第5話 聖魔の戦い1

 この日、斬夢が悪魔六芒星七人衆の許からアムルを奪い、連れ去って後、4時間が経過していた。


 時刻はすでに宵の口。西の空に宵の明星が輝いて見える頃だ。


 そんな時刻であるのにも関わらず、明り一つ灯らない水府の奥地に、空中から侵入してくる巨大な影があった。


 怨霊武者による囲いを破り、ついに怨霊たちの霊圧が最も強い地点へとやってきた、ワンドロ魔術師アート・ランティスが操る巨鳥たちであった。


 「霊圧がまた高まった…怨霊共がまた来るぞ! 各自、防御術式展開せよ! 」


 「ぐははは! 滾るわ! 前方、岩石尖塔ドリルビット1轟より9轟! 回転開始!」


 …キュインキュインキュインキュイン…


 …ギュイン…ギュインギュイン…ギュインギュインギュインギュインギュイン!


 ギュイイン! ギュイイン! ギュイイン! ギュイイン! ギュイイイイン!


 大気を撹拌するドリル型岩石を前面に展開して、魔術師たちが分乗する三羽の巨鳥は敵地アウェイへと進入していく。


 目指すは、おびただしい怨霊の霊気の坩堝。その中心部。


 そこに求める聖石の持ち主、聖少女アムルが居る。そう魔術師たちは確信しているのであった。


 「側面、上下、及び後方、第一層防風結界展開!」


 「第二層、バネ紋章反射術式準備完了だ!」


 「第三層、パンプ術式問題無し」


 「…補助、錬金結界準備完了」


 「デコイ、怨霊封印要石ビット、射出に問題ありません★」


 「斥候の使い魔、複数方向から時間差で目標地点に接近中じゃなーい。もうすぐ敵陣の映像が送られてくるわよん!」


 水府上空へと空中から侵入を果たした悪魔六芒星七人衆は、敵である怨霊の軍勢のプレッシャーをヒシヒシと感じ、自分たちが行使出来得る、最大限の防御術式を展開した。

 また、対怨霊用のビット、斥候とデコイを駆使しての情報収集も怠らない万全の態勢を整え、来るべき開戦へと備える。


 「映像来たわ! 前方に坂東武者型怨霊軍団確認よん! 数は…約一万騎! 凄いんじゃなーい!」


 「⁉ 何たる力か! 龍脈から大地の力を吸い上げてでもいるのか!」


 「臆するな! 土師氏が住まう地で怨霊が強力であることは織り込み済みだ! アートよ! 中央突破だ! 突っ込め!」


 「強気ね不動! 男の子ならやっぱり中央突破よね! 了解よーん!」


 「女の子も負けていないわよ★ さあ! 私と不動、バッハによるジョイント・フェイバリットの出番よ★! 操作は任せて★! 私たちが生み出した怨霊封印要石ビット★! 射出よ★! 行っけえー★!★!★!」


 「やる気十分じゃなーい…って、スペカデ待って! 敵第一射来るわよーん!」


 「ええ⁉ 先制取られた★!」


 アート・ランティスが、女性魔術師スペカ・デ・キングに告げた通りであった。


 悪魔六芒星七人衆の到来を待ち構えていた怨霊武者たちの先陣は、キリリと和弓に怨念の矢を番え、三羽の巨鳥に分乗する魔術師たちに狙いを定めていた。


 キリリリリ……タン!


 タン! タン! タン! タン! タン!


 限界まで引き絞られた和弓の弦から、次々と怨念の矢が魔術師たち目掛けて放たれた!


 開戦である! 


 ビュン! ビュン! ビュン! ビュン! ヒュン!


 ビュンビュンビュン!  ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュン!


 ビュン! ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュン!


 ビュンビュンビュンビュン! ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュン!


 ビュンビュンビュン! ビュンビュンビュン! ビュンビュンビュンビュン!


 「何の! 回避は不要! 突撃あるのみよ! 」


 「岩石尖塔! 回転防御!」


 キィン! キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン!


