5.別れの理由
そんなはずない。
そう答えられる確信はなく、月城は一年前の記憶をどうにか掘り返した。
夏期学校見学会で学校の説明会を聞きに来たが、あいにく叔父は仕事から離れられずに一人で行くことになった。
知り合いのいない学校を選んだため一人で心細かったのを何となく覚えているが、周りに誰がいたかなんて彼女は覚えていなかった。
もし仮に周りの人間に注意がいっていたとするなら、同学年の中学生しか気にしていなかっただろう。
「いつ見ましたか?」
「?」
月城は頭の中をかき回しながら阿佐美に尋ねた。
「いつ、気付いたんですか? ……あの人に」
「すぐに気付いたよ、だって彼すごく目立つじゃん? あんな髪色してたらさあ」
「……目立ち、ますよね」
「わ、月城さんも俺と同じ感想? 嬉しいなあ~」
そう、彼は目立つ存在のはずだ。
だから自分もあの時、道すがらに何となく目がいって彼と目が合った。
なのにどうして彼は世間から姿をくらませられたのか、それがわからない。
頭が痛くなるばかりで、知れば知る程「捕食者」はわからないことだらけだ。
「『捕食者』を見かけてね、中学生でも父兄でもなさそうだし、誰の付き添いかな~? って気になって彼を目で追ったんだけど。ずっとキミのこと見てたんだよ」
「……ずっと?」
「そうずっと。じーっと見てたわけじゃないんだけど、キミのことをチラチラ見ててさぁ……あ、その時オレは月城さんのこと知ったんだけどね!」
自分のことをアピールするように阿佐美は笑顔を振りまく。
「それでオレ気になって声をかけてみたんだ」
「な、何て言ってたんですか!?」
「……ホントに『捕食者』に興味あるんだねぇ」
もうこの際だ、と月城はやや躍起になっていた。
相手が自分を狙う殺人鬼であろうと何だろうと、今収穫出来ることがあるなら知ってしまおう。
この後には彼に殺されるんだと考えると、最後のあがきに知らないことは全て知っておきたかった。
どうして「捕食者」は自分を呪ったのか、目を付けたのか、去年公の場に出てまで自分をつけていたのか……。
月城が元気を取り戻してきたことに喜んで、阿佐美は包み隠さず去年のことを話した。
「あの日は月城さん以外にも何人か生徒が来ていて保護者も多くてね、その集まりの一番後ろを『捕食者』はついてってさ。教育実習中の俺はその日結構自由に動けてたから、ちょっと話しかけてみたんだよ」
進路指導の教師が校内を案内しながら移動する群れに、阿佐美は近付いた。
そして一番後ろを歩く青年に小さく声をかけると、彼……小鳥遊優樹はその声に反応して振り返る。
「さっきからあの子のこと見てますけど……お兄さんですか?」
そう言って阿佐美は月城を指差すと、彼は静かに首を横に振った。
「え、じゃあまさか……お父さん? その歳で?」
自分と歳が近いであろう彼に今度はそう尋ねたが、彼は苦笑しながらまた首を横に振った。
「じゃあ何なんですか? 従兄弟とか? まさか彼氏?」
阿佐美は次々と質問を投げかけるも、相変わらず首は横に振られる。
じゃああんたは何者なんだ! と嫌気がさした阿佐美が尋ねると、彼はただの通りすがりですと答えた。
「通りすがり……? え、それでまさか校内に入って来てんの? え、ちょっと……」
それはまずい、不審者ではないか? と疑問が過ったが、彼の外見からはそうは受け取れないのだ。
人は見かけによらないという言葉を使うなら彼は不審者だろうが、月城を見つめる彼の目には粘着さも気持ち悪さも感じられなかった。
もちろんこの時阿佐美は目の前の彼が連続殺人鬼の「捕食者」だなんていうことは全く知らない。
だからどうして彼が月城を見ているのか、どうしてこの学校にやって来たのか、どうしてしれっと見学者の群れに紛れているのかということは見当もついていなかった。
「~……通りすがりといえどね、そんなにあの子のこと見つめちゃあ何かあるだろうとしか思えないでしょ。で、何? ストーカーか何か?」
呆れ気味に質問すると、彼はやや間をおいてからようやく本当のことを口にした。
だがその答えを聞くと阿佐美は彼にそれ以上の質問はすることなく、歩みを止めて彼の背中を見ているしかなくなったのだった。
「何て言ってたんですか?」
肝心なところをはぐらかされ、月城はすぐに答えを求めた。
話し終えた阿佐美は一息ついてから顔を上げる。
すると、先程まで笑顔だった彼の顔は悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべていた。
「キミのことが好きなんだって」
乾いた声が工房に響き、次には阿佐美の乾いた笑い声が響いた。
だがその言葉を聞いて、月城は言葉を失う。
(……ど、どういうこと? 何で、あの人が……あたし、を?)
次に頭をよぎったのは「捕食者」の婚約者であるユラの顔だった。
そういえば、と今日のことを思い出す。
綾子から全員と「捕食者」の関係性について説明された時、月城は最後に紹介された。
「捕食者」に会ったことにより身近な人が次々と亡くなっていると暴露された時、ユラが悲し気な目でこちらを見ていたのを不思議に思った。
(もしかして、ユラさん……このこと知って……)
彼女は自分に同情しているのかと想像していた。
いや、あの時のユラからはさみしさという感情しか感じられなかったのだ。
(あの人は突然姿を消したとユラさんは言ってた。それで、あの人があのお店にいたっていう証拠も特に出て来なくて……跡形もなく……って)
もしそれが嘘だったら?
ユラは絶対に犯罪に加担していないことを月城は確信していた。
彼女は犯罪者じゃない、今まで月城が見て来た犯罪者達とは絶対に違う。そう強く思っている。
だがもしかすると……。
(突然消えたんじゃなくて、出ていく時に別れの挨拶をしたとしたら……)
恋人の元を去る時には何て言うだろう?
今まで恋人がいたことのない月城はあくまでも想像の範囲でしかその答えを導き出せないが、きっと……と考える。
指輪まで渡した相手に別れを告げるのには、必ず理由がある。
その理由を言っていたとすれば……。
「……まさか」
好きな人が出来てしまって、なんて。彼は言ったのかもしれない。
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