第1話 聖少女アムル、大義と共に降臨す!2

 「がああぁっ!」


 ドッシャアア!!!


 聖少女の回し蹴りによって蹴り飛ばされた連続殺人犯黒石が、その勢いのままにカーテンが締め切られていたガラス戸に激突し、床へとずり落ちた。


 そして、一時的に気絶する。


 「!!! かはっ! ううう…」


 顔面への蹴りで脳を揺らされ、背中からガラス戸に激突したダメージを受け、一瞬呼吸が止まる黒石。

 しかし、数秒後に血反吐と折れた歯を吐き出し、呻き声を上げて意識を取り戻した。


 だが、受けたダメージは深刻なレベル。


 アムルが再開した呪文詠唱を満足に聞き取れないほどに頭は痛み、脚は痙攣し、満足に立ち上がることもできない。

 

 聖少女アムルの重い一撃を受け、黒石は一瞬にして戦闘続行が不可能なほどに追い詰められたのだ。


 「…今度はあなたがそこに並んでいる棺桶代わりに入るんだよ。私はあなたのような殺人鬼は確実に始末する…下手に逃がして被害者が増えたら気分が悪いもの…」


 呪文詠唱を終えた聖少女がそう発言した通り、床に倒れ込んだ殺人鬼の両脇には、異臭の発生源である被害者少女たちの死体が入ったクーラーボックスが、複数陳列されていた。

 今や彼女等の棺桶であるそれ等が、加害者である黒石を手招きしているようであった。


 「ひっ!」


 部屋中央の拘束されたままの女子高校生を迂回し、黒石に近付いていく聖少女。


 (こっ、殺される! おっ、俺が!)


 目の前にいる、非現実的な相手との格の違いをやっと認識した黒石。やっと自身の命が奪われる可能性を自覚した。

 そして、生きることにしがみ付くために、落としたナイフを掴もうと、必死になって床に倒れ込んだまま手を伸ばした。


 殺人鬼である黒石には、もうそのナイフしか、頼るモノがなかったからだ。


 散々、被害者の少女たちの生命を嘲笑い、蹂躙してきた身でありながら、自分だけは死から逃れ、その生命をどこまでも伸ばそうと画策する。


 まるで大罪を犯し、地獄に落とされた亡者が、地上に這い出して蠢いているようだ。


 (…身勝手…そして無様ね…)


 連続殺人犯黒石の、何とも生き汚くい、滑稽な有様であった。


 (もっ! もう少し!!!)


 (………)


 カシャッ!


 カララ…カチャ…


 しかし、黒石の伸ばした指先が届くより一瞬早く、聖少女の靴がナイフを蹴り飛ばした。

 部屋の壁に当たり、停止するナイフ。

 

 「あ…」


 恐怖の表情を浮かべ、顔を上げる黒石。


 その双眸に、冷たい表情を浮かべた、まだ幼さが垣間見える聖少女の貌と瞳が映る。


 しかし、その可憐で澄んだ瞳には、慈悲の輝きは存在しなかった。


 ガンッ!


 ボッ!


 次の瞬間、黒石の頭部左側面が衝撃を受け…反対側の右側面が爆ぜた。


 奇跡のアムリタを宿した聖少女の脚部が、着弾の瞬間に追加の衝撃波を放ち、内部から頭部を破壊した。

 左側面から右側面へと衝撃が突き抜け、その衝撃を受けて大脳が右側面を突き破ったのである。


 バシャッ!


 飛び散った脳漿と血液によって、古びたアパートの一室が連続殺人の舞台らしく深紅に染まった。


 もっとも、今回は連続殺人犯自体が、その主役となったのだが。


 そして、糸の切れた人形のように床に倒れ伏す、頭部を失った黒石の死体。ただ頭部は失ったが、肉体はまだ生きていた。


 ピクリッ! ピクリッ!


