第4話 夢~聖少女レムは、人々の想いを知る~2

 ◇◇◇


 レムが無意識の世界を介して盗み聞きしている中、アムルと斬夢のブリーフィングは続行されていた。


 ここまでの話し合いで、怨霊の力を最大限に活かす作戦は共有された。


 後は、地形と理気を利用した魔術師集団に対する戦術の構築。そして、手持ちの武具、術法具の効果の確認。

 どのようにリソースを割り振り、戦況を有利にするかの確認である。


 「アムルさんよ、あんたにはまず、敵を分断する囮役をやって貰いたい。俺含め、魔術師たちも空を飛べるが、その速度には個人差がある。俺はそれを利用し、あんたを捕まえに突出した奴から始末していこうと考えている」


 「…確かに、彼等は私を狙っていますから、私は囮に最適かもしれません…でも、斬…武藤さんが言った通り、勝負事は相手があってのこと…そう簡単にいくでしょうか…?」


 「斬夢と呼んでくれて結構。それと言い分はごもっとも。だがね、今もっとも危険なことは、魔術師たちに時間を与えてしまうことなのさ」


 斬夢は忌々し気に、吐き出すようにそう言いきった。斬夢は過去に複数の魔術師と死合ったことで、そうなることを熟知していた。


 「連中に情報と時間を与えると、より強力な対抗手段を練り上げてくる。だから多少は連中に有利になっても開戦しちまう方が、こちら側のリスクは低いってぇ寸法さ」


 「…敵も叡智ある存在ということですね…」


 「ああ。奴等はすでに俺が操る怨霊対策を、ある程度は構築しているかもしれん。手札は複数用意しているが、そのすべてが通用するかは未知数だ。怨霊軍団が通用してるうちに、勝負をつけたいのが本音でね」


 「…ええ…理解できます…」


 斬夢の主張に肯くアムル。


 実際に悪魔たちと一戦交えたアムルである。マイティ・スプリングはじめ、連中が頭脳的な集団戦法を用いてくると、先の戦闘で実感している。

 事実、マイティはバネの術式を駆使して頭脳的に戦いを進めるだけでなく、仲間と連携して終始アムルを圧倒していた。

 あのまま斬夢による乱入がなければ、アムルは悪魔たちに捕らわれていたか、自爆して自ら命を絶っていた。

 次の戦いともなれば、マイティ含む有能な魔術師たちは、さらなら技と戦法を用意してくることだろう。


 「…」


 (…せめて…次は上手くやって見せないと…)


 自分の聖少女としての未熟さ。戦闘経験の少なさを実感し、暗い顔になって俯いてしまうアムルであった。


 そんなアムルの様子を見て、仕方ないなといった表情となる斬夢であった。


 (…まあ、解決策は用意済みだがな)


 「アムルさんよ。そう俯くなよ。あんたが連中に後れを取らないように、天魔の師匠から譲り受けた天狗のお宝を貸してやるぜ」


 「…え? 良いのですか…?」


 「ああ、こっちに来な!」


 顔を上げ、きょとんとした表情となったアムルに、ウインクする斬夢。ドヤ顔になって廃工場から出ていこうと歩き出した。

 向かうは、外に控えさせたサイバーお盆ナス、キュウリ、ウリの許である。


 「…」


 少女たちを食い物にする犯罪者への復讐心以外は、ダウナー気質のアムルとしても、天狗のお宝と聞いては好奇心が鎌首を擡げてくる。

 親アヒルの後をよちよちついて歩く子アヒルのように、無言で斬夢の後についていく。

 こういった素直な面は、年齢通りに子供のままのアムルであった。


 ◇◇◇


 (ほほう。天狗のお宝ですか。これはアムルちゃんならずとも、興味が惹かれます!)


