5.情報の巣

「今日皆さんにここに集まってもらったのはですね、……まぁ暑いですし、涼みながらのんびりお話が出来るようにと思ってなんです」

「は? 長くなるのか?」



 すかさず不死原の不機嫌な声が飛んできたが綾子はうーんと唸る。



「どうでしょう。僕からお話しすることももちろんあるんですが……どちらかというとメインはこのお店なので」



 ますます意味がわからない、と綾子以外の全員が同じ顔をした。

 この店と自分達と、何の関係があるというのか。

 しかしその重要なところをうやむやにしたまま、綾子は話を進める。



「ま、今は取り込み中のようですので先に僕の報告からしますね。先日、警察に逮捕される前に殺されてしまったあの女性……覚えてますよね?」



 隣で月城が体を強張らせたのがわかった。

 彼女の自宅に〝人間の心臓〟をプレゼントとして運んだ、影浦達が捕まえたあのおかしな女のことだ。

 彼女の月城への入れ込みようは、とても普通とは言えなかった。

 しかしその異様さこそが、殺人犯、殺人鬼となりうる人間だという何よりの証拠であり、月城が殺人鬼を引き寄せる体質だという証拠でもあった。



「あの女性は恐らく月城さんに急激に接近した為、誰かに殺されたので間違いないと思います。あの後警察の検死報告書を見比べてみましたが、殺され方が校門で見つかった男性の死体と同じでしたから」

「……なぁ」

「何でしょう?」

「あんまり突っ込みたくはないんだが……お前、よく警察のデータがとか言ってるけどよ。……ハッタリじゃないだろうな?」



 つい堪えられず、影浦はその疑問を口にした。

 すると綾子は顔色の悪い笑顔を見せ、タブレットをテーブルの上に置く。

 そしてどこか自慢げに話し始めた。



「僕は勉強こそ大して出来ませんが、それはもちろん勉強をしていないからなんです。僕は『捕食者』に会ったあの日から、一日の半分以上をコレに費やしています」



 彼の癖なのか、綾子はトントンといつものように液晶を指先で叩いた。



「情報は求めれば求める程、時には金銭のやり取りによって莫大に手に入ります。ゲームと同じですね。時間をかける程僕は有利になっていくんですよ」





 ――僕は教科書に書かれているこの世界の歴史や方程式、外国語なんかよりも〝殺人鬼〟という人間の種類に興味があるんですよ。





 ストローで突いていたアイスには遂に穴が空き、ストローが丸いアイスを貫通した。



「皆さんも、ネットを利用するなら会員登録という個人情報の記入をしますよね? 学生が論文を執筆していて、万が一データが飛んでしまった時の為にとクラウドを利用してネット上にデータを保存します。友達と連絡を取るのに、電話番号やメールアドレスを衛星を通してやり取りします。仕事上でデータのやり取りをする時は、画像データや書類データを添付します。そういうのは、これ一つで全て覗けてしまうんです」

「中学校で受けるネットマナー講座みたいな話だな」

「えぇまぁそうなんですが、その他にも利点はあるんですよ」



 つまり綾子は警察のデータなんてすぐにでもかっぱらって来れると言いたいのだろうが、それだけではまだ彼の情報を信じる保証にはならない。



「時間をかけて入手する情報にも限界があります。特に、裏社会……とまで言うと大袈裟ですが、表立って話せないような話題は全てネットの海の底に隠れているんですよ」



 次々画面を進めて行くと、タブレットにはあるページが表示された。

 そのページは「キラーファン」と題されている。



「僕はを知る為に、二年前にココを見つけました」

「このサイトは何なんですか?」

「世間やメディア、時には警察まで把握していない……ネットの殺人鬼図鑑と言ったらいいんですかね?」



 百合の問いに、綾子はニヤニヤ笑いながら答えた。



「もちろん毎日このページは更新されますし、捕まった殺人鬼はこうしてバツ印が付けられます。ですが長年の指名手配犯についてや、未解決の殺人事件の犯人の情報なんかはこのサイトで見れば一発でわかるんですよ」

「……そんなサイト、誰が更新してるの?」

「さあ? 人数を数えたらキリがなかったので、途中でやめました」



 「キラーファン」。


 殺人鬼愛好家、殺人鬼マニア……といったところか。

 このサイトには殺人鬼好きや情報好きな連中が常に更新しているらしく、今もリアルタイムで速報が次々と書きこまれて行っている。

 人の趣味をとやかく言うつもりはないが、このページを利用する奴らとは関わりたくないなと影浦は思った。



「『捕食者』の記事もあるんですけど……残念ながら僕等が知ってるようなことしか書いてないんですよね~」

に直接会って生き残ったのはオレ達だけだからなぁ? そりゃ情報もねぇだろ」



 不死原が口を挟むと、おっしゃる通りと綾子は頷いた。



「ですがね、この記事見て下さい。あ、グロ画像とかはないのでご安心を」

「……『模倣者コピーキャット』?」



 綾子が提示したのは「模倣者」という殺人鬼について書かれた記事だった。

 流石マニアの巣窟と言うべきか、目立つ殺人鬼には皆あだ名をつけているらしい。



「この殺人鬼は去年から活動しているらしいんですが、コレ見て下さいよ」



 興奮気味に彼が指差した箇所には、太字で「犯行特徴」と書かれてある。





 犯行特徴:胸部の開胸、肋骨の観音開き、心臓へ凶器の突き立て、模倣犯?





「……これ、あの死体のことじゃねぇか」



 影浦がそうこぼすと、綾子は大袈裟に頷いた。

 肋骨を無理矢理開くのはかなりの重労働だ。

 ただ人を殺すだけで、それをやるメリットがあるはずはない。



「業界でも、やっぱり『捕食者』の模倣犯じゃないかーって言われてるんですよ。ようやく僕等に近付いてきましたねぇ」



 その口振りからするに、どうやら模倣犯だと気付いたのは綾子の方が先だったらしい。

 随分楽しそうに笑っているが、影浦の胸の内は嫌悪感に支配されていた。

 何もおかしくない、笑えない。

 こんな殺人鬼がいるなんて……。

 拳を握り締めると、手の平の古傷が痛んだ気がした。



「お待たせしました」


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