 血溜まりの中、ただただ痙攣を繰り返す。


 「…地獄でも獄卒鬼たちにその身体を八つ裂きにされるが良い…幾度となくね…」


 (…あなたのような穢れた魂の持ち主は…何度も八つ裂きにされるのがお似合いよ…)


 しかし、聖少女はそんな黒石の残骸になど、一切慈悲の念など示さず振り返った。

 まだ助けならなければ存在がこの場に居るのだ。悪人の死体に手を合わせるよりも、そちらが優先だ。

 

 凶悪な外道の一人を滅びした聖少女は、早速、犠牲者とならずに済んだ女子高生に近付き、その拘束具を取り外し、椅子から開放する。


 (…貴女たちは迂闊過ぎる。寂しさを紛らわすために…見ず知らずの男にホイホイと無思慮に会いに行ってしまう…)


 「…あなたは運が良かったね…親を泣かすような真似は…もうしないことね…」


 (…ふふっ…親不孝は…私も同じか…)


 SNSで連続殺人鬼の罠に捕われ、殺される寸前であった眠り姫状態の女子高生にそう話掛けると、警察へと連絡する準備をはじめる聖少女。

 事前に用意していたプリペイド式の使い捨てスマホを取り出す。

 その一方、聖少女となって親元を飛び出した自分の不孝を思い出し、自分を嗤うアムルであった。


 (⁉)


 その時のことである。

 元々人気の少なかった旧いアパート周辺の雰囲気が変わり、カラスや小鳥、小さな虫の気配までが消え失せたのは。


 110番を入力していた手を止め、自分が蹴破った玄関の方向を見詰めるアムル。


 (…この気配…大樹の楽園のみんなが状況確認に来たか…)


 チャリッ、チャリッ。


 アパートの通路側から部屋の内部へ、飛び散った破片を踏む音が聞こえた。アムルが玄関扉を蹴破った後に、亀裂が生じた外壁から剥離し、飛び散った破片だ。


 「酷い…匂いね…♢」


 アムルが見詰めるひしゃげた玄関扉の向こう側に、黒石の共犯者の生首を持つ、魅惑の聖少女の姿が見えた。

 トランプの紋様が装飾されている個別衣装の裾から出した腕を鮮血で染め、姿を現した聖少女は、魅惑の術を固有術式とする♧マイネリーベ♢であった。


 彼女は、仲間の聖少女ネムの催眠術式で、周辺にいた共犯者たちに犯行を自白させた後、全員の首を切り落とすよう指示した。

 そして、彼女が最初に、切れ味鋭い得物のトランプでそれを実行した。大量虐殺を犯した者たちに、慈悲は必要ないとの判断だ。

 

 ♤マイネリーベ♡が持ってきた生首は、その時に切り落とした、この黒石の解体部屋のアパートオーナーのものだった。


 元々、黒石とオーナー含めた共犯者たちは、自分たちの姿が映像に残ることを嫌っており、監視カメラなどは周辺に設置していなかった。

 ♡マイネリーベ♢はそのことを知って、堂々とアムルのいるアパートの解体部屋へと歩いて来たのである。

 

 切り落としたオーナーの生首をぶら下げたままで。


 なお、♤マイネリーベ♢の同行していた聖少女たちは現在、協力して周辺地域にいた犯罪組織メンバーを狩っている真最中である。


 「…生首をぶら下げて苦笑している、金髪の聖少女の絵面も…充分…酷いです」


 アムルは臆さず、生首を持つ♡マイネリーベ♤にそう言った。互いに殺人者だ。立場は同じである。


 「それを言うなら、血塗れのアパートの一室で、死体と床に倒れる女子高生を背景にしている聖少女の絵面も酷いわよ。ね♡」


 「…ええ…お互い様ですね…」


 「でしょう♤」


 そうアムルに言い返して、♢マイネリーベ♤は黒石の死体の近くにアパートオーナーの生首を放り投げた。


 「それで、続けるの♧」


 部屋に入り込んだ♧マイネリーベ♤は、内部を一瞥して眉を顰めて、その後にアムルにそう問い質した。

 

 周辺の犯罪の実行犯たちは、他の聖少女たちが駆除中。

 程なく全滅するだろう。

 問題は、歌舞伎町で女子高生たちを拉致する役目の者たちや、自分たちの手は汚さないで甘い汁を啜る、薄汚い組織の幹部たちである。


 彼等を如何するのか?