 天狗のお宝と聞いてワクテカ状態となったのはアムルだけではない。瞳をキラキラと輝かす、盗み聞き中のレムであった。


 ◇◇◇


 廃工場の外の馬留に並んでいるサイバーお盆たち。


 そのシュールな姿は何とも言えず愛らしく、そして滑稽であった。その姿を見止めると、怒っている時以外は、常時アンニュイな雰囲気を纏っているアムルも、珍しく苦笑いを浮かべた。

 しかし、有名な天狗由来の品々をその目にして、アムルの貌から苦笑いは消え、代わりに期待感を含む真剣な表情が現れた。


 お盆たちに近付いた斬夢は、ナスとウリの背に置かれた大きな葛籠と小さな葛籠

を開け、内部に保管された羽団扇と蓑を、アムルが良く見えるように手に取り振り返った。

 ちなみに、キュウリには斬夢がアムルを救出した時と同様に、飛梅の鞍が取り付けられていた。


 「あんたは木属性だから、同じ木属性の術法具は相性が良いだろう?」


 両手で吊るすように持った羽団扇と蓑をアムルの前まで持ってきて、そう尋ねる斬夢。


 「…はい。ですがこれ等の品は、伝承通りの威力があるのですか?」


 伝承の天狗由来の品々の威力は、どの様な民話でも強力なものである。そう。本当に伝承通りであるなら。


 (…本物なのかな…)


 そのままの性能を秘めているのかどうか、ちょっと疑ってしまうアムルであった。


 ◇◇◇


 (おおお! これが天狗の秘宝! クラレントたちにも後で教えてあげましょう! アムルちゃん! 早速手に取って使用してください! 早よ!)


 共通認識世界側から、アムルをせっつくレム。強大な聖なる力を持つ夢の聖少女も、こういった面ではまだまだ子供だ。

 好奇心を刺激されてテンションが上昇していた。


 ◇◇◇


 (? …少しワクワクしてきました…)


 レムの催促の影響を受け、天狗の秘宝を手にすることに前向きになってくるアムル。


 「…では、手に取らせてもらっても?」


 「ああ! 手に持って、こうしろという確固たるイメージを待って念じれば、二つとも応えてくれるぜ! 試してみな!」


 「…では…」


 斬夢の許可を取り、アムルはまず天狗の羽団扇へと手を伸ばし、その柄に触れた。


 「⁉ これは!」


 「⁉ 如何した?」


 アムルの尋常ならざる様子にギョッとする斬夢。この反応は、斬夢にとって予想外だったのである。


 (…うーむ。てっきり子供らしく喜んでくれるものと…この年齢の女の子…いや聖少女は解らん…)


 そう。魔術師と天狗の力両方を持つ斬夢にだって、世の中は解らないことだらけなのだ。まして、微妙なお年頃の異性(?)の内面など理解不能であった。


 (…ああ…)


 斬夢が目の前で困惑している状況で、アムルはというと、不思議な感覚に捕らわれていた。


 羽団扇に触れたその瞬間、神州を吹き抜けた息吹がアムルの身体を突き抜け、様々な生命の誕生の記憶と、死の訪れの記憶を残していったのである。


 アムルはトランス状態になってその光景を見ていた。


 野辺の花々が僅かな期間に精一杯咲き誇り、その果てに実を結んだ種子が冠毛を付け、風に乗って新天地へと果敢に旅立っていく。


 そんな命の繰り返しの旅路の果てに、新たな大地へと種は根付き、再び草花は大地に大輪を咲かす。


 山河において芽吹き、双葉となり、茎を伸ばし、蕾を付け、育ち、そしてその末に終わりを迎える名も無き草花。草木。


 それらを食み、我が身を育んでいく、様々な小動物たち。


 さらに、そんな小動物たちを捕食することで、生を謳歌する多様な大型生物、猛禽類たち。


 そして、そんな記憶の中には人類の姿もあった。


 記憶は山河から移り変わり、都市部へと至る。


 そこで生き、死んでいく神州に住む人間たちも、命の理たる生と死を繰り返し、その円環に則り繁栄と滅びを経験していく。


 それらの内に宿る精霊…或いは神々…妖怪たちの息吹もまた、繁栄と滅亡に晒され、様々な生命に寄り添い続ける。


 風に乗り、それらの生命の夢が。見果てぬ夢の記憶が。流れ、過ぎ去っていく。


 夢が舞い。


 夢が散り。


 命が舞い。


 命が散る。


 木属性の聖少女アムルは、そんな生命の幻影を確かに感じ、その声を聴いた。 


 そして、理解する。


 (…そうか…生命の息吹を乗せる風を操る方法…それは、私の発する生命の息吹をトリガーにすれば良いのね…一つ一つの生命の小さな息吹…それを結び付けて大きな息吹とする…命という儚い夢の息吹を一つに纏め上げて…)


