2.模倣の真作


「いいから居場所はわかるのか!?」

「え、あ、はい! 少々お待ちを……」



 タタタと指先が画面を走り、影浦は抱えていた百合を壁によりかかせるようにして座らせる。

 だがその時に彼女のスカートから何かが転げ落ち、コツンと固い音を立てた。

 何が落ちた? と視線を戻すと、床にはスマートフォンが二つ転がっている。



「……おい、綾子」

「ちょっと待って下さいって……え? それ月城さんのですよ」



 ポカンと口を開ける綾子の手元では、月城のGPSが学校にあることを示していた。

 やられた、と影浦は歯を食いしばる。

 連れ去られる時、足取りを掴めるものは全て置いていかれたのだ。



「あの影浦君、一体どうしたんですか? 何で百合先パイこんなところで寝ちゃって……」

「『模倣者』にまんまとやられた」

「へ?」

「だから、月城が連れてかれたんだよ! くそっ……こうなったらなりふり構ってられねぇ!」



 月城のスマートフォンを綾子に託し、そのまま影浦はまっすぐ進んだ。

 そして速度を緩めず不死原の元まで歩み寄ると、問答無用で彼の胸倉を掴み上げる。

 椅子に座っている不死原は立ち上がろうともせず、ただ自分を睨む相手を笑っていた。



「か、影浦君!?」

「お前、『模倣者』の真似してあの警官を殺したんだよな? 首はどうか知らねぇが」

「あぁ、そうだぜ? 手順教えてやろうか?」

「どうやって殺したかはどうでもいい。あの証拠はどっから?」



 影浦のその言葉に不死原の眉がピクリと動く。

 ただならぬ空気に退散しようとしていた綾子も、彼の言葉に思わず食いついた。



「証拠……と言いますと?」

「あの警官にはちゃんとナイフとフォークが刺さってた。あれはあの喫茶店にある『捕食者』の使う食器じゃなく、『模倣者』が使っていた小さいサイズのものだ」

「……よく知ってますね」

「間近でちゃんと確認して来たからな」



 二年前に目にした「捕食者」の銀食器は今日、ユラの喫茶店でも現物を確認した。

 そして「模倣者」が心臓に突き立てている銀食器は今までに二度、直に目にしているが……それらは大きさも模様も違う。

 「模倣者」の使っているナイフとフォークは小ぶりなもので、特注ともいえないような代物だ。

 だが、不死原の殺した警察官の胸には同じものが刺されていた。



「あれは『模倣者』本人しか準備してないはずだ。お前はわざわざ同じものを探し出して用意するような性格でもなさそうだしな」

「……」

「あのナイフはどこにあった?」



 不死原が「模倣者」の元からナイフとフォークをくすねたなら、彼は犯人の正体を知っているはずだ。

 道端で拾いました、では片付けられない。



「へぇ……オレが知ってる、と? 本気か?」

「魂胆はわかってる。お前は殺人鬼を捕まえようなんて考えは端から持ってない」

「……」

「お前はただ殺したいだけの人殺しだ。そんで百合さんはただ殺されたい死にたがり、綾子はただ知りたいだけの物好きだ」



 確かにそうですけど……と綾子は小さく反論する。



「お前らには〝捕まえる気〟はない。だったら、俺が捕まえる」



 もう一度不死原の胸倉を引っ張って睨みつけた。

 不死原は笑顔から一変、非常につまらなさそうな顔で長いため息を吐く。

 影浦の言動が面白くないのか、完全にやる気をなくしているのかはわからないが、まずは手を離せと影浦の手を振り解いた。



「あーあ、つまんねぇ……勝手にしろよ。今回、オマエがいる限りオレはこれ以上誰も殺せそうにねーしな」

「ナイフはどこにあった?」

「何度も聞かなくたってわーってるっつーの。つか、オマエの目は節穴か?」

「?」



 そう言って不死原はある方を顎で指した。

 そちらの方向を向くと、影浦の目がとらえたのは美術室の隅。

 教員室に繋がるドアが一枚だけある。



「……あの部屋が、何だ?」

「あのドアの窓から見えんだろ?」



 説明するのが面倒くさいという顔をする不死原を置いて、影浦は言われた通りドアの小窓から教員室内を覗いてみる。

 中は散らかり放題で、美術教師主任の作品と思われる油絵がイーゼルに立てかけられていた。絵具は出しっぱなし、プリントは散乱、飲みかけのマグや脱ぎっぱなしの上着が放置されている。

 そんな床や机から視線を上げると、壁にはいくつもの作品が立てかけられているのが目に入った。


 油絵や水彩画、写真にも見える絵の下には何期生の卒業生と名前がきちんと書けられている。生徒の作品を大事にする教師だというのがそこから読み取れたが、作品は絵だけにとどまらなかった。

 順に目を滑らせていくと、レリーフ作品や額縁に様々な小物を張り付けたやや立体的な作品。そしてそこから彫刻作品等が並べられており……。



「……あ、れか?」



 自分の目を疑い、不死原の方へと思わず振り返る。

 すると彼はそうだと大きく頷き、眠たそうに大きなあくびをした。



「オマエさ、アレが市販のもんとか思ってたんだろ?」

「……」

「テメェにそう見られるってこたぁ、ソイツもだったってワケさ」



 いつの間にか綾子がすぐ隣に来ていて同じように教員室を覗いていた。

 そして影浦が見つけたものと同じものを目にすると、「あらら~」と思わず声を漏らす。



「まさかこんなとこに……何で気付かなかったんでしょ?」

「オマエの選択科目は? アヤコ」

「えっとー……音楽です。僕、絵心もなければ字も汚いので」

「じゃあ、オレとそこの女だけが美術選択だったってことか」

「え~? なら百合先パイだって、更に美術部じゃないですか。どうしてこのこと……あ、そっか」



 綾子は百合の整った寝顔を眺めて、呆れながらにぼやいた。



「百合先パイも、犯人が捕まらなくてもいいんですもんね。……自分を殺してさえくれれば」



 「模倣者」の使っている銀食器、ナイフとフォークの原型となるそれは美術教員室の壁にかけられていた。

 卒業生:阿佐美、という名札を提げて。



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