10.矛盾の隙


 宣戦布告のように言い放った月城は、そのまま踵を返して美術室を出て行ってしまった。



「月城さん……!」



 そしてそれを追いかけたのは百合だけだった。

 影浦達は開きっ放しのドアを見つめるばかりで、立ち尽くすばかり。

 水を差された不死原はつまらなさそうにため息を吐いて、先程の椅子へと戻ってしまった。



「綾子」

「はい!」



 一息ついてから影浦が名前を呼ぶと、綾子は声を裏返して返事をする。

 険悪な空気に取り残されたことに関しては可哀想だが、中立である彼に同情はなかなか出来ない。



「あの警官……四人目は不死原の犯行だろ。『模倣者』はあいつなんじゃないか?」

「え、ええーっとですね……」

「犯罪者の情報を話したことは今はどうでもいい。あいつが『模倣者』、月城を利用して何人も殺し……」



 何人も殺した殺人鬼だろう、不死原が。

 そう結論を出そうと思っていたのだが、自分で言っていて矛盾点に気付いてしまった。



「か、影浦くーん……? ど、どうかしましたか~……?」



 突然止まってしまった影浦の様子を下から下からうかがう綾子。

 影浦はその矛盾点を問うように、不死原へと視線を投げかける。



「……何人も、殺して……」

「やあーっと気付いたか? 言ったろ? オレは、だってな?」



 その様子からして四人目の警察官を殺したのは不死原で間違いない。

 あの警察官は幼児を誘拐殺人した罪がある。

 その前の三人目の女性は死体から心臓を抜き取った窃盗犯だ。

 だが、それより前の二人は?

 何か罪を犯したか……?



「お前じゃ、ないのか……。何で、こんなややこしいことを」

「だって、面白いだろ? それにあの女にたかる殺人鬼を狙った方がオレの願いも叶いやすい」



 あの女とは月城のことだ。



「だったら……何でわざわざ『模倣者』の犯行の真似をっ」

「真似したらアイツ怒ると思ってよ。ほら、あの窃盗犯の女も邪魔したから殺されたっぽかったろ? だったらオレも『模倣者』の真似して怒らせれば、ソイツに会えると思ってーそんで……まぁ、あわよくば殺せたらなぁって」



 全てが、自分が殺人鬼を殺せる為の算段だった。

 自分勝手で身勝手な、自分が罪を犯すという意識も持たずに。

 ただ殺人鬼を殺したいが為に、事件をこねくり回した。



「おい綾子」

「……はい」

「何でこいつは殺されないんだ」

「……はい?」



 いつ怒られてもいいよう準備万端な綾子は床で正座をしていたが、影浦の問いに首を傾げた。

 影浦はこいつ、と不死原を睨んでいる。



「『模倣者』の真似をして、月城の近くをうろついたのに……何でこいつはまだ殺されてない?」

「それは……そうですね。不死原先パイ、とにかく悪運強いので……だからじゃないですか?」



 綾子はキョトンとしているが、影浦は現状に戸惑い、嫌な予感がしていた。

 どうして自分の真似や邪魔をされて、「模倣者」は不死原の元に現れないんだ?

 犯行現場からはそう遠くない。

 すぐにでも来て、その怒りをぶつければいいのに……。

 ただ悪運が強い……というのも確かにあるかもしれないが、それだけか?

 それとも、別の標的を見つけて、そちらを追っているんじゃないか?



「……二人はどこに行った?」

「月城さんと百合先パイですか? 飛び出してって……昇降口の方に」



 美術室の隅には全員の荷物が置かれている。

 二人の鞄もそこに置いてあるから、必ず戻って来なければ帰れないはずだ。

 月城はきっと不死原の顔を見たくなくて出て行ったはずだが、百合がすぐに追いかけた。

 二人は、まだ戻って来ないのか?



「……まさか、そんなこと」

「影浦君? どこに行くんですか?」



 綾子の声を背に美術室を飛び出して、昇降口を目指した。

 昇降口までは一本道だが、突き当りを左折しないと昇降口は見られない。

 そんなことはないはずだ、いくらなんでも……という不安を胸に、駆け足で廊下を進む。

 突き当りの図書室を左に曲がると、開放されている昇降口がやっと確認出来た。

 昇降口には、倒れた百合が一人だけ。



「嘘だろ……!」



 駆け寄って百合の体をゆすったが何の応答もない。

 外傷は特になく、呼吸とまつ毛の揺れから気絶しているだけだと確認出来たが、もう一人の姿が見当たらない。



「月城は……あいつはどこに!?」



 大声で尋ねても、百合の目は覚めない。



「!」



 耳に届いたエンジン音に顔を上げたが、車は勢いよく走り出し学校の敷地から飛び出していった。

 入学して数ヶ月しか経ってない影浦にはその車の持ち主が誰かは特定出来ない。

 走って追いつけるものではないと頭ではわかっていても足は動き、昇降口を飛び出していた。


 誰もいない正面玄関で、ゆっくりと立ち止まる影浦。

 その足元には、月城のものと思われる上履きが転がっていた。



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