第7話 巨重! 金色夜叉vs八岐大蛇!1

 斬夢ざんむが新たに発動せんとする獣の紋章666のスペルカード。


 それは、[悪魔の種子]の力を引き出すカードである。


 斬夢が悪魔六芒星七人衆との戦いの最中さなか、主に使用していた力は天狗の宝珠が源であった。

 宝珠[煉獄]の周りに風と魔力のフィールドを二重に貼り、その内部で炎の力をブーストしていたのだ。

 だが、666のカードが使用されることで、それは逆となる。悪魔の種子が主魔動力源となり、天狗の宝珠が補助的な霊力機関となるのだ。


 「俺はここで! 獣の紋章のカードを発動! 魔石の力をネクロスに注入し、魔城内部に魔源モデルを形造るぜ! 宿りて混ざれ! 我が風と炎の魔霊力!」


 斬夢が放つ大量の魔力と霊力が、獣の紋章のカードを介してネクロス内部へと注入されていく。


 …ドクッ……ドクッ…ドクッ…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!


 魔城内部で、偽りの生命が生み出され、鼓動を開始する。


 水府の地から取り出した諸々のマテリアル、土、金属、樹木と大気、水、そして火炎。


それ等に宿った恐るべき数の怨霊たちが核となり、魔理力細胞を形成し始めたのである。


 それは繭のような魔胎盤の内部で、徐々に巨大な人狼の姿を取り始めていた。


 「…きゃっ!」


 合流してきたアムルが、魔胎盤で鼓動を重ねる、獣の紋章機[サイバー・ベイオウルフ]を認識し、短い悲鳴を上げた。

 魔霊子機関を動力源とし、生機融合の巨体を持つサイバー・ベイオウルフは、斬夢同様に見た者に対し恐怖フィアーを与える効果を持っている。

 まだ完全に巨大な身体を形成していなくとも、未熟な聖少女の恐怖心を煽る程度はやって見せる。


 「来たか…見てくれアムルちゃん。これが俺の切り札の一つ、獣の紋章機サイバー・ベイオウルフさ!」


 体内から外部へと魔力を開放し、獣のような双眸を爛々と輝かせた斬夢が、悪夢の如き光景をアムルに見せ付ける。


 (…味方なのに…もう…凄すぎて何が何だか解らない…ただ…ただ凄く…恐ろしい…)


 纏うオーラが魔術師あくま側に傾いた斬夢と、成長を続ける巨大な獣の姿に、更なる脅威を感じてしまうアムル。

 哀れ。 

 マイティとの戦闘で上昇していたテンションが、そのショックで一気に低下してしまい、口調も思考も、元の暗い様子に戻ってしまう聖少女だった。


 ◇◇◇


 …チョロロ…


 「ふぇええ…少し漏れちゃったです………///」


 アムルが短い悲鳴を上げたのと同時刻。

 ほぼタイムラグなしに、水府の地の雲の上で夢の聖少女レムが、羞恥心から情けない悲鳴を上げていた。

 レムも、アムルを介してサイバー・ベイオウルフの威容を不意打ちで観てしまっていた。

 そのために精神に衝撃を受けてしまい、初見殺し的に御不浄たるお漏らしをしてしまったのだった。


 怖い!


 「…うううう…こんな姿、赤の他人に見られたら、もうお嫁に行けないです…」


 涙目になったレムはそう言って、エチケット袋を取り出し、漏らした体液で濡れた下着を、代用品と取り換える準備を始めた。

 じつは、レムは天然素材の下着を好み、聖理力による個別戦闘服の形成には、下着は含まない派であった。

 それで個別戦闘服の使用時も、下着は市販品のままなのだが、今回ばかりはそんなことは言っていられない。


 こんな情けない姿を他人に晒せるものか。


 尊厳は実際に大事。


 聖なる乙女の尊厳の危機なのである。


 レムは、するりと野外放尿で濡らしてしまった下着を脱ぎ捨て、エチケット袋にしまい込む。そして、丁寧にお股周辺の湿り気をウェットティッシュでふき取っり、これまたエチケット袋に押し込んだ。


 「戦闘服、一部再形成」


 続けて形成される聖理力製の下着。ピンクとホワイトのコントラストが良く映えるデザインだ。


 「ふう…乙女の尊厳の危機は去ったのです………それにしても、あの魔術師狩りの人は、もっとアムルちゃんや私に、優しく配慮するべきなのです…」


 (新しい魔術を繰り出される度に怖い思いをして、お漏らしするのは耐えられません。もう初見で恐怖に怯えてお漏らしした、クラレントたちを笑えないのです…)


「…優しさが欲しいのです」 


 知らない処で知らないうちに、レムに理不尽な文句をつけられる斬夢であった。もしこの場に斬夢が居たら…


 「…だがね、勝手に俺たちの戦闘を観戦している君がいけないのだよ」


 …別に某仮面の少佐のように謀った訳ではないが、そう言い放つだろう。


 「それはそうと、それは我が弟子がすまぬことをしたね」


 「え⁉」


 (⁉ 何で! 今まで気配なんて無かった???)


