第四章~真理到達編

第10話 戦いの果てに

 「…もはやここまでの様です…皆、御苦労でした。この朱金華、礼を言います…」


 ウルフに敗れ去った夜叉のコックピット内部で、金華は残りの七人衆たちに対し、最後の別れを告げていた。


 決戦に敗北した今、程なく自分たちは止めを刺されることだろう。

 もはや魔の理力の欠片も残っていない今の悪魔六芒星七人衆では、強大な力を誇る巨大なウルフの前にして、何も手段がない。

 抵抗は無意味なのだ。


 「「「「「「…」」」」」」


 金華同様、魔の理力が残り少ない他の七人衆も、黙ってそれを受け入れていた。


 せめて最後の瞬間だけは見苦しくなく逝こう。


 残された悪魔の矜持が、彼等にそんな行動を取らせていた。


 しかし。




 「? 魔術師狩りめ…止めを刺しにこんな…???」


 ブラック・ホールドがそう呟いたように、ウルフは一向に動かず、こちらに止めを刺す気配がなかった。


 「…おのれ…我等を暫しの間、悪戯に生かし続け、嬲る気か…」


 「…いや、不動よ。今更、奴等にその様な真似をするメリットはあるまい?」


 「…言われてみれば…う? あの銀狼、様子が変だぞ!」


 砕けた頭部コックピットの亀裂からベイオウルフを見上げる七人衆。確かに傍目からでもわかる変化が、天空へと拳を付き上げたままのベイオウルフに生じていた。


 淡い光を放つベイオウルフの姿が、輝きが増すごとに薄れていっている。


 「…あれは…理力による霊子力結合が薄れて…巨体を構成する理力細胞が光となり、徐々に崩壊しているのか…???」


 「クッ…みんな表に出よう。今さら足掻いても致し方ない。死ぬのは何が起きているのか確かめてからでも遅くはない。死出の旅路のみやげにはなるだろうさ」


 疲れ切った身体に鞭打ち、残された力で強引に立ち上がったマイティは、そう仲間たちに告げて、コックピットハッチを開く。


 後は野となれ山となれ。


 運命に身を委ねると決めた魔術剣士は、単身ヒラリとリングの上へと降り立った。


 「…行くか?」


 「…ああ」


 「将軍さま?」


 「…ええ。マイティと共に全てを見届けましょう。アート、スペカデ、陰陽炉を完全停止させて」


 「将軍さま、了解よーん」


 「最後までお供致します★」


 金属性の将魔たる金華を含めた残りの七人衆も、一足早く夜叉から飛び降りたマイティ同様、リングへと降り立っていく。


 「はっ! …っとと★」


 最後にスペカがリングへと降り立った頃には、ベイオウルフから発せられる淡い輝きの勢いは益々増し、巨体は徐々に磨り減り、小型化していた。


 「微弱な魔理力と聖理力の波動を銀狼の体内から感じる…もしや、魔術師狩りと聖少女も理力切れなのか?」


 「いや、甘い考えは捨てろ。奴等は巨大な銀狼から発せられる理力を吸収できる。今の我々など一捻りだろうさ」


 「残念だが…その通りだろうな」


 「奴等が我等をどのように始末するのかはわからん。ただし、このマイティ・スプリングはただでは死なぬ。最後まで派手に暴れて見せるさ!」


 そうマイティがバッハに返答したことを最後に、魔術師狩りの斬夢、聖少女アムルがいる、ウルフの心臓部を見上げる魔術師たちであった。



 ◇◇◇



 魔術師たちが地上のリングで覚悟を決めていたその頃。ウルフの心臓部では、聖少女アムルと狼魔幼女の斬夢が、だらしなく横たわっていた。


 「…元の姿に戻ってしまいましたね」


 「わふう…やっぱ辛いわ。理力の使い過ぎでベイオウルフの維持もできやしない…師匠の膝の上で丸くなりたい」


 魔術師たちの見立ては、当たらずも遠からずといったところであった。


 決戦に勝利した二人ではあったが、聖魔少女ル・シフェルの姿は維持不可能となり、ベイオウルフの巨体の維持も不可能となっていた。

 もっとも、魔理力の残り少ない七人衆を薙ぎ払うには、十分過ぎる余力を残してはいたが。


 (二人共聞こえるか? もはや下の七人の相手は不要ぞ。引け)


