第2話 遭遇戦1
隠形の呪符で身体を隠し、一人、蒼穹を飛翔していく聖少女の姿があった。太平洋へと向かう犯罪組織幹部の脚である、黒塗りの高級車の信号を追っているアムルである。
アムルが連続殺人鬼である黒石のアパートから飛び立った後、組織の幹部たちに動きがあった。
アムルによって発進機の代用品である呪符や、個人を特定する呪符を仕込まれていた幹部たちの高級車が、それぞれの屋敷から一斉に移動し始めた。
それ等は、太平洋沿岸部や日本海沿岸部の、港湾地帯に向かっていた。
海上に出た後で、組織の息のかかった外国の船舶に乗り移り、用意しておいた身分となって第三国へと出国する手筈なのだろう。
警察や諜報組織の網にかかり易い国際空港や、個人が経営する小、中規模の発着場は避けた形だ。
(…焦らないで私…慎重に一つ一つ課題をクリアしていくのよ…)
(…でも…どんな手段を使ってでも…貴様等は逃がしはしない…)
♡マイネリーベ♧の助言を受け、道中、冷静さを保つように心掛けるアムルであったが、やはり、そう簡単に胸の奥の焦燥感は消えはしない。
冷静になろうとする理性寄りの意思と、凶悪な犯罪者一味を討てという、激情に駆られた感情。
二つの想いがぶつかり合い、聖少女の小さな身体と精神を、千々に乱れさせていた。
(…殺せ…滅ぼせ…殺せ…滅ばせ…殺せ…滅ぼせ…殺せ…滅ぼせ…)
そんな千々に乱れた精神状況となったことで、普段は本心を覆い隠しているアムルの精神の帳が捲り上がり、その慟哭する魂の叫びが表層へと現れてくる。
アムルの少しだけ膨らんだ胸の奥にある、正義を成したい想いと、昏い怒りが混じり合い、[悪を滅ぼせ]と、その身体を急き立ててる。
邪悪を叩き伏せろ!
若い女性や、年端を行かない幼子たちを食い物にする犯罪者を許すな!
そう………双葉ちゃんを攫って、その右腕を切り落とした輩の同類などに慈悲は不要!
許すな!
決して許すものか!!!
双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん!
双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん!
双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん!
双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん! 双葉ちゃん!
なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した!
なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した!
なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した!
なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した! なぜ殺した!
なぜ! 双葉ちゃんを! なぜ殺した!
愛していた!
愛していたのに!
なぜ、貴様等は私の愛しい人を簡単に奪うのだ!!!
許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!
許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!
許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!
許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!
「…そう…許さぬ…双葉ちゃんを殺した輩の同類…全て…討つべし…」
焦燥感に駆られるアムルの精神の奥底から、表層へと現れる真の行動理由…忘れがたき憎悪の理由が。
愛ゆえ哀するが故の、精神の有り様が表層に浮かび上がってきた。
これが正真正銘の、アムルの凶悪犯罪者狩りの理由。そして、その魂の偽りなき慟哭であった。
◇◇◇