 突然、背後から掛けられた幼女の…しかし、どこか老成している声に、はっと驚いて振り向くレム。どうやら乙女の尊厳の危機はまだ去っておらず、状況はスーパーピンチのようであった。


 「災難であったな。だが安心するが良い。この香々背妙見、汝がここでお漏らしをしたことを言いふらす程、性根は腐っておらぬ……おぬしを視姦してはいたがの」


 そこに居た人物(?)は、幼女の姿に紅蓮の翼を持つ大天狗。斬夢の師であるロリババア天魔であった。


 「え? 天使さま? ちょっ/// どこから見てっ!」


 ピタリ!


 そこまで言って、妙見を天使と勘違いしたレムの身体は完全に静止した。まるで映像機器の画像を停止させるが如く…にであった。


 「ふふ…情けじゃ。ぱんつを穿くまで待ってやったぞ。非時軸香菓実ときじくのかくのこのみの術法の具合はどうじゃ? ふふ…汝には常世の国の案内あない役となってもらおうかの」


 ◇◇◇


 「!…この魔力の波動は…そうでしたか!」


 悪魔の統率者たる金行の将魔、朱金華は、禍々しい魔力に満ちた魔城をキッと睨み付け、納得いったという態で声を絞り出した。

 金華は、魔城に溢れる魔力の波動をよく知っているのだ。


 「将軍様?」


 「まさかっ!」


 上司の憤りに、困惑する不動とブラック・ホールド。一体、上司は何を感じて憤るか?

 

 「ベル・セルクス…魔術師狩りに斃されていたか」


 (この魔力の波動は………箱舟から離反した裏切り者の魔術師、ベル・セルクスとあまりにも酷似している)


 金華は数年前、箱舟から離反し、一般人に悪行を繰り返しながら逃走を続ける彼女を追って、極東へとやって来たのだ。

 そして、その過程ではぐれ魔術師ミス・仮面カーラを名乗り、素性を偽りに悪魔六芒星七人衆入りしたのである。


 「あの魔力は? 知っていらっしゃるのですか? 将軍様?」


 「ええ。見付からない訳です。ベル・セルクスよ、お前は魔術師狩りに倒されていましたか………まさか悪魔の種子まで奪われるとは…無様を晒したものです」


 「…あの裏切者は、魔術師狩りに倒されていたのか…」


 「…ううむ」

 

 金華の両脇に控える不動とブラック・ホールドは、事の次第を聞いて顔を見合わせ、なるほどと納得するのであった。


 (将軍さま、不動、ホールド、聞こえてーん?」


 そんな時、剣鎧金色夜叉の陰陽炉から連絡が聴こえた。ベル・セルクスのことで狼狽える頭部コックピットへと、近付いたことを伝えるためだ。


 (将軍さま、バッハがこっちにやって来たわよん!)


 (マイティも一緒です★)


 「了解です。頭部第一、第二装甲板開放。ハッチ開け。二人を迎え入れなさい」


 「ははっ!」


 「第一、第二装甲板、ハッチ開放!」


 アートとスペカデの報告を受け、金華がコックピット開放を告げた。不動とホールドの捜査で、夜叉の面とその下の装甲板が開き、ハッチが開放された。

 内部の魔術師あくま二人は、無事に敵陣から戻って来た二人を向かい入れ、我先にと声を掛ける。


 「ぐははは! 二人共、よくぞ無事に戻って来た!」


 「囮任務御苦労! 誇りに思うぞ! 戦友よ!」


 「二人とも、大義でありました」


 「おお…やはり朱将軍でありましたか。剣鎧金色夜叉の練成、御見事でありました。このバッハ・ロウマン、これより将軍の手足となり、御役目を果たす所存でございます」


 (フッ…朱将軍ならば、悪魔の種子と聖石の力を使い、我等魔術種デビレンシスに新たな繁栄を齎してくれるはずだ。まさか、こんな形で死に場所を得ることができるとはな)


 「このマイティ・スプリングも右に同じ。将軍が死ねと申されるなら、見事に死花を咲かせてみせましょう」


 (畏き処の方々のために戦うは、武士もののふの本懐。悪魔の血が滾るわ!)


 魔の七属性、金行の座の統率者、朱金華の御影を前にし、忠義を尽くすと宣言する魔術師あくま二人。

 もとより二人とも、大恩ある大賢者マリアの真理の探究と、その高弟たる統率者たちのために、死をも厭わぬ覚悟は持っていた。

 金華の許で、如何なる相手であろうとも戦うことに不満はない。


 「頼りにします。まずはあの邪魔な魔術師狩りを、総力を結集して倒さねばなりません。でなければ、聖石を持つ少女たちを捕捉しても捕獲は困難です」


 「確かに。あの魔術師狩りは危険です。あの魔城だけではなく、奴はまだ切り札を複数隠し持っていますぞ」


 「む…しかしバッハ? 魔術師狩りのみを相手をして、あのアムルという聖少女を逃がしてしまっては不味いのでは?」


 ちょっと納得できない態で、マイティが異論を唱えた。金華とバッハの主張は理に適っていて理解できる。しかし、アムルを倒すべき好敵手ライバルと認め、一騎打ちを望むマイティとしては、その判断は今一つ納得できない。


 「安心なさい。いずれあの聖少女とは、一騎討ちする場を設けましょう。スペカデ? あの聖少女の力の波動パターンは記録できましたか?」


 (はい。対象の波動特定用スペルカードに、記録は完了しています★)


 カンダタストリングを通じて、意思疎通をする金華とスペカデ。その情報は、同様にカンダタストリングに触れていたマイティにも伝わった。


 「との事です。たとえ異空間に隠れようとも、現世に接点がありさえすれば居場所の特定は可能。この戦いの後、改めて彼女たちの本拠地に攻め込めば良いのです」


 絶対に逃がさんぞという決意を、その強い意志に満ちた双眸で明示する金華である。


 「将軍さまがそこまで仰るなら納得です。ならば私も、魔術師狩りとの戦闘に集中できるというもの」


 「頼みますよ、マイティ。そしてバッハ。これより総力戦です」


 「「はっ!」」


 二重奏で返答し、バッハとマイティは三人の悪魔の後方で配置に付いた。コックピットに五人、胸の陰陽炉に二人である。

 これで剣鎧金色夜叉には悪魔六芒星七人衆全員が乗り込み、その総力を使い機動させる事となった。


 金華の言う通り、総力戦の態勢となったのである。


 「さて…バッハにマイティよ。早速、夜叉の能力強化に力を貸してください」


 「「ははぁっ!」」


 「お任せください将軍さま! ならば私は疾風のマントを生み出し、夜叉の飛行能力を強化します!」


 「ならば俺は躯体全体の軽量化と、新規武装の練成をする! アート! 聞こえるか!」


 (聞こえているわよん!)


 「アートよ! ワンドロ絵画魔術に秀でるお前なら、この夜叉に相応しい武装のイメージはすでに固まっているだろう。俺はそのイメージ通りに武装を練成する。頼むぞ!」


 (そういう事なら了解よん! イメージを送るわ! スペカデ、あんたのカードも利用させて貰うわよん!)


 (了解よアート★ 私は陰陽炉での魔力増幅に勤めるわ★ そちらは任せるわ★)


 「やるぞマイティ! 鳴り響け! 俺のエアロビート!」


 「了解だバッハ! 顕現せよ! 戦友とものイメージ!」


 「「新たなる姿に生まれ変われ! 剣鎧金色夜叉act2!!!」」


 開け放たれた頭部コックピットから発せられた、二重奏での叫びが大気を震わせ、それを契機に夜叉の姿が変化していく!


 金行の魔術師マイティの練成により、重厚は装甲はよりシャープに研ぎ澄まされて飛行に適した形となり、肘から肩に戻った円盤ディスコス後部からは、木(風)の魔力の賜物である疾風のマントが大地へと向かい垂れ下がる。


 「「飛べ! 夜叉!」」


 ブシュ―――!!!


 バッハとマイティがそう宣言すると共にコックピットハッチが閉じ、排気音を響かせながら若干シャープさを増した夜叉の仮面が下がり、頭部を覆った。


 「目指すはあの禍々しき魔城!」


 「必ずや我等の魔力で陥落させて見せるわ!」


 「将軍さま!」


 「いざっ!」


 「ええ。参りましょう!」


 スッ! ドンッ! キィィィ―――――ンンン!!!


夜叉は左腕を天に突き出した後、大地を蹴って大ジャンプ。飛行を開始した。そんな夜叉の両手足に、マイティによって新たに練成された新術法具の腕輪、足輪が新たに追加された。


 「将軍様、新法具練成完了!」


 「これは…期待できそうな武装ですね?」


 (将軍さま、リボルディング・カーダーよ! 回転式弾倉内カートリッジのスペルカードを消費することで、両手両足に個別の魔力付与を実行できるのよん! 時間の節約になるって訳!)


 「ほう。バッハにマイティ。それにアートにスペカデ。これで夜叉は本来の性能以上の働きをすることでしょう!」


 「ふっ、勤めを果たしただけです」


 「右に同じ」


 (なんだか照れるわよん!)


 (恐縮です。将軍さま★)


 「それに不動、ブラック・ホールド。我等七人衆の力にて、あの魔術師狩りを倒しますよ! いざ参ります!」


 「「「「((おお!))」」」」


 心に一つにした魔術師あくまたちの乗る金色夜叉が、魔城ネクロスに迫る!

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