 左手で軽く羽団扇を握り込んだアムルは、すう、はあ、と息を整え、一旦羽団扇を胸元へと引き寄せた後、サイバーお盆三体の向こう側の森林に向って、横殴りに華団扇を掃った。


 (…大樹の楽園の図書室で見た神仙術の本にも…確か同じことが書かれていた気がする…)


 「…術は…折り…畳み…結ぶもの…そう…言い換えれば…形を整え…さらに洗練し…収束させて…そして放てば、自ずと結果は付いて来る…」


 羽団扇に収束されたアムルの息吹が、大気に満ちた他の息吹を巻き込み、一陣の旋風を森林地帯に巻き起こした。


 ザワワアアア…ザワアアアアアアアアアア!!!


 その威力によって、大量の葉が空中へと舞う。


 「ヒュー! 早速天狗の羽団扇を我が物としやがった!」


 大量の葉が舞う光景に、口笛を吹いてアムルを称える斬夢。聖少女アムルのオーバースペックに畏敬の念を素直に抱く。


 しかし、斬夢が本当に驚愕したのはその後である。


 (⁉ なっ! 風が吹き抜けた後の森の大地や朽ち木から新芽が! これは!) 

 「これが聖少女の聖なる力! 息吹の術法なのか! それとも命を産み落とす陰属性じょせいだからか?」


 斬夢が驚愕した通り、大樹の下に美草なしと言われる通り、大した草木も生えていなかった大地に、新芽が大量に芽吹いていた。

 また朽ち木を苗床にした新芽も見える。


 魔の火属性と、木(風)属性の天狗の力を持つ斬夢が羽団扇を使用しても、アムルが成した今回のような効果は発現した試しがない。


 それ故に斬夢は、これは聖なる力によるものか、口にした通りに生命を生み出す

陰属性じょせいの力かと考えた訳だ。


 「俺が羽団扇を使用すると…光と熱風の竜巻が発生するんだが…どうやら羽団扇は、使用者の属性によって効果が変わるらしいな。初めて知ったぜ。やっぱり天魔の師匠の作品は格が違うな。うん!」


 じつは、この効果は愛の聖少女アムルと、夢の聖少女レムが、無意識面で密かに繋がっていたため、能力が二乗したためなのだが、それを知らない斬夢は、素直にアムルの所業に感心していた。 


 「…斬夢さんは光と熱風の竜巻ですか…私が羽団扇を持つと、日本に住む動物や植物…人間たちや生命の精霊、神様、妖怪の声が息吹となって聴こえてきました…」


 「そうなのか? 俺が初めて羽団扇を持った瞬間は、大気を温める太陽の輝きが身体の内側に入って来る感覚だった。事実、その熱で身体が強化された! 次に団扇を持った時は目潰しになる閃光の術を覚えて、その次に真空刃の術。最後に灼熱の竜巻の術の順番だった!」


 「…凄い…天狗の羽団扇を使い続ければ、私ももっと多くの術が使えるようになるのかしら…」


 「おそらくな。先程の風なら攻撃と防御、直前の牽制として充分役立つし、風を操っての移動、連続攻撃のチェーンコンボにも組み込めるはずだ」


 「…そうですね…斬夢さんが今言ったことは全部やれそうです…」


 「それは重畳。では次はこの隠れ蓑だ」


 斬夢はニヤリと笑い、今度は隠れ蓑を使ってみろとアムルに差し出した。


 「…お借りします」


 ぺこりと斬夢にお辞儀し、隠れ蓑を受け取るアムル。代りに隠れ蓑を羽織るために、羽団扇を斬夢に持ってもらう。


 「…あ…この隠れ蓑は…これといった特別な力は感じませんね…姿隠しは一般人にとっては十分脅威ですが…聖なる力や魔の力を感じとれる者には無効でしょうから…」


 早速、隠れ蓑を着込み、その効力によりスゥッと周辺の景色に溶け込み、姿を消したアムル。しかし、対魔術師戦闘にこれといったメリットは見出せず、姿を現した。そして、失望混じりの感想を斬夢に伝えるのだった。


