第二章~聖魔乱戦編

第4話 夢~聖少女レムは、人々の想いを知る~1

 空間操作を得意とする聖少女ループの力で、聖少女レムは一人、再び現世へと赴いていた。


 謎の怨霊武将に連れ去られたアムルの意識を、共通認識…夢の世界側から探し出し、その居場所を特定するためと、怨霊武将の正体を探るためだ。


 「…任務完了。ミッションコンプリートというやつです。我ながら優秀ですね」


 閉じていた双眸を開いたレムが呟いた通り、夢使いの聖少女は現世に現れて程なく、その任務を成功させていた。


 アムルが目覚める直前、レムはギリギリで夢の世界からのアクセスを完了していた。


 そうして継続的なリンクを完了した後、レムはアムルを経由して、斬夢の過去の話も密かに聞いた。その内容から、聖少女たちにとって謎の存在であった怨霊武将の正体も特定したのである。


 (魔術師の始祖である天然魔術師。それに天魔の力も併せ持っている。二つの力を持つ魔を狩る者。それが怨霊武将の正体。そして、あの強さの秘密でしたか)


 一瞬とはいえ、実際に斬夢の力の洗礼を受けたマイネリーベたちの意識を探ってみたレムは、彼女たち聖少女が出合い頭に気圧された理由に納得した。


 (とはいえ、レムは彼を完全に信用はできません。天魔…天狗って幼子を攫うクズだって言い伝えで言われているし…実際に魔寄せの村で使い潰していたし…)


 結構な博識振りのレムである。それ故に、天狗の下種な噂も知っていた。


 「…アムルちゃんは信用しているようですけど…後でエッ、エッチなことを要求されちゃうかも…薄い本的事案なのです…」


 自分の妄想と独り言によって、一人空中で頬を染める初心なレムであった。ちょっとおませなお年頃なのである。ボーイズラブ好きに腐っていないのが救いであった。


 「…それはさて置き、ここは私がアムルちゃんを影からサポートしないと…」


 とりあえずエッチな天狗の噂は棚上げにして、アムルに共通認識の世界側からリンクしたまま、影ながらサポートする覚悟を決めたレムであった。


 (…でも正直、アムルちゃんって面倒くさい娘なのよね…過去に好きだっだ娘が殺された哀しみと怒りに振り回されていて…エキセントリックなのですよ…)


 「はあ…嫌われてリンクを切られないよう…言葉を選んで接しないと…いえ、このままスネークしていた方が得策かも」


 こんなレムの思いの通り、じつは新参者の聖少女アムルは、仲間内で切れたナイフの如き扱いであった。

 だからこそ、それでアムルの精神状態が落ち着くならと、現世の凶悪犯罪者狩りが特例として認められたのだ。

 少女誘拐、臓器売買、スナッフフィルム販売を手掛ける凶悪犯罪組織の討伐。それ等を任務として聖少女の統率者から認められていたのだ。

 今回の魔術師たちとのいざこざも、その延長線上に起きてしまった事件だ。


 レム含むマイネリーベたちの聖少女グループは、そのフォローを直属の上司であるツイン・タニアに命ぜられていた。


 アムルがおとなしく異空間にある大樹の楽園に戻る気がない以上、レムたちは今回のいざこざに付き合わなければならない立場であった。


 「…まあ、アムルちゃんとリンクしていれば、私の力で外部からの悪意をすばやく察知できます。これで強襲や奇襲は事前に潰せます。後の対応はマイネリーベ姉様たちに任せるです…送信っと!」


