9.死人の秘密


「心臓が届けられた日、あたしと一緒にいた警察の人……」



 綾子の言葉を遮るように月城が言い放つと、綾子は目を丸くして驚く。



「そうですけど……覚えてたんですか?」

「いいから続けろ」



 誰のせいで思い出したかという話になる前に影浦は綾子に続きを催促した。

 背中に視線を感じる。

 恐らく不死原がまたあのにやけ面でこちらを見ているのだろう。



「で、まぁこの警察官は確かに月城さんと接触はしたのですがー……ちょーっとワケありなんです」

「警察の方にワケあり? ですか?」



 百合の問いはもっともだ。

 綾子はうんうんと頷きながら面白そうに説明した。



「実はこの警察官、警察官をしながら人を殺しちゃってるんですよ。しかも女の子を二人」



 日本の警察は拳銃を扱うことは少ない。

 したがって、やむなく人を撃ち殺すということもほぼないはずだ。

 影浦の頭の中でまたあの警察官の言葉が思い出された。

『あいつロクな噂ないから』



「……って、そういうことか」

「はいそうです。影浦君が何で知ってるかはわかりませんが、警察署内でも噂だけはあったそうなんです。雰囲気が暗いーとか、幼稚園児にだけは妙に優しいーとか、女性警官からは気持ち悪いー……とか」

「幼稚園児?」

「誘拐殺人、って奴ですよ。あんまり詳しく話すと気持ち悪いんで省きますが」



 つまりあの殺された警察官は幼稚園女児を二人も誘拐し、殺した……ということだ。

 形容出来ない感情が腹の底から溢れかえる。

 そんな人間のクズが、国家権力の裏側で何をしているんだ……と。



「確固たる証拠が出て来なかったせいでどうにも出来なかったらしいんですが……あの日、月城さんと会ってから。この警察官、有給申請をしていたんですよ。しかも一週間ですよ、一週間。申請理由が忌引きって書いてあるんですから笑っちゃいますよね~」

「そのことをあいつは知ってたのか」

「え?」



 突然低い声が美術室に響いた。

 一瞬誰の声だ? と綾子も百合も月城も首を傾げたが、その声の主に気が付くと三人はその人物をじっと見つめる。

 そして彼、影浦は綾子を見据えて自分の後方を指差した。



「あいつは、警官のことを知ってたのか」

「……」



 答えてはいけない、と綾子の中で警鐘が鳴り響く。

 不死原を庇ってではない。自分の身の危険を感じたからだ。

 だが素直に答えなければ、影浦の怒りを大きくしてしまうのではないだろうかという不安も拭えない。

 話すべきではない、でも言わなければもっと危ない、でも……。

 そんな考えは綾子の顔に全て出ていて、影浦は聞かなくても答えはわかったと振り返った。

 不死原は椅子に腰かけ、ただただ楽しそうに笑っている。



「お前がやったのか」



 尋ねると、不死原は肩を竦めた。



「やったかもな」



 そう答えると、影浦は軽蔑の眼差しを隠そうともせず彼に浴びせる。



「お前が『模倣者コピーキャット』か……?」

「それは答えられねぇ」



 秘密にした方が面白いだろ? と不死原は笑ったが、影浦は穏やかなままだ。



「それじゃあ質問を変えよう。どうして警官を殺した?」

「警官? 犯罪者の間違いだろ? いや、人殺しか」

「人殺しなら殺してもいいって言う気か?」

「なーんで人殺しを野放しにしておけるんだ?」



 ガタン、とわざと大きな音を立てて不死原は立ち上がると、つかつかと影浦の元へ歩み寄って行く。



「人殺しだぞ、人殺し。別に社会のゴミ屑が死のうといなくなろうと消え去ろうと、誰も困りゃしねぇし、むしろ皆喜ぶだろ? あのクズはこんなちっせぇガキを二人も誘拐して、監禁して、犯して、殺したんだってなぁ……。な、アヤコ」

(僕に振らないで下さい!!)



 小声で綾子は訴えたが、影浦は不死原から視線を外さなかった。

 二人の間の距離が数十センチというところで不死原は立ち止まり、目と鼻の先まで顔を近付ける。

 影浦は自分よりやや高い位置へ視線を上げた。



「人殺しを殺して、何が悪い?」

「お前も人殺しだろ」

「あぁ~そうだった……。だがオレはイイ人殺しだろ? そうじゃねぇか?」




 ――何の罪もない人間を殺すのは我慢して、殺人鬼だけを殺してるんだから




 自供にも似た言葉が響き、空気を凍らせた。

 窓の向こうは、ドアの向こうは夏の太陽に照らされ暖かいというのに、彼等のいる美術室にだけ不穏な空気が流れている。

 ただの高等学校の、ただの校舎の一室で、ただでは済まされない話が交わされている。



「オマエも確か嫌いなんだよなあ、カゲウラ。人殺し、殺人犯、殺人鬼……自分の欲望の赴くがまま他人を弄んで、邪魔になったら殺すようなクズ共が」

「一緒にするな」

「またまた……。オマエだって本当は殺したいんだろ? 反吐が出るような人殺し共を」



 お前は同族だ、同類だ、仲間だ、友達だろ?

 そんな言葉を浴びせられているような感覚に、「人を殺したい」という欲望を隠さずぶちまける男を目の前に、影浦は同じ感想を抱いた。

 反吐が出るのは、お前に対してもだ……と。



「あたしは」



 重苦しい空気を破ったのは、凛とした声だった。

 その声に影浦までもが振り返り、はまっすぐ、不死原を捉えている。



「あなたの欲望を満たす為に、殺人鬼を引き寄せているわけじゃありません」



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