第三章~聖魔師降誕編

第8話 ベイオウルフ起動!~ひとつになる聖魔の力!~1

 「う? 君が? ベイオウルフで?」


 「はい! やらせてください!」


 何時になく強気な表情で、アムルは自分の望みを斬夢に伝えた。本気の双眸が斬夢を見据え、回答を求めている。


 レム経由で伝わってきた異性への熱い思いは、どうやら中途半端にアムルの精神に作用し、他者のために力を使いたいと望む形となって昇華したようだ。


 (む! 明らかに精神状態が大幅に改善されている。魔術師あくまたちとの戦闘。その極限状態の中で、雑念が取り払われたのか? それとも新たに得た息吹の術が、彼女自身の精神に作用したのか?)


 突然の提案に面食らった斬夢であったが、戦士の本能でアムルの精神、身体状態を分析し始めた。


 使い物になるのか? と。


 正直、斬夢がアムルに対して抱いた第一印象は、姿形は妖精のように美しい子ではあるが、まるで精気のない人形みたいだなというものであった。


 その後、天狗の羽団扇を渡して、少しはその影響で明るくなったとは思ったが、人形のような印象は拭えなかった。


 しかし、今のアムルは人形的な美しさとは違った魅力を醸し出していた。瞳は輝き、頬は薄っすらと朱が注されたように上気し、全身からも少女らしい若々しさが溢れている。


 (これはまた、僅かな間にずいぶんと愛嬌を増したな。可愛いじゃないか!)


 斬夢は戦闘中であるにも関わらず、不謹慎にもアムルを異性(?)として意識した。どうやら師である天魔の思惑とは別に、斬夢の方が先にアムルに好意を抱いたようだ。


 「斬夢さん!」


 「え? ああ…了解した。これを使ってくれ!」


 アムルの催促に、斬夢はNEXTカウンターから最後の切り札であるサイバネティック・メガフュージョンのスペルカードを取り出し、迷いなく差し出した。


 実際、戦術的には二人で魔術師たちに立ち向かった方が有利に戦いを進められる。但し、実現できればの話であるが。


 「ただ、そもそも俺と聖少女である君は、力の種類が異なる。君の聖理力と俺の魔理力がうまく同調できるかは未知数だ。無理そうなら、別の形で貢献することを考えてくれ。とにかく、これの後は任せた!」


 「はい!」


 「良い返事だ!」


 そう返し、斬夢はオロチの操縦に集中した。軽快なドリフト走行で、飛び回り襲い掛かってくる地獄の観覧車♯を躱しつつ、族車破壊砲で応戦するオロチであった。


 「…行き当たりばったりだけど、やって見せる!」


 空中から城内に設置された繭のような魔胎盤へと降り立ったアムルは、人差し指と中指で挟んだスペルカードを眼前にかざし、術式の再構築を開始した。聖理力が魔理力と反発しないように、術式を編み上げる作業だ。


 カード両面が淡く光り輝き、描かれた紋様が激しく変化し始める。


 聖少女であるアムルは、こうした作業を苦にしない。デフォルトで術式理論を解析し組み替えるという、人間離れしたことを簡単にやってしまう。


 言うなれば人間から生まれ変わり始めた時点で、アムルはじめ聖少女たちは、一般人類を超越した種なのである。

 悪魔の種子で生まれ変わった人間が、魔術種ホモ・サピエンス・デビレンシスであるように、聖石によって導かれ生まれ変わった聖少女は、精霊種ホモ・サピエンス・エレメンシスとでもいうべき存在なのである。


 「できた!」


 スペルカードの書き換えを完了し、アムルが歓喜の叫びを上げる。


 ポウ…


 その瞬間のことであった。


 アムルの内部で、ある意味に置いて無慈悲な、そして後戻りが永遠に不可能な変化が生じた。

 斬夢という魔術師狩り。その一部ともいうべき術式を解析し、己の内部に取り込んだことが原因だった。


 アムルの首元の輝く聖石の内部に一瞬、すべてを飲み込むような虚無が生じて見て取れ、すぐさま輝きにかき消され、外部からはまったく見えなくなった。


 ポウ…


 その変化は、斬夢の胸の虚無の宝石であるデモンズシードでも同様に生じていた。昏い宝石の中心部にすべてを吐き出すような白い輝きが一瞬だけ生じ、すぐさま闇にかき消されたのだ。


 ◇◇◇


 (………クロノ引金トリガーは引かれた。聖と魔の力は時空を越えて繋がり、聖魔師の誕生は約束された。すべては予定通りとはいかなんだが、結果は重畳…)


