤を基調とした鎧だ

クリスティア達はあっという間に囲まれてしまう


ウェルキン達はクリスティアとメアリーを庇いつつ兵士達を睨め付ける


「どういう事だ!」


ウェルキンがすぐ動けるよう重心を低くする

何があってもクリスティアを守る

そんな決意がひしひし伝わってくる


すると舘側のクリスティア達を囲んでいた紫と赤の鎧を着た兵士達が左右に分かれ、奥から1人歩いてくる

上質な貴族服に身を包んだ様は一目で身分が高い事を伺わせる

年は40を過ぎた辺りだろうか

しかし腹はでっぷり肥え太り顔もだらしなく緩み弛んだ頬、頭は脂ぎっていてテカテカ光っている


「ふむん、クリスティア様の名を騙る奴が現れたと言うから来てみれば。よもや本物だとはな」

「ダムル様・・」

「これはこれはクリスティア様。御機嫌麗しゅう」


キラキラした指輪を全部の指に付けている手で大仰に挨拶をするダムル

ちなみに指も脂肪で太く、指輪が肉に食い込んでいる


「これはどういう事ですか?フリッグ様はどこですか?」


クリスティアの問にダムルは頬を揺らしながら愉快そうに答える


「いやね、ある方から領主に返り咲きたくはないかと問われましてね。あーちなみに弟は地下牢です。家族と一緒に一家団欒としてるんじゃないですかね」


ぐふふと気持ち悪く笑いながらクリスティアに舐める様な視線を送る

クリスティアはフリッグがとりあえずは無事な事を知るとホッとする

そして気丈にもダムルを睨む


「それである方とは誰なのでしょうか」

「簡単な問ですな。答えは貴方がよく知る人物ですよ。身内と言った方がよいですかな」

「まさか・・」


ダムルの答えに驚愕の表情を浮かべるクリスティア

見ればウェルキン達も一様に驚いた表情をしている


「アゼル兄様・・」

「その通りで御座います。そして領主に返り咲く事を決断した私は力を頂きました」


ダムルがパチンと指を鳴らすと地面から2体の影がせり上がってくる

それはしばらく不定形な形をしていたが、人形に形成される

全身に黒の鎧で身を固めた黒騎士が2体、剣まで真っ黒である

その黒騎士がダムルの前に立つ


「どうですか?これが新たに授かった力です」

「アゼル兄様がこんな事を・・・」

「ぐふふ。この力はアゼル様から頂いたものではありませんよ」

「ではいったい誰が・・・」

「少しお喋りがすぎましたな。それでどうしますかな?私は抗うならそれでも構いませんが無駄な殺生はしたくないのですよ」


兵士達は殆どが一様に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべている


「ウェルキン、どうですか?」

「兵士は問題ない。問題はあの黒騎士だ。あれはヤバい」

「勝てませんか?」

「1対1なら勝てなくもないが・・」

「まずいですね」


デュラインとウェルキンが黒騎士を見据えながら小声で言葉を交わす


「さて、それでどうしましょう?大人しくするなら命までは取りませんよ」


相変わらずニヤニヤ顔を浮かべたままのダムルが聞いてくる


「クリスティア様、分が悪すぎます」


デュラインの言葉にクリスティアはわかりましたと呟き


「投降します」

「おお、さすがは聡明なクリスティア様。おい!」


ダムルは喜色満面な顔になると兵士に声をかける

うち白銀の鎧を着た兵士達は数人がゆっくりこちらに歩み寄ってくる


「早く動かんか!ノロマ共め」


ダムルの叱責に多少歩みが早まるが大した速さではない

クリスティアは訝しげにしつつ、デュラインは何かわかったような表情になるが一瞬で誰も気づかない


「では武器を預からせてもらいます」


1人の兵士がウェルキン達から武器を取り上げていく

そしてもう1人の兵士が縄をウェルキンにかけていく

兵士の1人が小さくすみませんと呟く

ウェルキンはわけがわからず首をかしげるばかりだが、デュラインはこれで確信が持てたのか納得の表情だ


「うむん、それでは地下牢に閉じ込めておけ。別の牢だぞ」


クリスティア達を全員縛り終わったのを確認したダムルは満足そうに頷くと、兵士達に命令し舘へ戻る

それに付き従うのは黒騎士2人と紫と赤の鎧を着た兵士10人程だ


こうしてフリッグ領に入った一行は瞬く間に捕えられて牢屋行きになってしまう




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