 それを♧マイネリーベ♡はアムルに問い質しているのだ。


 「…歌舞伎町の連中なら…ここに来る前に全員始末してきました…組織の幹部は当然…追い詰めて屠ります…それが私の愛ですから…」


 その言葉通り、アムルは歌舞伎町で事件に関係した拉致担当の連中全員を始末していた。


 周辺の店の堅気のみなさんの迷惑にならぬよう、営業時間外の昼間に店に侵入。レムから貰っていた睡眠術の呪符を使用したその上で、全員の頭を叩き潰してきたのだ。


 「そう…気を付けて♡ 風の噂で聞いたのだけど、最近は東方魔術教団という連中や、EF団とかいう連中、魔術師狩りの百炎華といった連中が日本各地をうろついているそうだから…これ持っていって♤」


 アムルに警告はするが、これ以上、危ない真似はするなとは言わない♡マイネリーベ♡であった。おまけに護身用の呪符の追加を渡すべく、それを懐から取り出した。


 「…今度は止めないんですね?」


 前回、前々回と、危ないことはやめなさいと諭してくれた♧マイネリーベ♢の心情の変化を訝しみ、直球でそれを聞くアムル。


 「あら♢ それはね、貴女が中途半端な正義感で行動しているんじゃないと理解したからよ♤ それに、貴女ももうすぐ身体が完全に聖少女に生まれ変わるわ♧ それまでに、悔いは残さないようにしなさいな♤」


 「…それは…はい…そうですね…呪符、ありがとうございます…」


 トランプの紋様を装飾された聖少女服の裾をひらひらさせて、そう言う♢マイネリーベ♧。アムルは、マイネリーベから差し出された新たな呪符を受け取り、そう応じた。


 「…」


 無言のアムル。


 完全に聖少女に生まれ変わった新人は、少なくとも数年は楽園で修業するのが習わしである。


 アムルが現世と別れを告げる猶予期間を利用し、こうして凶悪犯狩りをしていられるのも、後僅かなのだ。


 「…あの…警察への連絡…してもらって良いですか?…」


 (…身体が完全に聖少女になってしまえば…好きには動けなくなる…それまでに…この組織だけは壊滅させなければ…一刻も無駄にはできない…)


 ♤マイネリーベ♡の進言によって焦燥感に駆られ、早々に殺人現場から離れようとするアムル。

 これから間を置かず、幹部を狩る決心である。


 「構わないわ♡ でも、焦ってミスを犯さないでね♧」


 「…はい!」


 ダッ!


 「幸運を♡」


 「…ありがとう!」


 駆け足で♡マイネリーベ♤の側を通り過ぎたアムルは、隠形の呪符を発動させると、装着している聖少女服を飛行用に変化させ、アパートから出るとすぐさま飛び去っていった。


 飛行能力は聖少女の基本能力の一つである。


 なお、聖少女の衣装には、飛行時に人体の脆弱な部位を保護するように変化し、飛行の圧力から身体を守護し、ある程度の慣性制御を実現する。


 一方、現場アパートに残された♢マイネリーベ♤は、アムルから渡されたスマホを掌で弄びながら、再び眉を顰めていた。

 犠牲者の遺体が入ったクーラーボックスの多さと、酷い匂いにげんなりとしたのだ。


 (…それにしても若いって良いわね♡ あんなに真直ぐに、他人のために行動でき………はっ!)


 突如凍り付く、♧マイネリーベ♤の表情。


 「若いの! ♢マイネリーベ♧は肉体年齢は14歳のままで固定されているものっ!!!」


 そしてなぜか、肉体年齢14+??歳さんは、自分の思考によって、精神的ダメージを受けているのであった。


 なお、余談ではあるが、♡マイネリーベ♢たちが警察に連絡を入れて姿を消した後、ネット界隈が湧いた。

 ついに日本政府もなりふり構わず大っぴらに、列島に潜む外国人犯罪組織の殲滅に乗り出したのかと、ネットを中心に怪情報が飛び交い、日本中が祭となった。


 しかし、本編とは何ら関係ないので割愛する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る