 「…斬夢さんのお師匠様の天魔、妙見様?」


 「わふっ? 師匠?」


 と、そんな状況の二人の許に、斬夢の師匠の天魔、妙見から風の術法を利用したメッセージが送られてきた。アムルと斬夢は、一度融合しているため、互いの記憶を共有していた。


 「…それはできないよ師匠。私は魔術師狩りだし、アムルちゃんは奴等に狙われている。ここで決着を付けるよ」


 そんな師匠に対する斬夢の返答に、無言で肯くアムル。 


 (…やれやれ。斬夢よ、彼奴等を倒せば新たな強敵が現れ、その者との闘争の戦鐘を鳴らすことになるかもしれん。それでもか?)


 「…わふっ、魔術師狩りは修羅道。終わりなき戦いの覚悟はできてるよ。それに共に戦ってくれた怨霊たちに、返礼として勝利を味合わせないと私が呪われちゃうって」


 「…私たちは魔術師たちを倒すために戦いました。天魔様に見逃せと言われても、見逃せないものは見逃せません。ここで逃がせば、奴らは聖石を狙い他の聖少女を襲います。それを阻止するために、手を汚す覚悟はできています」


 「そうとも! 師匠に言われたからって、そうですかと敵を見逃す謂れはもないよ。サクッと奴等を始末して、この場を離れよう」


 覚悟を決めているアムルと斬夢。この件に関しては、師匠の言葉を聞く気は更々ないのだった。


 (ならば何も言うまい我が弟子よ。やるならば仕損じるなよ。それと…)


 「それと?」


 「師匠?」


 (…何者が現れても、自分を見失うな)


 「「!」」 


 それを最後に途切れる妙見との念話通信。


 「…妙だな…アムルちゃん、良く解らないけど気を付けよう」


 「…はい。征きましょう」


 アムルは斬夢に対し肯くと、狼幼女の身体を両腕で抱き上げ、これまで操ってきたベイオウルフの心臓部を開き、七人衆の待つ地上へと向かい、飛翔を開始した。



 ◇◇◇



 「…来たか」


 風に乗って軽やかに地上に舞い降りてくる聖少女の姿を確認し、マイティはそう呟いた。

 互いに巨重を操り戦い、敗北した今、マイティはアムルに対し一言、見事であったと伝えたい心情であった。


 (ん?)


 ただ一つ、マイティは聖少女の姿を見て違和感を感じていた。それは、他の七人衆全員も同様に感じた違和感であった。


 (何者だ? あの抱きかかえられた狼幼女は???)


 その狼幼女こそ、魔術師狩り斬夢の真の姿であると、思いも寄らぬ七人衆であった。七人衆は、オーバー・サイバーボディを纏い、怨霊武将となった斬夢の姿しか知らぬのだ。


 そんな疑問を含んだ視線を感じ取ったのか、狼幼女は聖少女の腕から離れると、己が何者かを示すように叫んだ。


 「残されたスペルカードよ! 我が元に来たれ!」 

 

 斬夢は空気を読んで、質問される前に自分の正体を明かして見せる。破壊された魔城ネクロスの残骸へとその右腕を翳し、自慢のカードを呼び寄せる。


 カァァ! ドゴォッ! パラパラパラ…


 その声に反応し、散らばっていたカードが残骸を弾き飛ばして姿を現した。シュンと、風を切り空中を飛んだカードたちは、斬夢の翳した左腕の許に集まり、再びデッキを形成する。