事の始まりは、アムルがまだ聖少女として覚醒する以前の、小学校低学年の頃の出来事である。
当時、後にアムルとなる一般人の女子小学生[楯無アイ子]には、初恋の相手がいた。
沙門寺双葉という、快活な同級生の少女である。
長い髪をリボンで纏めてツインテールとし、男子に混じってフットボールやバスケットボールで活躍するスポーツ少女に、アイ子は憧れにも似た愛情を抱いていた。
それは、他の同学年の少女たちも同様であった。
このくらいの年齢の少女たちは、異性よりもむしろ、気安く話しかけ易い、男の子のような立ち振る舞いをする同性の子に、淡い恋心を抱くものなのだ。
また、それは子供らしく純粋な感情で、女性特有のドロドロとした情念とは無縁のものであった。
アイ子を含む紳士協定を結んだ少女たちは、恋の鍔迫り合いなどの愚かな行為には及ばず、合同で双葉に…
「将来私たちが双葉ちゃんのお嫁さんになるね」
…と、告白するほど、純粋で健全なのものであった。
一方、アイ子たちが告白した双葉であるが、彼女もまた快く…
「じゃあ、みんな私の将来の嫁ね」
…と応じられる聡明な少女であったため、双葉を中心とした少女たちのグループは、何とも微笑ましい関係を維持し、幸せに日々を暮らしていた。
しかしである。
その尊い日々は、双葉の突然の失踪…そして、二週間後に田園地帯の用水路で見つかった、切り落とされた右腕によって終焉を迎えた。
その日。
双葉失踪を受けて水以外喉を通らず、痩せこけて酷い状態になっていたアイ子の胸の中で何かが壊れた。
無残な姿となって双葉の右腕だけが戻ってきたと知り、その何かは永遠に失われたのだ。
そして。
愛しい初恋の相手を失った虚無感。
拭い難き凶悪犯への憎悪。
そんな輩を裁ける力への渇望。
そんな諸々の感情が、幼いアイ子の精神と肉体を苛み、侵食していった。
それが、数年後に楯無アイ子を聖少女として覚醒させる、最初の引き金となったのだ。
数年後。
内に籠っていた力が徐々に開放され、楯無アイ子としての肉体は、新陳代謝によって徐々に失われていった。
代りに聖少女としての細胞が、失われていった楯無アイ子の細胞分を補っていく。
生きながらの聖少女への転生が始まったのだ。
次々に備わっていく人外の能力。
紅に染まり、これまで視えなかったモノが視えるようになる瞳。漆黒からホワイト寄りのパウダーピンク色へと生え変わっていく頭髪と体毛。
一見非力ながら、普通の少女とは比べものにならない強靭さと瞬発力を秘めた肉体。
一般人には想像すらできない
また、自分のみが行使できる固有術式も如何なるものか徐々に認識し、理解していった。
それは、凶悪な犯罪者をも簡単に制圧する、肉体強化、スキル獲得の固有術式であった。
深い愛情と哀情を胸の奥底に持ちながら、激しい憎悪によって目覚めた哀しき
斯くして、哀を抱く愛の聖少女アムルは、現世において誕生する運びとなったのである。
◇◇◇
「! 追い付いた…」
港湾地帯に向け、高速道路を避けて一般道を走行している黒塗りの高級車を眼下に捉え、そう呟くアムル。
その高級車の行先、前方の港には、高所得者やボートクラブが使用する高級クルーザーが多数、係留してある。
そこに組織の幹部たちが海上へと逃走するための、仲間が待つクルーザーがあるのだろう。
(…)
空中で瞳を細め、藪睨みとなるアムル。
ここは敢えて組織幹部を海上に逃がし、逃げ場のない船上で奴等を一網打尽にしよう。
そうすれば、関係のない一般市民に被害は及ぶまい。
それに、遮蔽物の海上なら、空飛ぶ自分が一方的に攻撃もできる。
(…狩場は決まった…後は…奴等を八つ裂きにしてお魚の餌にするだけ…)
アムルが、そう考えていた瞬間のことであった。
(⁉)
黒塗りの高級車の車列の手前。先導する形の護衛車の前に、突如、漆黒のマントを纏い、金色の仮面を装備した怪人物が現れた。
驚愕する護衛車に乗った者たちと、空中で車列を睨んでいたアムル。
次の瞬間。
シュパッ!
マントの内側から伸びた包帯状の物体が凄まじい切断力を発揮し、護衛車の車体上半分を斬り裂き、内部の乗員の上半身ごと後方へ吹き飛ばした。
キキキィッ!
ドンッ! ガガッ! ドンッ!
キキィッ! ドンッ!