 レムはそう言って、聖少女フォームの左の手の甲にある宝珠に触れた。


 アムルの現在位置や斬夢の正体のレポートを、電子情報に変換してループのワームホール経由で大樹の楽園へと伝えたのである。


 ◇◇◇


 ピロリーン♪


 異空間にある大樹の楽園の城中に、ループの携帯端末の着信音が響いた。


 「あ! レムちゃんから!」


 ループは、素早くスマホ状術式端末の画面に視線を走らせ、その内容を頭の中に収めていった。


 「これは………ツイン・タニア様とマイネリーベ姉さまに早く知らせないと」


 レムから上がってきた報告をまとめ、早速アムルの所在と斬夢の正体を聖少女たちで共有しようと努めるループであった。


 「エクレルール、あなたは引き続き広域探査で怨霊と戦っている魔術師たちの監視をお願いね。クラレントは、やっぱり引き続き即応できる態勢の維持を。それとレムからのレポートにも目を通しておいて」


 年少組の聖少女ふたりにそう必要事項を告げた後、ループはちょっとツイン・タニア姉さまとマイネリーベ姉さまに報告に行ってくるわと城の待機所から転移しようとした。


 「解った。でも、すぐに戻ってきてね?」


 「早くね!」


 「え? ええ…すぐ戻るわ」


 (マズ…二人とも予想以上に精神的なケアが必要な状態…?」


 しかし、予想外の年少組の反応に、戸惑いを覚えるループであった。


 ループが自分たちの許から離れる事態に、不安になって早く戻ってねと懇願するエクレルールとクラレント。

 エクレルールは能力の大半が広域探査であるため、斬夢と遭遇して余計に恐怖喚起の影響を受けてしまい気絶。

 クラレントは盛大に恐怖抵抗に失敗して、お漏らししてしまった。

 そのことで聖少女年少組二人は気弱になり、自信喪失していたのである。


 聖少女となって、常人とは比べものにならない強大な力を持った二人が、仲間の聖少女以外に遅れを取ったのは今回の遭遇がはじめてである。

 それで二人は、斬夢の恐怖喚起にある程度抵抗できたループから、離れることに不安を覚えているのだ。


 次に何かあったら、私たち二人だけで対処はできるのだろうか…と。


 (…これは、夢世界側からの精神治療が必要ね…レムにグレート・マザーの術式を使って貰って、二人のママ代りをやってもらわないと…でないと事態が深刻化しそう…)


 ここは、夢と精神の専門家のレムを頼ろう。そう決意するループである。


 とはいえ、現在はアムルの問題もあり、ツイン・タニアとマイネリーベへの報告も疎かにできないループである。

 二人に治療できる環境を、早期に用意してあげたいところであるが、今は眼前の問題を一つ一つ解決していかねばならない。


 「すぐ戻るから!」


 すぐの部分を強調してそう言い残し、後ろ髪を引かれる想いで城内部を転移するループであった。


 「…」


 「…」


 ループの転移を見送ったエクレルールとクラレント。不安感からか二人の距離は次第に近くなっていった。

 二人は互いを支えるように寄り添い、レムから送られてきたレポートが映る端末を持たぬ互いの手を、固く握り合う。


 「…エクレルールゥ…」


 「…クラレントォ…」


 ループが居なくなったことで益々不安感に苛まれた二人は、魔法端末を放り出して、百合々々しく涙目で抱き合い、ふぇぇ…と泣き出すのだった。


 どうやらループの心配通り、斬夢の恐怖喚起が聖少女ふたりに与えた影響は深刻だったようである。


 ◇◇◇


 「この廃工場が建設される以前、ここは過疎化が進んだ廃村一歩手前の限界集落だったのさ。だが、風水的には最高の立地で、それは今も同じ…いや、金行の代りとなる工場が建設されたことで、五行の力はさらに高まっている…」


