第4話 夢~聖少女レムは、人々の想いを知る3

 ◇◇◇


 「…やっぱりアムルちゃん…面倒くさいです…」


 (こりゃあ、長い時間を掛けて、徐々に双葉ちゃんとやらへの依存心を、仲間である私たちに移していかないと…治療は…無理っぽいです…)


 一人、ため息を吐くレム。他人に繋がっていると、こういうマイナス面のフィードバックも受けるレムである。


 「…そもそもアムルちゃんって、死者への変わらぬ愛情と、幼女を食い物にする悪人への憎悪が極まって、聖少女として覚醒した訳だし…」


 (…折り合い付けてやっていく以外、手段がないんですよね。精神ケア担当の私が、引き続きアムルちゃんのケア担当で頑張らないと…)


 「さて!」


 アムルとの今後を考えるのは一旦中断し、気合を入れたレム。疲れた表情から一転、キリッとした表情となり、アムルを励まし精神状況を改善すべく集中を開始した。


 ここで愚痴を言っていても始まらない。


 今は魔術師たちとの戦闘開始までに、アムルの精神状態を回復することに集中すべきだ。

 そうしなければ、みすみすアムルを死地に送り出すことになる。


 最低でも、♢マイネリーベ♤たちが魔術師たちとの戦闘準備を終えるまで、アムルには斬夢と二人だけで踏ん張って貰わなければならない。


 何故ならば、魔術師たちが本格的に自分たちを狙って来た以上、レム含め楽園の聖少女たちも、いずれ降りかかる火の粉を掃わねばならないからだ。そうなる前に、こちらから先に燻る火種を潰すのも一つの手段だ。


 アムルや魔術師狩りの斬夢が、水府の地で魔術師たちと決着を付けようとしている事態は、ある意味、僥倖である。


 本格的に魔術師たちを聖少女をつけ狙って来たと解った今、撃退できれば外部の敵対的な輩に対しても牽制となる。


 一方、悪戯に戦闘を避け異空間に引いてしまえば、聖少女は与し易しと、他の勢力を勢いづけ、さらに付け狙われる事態となるだろう。


 そうなれば自分たち聖少女は、これから魔術師たちに怯え、楽園に籠り続けなければならなくなる。気軽に現世に遊びに出たり、生活必需品を購入することもままなくなる。


 だが、ここで敵に一撃を入れ、撤退させることに成功すれば、盤面も変わる。 


 面子イメージは大事。


 力ある者は、力を示し、決して弱者と決して侮られてはならないのだ。結局は、それが現世の秩序を守ることになる。


 侮られ舐められた勢力から、他の勢力の標的となり襲われていく。


 強い力に寄って立つ集団が、弱いというイメージを他の集団に与えてしまってはお終いだ。


 (ここが分水嶺です。戦って、かならず勝利しなければならない盤面。ならば弱音を吐いてなどいられません。勝利に向ってGO、GOです!)


 そんな、人類社会の現実から逃げ切ることは不可能と、知っている夢の聖少女レムと、他の聖少女たちなのである。


 (だからこそ!)


 「フレー! フレー! アムルちゃん! がんばれがんばれ! アムルちゃん!」


 無意識の世界側から干渉し、何とかアムルの精神状態を上向きにしようと、健気にエールを送るレムであった。


 …バサバサッ…バサバサバサッ…


 まったく別のベクトルから、自分に対する危険が近付いているとも知らずに。


 ◇◇◇


 「!…あっ、すいません! 何かちょっと弱気になってしまって!」


 (…あああ…有って間もない男性に…恥かしい姿を見せちゃったわ…)


 レムによる干渉で、ハッと正気に戻ったアムルが、羞恥心から頬を赤らめて斬夢に謝罪した。


 「え? おっ、応!」


 (あれ…この娘、躁鬱が激しくな…魔術師共との決戦前なのに大丈夫かよ…)


 「…本当に大丈夫か?」


 「はっ、はい! お恥ずかしい姿を見せてしまって…ごめんなさい…」


 しゅんとして頭を下げ、再び謝罪するアムル。ちょっと涙目だ。


 「…囮役なら完璧に熟してみせますから、安心してください…」


 「応って、あんたが囮役で、俺が孤立した魔術師を狩っていく戦法で構わないのか? 他にもやりようがあるかもしれんが…?」


 「…いいえ…時間もありませんし…私が囮役で構いません…上手にやってみせます…そこは信用してください…」


 「…ああ、了解した。頼む!」


 (まあ、仕方ねえな。そこまで言われたら認めるわ)


