一章 6 暴君ベアール

街を出てからは順調だ

数回の休憩を挟みながらだが、クリスティア達に疲労は少ない

フェアリー達のおかげだろう


昼食もメアリーが暴走した以外は別段いつも通り

相変わらずウェルキンはそっけない態度だが多少は信用されたのだろうか、以前のような刺々しさがなくなった気がする


午後も順調に行くといいが

ちなみに森は明日には抜けるだろう

野営用の結界もまだあるが、ウェルキン達がいるので使うべきか迷っている


そんなさなか、先頭を歩いていたウェルキンが立ち止まる


「ウェルキンどうしました?」

「テュランベアールだ・・・」

「なんだと!?」


デュラインの質問にウェルキンが答えロイザードが驚愕している


「なんでこんな場所に奴がいる・・」

『おかしいですね。この森にはいるはずないのに』


狐太郎もウェルキンの視線の先にいる熊を見る

立ち上がってはいないが、屈んでいる状態でも狐太郎の身長くらいありそうだ


「何にしろ逃げ切れん。倒せるかわからんがやるしかないだろう」


ウェルキンは言いながら大剣を抜き放つ


「クリスティア様とメアリーは離れていてください。ロイザード、頼みます」


ロイザードはうなずくとクリスティア達を伴い下がる


「ウェルキン死なないでください」

「勿論です!」


クリスティアがウェルキンに声をかけメアリーと共に下がる


「さて、コタローさんはどうしますか?」

『俺の武器は剣なんでウェルキンと一緒に前衛に行きます』

「わかりました。任せます」


ポシェットから黒い鞘の日本刀を取り出す


「ふん、足でまといにだけはなるなよ」

『頑張るよ』


視線はテュランベアールに向いたまま言葉を交わす

前衛はウェルキンと狐太郎、中衛(遊撃)がデュライン、後衛がロイザードである

ロイザードならば離れていても攻撃できるのでクリスティア達の護衛も兼ねている


こちらの攻撃の意思を汲み取ったのかテュランベアールがのそりとこちらに動き出す


『あいつは強いの?』

「ああ、毎年何人もの冒険者を血祭りにあげている。1人ではまず無理だろう。このメンツでも侮れば全滅する」

『それはゴメンだね』

「ならば奴を倒し生き残る以外術はない」

『障害は取り除かなきゃね』

「ふん、ピンチになってもフォローには入らんぞ」

『気をつけるよ』


会話を交わすうちテュランベアールはウェルキン達と10m程の距離まで迫っている

狐太郎達はまだ間合いの外だが、テュランベアールは一足飛びで入れる間合いだ

後ろではロイザードが杖を構え、デュラインも武器を構えた

デュラインは弓を手に持っているが片手剣も腰に差している

中衛前衛どっちもいけるようだ

今回は狐太郎が前衛に入るため弓を構えている


テュランベアールが攻撃に移る

10mの距離を一瞬で駆け抜けウェルキンの前に立ち上がり左腕を振るう

立ち上がったテュランベアールは2mはゆうに超えていた

そしてテュランベアールの爪は下手な剣より良く斬れるので当たればタダでは済まない

ウェルキンは袈裟斬りに振るわれる左腕を右によけてかわすと同時に大剣を水平に薙ぐ

普通ならこれで相手は致命傷なのだが、分厚い毛が邪魔で深くまで斬れてない


「ちっ」


硬い手応えに小さく舌打ちするウェルキンは再びその場にどっしり構える


初撃で怒りがウェルキンに向いた時に狐太郎はテュランベアールの背後に移動していた

既に鞘から刀は抜いてある

狐太郎はまず動きを止めようと足を狙い刀を振るう

通常の獣や魔物はそこまで高い知能は持ち合わせていない

ましてや相手の意図を察する事はない


しかしテュランベアールは狐太郎の一撃を飛んでかわした

後ろ向きのままで

さらに空中で状態を捻り狐太郎に右爪を振りおろした

ギン!と言う音と共にテュランベアールが着地する

狐太郎は咄嗟に刀を上に構えて防御していた


一瞬の硬直の間ウェルキンが雄叫びをあげながら背後から大剣を上段から振り下ろす

生半可な力では弾かれると思い渾身の一撃だ


ザシュと言う音と共に血飛沫が飛ぶ

どうやら今度はしっかりダメージ与えたようだ

だが浅い

傷を負った事に怒ったのかウェルキンに振り向きざま左腕を振り回し狐太郎を吹き飛ばす

刀で防いだのでダメージはないのだが踏ん張りきれず飛ばされる

怒りの篭った目でグルルと唸りながらウェルキンを睨み一気に間合いを詰め、今度はがむしゃらに両腕を振るう

がむしゃらながら力負けしウェルキンは防戦一方だ

大剣でことごとく防御するが防ぎ方を間違えれば剣が折られかねない

それくらい重く力強い一撃だ


「くっ、この馬鹿力が・・」


悪態を付くウェルキンだが焦りはしない

ウェルキンの耳にヒュンと風を切る音が聞こえる

デュラインが放った矢だ。矢は一直線に寸分たがわずテュランベアールの右目に命中する

絶叫しながら仰け反るテュランベアールにウェルキンは好機とばかりに大剣を振りかぶる