 「あー、やっぱりか。聖少女のあんたなら、俺とは違って隠れ蓑を有効に使う戦術を思いつくかもと考えたんだが…やっぱり結論はそうなるか」


 「…聖少女や魔術師相手なら…その場から動かずに気配を隠して…やって来たら姿を現して驚かす…そんな悪戯が精々ですね…むしろ…特別な力を持たない一般人の方が…魔術師や私たちの探知に引っ掛からずに…上手に使えるのかもしれません」


 「! そういえば、あんたの言う通り、民話、伝承でも一般人が使っていることが多かったな。よく考えてみれば、そういうモノなのかもしれん…隠れ蓑は戦力に含まないでおくか」


 「…そうした方が無難だと思います…巧く使用する方法を考えている時間もありませんし…上手な使い方が分からなくてすいません…」


 「いや。これは使えないアイテムを持ってきた俺が悪いから、そう頭を下げられても困るわ。気を遣わしてすまん」


 ぺこりと頭を下げて謝るアムルに、バツが悪そうに頭をポリポリと掻いてそう謝罪する斬夢。


 「それより時間は限られている。手持ちのリソースを如何使って、魔術師たちを迎え撃つか詰めちまおう! な?」


 「…ハイ…」


 …どよ~んと、なぜか一気に暗い雰囲気を纏い、そう応じるアムル。


 「⁉ ちょっ、どうかしたのか! 大丈夫か!」


 (あ、あれ? 何か俺、この子を傷付けるような、まずいことでも言っちまったか?)


 なぜか一気にテンションが低下したアムルの様子に、斬夢が仰天して何事かと質問した。


 魔術師と天狗の力を併せ持つ斬夢といえど、出会って間もない聖少女のことは解らぬ。なぜアムルが突然テンションを急下降させたのか、想像もできなかった。

 それ故に、斬夢は何かあったらこうして手探り状態で質問する以外、アムルの意思を確認する手段がない。


 「…イエ…タダ…ワタシノ好キダッタ人ガ生キテイタラ…コノ天狗ノ隠レ蓑ヲ使ッテ…イチャイチャ出来タノカナ…ナンテ考テシマッテ…別ニ落チ込ンデナイデスヨ…ウフフフ…」


 死んだ魚のような目をしてそう答えるアムル。


 (…フフフ…私ハ…先程見タ風ノ記憶ノヨウニ…誰カト結バレテ…未来ニ命ヲ残シテイク事ハ無イノネ…タダ…不老不死ノ聖少女ノ身体ニ魂ヲ囚ワレ続ケ…彷徨ウヨウニ生キテイタクダケ…)


 アムルは、神州に吹き荒ぶ息吹とその記憶を見ると共に、その陰にある悲劇も見ていたのだ。


 その見果てぬ夢の想いで斃れていく人々の記憶を。


 (…私モ一緒ダ…)


 アムルの想い人であった双葉は死んだ。


 もう彼女と共に幸せになることは不可能。


 見果てぬ夢だ。


 だが、その一方でどうしても考えてしまう。


 もし、双葉が生きていれば。


 たとえば、この隠れ蓑を使用してイチャラブできたのではと。


 そう。


 「わっ! ふーたーばちゃん!」


 「きゃ! え? 愛ちゃん? どこから…」


 「天気が良いからステルスで会いに来ました♡」


 「ええ(困惑)…愛が重いよ…」


 「重い娘は嫌い?」


 「…いいえ、むしろフェイバリットよ! 重かろうが軽かろうが、愛ちゃんならオールオーケーだわ!」


 「うふふっ!」


 「ふふふっ!」


 そんな妄想の様に。


 だが、そんな百合々々しくキャッキャウフフする日々は、永遠にアムルには訪れないのである。


 さらに、今更死んだ想い人を想っても、どうしようもないのだとも解る。


 そりゃ、死んだ魚のようなハイライトがない虚ろな目にもなる。


 「おっ応…」


 (めっちゃ大丈夫じゃないだろうが…こいつ…面倒くさそうとは思っていたが、予想以上だわ…これ…前途多難なパターンに入ったやつだ)


 アムルの虚ろな返答に、ちょっとだけアムルという聖少女の内面を…嫌な感じに理解した斬夢なのであった。

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