第2話 遭遇戦2

 「自己紹介しよう。我は六芒星中央の座、バッハ・ロウマン」


 そう名乗ったのは、近代の音楽家の如き巻き毛の上に、二本の角を生やしたミュージシャン風の風貌の男性。

 特定のコードで手持ちのギターを爪弾くことで、インプットされた魔術を放つことができる、悪魔六芒星のリーダー格。

 先程、空中にミクスチャー・ハリケーンを放ちアムルの逃走を阻害したのは、この魔術師である。


 「俺は六芒星正頂点の座マイティ・スプリング」


 続いて名乗ったのは、バネの刻印がされた楯と、バネのように捻じ曲がった刀身のレイピアを持つ、中世傭兵風の恰好をした伊達男。


 「わしは六芒星逆頂点の座、マウンテン・不動」


 身体に山脈の岩肌のような岩石を纏った大男。見るからに防御魔法特化型と解る風貌と柔道着姿。


 「六芒星右上の座ブラック・ホールド」


 シルクハット、マント、ステッキという、正統派怪盗紳士スタイルの魔術師。どの様な魔術を使用するのか?


 「私は六芒星左上の座スペカ・デ・キングよ★ よ・ろ・し・く★」


 複数のカードをシャッフルする妙齢の金髪女性魔術師。正統派な魔女帽子と黒のローブ姿であった。腰のホルダーにはカードデッキが複数。


 「あーたくしは六芒星右下の座アート・ランティスよ。そして地上にいる、あの包帯娘が、左下の座ミス・仮面カーラよん!」


 派手で豪奢な格好の、オカマ口調の屈強な男性魔術師。手にはなぜかパソコンとペンタブレットを持っている。

 じつはこのオカマ、最近になって存在が確認された、新機軸ワンドロお絵描き魔術の使い手である。


 「…」


 そしてアート・ランティスが言ったように、地上の怪人物がミス・仮面カーラ。実際、マントに隠されたミス・カーラは豊満で蠱惑的な肉体は、素肌の上の包帯で覆われていた。


 仮面とマントの下は素肌に包帯…痴女?


 「…別に聞いてないわ…それに…」


 思惑通りに聖少女アムルを罠に誘い込み、勝利を確信した魔術師たちに対し、地上をチラ見したアムルは、嫌そうにそう答えた。


 「…それに?」


 そう、勝利を確信した微笑みを顔面に貼りつけたまま、アムルに聞き返すバッハ・ロウマン。声の調子にも余裕が見て取れ、それがアムルをイラつかせた。


 「…あなたたちに同行するなんてゴメンよ…雷!」


 あなたたちの要求なんて聞くものかと宣言し、手持ちの天雷符を発動するアムル。手持ちの呪符にはめ込まれた聖理力アムリタの結晶が、描かれた紋様に従い、奇跡の力を発動させる。


 先制攻撃!


 ピシャッアアアアアア――――ンンン!!!


 激しい電撃がスパークし迸る! 

 アムルがいる場所を起点に、外側に向ってサークル状に拡がっていき、悪魔六芒星の六人へと襲い掛かった!


 「ぐははははは!」


 しかし、一瞬早く、マウンテン・不動が自分の装甲の一部を針状にして剥離させ、電撃を誘導する避雷針として射出していた!


 (⁉ …こいつ! 見かけによらず素早い…)


 驚愕するも、相手の情報だけは分析を試みるアムル!


 そんなアムルを嘲笑う様に、マウンテン不動はさらなる防壁魔術で仲間たちをも守護する!

 守護らねばならぬと!


 撃ち出された避雷針によって電撃は分散され、威力が削減されたアムルの天雷符は火力不足となった!

 有効なダメージ分を喪失した天雷符は、悪魔六芒星たちに牽制すらできぬまま、その奇跡の効力は終了し消失した!