 アムルに縋るような態度で上手にやりますと言われては、斬夢としては断る理由がなかった。

 そもそも、年下の人ならざる美貌を持つ少女に、上目遣いに縋り付かれたなら、普通にその意を酌んでやりたくなるのが、青少年のさがというものである。  


 アムルがそれで良いならと、対魔術師戦法はアムルを囮役とし、斬夢が孤立した魔術師を狩ることで方針が纏まった。


 「そうと決まれば、怨霊による魔術師たちの包囲網の一部に穴を開けて、こちらにやって来るように奴等を誘導するぜ。いいな?」


 「…はい。そちらの準備は任せます。私は貸して戴いた天狗の羽団扇の熟練度をそれまで高めておきます…」


 「了解した。あんた…いや、アムルちゃん、君の武運長久を祈る!」


 「…斬夢さんも、御武運を…」


 「おおっ! 上手くやってみせるぜ!」


 この様に互いの戦意を高め、アムルと斬夢による悪魔六芒星七人衆への反抗作戦は始動された。


 ◇◇◇


 「ちぃ! キリがないわ! 指向性吸引波!」


 度重なる怨霊武者たちが攻撃。放たれた高威力の矢弾が雨のように巨鳥に降り注ぐ。その背の上で、悪魔六芒星七人衆の一人ブラック・ホールドが叫び、術式を開放した。


 ブラック・ホールドの胸にある太陽の金環皆既を想起させる穴が開き、内部へと続く暗黒へと、次々と吸い込まれていく怨霊の放った矢弾。


 この様に、怨霊の矢弾を魔術師ブラック・ホールドが無効化する一連のプロセスは、すでに五度目である。

 それ故の、ブラック・ホールドの発言であった。


 「むっ!」


 そんな状況に変化が訪れた。


 宙空舞う怨霊たちが、後退を開始したのである。


 「…」


 (ふん…こちらに打撃を与えられんと見て、一旦引いて別の手段を講ずる心算か…それとも、こちらを足止めする必要がなくなったか…?)


 無言でその意味するところを思考していたブラック・ホールドであったが、ある決断をし、その思う処を仲間たちに伝えるのだった。


 「アート、巨鳥をスピードアップさせてくれ! この隙に聖少女と魔術師狩りの許へ向かう! どのみち奴等との戦いは避けられん!」


 「了解よん! 一気に振り切ればいいのね!」 


 「いや待て!」

 

 「む?」


 「え? 不動、何なのよん?」


 その指示に待ったを掛けたのはマウンテン・不動であった。不動はブラック・ホールドとは別に、独自に怨霊対策を構築していた。水府で魔術師たちを待ち伏せする斬夢が、懸念していたその通りに。

 

 「ぐははは! 五行封印術の準備が整った。怨霊共を孫悟空の如く封印できるぞ。あちらの山へ向かってくれ!」


 「そういうことね! 了解よん! ブラック、良いわよね?」


 「怨霊の封印が可能ならば、異論はない。頼むぞ不動!」


 「任せろ!」


 不敵に笑うマウンテン・不動の指示に、ブラック・ホールドも同意する。アートは、魔術師たちが乗る巨鳥の行先を、前方に見える山へと変更する。


 向かうのは、水府へと向かう空路の途中。石岡と笠間の境に位置する鐘転山であった。

 

 「ぐははは! 儂が術式にて五月蠅い蚊とんぼ共を封じてくれるわ! スペカデ、流転五行符で術のブーストを頼む!」


 「了解!」


 早速、術式の発動体勢に入る不動。サポート役は、数多の汎用術式符を完璧に記憶し、製造し、使い熟す固有術式持ちの、スペカ・デ・キングだ。


 「要石よ!」


 不動がそう叫ぶと、防御用の盾として宙に浮いていた五つの岩石が一つに合わさり、ベイゴマ状の巨大要石と化した。


 「スペカデ!」


 「流転五行符、挿入!」


 不動の指示に従い、五つの岩が合わさった隙間に符を投げ入れるスペカ。


 「良し!」


 その隙間に、小さな岩と石粒を送り込み、隙間を埋める不動。


 「むううううううううううん! 要石よ! 回転し、落下せしめよ!」


 不動は、自身の魔力を要石に送り込み、ライフリングされた銃筒から撃ち出される弾丸のように回転させる。然る後、鐘転山の中腹部に一気に要石を落下させた。


 その魔力は、次第にスペカが投げ入れた五行流転符によって流転相生され、怨霊をその五色の閃光の渦で捕まえる力へと、急激に変化していった。


 「不動要石! 五行! 封! 印!」


 怨霊を捕まえる五色閃光の渦を発生させながら、鐘転山に高速で撃ち込まれる要石!


 ズッッドオオオオオオオ―――—――ンンンン!!!!!