 この瞬間、ついに水府上空で、斬夢操る怨霊の先鋒部隊と、自慢の術式を展開した魔術師たちがぶつかり合った。


 鎌倉武士のメインウェポンである並寸の和弓から、次々と怨念の籠った矢が射ち出され、魔術師たちが分乗する巨鳥たちに降り注ぐ。


 大気を穿つ怨念の矢が束となり、集中豪雨の如く迫り来る有様は、まさしく数は力であることを証明する光景であった。

 凡庸な戦士たちなら、その様相を視認しただけで凍り付き、怖気付き逃げ出すことだろう。


 しかし、悪魔六芒星七人衆こそ尋常ならざる魔術師の集団である。


 「ぐおおおおおおおおおお! 滾る! 滾るぞ!」


 怯むどころが逆に雄叫びを上げ、マウンテン・不動はじめ魔術師たちは、強力な防御結界を張り巡らせ、怨念の矢の豪雨を恐れずに自らその中へと突入していった。


 アート・ランティスが言った通り、男の子らしく中央突破するべく!


 前面に展開した1~9轟の岩石尖塔ドリルを頼りにして、怨念の矢を弾き飛ばしながら、或いは風の結界で受け流しながら、アートが駆る巨鳥たちは、矢弾の豪雨の中で羽搏き、飛び続ける。


 キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン!


 キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン!


 「はん! この程度か! この程度ならいくらでも撃って来るが良い!」


 矢弾の豪雨の中を、自慢の岩石尖塔ドリルで弾きながら、不動が滾り吠える。


 果たして、巨鳥は敵怨霊群の先制攻撃たる怨霊の矢の豪雨を見事に突破した。


 だが。


 「第二射! 来るぞ!」


 鎌倉一万騎。坂東武者型怨霊たちの、圧倒的な数の暴力は留まるところを知らなかった。


 ビュゥゥン! ビュゥゥゥン!!!


 ギンッ! ギィィン!


 ギィィン! ギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギンギン!


 「むぅ?」


 回転する岩石尖塔が矢を弾く音の変化に気付き、不動含め魔術師たちが眉根を寄せた。


 一体、この怪音は何事なのか?


 (この怪音! まさか…岩石尖塔ドリルの一部が、矢の一撃々々で削られているのか!)


 「あれは…敵が放った矢弾すべてに風のエンチャントが! 不味いぞアート! 回避運動!」


 「⁉ 了解よ! バッハ!」


 風を操る魔の木属性であるバッハ・ロウマンが異変の正体に気付き、回避を支持。アート・ランティスが素直にその指示に従った。


 巨鳥たちは羽搏き、高度を下げて少しでも矢弾の着弾を減らそうと試みる。


 「我が魔の調べよ! 敵の風の助力を排除せよ! ポリュシオン・ド・サジッテール!」


 続いて、不動の岩石尖塔ドリルの消耗を防ぐべく、バッハ・ロウマンがエレキギターを勢いよく構え、演奏を開始した。

 汚染される天の射主と言う、風を操る魔曲をである。


 「天上の射主よ! 泥にまみれて地に落ちよ! 我が調べはすべてを侵食おかす魔風なり!」


 魔術師たちの防御結界の第一層、防風結界が魔の力を孕み、その性質を変化させた。纏わり付くような粘性の風が巨鳥の前方に吹き付け、近付く怨念の矢弾の直進を阻害する。

 その風に触れた怨念籠りし矢弾は、次々と施された風のエンチャントを喪失していった。


 キィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン…


 岩石尖塔が矢を弾く音も、元に戻る。


 「ぐははは! 矢の威力が弱まったわ! 感謝するぞバッハ! 再突撃だアート!」


 「了解よん! 不動!」


 風のエンチャントを失った怨念の矢ならば、消耗したとはいえ、岩石回転尖塔と第2層の反射結界で十分に防御可能だ。

 不動の望み通り、巨鳥を操り再突撃させるアート!