 「すべては時の精霊の助言通り…この身を捧げ、呼び出した甲斐があったわ………これで永々と果たしてきた我が使命も終わりを迎える…」


 そう一人呟くと、天魔たる香々背妙見は抱き寄せていたレムの髪を優しく撫で、一時の間、感傷に浸った。


 「さて…夢の聖少女よ。汝にはまた後で役立ってもらうぞ。それまで…」


 バサリッとレムの身体を包んでいた翼を開き羽搏いた妙見は、気付けに聖少女の額に手を翳して咒を唱えた。

 すると、次第にレムの呼吸が力強く整い始め、覚醒の兆候が見て取れた。


 「…さらばじゃ」


 レムが目覚めるまでの僅かな時間に、一陣の風と共に姿を消す妙見。


 天魔の面目躍如というべき、見事な逃走劇であった。




 「…! え…と?」


 


 キョロキョロと周りを見渡すレム。頻りに瞼を擦る。


 「??? 私…意識を失っていたの…ですか…?」


 天魔と出会った記憶を、丸々失っているのだった。


 「…あ! あのベイオウルフの…」


 (恐怖フィアーに抵抗できずに一瞬意識を失ってしまったのですね…それよりも、戦況はどうなっているですか!)


 「って、アムルちゃんがベイオウルフに乗り込もうとしてるです! 何がどうなっているのです???」


 ヤマタノオロチの生えた魔城は、車輪が出て走り回っているし、自分が意識を失った間に何があったのかと、頭を抱えるレムであった。


 ◇◇◇


 「サイバネティック! メガ! フュ―――ジョン!」


 そう叫び、聖なる障壁を全身に身に纏ったアムルは、魔胎盤へと我が身を飛び込ませた!

 魔胎盤が一際大きな鼓動を発し、外壁部が大きく裂ける!


 シャシャッ! シャッ! シャッ! シャッ! シャッ! シャッ! シャッ!


 その内部から伸びる触手! アムルの身体をキャッチし、ベイオウルフの体内へと導いていく!


 パアアアアアアアアアアアッ!!!


 魔胎盤の内部に満ちる、聖理力と魔理力、二つの力!


 二つの力は互いに反発することなく其々の役目を担い、ベイオウルフに新たな能力を授けていった!


 まず変化したのは、黒々と全身を覆っていた体毛であった。

 腹部からは新たに白い体毛が生え揃い、前面からの攻撃を受け止める防御力が大幅に上昇した。

 一方、後背部の黒い体毛はさらに伸び、背後から受ける衝撃をより軽減する効果を得た。

 さらには、傷を受けた場合、その部位に素早く絡み付き、血液の流出を抑える効果を得た。


 次に強化されたのは体内だ。骨格と毒素を分解する肝機能、動脈の血流をコントロールする動静脈弁だ。

 骨格は聖なる息吹を受けたことによって、より高質化し、再生力も早まった。肝機能は、地上に存在するありとあらゆる毒素を分解可能とする。

 動静脈各部には、新たな弁が取り付けられたことによって負傷時に受けた各部に重点的に栄養を送り、再生させる効果を得た。

 また、弁の開け閉めによって血流を操作し、慣性の法則に従った血液が、一つ所に留まらないようにした。

 これは、高速で行動する場合に血液が各部を巡らなくなり前後不覚に陥る、航空機パイロットなどが発症する、ブラックアウト現象等への対策である。


 最後に、各種術式発動で効果を発揮するサイバーパーツの強化がなされる。


 黄金の腕輪、足輪には、本来の魔の術式に追加して、アムルが得意とする瞬間的パワーアップ術式が付与され、アムルの肉体強化術式と連動して、短時間ながら本来の二倍三倍の力を発揮できるようになった。

 限界を越えた力を使用しても、強化された再生能力と併用することで、連続で強化術式を使用することが可能となったのだ。


 (起動なさい! ベイオウルフ!)


 カッ!


 アムルの思念波を感じ取り、魔胎盤の内部でカッ!と両目を見開くベイオウルフ!


 ズッ! バァアアアアアアアアアアアア!


 ザバァッ、アアアアアアアアアア………


 魔胎盤を右腕の煌めく凶悪な爪で切り裂き、羊水の中から躍り出、外気へと身を晒す!


 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!!!!


 誕生の雄叫びが魔城内部の大気を、続いて外部へと響き渡り、天地を震わせた!


 サイバー・ベイオウルフinアムルが誕生したことにより、水府の地で始まった聖魔の決戦は、新たな段階を迎えようとしていた!

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