護衛車の車両下部と斬り別れた上部は、哀れな犠牲者ごと後方へと向かい、後列に位置していた組織幹部の高級車に激突。
さらに後続へと跳び、後方の護衛車両へと向かい激突する。
避ける間もなく、切り飛ばされた護衛車上部と激突する高級車。運転席はもちろん大破し、内部の運転手は死亡した。
後方の護衛車運転手も、向かってきた残骸により致命傷を受ける。
そんな状況下、車体上部を失った先導車両が、車線上でバランスを失い横転した。
キィイ…ガンッ! ガッシャアアア―――ンンン!!!
続く幹部の高級車は、運転手死亡により車道から外れ、側道へと向かっていった。
運転席が大破した状況では、後部座席に座る幹部にはどうすることもできない。後続の護衛車両も同様だ。
双方とも順番に縁戚に乗り上げ、車体が跳び上がった後、歩道に突入。
ひっくり返り、二度三度と横転。
ドンッ! ヒュオン! ガッ! ドガッ! ドガッ! ドンッ!
…カラカラカラッ…
幹部が乗る高級車は、壁に激突してやっと停止した。
しかし、まだ生きていた幹部が安心したのも束の間、そこに後続の護衛車両が突っ込んできた。
ドンッ! ガッシャアアアアンンン!!!
…ドクドクドク…
…カラカラ… キンッ! キンッ!
バチッ! バチバチッ!
激突によりタンクが破壊され漏れ出るガソリン。外部に露出したスパークプラグが火花を散らす。
ドッ…オオオオオオオンンン!!!
ガソリンに引火した火花が一気に燃え広がり、哀れ、重なった二つの車両は、まだ生きていた乗員ごと爆発炎上した。
ゴオオオオオオオッ!
「…………!!!!!!!!」
灼熱の車内で声にならぬ絶叫を上げる犯罪組織幹部。
こうして、犯罪組織の幹部の一人は、部下を道連れに彼岸へと旅立った。
「…」
そんなことは、どうでも良さげに、歩道へと移動しその光景を見守る怪人物。
煌々と輝く炎から生じた光が、車両を大破させた怪人物の仮面を妖しく輝かせ、不気味な影を生じさせた。
(…あれは…まさか…本物の魔術師なの…?)
「…でも…どうして…ここに…?」
この事態には、アムルも驚愕を隠せなかった。
上空へと上昇し、謎のマントの怪人物から距離を取る。また、周辺警戒用の呪符を使用。周辺への警戒を開始する。
(!)
早速、周辺警戒用の呪符が発行し、複数の何者かが周辺に隠れ潜んでいることをアムルに告げた。
前方、怪人物を含めた七カ所で、アムリタの流れに淀みが確認された!
(…罠!…回避緊急…!)
一気に上昇し、さらに距離を取ろうと試みるアムル!
ビュオッ! ビュオオオオオオオオ!!!
だが、突如として上昇を阻むようにつむじ風が巻き起こり、小型の竜巻となってアムルの動きを阻害した。
「ふふふ、聖少女君。我が演奏、ミクスチャー・ハリケーンには驚いてくれたかな?」
「くくくく…」
「ぐははは…」
「うふふ…」
「くっくっくっ!」
アルムを左右から挟み込むように空中に急上昇し、話しかけてきたアムリタの淀みの発生源たち。
「…ステルス…やはり魔術師…!」
苦虫を噛み潰したような表情で、そう呟くアムル。
「ふっ、如何にも」
「くくっ、我等、東方魔術教団の悪魔六芒星七人衆」
「はははっ、網を張ってみるものだ。こうも容易く聖少女が掛かるとはな」
「ぐはは、汝等、聖少女の身柄と
「うふふ★ この湾岸地帯への入り口で、あなたを待ち受けていたという訳★」
「くふふふ。さーあ、大人しく」
「我々に捕まって貰おうか!」×6
そうアムルに宣言する、悪魔六芒星七人衆の六人。
そんなアムルと悪魔六芒星の六人を地上から見上げ、七人衆最後の一人、仮面とマントの怪人物が、ふっと、忍び嗤った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます