第3話 乱入者~それは白炎の華~3
「む!」
「あらん? 聖石の反応が複数、あの怨霊たちの前方に現れて消えたわね。でもあの聖少女ちゃんの反応はそのまま…どう言うことかしらね…ブラック・ホールド?」
「…わからん。あの怨霊と魔法少女たちが何かしらの打合せをしたか、それとも単に、聖少女たちが現状分析と情報収集のために現れたのか…」
「いずれにせよ、まずは襲撃に供えろ。奴等が手を結んだなら、我々が挟撃されるやもしれん」
「厄介ね★ でも、聖少女が複数人出てきてくれたことは僥倖かもね★」
「ああ。より多くの聖石を集められたなら、世界の真理…なぜこの世に魔石や聖石の素となる如意宝珠が生み出され、我々悪魔染みた魔術師や、あの可愛らしい聖少女ちゃんたちが誕生する土壌が形成されたかが解明できる」
「ぐおっほっほ! 左様! 我等の悲願たる真理の解析! 今こそ、その時よ!」
「…その通り…引く理由はない…如何なる犠牲を払おうと…今こそ真理へと至るべき時だ…」
珍しく悪魔たちの会話に参加する、普段は無口なミス・仮面であった。
◇◇◇
アムルは夢を見ていた。
(…ああ…これは夢ね…明晰夢…を見ているのね…私…)
それは戦いの夢。
アムルの願望でできた明晰夢だった。
夢の中、一人で七人の悪魔を相手に戦い続けるアムル。
アムルは身体への負担を度外視し、制限時間ありの速度と火力を得る戦闘方法。
対する七人の悪魔たちは、それぞれが得意な術式を駆使し、連携と豊富な手札を使用しての戦闘方法だ。
覆せえぬ戦力差。
それでも折れず、屈せず。決死の決意で戦って。戦い抜いて。
しかし、一対七の戦力差をついに埋め切れず、敗北する夢であった。
それは、アムルが密かに望む死の物語。
(…聖少女の力を得て…人として…私が成すべきことは全て終えた…この国のアンダーグラウンドで…少女たちを無残に食い物にしていた連中の多くは闇に葬ったわ…)
夢の中。七人の悪魔を自爆の道連れにして果てるアムル。
(…身体が完全に聖少女に変化する前に死ねば…不死化は免れる…永遠に老いることも…死ぬこともできない聖少女の身体に…魂が囚われることもない…)
夢の中。浮かび上がる愛しいあの人の姿。しかし、途端にその姿はアムルに背を向け、手の届かない彼方へと遠ざかっていく。
(…あの娘の…双葉ちゃんのいない世界で永遠に生きて…再び出会える確証もないまま待ち続けるくらいなら…)
夢の中。身体を失ったアムルの魂は、幻想の翼を生やして愛しい人に追い縋ろうとする。
(いっそ人間のまま死んで…時の彼方の来世まで追いかけて…再びあなたに出会いたい…)
夢の中。しかし、次の瞬間。いつの間にか聖少女の身体が復活を果たし、アムルの魂を再び捕らえる。
(…いや…いやああ…ああ…あああああああああああああああああああ!!!)
驚愕で叫ぶアムルである。
夢の中。そんなアムルの事情などお構いなしに、遠ざかっていく愛しい人の姿。ついには欠片も見えなくなり、声なき哀の叫び声を上げる、アムルの魂。
そんな夢の最中。
夢の世界の外側から、アムルに語り掛ける二つの声があった。
(アムルちゃん…どこ…返事をして!)
一人は大樹の楽園の聖少女の一人。夢の術式を得意とするレムだ。
夢の領域である集団無意識帯へとメッセージを送り、返答をした相手の居場所を特定する術式を使用し、アムルを探している真最中であった。
「お嬢ちゃん、そろそろ起きてくれないか。あの悪魔たちと一戦交えるんでな。戦力になってくれよ?」
そしてもう一人は、魔術師狩りの武藤斬夢。
気を失ったアムルの身体を連れ、陰陽五行の力に満ちた狩場に到着した斬夢は、アムルを味方として引き入れ、悪魔六芒星七人衆に決戦を挑む気であった。
「…ん…」
「お、起きたか…!」
(って、泣いてる…?)
斬夢が廃工場跡に持ち込んでいた、古びたソファに寝かされていたアムルが、両の瞼から一筋ずつの涙を落して覚醒した。
その有様を見て、少し動揺する斬夢。
(…ああ、やっぱり女の子の涙には妖力があるな)
柄にもなく、そんな感想を持つ斬夢。
そう斬夢が考えている間に、アムルの両の瞼はゆっくりと開いていき、程なく真紅の瞳の裸眼が露出した。
(ん…?)
そんなアムルの瞳に映ったのは、某党が歴史的な政権交代を成し遂げ、日本の経済に拭いきれない傷跡を残した時期、某企業に採算が取れないと打ち捨てられた工場の天井だった。
「…ここは?」
そう言って、自身の上半身を起き上がらせるアムル。
するり。
すると、上半身裸のアムルに掛けられていた斬夢の上着がするりと床へと落ちた。
「あっ!」
「えっ?」
咄嗟に後ろ向きになり、アムルの肌を見ないようにする斬夢。結構、紳士であった。
そしてアムルと言えば。
「っきゃあっ!」
短く羞恥心による悲鳴を上げ、両腕で露わになった小さな二つの膨らみを覆うのであった。
児ポ事案。お巡りさんこいつです。
◇◇◇
その頃、大樹の楽園の聖少女たちと、茨城県上空の悪魔六芒星七人衆といえば。
「ツイン・タニア様、聖石の大結晶の使用許可を♧」
「確実にアムルちゃんを助ける手段が必要なのです!」
魔法少女の♢マイネリーベ♤たちは、戦力を充実させるべく二人のツイン・タニア御姉様に、戦力の小出しではなく、大戦力を出すべきとの交渉の真最中であった。
◇◇◇
「チィイ! うっとおしいわよ! この怨霊共が!」
「やっちゃって★! バッハ・ロウマン★!」
「任せて貰おう!」
一方、バッハ・ロウマンはじめ魔術師たち悪魔六芒星七人衆は、斬夢が足止めに向かわせた怨霊たちと交戦中であった。
◇◇◇
場面は戻って廃工場。
半裸のアムルが、首のチョーカーの発動体に右手の人差し指と中指で触れ、聖なる力を発動させた。
薄桃色の光に一瞬だけ包まれる、廃墟となった工場内部。
光が消えると、アムルが聖少女フォームを再び身に纏っていた。
「…これで…ちゃんと会話できます…もう…こちらを向いても良いですよ…」
まだ頬が赤く染まったままのアムルが、紳士的に背中を見せている斬夢に、振り向いての会話OKのサインを送った。
「ああ…正直、すまんかった。上着をずり落ちないように、ちゃんと掛けておくべきだった。悪かったな」
アムルに向き直り、ポリポリと頭を掻く斬夢。正直、アムルくらいの年齢の少女にどう対応してよいか解らず、ちょっとテンパっていた。
とりあえずは紳士として対応する方針だが、怨霊の魔術師たる斬夢とて、本物の聖少女との会話は初めてである。
魔術師たち相手なら、一歩も引かぬ胆力を持ち得ていても、聖少女相手では勝手が違う。内心のドキドキは抑えられなかった。
(…今一つ、信用できないわね…)
そんな斬夢を、不信感が満ちた双眸で見詰めるアムルであった。
とはいえ、会話しなければ何の情報も得られない。アムルは覚悟を決め、なぜ斬夢が自分を助けたのかを、聞き出すことにした。
「…奇妙な魔術師殿…助けてくださったことは感謝します…ですが…なぜ魔石デモンズシードで魔術師に転生した者が…聖石を宿す
人間を魔術師へと転生させる魔石デモンズシード。それを生み出す[魔胎盤]が搭載されている[
貴方たち魔術師の目的は、魔石と聖石の両方を集め、この世の真理を解き明かすことでしょう?
そのために、今生の魔術師たちの始祖[大賢者マリア]は、暗黒の瘴気を魔胎盤に集め、デモンズシードを量産したのでしょう?
しかる後、マリアは瘴気が極端に薄まった聖域で聖石が産出されることを待ち、魔石と聖石を集め、聖魔和合の術式を用いて真理へと到ろうとしました。
もっとも、結局マリアは聖域と聖石を発見できずに終わり、この世になぜ妖獣や神話的生物、魔法使いが存在するのか。その
でも、今生の魔術師たちはその意志を継ぎ、聖域と聖石を今も探し続けているはず?
マイネリーベお姉さまたちには、そう聞いている。
それなのになぜ?
魔術師たちの悲願のために行動せず、あなたはなぜ私を助けるの?
斬夢に対して言外に、そう問うアムルであった。
「…魔術師たちの悲願に従わぬ俺は奇妙か…生憎と俺は、その[マリアの呪い]から初めから開放されていてな…他の魔術師たちと違って、自由意志で行動できるのさ。俺は…魔胎殿マリアと同じく、始祖だからな」
そう言って、アムルにウインクする斬夢であった。
「!…始祖…はじめの魔術師…いえ…真魔は…魔胎盤が創られた以降…生まれていないはずでは…?」
先輩の聖少女たちから聞いた話と違い過ぎる。そう訝しむアムル。
「俺はその例外だ…群狼の魔術師ベル・セルクスの魔術によって人狼にされた俺は…ベル・セルクスの遺骸とデモンズシードを貪り喰らい、悪しき力を焼き清める百炎の中で…始祖として生まれ変わったのさ」
「…そんな…信じられない…百炎…?」
結構…いや、かなり純真なアムルは、斬夢の
呪いによる人狼化…悪しき力を清める炎…そして真魔たる始祖への転生。
(…はわわ…中二病的に…役満だわ!)
斬夢への不信感は拭えないにしろ、自身もかなり中二病なアムルにとっては、聞き逃せない話であったからだ。
「…聞かせてください…あなたの話が本当か嘘かは…話を聞いて…判断します…」
「わふっ…付いてこられるなら話を最後まで聞きな…」
「…」
斬夢が双眸の光を消し、思いが伺い知れぬ能面のような表情となって話を始めた。
中二病的ではあるが、凄まじく残酷な内容である。斬夢にとって、その凄惨な過去を思い出すことは、かなりの苦痛だった。
そのことを察したアムルも、心に打撃を受けることを覚悟し、無言で肯くのであった。
「…俺はここ、茨城の生まれでな…生きることに不器用なガキ同士のチーム[高野団]てのに所属して粋がってたのさ…若気の至りって奴だ…」
そこまで言って黙る斬夢。これまで僅かに残っていた、目元の柔和さが完全に消え失せる。
「…チームには、頭の悪い俺でも好きだって言って、恋人になってくれる娘もいた…当時は…この幼稚だがやさしい灯は…永遠に消えないものだと思っていた…だが…俺たちの前に奴が…ベル・セルクスが現れたのさ…」
こうして、斬夢の凄絶なる過去話が始まった。
山深い茨城の地には、今生の魔術師が生まれる以前に天魔へと生まれ変わった大天狗(見た目は幼女)がひっそりと生息していた。
大天狗は、舗装もされていない路の先にある寂れた寒村で、時折迷い込む行き場のない者達の世話をして暮らしていたのだ。
聖石を求め、世界を放浪していた群狼の魔術師ベル・セルクスは、ひょんなことから彼女を見付け出し、その力を奪い取ろうと軍勢を集め出した。
多数の軍勢で天魔を消耗させ、確実に勝利を得るためにだ。
その軍勢の兵隊とは、獣の術で人狼と化した者たち。
その人狼化の犠牲となった者達の中には、斬夢たちのチーム高野団も存在した。
その人狼を集める期間の数日で、茨城県とその近場を縄張りとする暴走族グループの大半は行方不明となり………多数の人狼が量産された。
男たちは2メートルを越えた屈強な身体と狼頭を持つ怪物となり、女たちは獣耳と尾を持つ身体とされ、狼男たちの獣性をコントロールするための性奴隷にされた。
人狼とされても僅かな理性を残していた斬夢は、親友であったチームメンバーたちが、恋人たちを含めた狼女たちを輪姦する光景を見せ付けられ、血の涙を流した。