 「スペルカード、ドロー! 私はサイバー怨霊SYUTENN童子のスペルを発動! サイバーヤマタノオロチの残骸よ、怨霊鬼となって甦れ!」


 左腕を螺旋状に囲んで空中を舞うカードデッキから、斬夢は一枚のカードを引き抜きスペルを発動した。

 その力を受け、大地のリング上でズタズタに千切れていたロープが再び動き出し、鬼のような巨体へと変化していく。


 「わふう。魔術師たちよ。我が真の姿を見せるのは初めてだったな。これが魔術師狩り百炎華の一人、武藤斬夢の正体だ。我を恐れぬならしかと見よ!」


 空中でそう叫び、ポーズを決める斬夢。格好いいのだが、無駄に可愛い。


 これには魔術師あくま一同、ポカーンとした表情になる。え…俺達こんな幼女と戦っていたのか…と、体勢を整えることも忘れ呆然となってしまった。


 「さらに! サイバー怨霊KIYO姫を発動! 我が手許に現れよ! サイバースネークグレイブ!」


 続け様に斬夢は、サイバースネークグレイブを具現化。

 この薙刀は柄の部分が蛇腹に分離する絡繰ギミックりが仕込まれた代物で、狼幼女のリーチの短さを補って余りある得物だ。

 新たな得物を持った斬夢は、早速、絡繰ギミックりを発動。魔術師たちが呆然としている隙を付き、先制攻撃を仕掛ける。


 カシャッ! シュルルルッ! ブォンッ!


 大蛇が獲物に襲い掛かるように伸びたグレイブを振り回し、魔術師たちを薙ぎ払わんとする狼幼女!


 正体の狼幼女の姿がいかに小粒とはいえ、ぴりりと辛いその肉体は常人を越えた頑強さと張力を併せ持っている。また得物を操る技術も並みではない。

 当然、その一撃は鋭く重い!


 「⁉ 風よ!」


 ビュオオオオオオオオオオオオオッ!!!


 「⁉ 剣よ!」


 ギィィィッ…キィンッ!


 ハッと、我に返ったバッハとマイティ。彼等が魔術師たちの前衛となり、風の術式と剣技によって、重い斬夢の薙ぎ払いを受け流す。

 しかし、余力十分のアムル&斬夢に比べ、明らかにバッハとマイティの術式と剣技は精彩に欠けていた。

 なけなしの魔理力では、やれることはその程度でしかない。

 

 、消耗の激しい七人衆側の敗北は決定的だなと見て取れた。



◇◇◇



 同時刻。  


 大樹の楽園の聖少女たちは、介入の準備を終え出撃の時を待っていた。

 聖魔師には並ぶべくもないが、ある程度は時空間を操る能力を持つ聖少女ループの力を使い、一気に戦場上空に精霊機を出現させる腹積もりだ。 


 もっとも、聖石だけしか持たぬループでは、基礎パワーの絶対量が足らず、大規模な転移が数回可能な程度。当然、聖と魔の理力を両方用い、本格的に時空間を統べる聖魔師とは比べようもない。

 それに併せて、大規模転移を連続で実行すれば、しばらくの間は行動不能になるデメリットもある。


 それ故に、大樹の楽園の聖少女の長ツイン・タニアは、速攻を選択したのだ。

 接敵と同時に切り札の大聖十字架砲で始祖樹卵を撃ち出し、一撃必殺でアムルと斬夢、そして魔術師たちを纏めて倒し、生き残っていれば拘束する心算なのである。


 「精霊機の各機能オールグリーン。そっちは?」


 「大聖十字架砲も準備完了。後はお姉さまたちの指示を待つのみよ…正直、あまり気乗りする任務じゃないけどね」


 多数のシュバリエを操る固有術式を用いて、精霊機を自在に操れるクラレントが話しかけると、広域探査を得意とする固有術式を持つエクレルールが陰鬱な返事を返してきた。


 「…」


 無言のクラレント。正直、味方ごと始祖樹卵で攻撃、その後、拘束せよという任務は、聖少女クラレントにとっても面白いものではなかった。

 とはいえ、魔術師狩りとの第一次接触で恐怖喚起フィアーに対抗できず、一時的に行動不能に陥った身としては、ツイン・タニアたちの判断も妥当に思え、反対も出来ずにいた。

 こうして精霊機のコックピットシートに座っているのも、その経験あっての事である。


 トッ!


 (ん? 誰か、コクピットハッチの上に。ループちゃんが転移してきた?)


 そんな、あまりよろしくない精神状態の二人の前に、突如として予期せぬ闖入者が現れた。

 当初、クラレントは開放されたハッチの上に突然現れたその人物を、転移術式を行使してやってきた仲間の聖少女ループだと思った。

 しかし、コンソールから顔を上げて視線を前方に定めると、そこには見知らぬ聖少女が立っていた。


 (?????)


 予想外の事態に、クラレントは頭の中で大量の?マークを思い浮かべる。


 「はじめまして! 大樹の楽園のお姉さま! わたくし、宝石の聖少女アレキサンドラと申します!」


 スカートの両端を軽やかに摘み上げるカーテシー、そして煌めく笑顔で自己紹介をしてきた見知らぬ聖少女。

 クラレントは眼前の聖少女が一連の動作が終えるまで、何かしらの反応も返せなかった。

 それは、キャットウォークにいた広域探査能力を持つエクレルールも同様で、突如、自分の固有術式を無視して現れた存在を前にして、身を固めることしかできずにいた。


 予想外の事態への即時対応は、さすがの聖少女も不可能であった。



 ◇◇◇



 「水素よ!」


 「酸素よ!」


 「「燃焼せよ!」」


 残り少ない魔理力を有効活用すべく、合体術式での抵抗を試みるバッハとブラック・ホールド。使うのは水素燃焼の術式だ。

 ただ死を待つような真似をせず、戦って死ぬ覚悟だった。


 「はあっ!」


 ゴオオオオオオオオッ!!!


 ビュオオオオオオオオオオオオオ!!!


 だが、その爆発も天狗の羽団扇を持つアムルの風の防壁で、難無く防がれてしまう。いよいよ、七人衆は戦闘手段を失い、追い詰められていく。


 「まだよ! わたしのワンドロ魔術はまだ負けていないわ! スペカデ! フォローを頼むわよーん!」


 「了解★ 最後の戦いだもの、出し惜しみはしないわよ★」


 この追い詰められた場面で前線に出るアートとスペカデ。魔理力の残り少ないマイティたちと交代し術を振るう。


 「させるか…んん?」


 「この聖石の反応は…レム?」 


 と、そんな場面で上空を見上げる面々。聖石の波動が一つ、近付いて来ていたのだ。

 

 「大変です! 大変なのです! アムルちゃん! 魔術師狩りさん! その他のみなさん!」


 アムル&斬夢VS魔術師あくまたちの場面に、新たに現れた闖入者。それは、苦悩した末に大樹の楽園から離反する判断をしたレムであった。

 アムルと無意識で繋がっていたレムは、大樹の楽園から責められることになっても、アムルたちを逃がそうと決断したのだった。


 「お姉さまたちが、大聖十字架砲と始祖樹卵を使って、アムルちゃん諸共みなさんを拘束しようとやってきます! 早くこの場から逃げてください!」


 「ちょっ! 私諸共って? 冗談ですよねレム?」


 「残念ながら事実ですよアムル! ツイン・タニア姉さまも、♤マイネリーベ♧姉さまも本気なのです! 説得は無理そうなので、逸早くこちらに知らせにきたのです!」


 流石に驚愕して聞き返すアムルに対し、レムは絶望的な情報を捲し立てた。大樹の聖域から離反した今、どんな情報を誰に聞かれても痛くも痒くもない。


 「げげっ! あ! そうだ! 師匠聞こえますか? こうしちゃいられません! 今はとにかく逃げましょう!」


 聖少女たち…すなわち、女子供と戦闘することを恥と思う斬夢も、話を聞いて浮足立つ。

 斬夢の立場にしてみれば、彼女たちと戦うのは格好悪いことなのだ。


 いっぱしの大和男子の武士がやることっじゃねえっ…そんな感覚である。


 「ふむ。では逃げるかの?」


 そんな斬夢の声に、ひょっこり姿を現す妙見。今更、姿を晒す御登場である。


 まるで今こそ姿を現すべき時だ。


 そんな態で天魔は姿を現した。


 「え…と、どうしましょう?」


 「うーん、悪魔たちとは決着を付けたいけど………なんか変な気分だわふっ!」


 困惑して、アムルも斬夢も戦闘意欲が削がれてしまった。


 とは言っても、やって来るであろう聖少女たちとも、会話する気にならないのだった。


 「………なんか、私もやる気が削がれていく気が………何でしょう?」


 レムも、そんな感覚に陥っていた。


 「そうじゃろう! そうじゃろう!」


 アムルや弟子の斬夢、そしてレムの変化を見やり、一人、余裕の表情の妙見だった。

 

