3.魅惑の刷り込み
「そこで見てて」
「ふざけんな!」
二年前の白い夏は忘れられない。
日照りの強い日だった。
その白い男、世間に「捕食者」と呼ばれる男。
小鳥遊
だが殺人鬼の彼は影浦の両手に杭を打ち込み逃げられないように固定すると、その目の前で日和という少女を殺し始めたのだ。
そんな光景を見てろ、だなんて……頭がおかしい奴だとしか判断出来なかった。
「何で殺すんだよ!」
「僕にもわからないんだ」
「わからないのに人を殺すのか? お前、頭おかしいだろ……!」
「あはは……それはまぁ……うん。よく言われるね」
優樹は穏やかな声で、影浦の言葉に痛いところをつかれたなと困った顔で笑っている。
そして手元の少女の首を切り終えると、彼女の服を脱がせて白い肌にナイフを入れていった。
見たくないその光景を、影浦は見させられる。
「やめろ……殺すなら俺を殺せよ……」
首から出血の止まらない彼女を見て、影浦の声は弱々しくなっていた。
「違うよ、君は見ていないとダメなんだ」
「……何でだよ。俺に何を……」
「僕は人の心がわからない」
一本の線を引いたナイフがしまわれると、優樹は手袋をした手でゆっくりと少女の皮をはぎ始めた。
皮の剥がれる音と血液の擦れる水音が吐き気を催す。
「人の心がわからないから、こうして見たくなるのかもしれない……」
「……だったら殺さなくたって方法はあるだろ」
中学生に的確な指摘を受けた優樹は目を丸くし、悲しい顔をして笑った。
「そっか……そうだよね……。じゃあ、単純に人を殺したいという欲もあるのかもしれない……」
皮が剥がされると、赤い肋骨がてらてらと輝いていた。
まるで宝石のように、美しい赤を輝かせている。
「僕は鏡なんだって」
「?」
「僕はどんな人? って色んな人に聞くんだけど、皆意見がバラバラなんだ。それがずっと疑問だったんだけど……ある時ぶっきらぼうな親友に聞いたらね。『お前は鏡だ。人のことを知りたい余りに、相手を映す鏡みたいにコロコロ変わりやがる』……って」
何わけのわからないことを……と影浦は眉間にしわを寄せたが、先程までの怒りはどこかに行ってしまったようにすっかり大人しくなっていた。
優樹はあらかじめ準備していた銀食器を懐から出すと、それを丁寧に日和の肋骨の上へと添える。
わずかな角度も気になるようで、載せてからもナイフをずらしていた。
「ねぇ、君には僕がどう見える?」
一連の作業を終えると、優樹は顔を上げて影浦へ尋ねる。
影浦はしばらく固まっていたが、なんとか言葉を絞り出した。
「頭が、おかしい奴……」
「……っていうことは、君もおかしい人なんだね」
優樹はまた困った顔で笑い、お互い苦労するねと呟いた。
影浦は視点を動かすことが出来ず、目の前の殺人鬼と少女から目を離せずにいる。
目を逸らしたいのに、止めなければいけないのに……。
見とれていた。
呆然とする影浦を心配して、優樹は再び質問を投げかける。
「今、何をしたい?」
やや間を置いて、影浦は答えた。
「……あんたを、同じように殺してやりたい」
だがそう答える影浦の顔には怒りと憎しみが戻っており、しっかりと優樹を睨んでいた。
そして優樹は自分を睨む少年に歩み寄り、懐から布にくるまれた何かを取り出して彼のポケットに入れる。
細長いものが包まれているような、何かを。
「君にあげる」
「いらねぇ」
「せっかくだから、持ってて」
「いらねぇって言ってんだろ!」
噛みつくように叫んでも、両手が地面から剥がれない。
引き抜こうと力を込めれば肉と皮膚が更に引き裂かれ、手の骨が杭に引っ掛かって手だけを引き抜くことも出来ない。
影浦の両手からはどんどん血が流れ、やがてそれは日和の体から流れ出ている血液と地面の上で交じり合った。
「君ならきちんと、あの子じゃなくて僕のことを追ってくれると思うよ」
「何の話してんだ!? いいからぶっ殺してやる! おい! 逃げるんじゃっ」
「僕が捕まると悲しむ人がいるから……いや、彼女なら怒るかな」
優樹は、「捕食者」は最後に苦笑いして行ってしまった。
その日から、影浦はその時の悪夢を見続けている。
何度思い返しても変えられない過去、何度思い直そうとしても修正出来ない記憶。
影浦はあの日以来、殺人鬼という人種を見る度に吐き気と嫌悪感に苛まれ続けていた。
だがその原因もわかっている。
全ての理由をきちんと自分で理解し、自覚もしている。
彼は「捕食者」に見せられた生き残り……というのは間違いで。
正しくは、魅せられた生き残りだった。
様々な殺人事件を聞く度、見る度に気分が悪くなる。
その度に、「捕食者」が殺した日和の死体のことが脳裏によみがえった。
「……汚い死体だ」
あいつの殺す死体は美しかった。
この上ない美しさと輝きを持った、完成された死体だった。
しかし学校校門の前に飾られた死体を初めとした阿佐美の手掛けた作品。それに乗じて不死原がほふった警官のずさんな死体。
あまりにも醜く、汚く、吐き気を催す出来だった。
だが胃液が逆流しそうになる度に、影浦自身も自分の異常性を痛感している。
「俺は殺人鬼を殺したいんじゃない、捕まえたいんだ……」
何度もそう言い聞かせていたが、不死原にはややバレている節がある。
オマエはオレと同じだ、と断言されてしまった。
そしてそれを影浦も否定出来なかった。まさしく同じなのだから、否定するということは嘘を吐くことになる。
人を殺したいなんて思うのは普通じゃない、異常だ。
殺人鬼は死ねばいいと思うが、それを実行していい理由なんてどこにもない。
わかっている、自覚している、まだ制御出来ている……そう毎日思っていた。
なのに、阿佐美に対してはどうしても抑えられなかった。
(「捕食者」の模倣犯? あんな犯行で、模倣しているだって? あんな死体が?)
そう訴え続ける自分を心の中に抑え込み、「模倣者」を追い続けていた。
そして月城を……日和をさらい、殺そうとした。
そこでやっと、殺していい理由を見つけた。
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