 大樹の楽園のループへと、レムの報告が上がっていた頃。アムルと斬夢は、悪魔六芒星七人衆を迎え撃つためのブリーフィング、その真最中であった。

 程なく悪魔たちは、斬夢が放った怨霊の刺客を振り切り、この地までやって来ることだろう。


 アムルと斬夢は、その残された僅かな時間の中で、有利に戦いを進めるための意識の統一の図らねばならなかった。


 そのために斬夢は、まず戦場の地形効果を確かめ、どこで敵を迎え撃つべきかをアムルに伝えていた。


 「…つまり、魔術師系だけでなく、天狗経由での術式に通じる俺は、地形効果を利用して有利に敵を迎え撃つことができるってことだ」


 「…仙術…陰陽五行の術式、ですか?」


 「ああ。君たち聖少女も、俺や魔術師たちが魔の陰陽五行の属性術を操るように、聖の陰陽五行の属性術を操るだろう? 俺の場合は、それ以外に天狗の術も併用できる」


 だから俺はそれで天候をより精密に操ったり、怨霊を呼び出して戦わせることができるのだと、アムルに説明する斬夢であった。


 「…確かに、私たち大樹の楽園の聖少女は、聖なる木行の術式を得意としています…ならば私は、木行の力が増す地形で奴等を迎え撃てば…?」


 「いや。話はそう簡単じゃない。戦は相手があってのことだ。先の戦いを観戦したところ、悪魔共は金行の属性を中心に、各属性を集めていやがる」


 斬夢の言葉に肯き、それを肯定するアムル。


 「バッハ・ロウマンは風…木行…マイティ・スプリングは金行…マウンテン・不動は土行…陰陽に相当する男女も揃っている…」


 「ああ。あの仮面のミイラ女もおそらく金行。スペルカード使いの女は火行。オカマ口調の奴は水行。黒い紳士はたぶん水行だと感じた。陰陽面では互角。五行の相性、相克で見れば戦力はあちらが上回っている。迎え撃つにしても、頭を使わなければならん」


 「…?」


 斬夢の話を聞いて、アムルは眉をひそめて訝しんだ。聞いた内容だけでは、天狗の術式を利用しても精々互角に持っていく程度ではないのか?


 「…では、何をもって悪魔たちに優るのです…?」


 アムルは早速、疑問を質問にして斬夢にぶつける。


 「心配するな。穴…理気のパワースポットを利用する」


 「…パワースポット?」


 「そうだ。この寒村は風水で言う処の隠宅、すなわち死者の力を強める墳墓を置く場所として最適でな。関東全域の龍脈を通じて力を集める理気のスポットなのさ」


 「…そうか…理気…ことわりによって気を操る…つまり坂東武者の怨霊を操る貴方にしてみれば…ここは最良のホーム…敵にとっては最悪のアウェイということでしたか…」


 「理解が早くて助かるよ。俺自身が、この寒村とセットとなった罠だという訳さ。ちなみに、今現在も悪魔共を押し止められているのも、その力あってのことだ」


 ゾクッ!


 斬夢の話を聞いて、背筋に冷たい情動を覚えるアムルであった。


 「…え? …もしかして今も怨霊たちを…遠隔操作で操って攻撃させているのですか…?」


 「ああ」


 「…すごい…」


 (…ツイン・タニアお姉さまやシュバリエを操るクラレントでさえ…大聖石の力を借りなければ無理なことだわ…この人…天狗の力って…怖い…)


 自分の想像以上であった斬夢の力に、アムルは憧憬と共に恐怖を覚えた。やはり聖少女といえど、未知の力は怖いものであった。


 ◇◇◇


 「ふあああっ!」


 ゾクッ! ゾクゾクゾク!!!


 同時刻。

 アムルとの夢リンクで話を聞いたレムも、涙目になって悲鳴を上げていた。斬夢が純粋に怖かったのである。


 (かっ、関東中の龍脈から力を得て怨霊を操るって…このお兄さん、列島の幽霊の総大将…怨霊の征夷大将軍みたいなものじゃない!)


 「やっぱり、このお兄さん怖いです! ループちゃんたちに追加の情報送るです!」


 そう言って、大樹の楽園に追加情報を送るレムであった。

 

 なお、送られてきた情報を閲覧したエクレルールとクラレントは、さらなる恐怖感と不安感に襲われた。

 その結果、ますます百合々々しくなって、後々レムの手を煩わせることになる。


 しかし、レムはこの時点では、自分が仲間に要らぬ情報を送り恐怖を増大させている…そんな深刻な事態になっているとは、まったくもって気付いていないのであった。

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