止めようにも、斬夢の身体は大事な戦力同士で潰し合わないようにコントロールされ、自由な行動は制限されていた。
その後、弄ばれた狼娘たちは、性欲を満たした狼男たちに食い殺され、その腹を満たした。
一片の理性が残っていた斬夢は、その輪には加わらずに、怒りに震えその光景を見詰めていた。
輪から離れ、惨劇を見物していたベル・セルクスが嘲笑する。
魔術師が手を掲げると人狼の群れが割れ、その輪の中央部には、食い殺された狼娘たちの残骸が転がっていた。
群狼の魔術師はその残骸の一部を拾うと…
「喰べなさい。戦の前に腹を満たすのよ」
…そう言って、斬夢の足元に元恋人の肉片を投げて寄越した。
ベル・セルクスは、そんな楽しみのために、斬夢一人の理性を僅かに残し、弄んでいたのだ。
その時の女魔術師の薄ら笑いの張り付いた表情を、斬夢は脳裏に刻み付け、決して忘れないと密かに誓った。
そして寒村の襲撃当日
人狼軍団は寒村の結界を破り、居場所がなくなり迷い込んだ者たちや、親に山へと捨てられた後、天魔に保護された幼児たちに一斉に襲い掛かった。
虐殺の始まだ。
阿鼻叫喚の坩堝で、人狼軍団は村の住民たちを一人また一人と追い詰め、食い殺し…或いは犯していった。
男衆は弄り殺しにされ、女衆と子供たちは犯され、お楽しみの後の食料とされた。
残るは幼女の姿をした大天狗のみ。
畑の防風林から寒村を眺める群狼の魔術師が、大物を追い詰めたと嗤う。
だが、ベル・セルクスの戦略はここで瓦解した。
天魔たる大天狗は、何時の日かに
始めから大天狗の寒村は、魔寄せの村だったのだ。
魔寄せの村とは、現世から外れた者たちを囮にして邪悪な者たちを呼び寄せ、仕留めるための罠として存在していたのだ。
野取れ死ぬはずだった人々を、大天狗が生かしていたのはこのため。
密かに日の本を国を傲岸不遜に守護していた大天狗たちは、定期的にこうして魔物を集め滅ぼしていた。
そのために、社会から爪弾きにされた民草を集め、魔物を誘き出す餌として命の有効活用をしていたのである。
他の集落を守護するため、末路わぬ民を犠牲にして。
他者の命を勝利のために利用する、戦国の末法を彷彿とさせる、冷酷な命の利用法。
その罠に嵌り、追い詰められた間抜け共は、群狼の魔術師ベル・セルクスとその一党側であった。
ベル・セルクスの目論見はこのような理由で外れ、発動した術法によって人狼軍団は、寒村の住人たちの生き残りごと殲滅された。
閃光。
閃光に続く爆炎と衝撃波。
寒村に咲き乱れる、百炎と呼ばれる悪しき者を焼き払う浄化の華。
揺らめく浄化の炎の中、唯一生き残っていた人狼は、理性を残していた斬夢のみであった。
斬夢の身体は、理性が残って邪悪に染まり切っていなかったために、百炎の炎の影響を完璧には受けず、致命傷に到らなかったのだ。
半死半生の火傷を受けながらも、人狼斬夢は身体の自由を取り戻していた。浄化の炎が、斬夢に施された制約を弱めていた。
「ッアオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――ンンン!!!」
自由を取り戻した斬夢は、焼け爛れた喉を精一杯酷使して、力の限り叫んだ。
スタビライザーの役目を果たす尾を揺らし、傷付いた身体の軸を安定させ、弾丸のように走り出せる体勢を取る。
そして、捕食者の瞳と鼻腔で獲物を探し求めた。
怨敵!
怨敵は何処か!
魂が逸った。
捕食者の獣性が滾る!
獲物は…そこか!
それは狩りの始まり。
人狼と堕ちた武藤斬夢による、怨敵ベル・セルクス狩りの、始まりだった。
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