 「…くっ!」


 正直、焦りの色を隠せず、冷や汗を流すアムル。

 

 この場に残って戦い続けるか? それとも、転移符で一目散に逃げ出すべきか、正直迷う!


 (…ここは、逃げ出す方が賢明ね…でも!)


 理性的に判断すれば、ここは引くのが賢明である。


 しかし、相手は聖少女を力付くで拉致しようとする、凶悪犯のような連中だ!

 少女を誘拐して拉致監禁。食い物にする凶悪犯たちと変わらない!


 (…許せない!)


 そんな奴等から尻尾を巻いて逃げ出すなど、アムルの矜持が許さなかった!


 一方、悪魔六芒星側と言えば。


 「…素晴らしい」


 アムルの力を目視で確認したミス・仮面カーラが、地上でアムルと悪魔六芒星の六人を見上げ、そう一人、呟いていた。


一体、彼等は何を感動しているのか?


 さらに。


 「ふうっ! 助かったわよう! マウンテン!」


 「うむ…それにしても、ロウマン!」


 (呪文詠唱もなく、この威力とは…驚異的だ!)


 アート・ランティスの感謝の言葉に対し軽く応じた後、マウンテン不動はバッハ・ロウマンに意見を求めた。

 防ぎ切ったとはいえ、天雷符は恐るべき威力であった。


 「うむ。これが楽園にあると言うアムリタの結晶とやらの力か! 素晴らしいビートだ!」


 「その通り! 素晴らしい力だ。我等の真理に探究のために、ぜひとも手に入れたい力! 我がスプリング・レイピアの名誉に賭けて、必ずや手に入れて見せよう!」


 「これが我等が操る魔の理力と対極の、聖理力アムリタ…この聖なる力と魔の力。これを結合させれば、我等は魔術の深淵。その先にある真理に辿り着ける!」


 「うふふ★ 聖法少女ちゃん★ いえ、正確にはル・フェルだったわね★ あなたには私たちを、あなたたちの楽園へと案内しても・ら・う・わ・よ★」


 「もちろん、あーたに拒否する権利はないわよーん!」


 「ふっ、ふふふっ」


 「くくくっ」


 「ぐはははははっ」


 「はははっ!」


 「うふふふふ」


 「くふふふふ」


 どうやら、彼等は自分たち魔術師とは系統の違う力に感動しているようであった。そして、早くも聖石を手に入れた気となって高笑いしていた。


 「…ふふふ」


 そして一人、ミス・仮面カーラも地上で短く歓びの声を上げるのであった。


 「…それが狙い…ゲスども…」


 (…どこで私たちル・フェルの正式名称を…いえ、今はそんなことより…この場に残って戦うか…逃げ出すか…よ)


 悪魔六芒星たちの行動目的を知り、焦りと怒りを滲ませて呟くアムル。だが、ここは如何するべきか考え時だ。


 (…嫌…やっぱり…逃げたくない…こいつらは少女誘拐犯たちと同じだ…私は逃げない…決して逃げない…ここで…こいつらを滅ぼす…まずは…)


 「…そこ!」


 とはいえ、感情的になっているアムルは撤退を選べない。再び天雷符を発動させるアムル。そして、悪魔六芒星の六人の中の、マウンテン・不動をキッと睨み付ける!


 もっとも防御の厚い場所を強引にこじ開け、退路を確保する戦略!

 自分の身体能力強化、スキル強化の固有術式であれば、実現できるとの計算である!

 上手く包囲を抜けられることができけば、その後は聖少女の小さな身体を駆使した高機動三次元戦闘で、残りの魔術師を翻弄することも可能だ!

 ここを凌げれば、戦略の幅が飛躍的に向上する!


 (…天雷符…そして…絢爛無双!)


 ピシャアアアアアア…ンンン


 再び天雷符がアムリタの破片を消費し、電撃を発生させる!


 それと同時に突撃準備を終えたアムルが、再び先程と同じプロセスで雷撃を防ぐマウンテン不動に対し、突撃を開始した!

 その右拳に、愛(哀)と正義と憎悪を乗せて!


 「…はああっ!」


 ズッ! ゴオオオオオオオオ…ンンン!!!


 「ぐっははは…⁉ おっ! おおおお!!!!」


 激しいアムルの一撃が、魔術障壁に包まれたマウンテン不動を、障壁ごと前方に吹き飛ばした!

 悪魔六芒星たちによる聖少女包囲の一画に穴が開く!


 (…今!)


 早速、その包囲の穴から脱出を試みるアムル! 高速飛翔!


 しかし、その進行方向に回り込む影が一人!


 悪魔六芒星の一人、マイティ・スプリングだ!


 「逃がさん!」


 「…まかり通る!」


 再度、右拳に愛(哀)と正義と憎悪を乗せて、立ちはだかったマイティ・スプリングに向け放つアムル。


 (…なっ⁉)


 しかし、インパクトの瞬間、余裕の表情のスプリングの貌を認識し、動揺した。だが、突き出した拳を、今さら引くことは不可能だ。


 アムルの拳の前に、余裕の表情で[バネ紋章の盾]を掲げるマイティ。そのアーティファクトの効力が、アムルの拳が楯に触れたことで発動した。


 物理攻撃を跳ね返す術式、スプリング・カウンターがその威力を発揮する!


 ビッ、ヨオオオ―――ンンン!


 「⁉…きゃあああああ!」


 間向けな音と共に、遥か後方へと跳ね飛ばされてしまうアムル。マイティ自慢のアーティファクトの効力を、アムルは自分の攻撃が強力であったが故に、最大限に受けてしまった。


 ギュウウウウ―――ンンン!


 (…あうっ…うううっ…止まら…ない…)


 元のアムルの拳が強力であったためか、マイティ・スプリングのバネ紋章の盾は、より強力な反動を発生させていた。

 聖少女は跳ね返され、遠方へと飛ばされていく!



 (…ううう…!)


 いくら聖少女の飛行フォームが、一定の慣性制御を実現しているとはいえ、すべての反動は殺しきれはしない。

 

 こうなったら、空気抵抗で減速し、制御可能なスピードになるまで待つしかない。


 しかし。


 それを大人しく待ってくれる、悪魔六芒星のバッハ・ロウマンとマイティ・スプリングではないのである。


 「やるぞマイティ! 悪魔のジョイント・フェイバリット!」


 そう宣言し、二本角の紋様が描かれたギターを構えるバッハ!


 「了解だ! バッハ!」


 そう応じて、スプリング・レイピアを突き出すマイティ!


 「デビル・フォーメーション!」


 「ハリケーンスクイーズ! トランスポーター!」


 悪魔六芒星の二人は叫び、バッハ・ロウマンが新たなコードを爪弾く!


 すると如何したことだろう!


 つむじ風がマイティ・スプリング周辺に生じ、短時間で激しい暴風となり、マイティ・スプリングの身体を回転させて運んでいく!


 そのマイティと言えは、スプリング・レイピアを進行方向に向け、人体の脆弱な部位を魔術で強化、固定して高速移動の衝撃に備えていた! 


 そんなマイティの目標は無論、先ほど跳ね返されて遠方に飛ばされたアムルである!


 アムルの身体を追い、ライフリングされた銃筒から放たれた弾丸のように、マイティの身体は回転し、真直ぐに飛んでいく!


 ギュウウウ―――ン!!!


 (スプリング・レイピア・ホールド!)

 

 大気によって減速し始めたアムルの身体に、高速で追い付いたマイティが、今度はスプリング・レイピアの効力を開放する!


 「…あ? ああ…!」


 一旦は、螺旋状から真直ぐに伸びたスプリング・レイピアが、続いて形態変化していく!


 シュルシュルシュルシュルッ!


 そう、触手のようにアムルの上半身に伸び、絡み付いていく!


 「…ああ…いやあっ!」


 ぞっと恐怖を感じて、アムルが悲鳴を上げた。


 普段、凛としている聖少女といえど、まだ年端もいかない子供である。自分に絡み付き、上半身を圧迫する触手のようなスプリング・レイピアを恐れ、目尻に涙を浮かべた。


 何とか逃れようと、頭を振り、身悶えたことにより、その涙が飛び散り、日の光を反射してキラキラと輝いた。


 (ふふふ! 良い声で鳴く! もっと泣き叫べ!)


 対するマイティは、その光景を見て、嗜虐性を刺激されたのか、捕らえた獲物を弄るような視線をアムルに向け、愉悦し、満足感を得ていた。


 ギュウウウウッ!


 「…ううう!」


 主の嗜虐性に影響されて、絡み付くスプリング・レイピアが、アムルの上半身をさらに締め付ける。肺を圧迫され、アムルが息苦しさから悲鳴を上げる。


 「…ううっ…」


 (でも…まだよ…まだ負けないわ…キャスト…オフ!)


 だが、勝負を諦めないアムル。この絶体絶命の状況から脱出するため、聖少女フォームの、緊急安全装置を発動させた!


 カアッ!


 「むおっ!」


 (まさか…自爆か!)


 突如、光輝いたアムルの上半身に動揺し、スパイラル・レイピアを放し、距離を取るマイティ。


 その判断は正しかった。


 閃光と共にアムル上半身の聖少女フォームが消失。内側のアムルの身体を守るように、外側に向って衝撃波を放った。

 その衝撃波に晒され、スプリング・レイピアは千切れ飛んだ。


 もし、マイティが距離を取らなければ、衝撃波が筋肉を透過し内臓にまで及び、悪魔六芒星七人衆の一画は、ショック死していたことだろう。


 「くうっ! おのれっ!」


 獲物に逃げられ、悔しがる魔術剣士マイティ・スプリング。


 「…はあ…はあ…それは…私の台詞…」


 上半身の聖少女フォームを喪失し、左腕で僅かに膨らんだ胸を隠したアムルが、息も絶え絶えにそう言い返す。


 キャスト・オフの衝撃波使用によって、聖少女フォームを失い、持っていた各種呪符も失ったが、アムルは闘争心までは失っていなかった。

 闘志を込めた双眸で、キッとマイティを睨み付ける。


 「くくくっ、正直、自爆したのかと驚いたぞ」


 獲物に永遠に逃げられたのではないと知り、内心でほっと安心したマイティ。  と、同時に、魔術剣士としてアムルを尊敬できる戦士であるとも認識していた。


 「できるな聖少女!」

 

 悪魔にも悪魔の矜持があり、剣士には剣士の矜持がある。アムルの闘争心は、悪魔剣士であるマイティ・スプリングのそれを、激しく刺激した。


 「その闘争心は見事なものだ。汝を真の戦士と認めよう。だが、満身創痍のその身体で、我等七人と戦わんとするのは些か無謀…身柄の安全はこのマイティ・スプリングが保証する…降伏せよ!」


 「…断る…降伏するくらいなら…本当に自爆して自分で自分の始末を付けるわ…」


 初めから、アムルに降伏という選択肢は存在しないのだ。


 たとえ、死を迎えることになったとしても。


 (…ほう、潔いな) 


 「…ならば眠れ。殺した後に頭を開き、情報を引き出すとしよう」


 予備の剣を抜き放ち、そう宣言するマイティであった。


 (…まだ、負けてはいない…)


 しかし、諦めないアムル。 


 (戦士よ…せめて安らかに逝け)


 互いの想いを胸に、空中で睨み合うアムルとマイティ。


 そこに、悪魔六芒星七人衆の残りが合流してきた。


 一対七。アムルにとって最悪の状況。


 これより、満身創痍の聖少女一人対魔術師七人の、プライドと命を賭した戦いが始まろうとしていた。

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