 「あ! 居たわ! 聖少女よん!」


 斥候から送られて来た映像を確認し、アムルの姿を認識してアートが叫んだ。


 「む! どこだ?」


 「敵の先鋒隊の後ろ! 風のエンチャントをしてるのはあの娘よーん! なんか、天狗の羽団扇みたいな術法具をもってるわよーって、映像途切れた! 斥候の使い魔がやられたわ!」


 「よく見付けたアート! 今こそ先の決着を付けてくれる!」


 アムル発見の一報を受け、瞳に焔を宿したマイティ・スプリングが歓喜の叫び声を上げた。

 この舞台で再びアムルを倒し捕らえようと、失ったスプリング・レイピアの代用品である片手剣を抜き放つ。


 「聖少女よ! 汝の身体と聖石、このマイティ・スプリングが貰い受ける!」


 そう宣言し、マイティは高々と片手剣を天に掲げた。


 「スペカデ! 今度こそ怨霊封印の要石を撃ち出せ! 敵前衛を封印してくれ! この俺がまかり通る路を開いてくれ!」 


 「解ったわ! 気を付けて! きっちり成果を上げて来てよね!」


 「言われるまでもない!」


 「それじゃあ、改めて怨霊封印要石を…」


 「待ちなさいスペカ」


 「…て、また⁉ 今度は何よ★? ミス・仮面カーラ★!」


 2度も行動前に待ったを掛けられて、流石に気を悪くしたスペカデが、不満気な態度でその理由をミス・仮面カーラに尋ねた。

 戦闘を乗り切るためにテンションを高めてチームの役に立とうとしていたのに、こんな仕打ちはあんまりだと、発言と態度に表すのであった。


 「すまない。だが、敵は怨霊武者一万騎。数百の怨霊を封じ込めたところで勝てはせん。また、奴ら怨霊の主が、容易くマイティを聖少女の許へと通すはずもない。別の解決法が必要なのだ。勢いだけで勝てる相手ではない」


 「そっ、それはそうだけど…ミス・仮面カーラにはその手段があるの★?」


 冷静に敵の実力を推し量るミス・仮面カーラの言葉に、思わず鼻白むスペカデ。


 スペカデとて、並みの魔術師ではない。この盤面で仲間たちと連携し、3手、4手先くらいまでは互角以上に怨霊相手に戦い抜く自信はあった。


 だが、正直言えば、5手、6手、それ以上の消耗戦となると、その限りではないというのが本当のところであった。


 そのことを指摘されると、このままやって見せるとは言い出せないスペカデであった。


 「…私もむざむざと倒されにこの地に同行してきた訳ではない。無論、手段と勝算あっての発言だ。良いか、よく聞け…」


 ◇◇◇


 (…あれ…私…囮役なんてしないでも…この数のゴリ押し戦法だけで勝てちゃうかも…?)


 先陣である怨霊武者たちは、歴史に語られた通りの一騎当千の射主であった。

 その射主たちの後方で、矢弾の風属性エンチャントを行使していたアムルは、自分の術が成長していることに気付き、そう考えるようになっていた。


 実際、天狗の羽団扇を使用し、風属性エンチャントの数を熟す度に、アムルの術は確実に強化されていた。

 木属性は、光合成で酸素や二酸化炭素(蘭科の植物の一部などは、酸素を吸収し二酸化炭素を輩出する)を作りだすことから風属性に通ずる。

 その強力な術法具を使用したことで、一気に才能が開花したのだろう。無論、レムと無意識で繋がっているため、成長速度が二乗になっている効果もあった。


 その証拠に、怨霊たちが放った矢弾は、一射目よりも弐射目。弐射目よりも三射目と、その凶悪さが増していた。


 アムルは、怨霊を操る斬夢という味方と、強力な術法具を得たことで、急速に敵の魔術師集団、悪魔六芒星七人衆との実力差を埋めていた。


 (…このまま射撃戦を続けるだけで…私は格段に強くなれる…)