「ライズエッジ!!」


ロイザードの支援魔法でウェルキンの刀身が一瞬鈍い光を放つ

(ライズエッジ)攻撃力が上昇する魔法だ


「くらいやがれ!!」


まるでロイザードからの支援が来るのがわかってるかのような動きだ

いや、実際わかってるのだろう

長い付き合いだ


ウェルキンの大剣がテュランベアールの右肩を斬り飛ばした

絶叫するテュランベアールに飛ばされてた狐太郎が立て直し肉薄する


『一の太刀、影炎』


黒を纏った刀身がテュランベアールの身体を上下に分断した


血飛沫をまき散らしながら崩れ落ちるテュランベアール

完全にこと切れてるのを確認し、狐太郎は地面にペタんと座り込んだ


「やったのか・・」

『みたいだね・・』


狐太郎の言葉を聞き緊張感から開放される

ウェルキンもどさっと座り込んだ


「剣がボロボロだ。なんて頑丈な身体してやがるんだ」


ウェルキンの剣は刃こぼれやヒビが入っている

恐らくあと数回振るのが限界だろう


「大丈夫ですかウェルキンにコタロー殿」


デュラインとロイザードに連れられクリスティア達も集まってくる


「ウェルキンもコタロー様も大丈夫ですか?」


クリスティアが魔法袋から回復用のポーションを取り出しウェルキンと狐太郎に手渡す

2人は受け取ると一気に飲み干した

これでしばらくすれば回復してくるだろう


ウェルキンは浅い切り傷だらけ、狐太郎は吹っ飛ばされた時の傷多数だ


ちなみにポーションにも種類やランクがあり、低ランクのポーションは飲んでもすぐに効果は現れない

体内で吸収され徐々に効いてくる

対して高ランクのポーションは飲むと即効果が現れる

怪我の部位に掛けたりしても同じだ


一般的に出回ってるのは低ランクのポーションで手頃な値段で手に入る

ランクが高くなるにつれ値段もあがるし、作り手も減っていく

最高ランクのポーションは今の世界に作れるものはいないと言われている


「とりあえずこいつを埋めるか。ロイザード頼む」

「承知した」


ロイザードは土魔法で深く穴を掘り、そこにテュランベアールの死骸を放り込み埋めなおす

深く埋めたので掘り返される心配もないだろう


「しかしコタロー殿の剣は凄いですな。刃こぼれ一つしてないのではないかな?」

『頑丈さと切れ味だけは自慢だからね』


ロイザードの質問に答えてる狐太郎の手元の刀を若干羨ましそうに見つめるウェルキン

彼だって質のいい武器は欲しい

しかし王宮暮らしの下っ端では給料もたかが知れている

今回の大剣もコツコツ貯めたお金で買ったそこそこの剣だった

ショックはでかい


「ずっとここにいても仕方ない。クリスティア様からいただいたポーションでほぼ回復した。先に進むぞ」

「そうですね。あまりゆっくりもしてられませんし」


ウェルキンが立ち上がるとみんなもうなずく


「もう道中何事もなく進みたいです」


メアリーが疲れたように言う

周りも同じように頷くが、デュラインは厳しい顔である一点を見つめている


「デュライン、どうしました?」

「どうやらそう簡単にいかないみたいです」


デュラインが言いながら弓に矢を番え放つ

矢は20m程先の木に刺さる


「隠れてるつもりですか?殺気がダダ漏れですよ」


その言葉にウェルキン達も矢が刺さった方を見る

すると木々や茂みの辺りから黒装束の格好をした男が10人程現れた


「よく見つけたな」

「それだけ殺気が漏れてればわかりますよ」


リーダーらしき男が一歩前へ出る


「何者だ!?と聞いても素直には教えてくれんか」

「その通りだ。しかしまさかテュランベアールを退けるとは予想外だった」

「アレをけしかけたのは貴様らだったのか」

「だが、どうやら多少は役に立ったようだな」


サッと手を上げると黒装束のメンツが剣を抜き放つ


「悪いが貴様らにはここで死んでもらう」

「ちっ」


黒装束達が一斉に襲いかかってくる

クリスティアとメアリーを後ろにウェルキン達は迎え撃つ


しかしいくらなんでも多勢に無勢である

怪我は回復したとはいえ肉体的疲労はあるしテュランベアールとの戦闘で集中力が切れている


「ライズディファー!ライズエッジ!」

「ウェルキン、これを使ってください」


ロイザードが狐太郎とウェルキンに攻防力アップの補助魔法を掛ける

デュラインは自分の持つ片手剣をウェルキンに渡す

あの大剣では数回打ち合えるかも怪しい


「すまん」


受け取りながら黒装束達と斬り合う

狐太郎もクリスティア達と離れすぎず一定の距離を持ちながら戦っている


デュラインは腰から短刀を取り出してロイザードと一緒にクリスティア達の近くに陣取っている


ウェルキンに3人、狐太郎に5人さすがに捌ききれず2人がクリスティア達に肉薄する


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