3.少女の覚悟
あの事件を目撃してしまった日、初めて死体というものを見た日。
初めて、殺人鬼というヒトと目を合わせてしまった日。
その日の夜両親に連れられて交番から帰ると、二人はあたしの話を聞いて、それから色々な話をして、早く忘れるようにしようと励ましてくれた。
もしかしたら殺人現場を目撃してしまった証人として、次は狙われるかもしれない。そんな不安をなくそうと、両親は明るく振る舞った。
だから、楽しいことをしよう。出かけるのは危ないから、明日家で美味しいものでも食べよう。それでゆっくりでいいから、元気になろう。
近所に住んでいた叔父さんに任せておけば大丈夫だと安心した両親は夕飯の買い出しに出掛け、その帰りにトラックに轢かれて死んだ。
いや、轢かれてというよりは壁とトラックに挟まれて……圧死だったらしい。
それから立て続けに親友や従兄弟、クラスメートや仲良くしていた他校生が次々と死んで、死んで、死んで……。
あたしは呪われてしまったのだと気付いた。
あの殺人鬼に呪われてしまった。
何故かはわからない。
ただ、あたしは人を死なせてしまう運命になってしまったんだと自覚すると、もうそこにはいられなくなって、とにかくまずは引っ越すことにした。
叔父と新しい家へ引っ越して、進学する高校もあたしの知り合いが誰も死亡しなかった学校を選んで、環境を変えてみた。
四月に入学して、五月にクラス遠足があって、中間考査と期末考査があって。
何事もなく、このまま夏休みを迎えられるのだと思っていた。
でも、やっぱりあたしは死人を出してしまった。
校門に死体がある、という言葉が耳に届いた瞬間悟った。
あぁ、あたしのせいだ……と。
それでも卑屈になってはいけない、自分のせいだと責任を感じてはいけない。
全てはその人を殺した人殺し、殺人犯のせいであって、あたしはただ巻き込まれているだけ。
そう思わなければダメだ、と叔父さんに教えられていたあたしはとにかく「偶然だ」と自分に言い聞かせるしかなかった。
それなのに……綾子君に見つかって、影浦君達と顔を合わせて、あたしを呪ったあの人を探そうという話になってしまって……。
でも、あたしもこのままではいけない。
逃げてばかりではなくて、むしろこっちから探し出してこの運命を戻してもらおうと動くことにした。
いつまでも自分の運命を、呪いを嘆いていないで変わらなければ、足掻かなければならない。
……影浦君を見て、そう考えた自分がいた。
でもそんなの結局はあたしの独りよがりな考えでしかなくて、ただの願望でしかなかったと気付かされるのは遅くなかった。
同じ境遇の仲間だと思っていた不死原先輩は人を殺し、百合先輩は歪み切っていて、綾子君も……多分、あたしを利用する為に誘ったんだと気付き始めた。
自分のせいではない、自分を哀れんではいけない。
そして同時に、自分は関係ないと目を逸らしてはいけない。
あたしは悲劇のヒロインではない、ただの被害者ではない、しっかりと向き合わなくてはならない……いつもそう自分に言い聞かせていた。
だけど思わず、あの時は我慢出来なくなって……言ってしまった。
「あたしは、あなたの欲望を満たす為に、殺人鬼を引き寄せているわけじゃありません」
口にしてしまうと抑えきれそうになくて、何よりその言葉を聞いた影浦君の顔を見ていられなくて逃げてしまった。
あたしの言葉を聞いて影浦君は、また悲しそうな顔をしていた。
彼自身は自覚していないけど、あの顔はあたしに同情して向けられたものじゃない。
あれは、あたしと同じ顔をした全く別の女の子に向けられた表情。
何も出来なくて、死なせてしまって……すまない。
そんな言葉を言いたそうな顔を彼はよくしている。
その顔を向ける相手は、あたしじゃないよ。
「月城さん……!」
後ろから百合先輩の声が聞こえて一気に後悔が胸の中で膨らんだ。
ただ頭を冷やしたかっただけなのに、誰かに心配をかけてしまうなんて……と。
「ゆ、百合先輩……」
「大丈夫ですか?」
昇降口まで来てしまったあたしは百合先輩の顔を見られないまま、曖昧に頷く。
すると百合先輩がホッと安堵したのを感じて、視線だけ上げてみた。
「私は、月城さんのせいだとは思っていませんよ」
「……な、何がですか?」
「あの警察官を殺したのは不死原さんですし、確かに月城さんの体質を利用しようと目論んでいたと思います。ですが……」
「……」
「あの警察官が殺されたのは、月城さんのせいではありませんよ」
誰よりも頭のネジが外れている彼女が。
そんな人がまさかそんなことを言うなんて思ってもみなくて、思わず心が揺らいでしまった。
本当に? あたしのせいじゃないの? あたしがここにいるから、こうして人が死んで、殺人鬼に成りうる不死原先輩がいて、被害が広まってるんじゃないの?