 自分の伸び代の幅の広さを実感し、そう確信するアムルであった。


 (…確かに…あの魔術師たちは恐るべき相手…)


 「…でも…戦いの中で成長すれば…追い越せない相手ではないわ…」


 確かに、悪魔六芒星は実力者集団だ。


 だが、成長したアムルなら一対三くらいに持ち込めば、もう倒せない相手ではない。


 それに、多少は怨霊たちを封じて無力化できる悪魔六芒星七人衆だとしても、そうそう一万騎の怨霊武者集団との戦力差を覆せるものではない。


 また、アムルの味方である魔術師狩り武藤残夢は、魔の力だけでなく天魔の宝珠[煉獄]をその身体に宿し、尋常ならざる力を持っている。


 風水への造詣も深く、龍脈から霊力を汲み上げることで一万騎もの怨霊武者を巧みに使役してもいる。


 岩石五行封印や、その他の術で、数百の怨霊を封じたところで誤差なのだ。


 さらにさらに、アムルがこれまで以上に急速な成長を見せ、その内なる力を覚醒させたなら、魔術師たちは聖石を手に入れる手段を完全に失う。


 このまま消耗戦が続けば、魔術師たちはパワーアップしたアムルと強大な斬夢の力の前に、遠からず反抗手段を失い敗北することになるだろう。


 「押し切れるか………うっ!」


 そこまでアムルが思考したところで、悪魔六芒星七人衆側に動きがあった。七人衆の中の二人が突出し、怨霊封印要石ビットを引き連れて別行動を取り始めたのである。


 「…あの二人は…バネの紋章と、風の魔術師…」


 アムルがそう発言した通りであった。


 「突出して自滅する気………?」


 マイティ・スプリングとバッハ・ロウマンが、怨霊武者一万騎の先陣目掛けて高速で突っ込んで来たのである。


 ◇◇◇


 ミス・仮面は、如何なる必勝の手段があると言うのか。


 六名の魔術師の視線がミス・仮面に集中していた。そんな状況に緊張することもなく、ミス・仮面は以下の通りに、サラリと言い放った。


 「剣鎧金色夜叉の大術式を行使する。それで決着を付ける」


 「⁉ 馬鹿な! それは将魔級の大術式ではないか! 使えるはず………まさか? 使えるのか? ミス・仮面?」


 あまりのミス・仮面の大言壮語に激昂して、思わず怒鳴ったブラック・ホールドであった。

 しかし、この戦場で冗談をミス・仮面が言うはずもないと思い直し、聞き直す水属性の魔術師。


 (…そういえば、私はこのミス・仮面が何者かを知らん…)


 古株のブラック・ホールドのはじめ、最近に悪魔となったアート・ランティスに到るまで、ミス・仮面のことを魔術師たちはよく知らなかった。


 己の術式に溺れ、北欧で大量虐殺を犯したはぐれ魔術師ベル・セルクスを捕まえるため、刺客として箱舟ノアからこの極東の地へと自分は送り込まれた。


 それは聞いていたが、それ以外のプライベートは全く知らない。


 力ある者と戦い敗れたか。それとも、己の術式の暴走で事故死したか。


 逃亡者ベル・セルクスの足取りが途絶えた後も、ミス・仮面は日本に居残り、裏切者がどうなったか調べる傍ら、悪魔六芒星七人衆入りとなったのだが、結局は、ミス・仮面は自分のプライベートの詳細を、魔術師たちに明かすことはなかった。


 「…ミス・仮面カーラ。本当にそんな大術式を使えるの★?」


 ブラック・ホールドの発言以後、場を支配していた沈黙を破ったのは、女性魔術師スペカである。

 その発言に応じるように、スッと顔を隠していた仮面を外し、素顔を見せるミス・仮面。


 「無論だ。細工は流流だ。仕上げを御覧じろ」


 そう言い切る仮面を外した女性魔術師の双眸には、自信と余裕の輝きが見て取れた。

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