 地形が変わる程の衝撃を受け、鐘転山に大音響が鳴り響いた。


 その衝撃と音響の中心にあって、要石は着実に封印術の効果範囲を広めていった。山の龍脈からも力を吸い取り、さらに封印の渦を強化しながら。


 山の中腹から真直ぐ天を衝くように渦巻く、五色の閃光。


 その閃光の渦はさらに拡大。鐘転山を中心とした一帯を包み込んでいった。


 …オオオ……オオオオオオオオオオオオオオ……


 シュン!


 シュン! シュン! シュン!


 シュン! シュン! シュン! シュン!


 シュン! シュン! シュン! シュン!シュン!


 閃光の渦に捕らわれた怨霊たちが、シュン!シュン!と、次々に要石へと吸い込まれて、封印されていく。

 怨霊たちは、何とかその閃光の渦から逃れようとするが、もはや後の祭り。封印術は無常にその役目を果たしていく。


 …オオオオオオ…オオオオオオ…… シュン! 


 …オオオオオオ…オオオオオオ…… シュン!


 大半の怨霊は封印され、術から逃れることができた怨霊は、数百体の中、僅か十数体であった。


 「ぐはははは! 思い知ったか! これが我等、悪魔六芒星七人衆よ!」


 「まっ、私と不動が力を合わせれば当然だけどね★★★」


 その結果を確認し、不敵に笑う不動とスペカ。


 「凄いんじゃなーい!」


 「ふっ、見事だ不動。それにスペカデ。ブラック・ホールドもな」


 「やはり敵を振り切るよりも、敵を蹴散らして進む方が気分が良いわ!」


 「見事見事! その働きに我等も報いようぞ。次の戦いでは、このマイティ・スプリングが先陣を切るぞ! さあ、先に進もう!」


 「了解! スピードアップよ!」


 「いざ! 水府へ!」


 「「「水府へ!」」」 


 口々に怨霊封印の大手柄を上げた不動等を誉めそやし、意気揚々に先を急ぐ悪魔六芒星七人衆であった。


 ◇◇◇


 「むっ! 数百の怨霊の反応が…消えた! アムルさんよ、奴等、俺が包囲網を解くまでもなく、自力で囲みを破りやがった! 来るぞ!」


 (怨霊封印の術か…やはり奴等、対策を練り上げてきたか…)


 「…え?…もうですか?…いえ…彼等なら当然なのかも…」


 斬夢の叫びを聞いたアムルは、危惧していた通りの事態なのかと、反射的に不安混じりの声で聞き返してしまった。 

 だが、先に死合ったマイティ・スプリングの強さを思い出し、それも当然かもと思い直す。

 敵のプレッシャーを一気に思い出し、天狗の羽団扇を握るアムルの手に自然と力が入った。 


 「ああ。魔術師たちに時間を与えるとこうなると言う典型例だ。こちらもやり方を臨機応変に変えねばならん!」


 「…了解です。支持をお願いします…」


 「連中の侵攻を遅延させるために送り出した怨霊たちは、封印術で排除された。この本拠地でも時間を与えれば鎌倉一万騎の怨霊も同じように封印される。ならばな…」


 ならばどうするか?


 早速、サイバーお盆キュウリに跨った斬夢は、作戦の変更点をアムルに伝えた。


 「…射程距離に敵が進入次第…全騎の弓で一斉攻撃…私が羽団扇でその矢に風属性のバフを…それ以降はどうするのです?」


 「それで倒せるなら越したことはないが、数の暴力と範囲攻撃だけで倒せる相手とも思えん。以後は、当初の予定通りにあんたが囮役で、俺が孤立した者から倒していく。それでやるしかあるまい」


 「…後は臨機応変に…ということですね…?」


 「安心しろ! こちらも切り札は複数用意してある! 魔術師狩りの俺を信じてくれ! 征こう!」


 「…解りました…斬夢…さん…御武運を…」


 「ああ! お互いにな!」


 いよいよ、この山深い里が鉄火場となる時が来たかと、互いにエールを送り合ったアムルと斬夢。


 双方、ふわりと宙に浮き上がり、魔術師たちがやってくるであろう南西方向を、キッと睨み付けた。


 ◇◇◇


 一方。


 「…とうとう始まるです。マイネリーベ♤姉さま、早くツイン・タニア姉さまを説得して、助けに来て…」


 無意識の夢の世界側からアムルとリンクし、アムルや斬夢が何故なにゆえ戦い続けるか。

 その想いを盗み聞いた夢の聖少女は、戦場となる山里から遠方の地で一人、援軍の到来を静かに待っていた。


 「…」


 そして、そんな夢の聖少女をじっと見続ける、翼有る影。 


 このように、それぞれの思惑が関東の地で、関東の空で入り乱れていた。いよいよ水府の地に、空に、戦乱の嵐が吹き荒れる時が来たのだった。 

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