そんな顔をして顔を上げると、百合先輩は笑っていた。
「影浦さんも、きっとそう言いますよ」
「……そ、そういう話では」
「でも、影浦さんも私も月城さんの味方になりますよ!」
だから気にしないで、と彼女は言った。
それを聞いたあたしは……泣きそうになったというよりは、腰を抜かしそうになってしまった。
張り詰めていた糸が切れてしまったみたいに、そう思ってもいいんですか? と縋ってしまいたくなって。
彼女の背後から忍び寄る影に気付くのが、遅れた。
鈍い音と同時に百合先輩はその場に倒れてしまい、倒れていく彼女を目で追っていたせいで誰に鳩尾を殴られたかがわからなかった。
多分男だ。背はそんなに高くないし、力もそんなに強くない。
でも手慣れていることはわかった。
意識を失ってしまったあたしは、気が付くと何かに座らされていることはわかった。
でも目を開けても目の前は真っ暗で、目隠しをされているんだと思う。
両手は何かで縛られているのかビクともせず、両足は椅子の脚に固定されていて動けない。
体を揺らせば椅子がガタガタと音を立てて、頑張れば倒せることがわかった。
でも、そうしていると足音が背後から聞こえてくる。
コツコツと靴音を鳴らして、ゆっくりと後ろから右、それから前へと回り込んで来た。
相手は……犯人は何も喋らない。
息遣いも聞こえなくて、どんな顔をしているのかも想像がつかない。
ただ、遂に順番が回ってきてしまったんだという現状は理解出来た。
今まではあたし以外の人達がこういう目に遭って来たんだ。
いつかは来るとわかっていた。
でもそれは、「
今目の前にいるのはきっと違う。あの人ではない。
……どうやって殺されるのだろう?
今まで通りなら、彼は胸を開き、肋骨を引きずり出して心臓にナイフとフォークを突き立てる。
被害者の顔は皆、苦痛に満ちた表情をしていたから、……生きたままやられるんだろうな……と。
そう考えると背筋が凍った。
どうしよう。どうすれば逃げられるのだろう。
手足は拘束され、どこかも解らない場所に連れられ……。
影浦君はあたしがいなくなったことに気付いただろうか?
どうか気付いて、あたしを探してくれていたら……なんて願ってしまう。
あたしじゃなくてもいいから、
「……やっと会えた」
「!」
目隠しの向こうから男の声が聞こえ、いよいよ始まってしまうのだとわかる。
全身の筋肉が強張って、あたしは息を飲んだ。
男の息が突然耳にかかり何事かと初めは思ったけど、目隠しをとる為に接近したんだとすぐに脳が答えを導く。
大丈夫、頭はまだ回ってる。いつもより冴えてるくらいだ。
ゆっくりと目隠しが外され、布が腿の上に落ちた。
眩しくて目を開けられずに、光に目が慣れるまでしばらく目を伏せておく。
さあ、どうにかして時間を稼がなければならない。
影浦君はきっと気付いてくれるはずだし、百合先輩も目が覚めれば気付いてくれる。不死原先輩には全く期待してないけど、綾子君もこの絶好のチャンスを逃すわけがない。
深呼吸を一つして、バクバクとうるさい心臓にぐっと力を込めた。
あたしは死ぬわけにはいかない……。
あの人にもう一度会って、この運命から抜け出す為に……。
そう自分に誓いを立てて、ゆっくりと目を開けた。
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