 一方。


 「おい、どうする?」


 「今更、逃げるか?」


 「★じゃあ、無駄な抵抗をしてみる?★」


 「魔力がなくて無理じゃなーい?」


 魔の理力が残り少ない魔術師たちも、どうするべきかと顔を見合わせる。今の状況では、聖少女たちによる介入に対抗する術がないのが実情だし、当然、レムや、姿を見せた天魔に構っている場合ではない。


 確かに逃走するなら今をおいてベストのタイミングはないだろう。だが、金華をはじめとする悪魔の面々も、逃げ出す気にはならなかった。


 「奇妙な感覚がする………何だ? これは?」


 「グゥム。儂もだ」


 「…私も、そう感じます」


 


 そのため、結局はこの水入りによって、アムル・斬夢組VS悪魔六芒星七人衆による最後の戦闘は一時中断となり、一同はこの場で一時休戦することになった。


 そんな時である。


 アムルたち一同が、予期せぬ人物(?)の登場に驚愕するのは。


 カチッ!


 ピタッ!


 カチッ!


 「…その必要はありません」


 ((((((((((⁉)))))))))


 この場に突如として出現した、凛とした気配を持つ者。その人物から発せられた言の葉に驚愕し、妙見を除く全員がそちら側に振り向いた。


 見れば、如何なる方法でその場に現れたのか?


 月明りの下、蒼色の髪をウルフカットにした眼光鋭い少女がそこに立っていた。

 瞳の色は、真紅と緑色のオッドアイ。

 肌は白磁。 

 身体を覆うのは、蒼いパフスリーブのワンピースと、その上に白い前掛け付きエプロンドレス。

 その腰には、色とりどりの宝石の連なるベルトが巻き付いていた。

 

 どこか、良家の子女を思わせるファッション。


 しかし、鋭利な刃物のような印象を他者に与える人物であった。


 そんな少女の眼光鋭い双眸が、なぜかアムルと斬夢を見据えていた。


 (この子………危険な香りがする)


 (すげえ強敵の匂いを感じる)


 その眼光に居竦められて、アムルと斬夢が本能的に冷や汗を流す。


 「ふふ、やっと来たか。魔の総領娘アズマリアよ!」


 そこに、天魔がバサリッと翼を羽搏かせて声を掛ける。


 チラリとそちらを一瞥してから、再び視線をアムルと斬夢に戻す、アズマリアと呼ばれた魔の少女。  


 「天魔よ。自己紹介の手間を省いてくれたことは素直に感謝しよう。しかし、本来この時間軸にいない私の本名を言い当てるなんて、正体を晒すようなものね。それで良かったのかしら?」


 「もう必要あるまい?」


 魔の総領娘アズマリアは、妙見にそう礼を言って意味深な会話をすると、改めてアムル、斬夢、レム、そして魔術師たちに向き合った。


 そして…


 「トアーッ!」


 雄叫びと共に、困惑するアムルと斬夢に突進する。


 「⁉ 何の心算!」

 

 魔の少女の突然の行為になぜなのとアムルが叫ぶ。

 とは言え、そのアズマリアの踏み込みは、どちらかと言えば先に優雅さが見て取れて、それほど驚異を感じない緩い踏み込みであった。

 殺気も弱い。

 だが、確かな足取りで距離を縮めてくるアズマリア。


 その行動に、妙見を除く一同はさらに困惑するのであった。


 「わふっ! 何の心算だよ! いや、お前は誰なんだよ!」


 斬夢のそんな声が、妙見を除く一同の内心を、正しく語っていた。

 

 時に、大樹の楽園のクラレントとエクレルールの前に、突如としてアレクサンドルと名乗る聖少女が現れた頃。


 アムルと斬夢達の前にも、この様に一人の魔の少女が姿を現し、徒手空拳で挑んでくるのだった。


 聖魔師として覚醒して間もないアムルと斬夢の二人は、こうして訳も解らぬまま新たな状況へと追い込まれていった。

 悪魔六芒星七人衆との決着が付かぬまま、訳も解らぬままで、である。


 新たな運命を選び取る瞬間が、向こう側から時を越えてやって来ていた。


 これより状況は、どう動いていくと言うのだろうか?

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