6.銀の輪


「!」



 話の間を縫うようにして店員だと思われるあの女性が料理を運んできた。

 突然の声に体が固まったが、特に月城は体を浮かせて驚く。


 他の人に聞かれてはいけない、そんな話をしている気分で、もし聞かれてしまっていたら……? と考えずにはいられなかった。

 ただ話をしているだけなのに、何故か罪悪感に似た何かを感じてしまう。

 殺人鬼の話をするなんて、やはり悪趣味だ。

 しかしそんな学生達を気にも留めずに、女性は皿を掲げた。



「ミックスサンド、ナポリタンは」

「あ、僕です」

「俺です」



 綾子と影浦はほぼ同時に手を上げる。



「それとグラタン、カレーライス、カツサンド、カルボナーラ、オムライスです」



 次々と載せられる料理にテーブルは埋まっていき、結局隣のテーブルをくっつけることになった。

 その数人前の料理は、全て不死原の前に並べられていく。



「……どんだけ食うんだよ」

「は? つーかオマエこそそんなんで足りるって、どうかしてるぜ」



 どうかしてるのはお前だ、とは言わず影浦は大人しくナポリタンを啜り始めたが、殺人鬼について話しながら食事というのも変な気分だった。

 そんな彼とは反対に、不死原はガツガツと料理を食べ進める。

 だが料理を運び終えた女性は影浦達のテーブルから離れようとはしなかった。

 そして綾子はサンドウィッチを頬張りながら彼女へ声をかける。



「あ、じゃあもう大丈夫ですかね? それとも、他のお客さんまだいますし……もう少し待ちます?」

「いや、それは大丈夫。二人共常連さんで夜まで帰らないから」



 おかしなことに、女性は当たり前のように綾子の言葉に答えた。



(ここが目的地、って……そういうことか?)



 店、というより彼女に何か関係があるのか?

 誰もがそう言いたそうにしていると、女性は隣のテーブルから椅子を足して腰を下ろした。

 このまま話し合いに参加するように。



「それでは今日のメインです。こちら、このお店の店主の小鳥遊たかなしユラさんです」

「小鳥が遊ぶと書いて小鳥遊」



 どうやら彼女は店主らしく、店の名前は苗字からとっているようだった。

 だが話に加わる理由の説明にはなっていない。



「メイン、ってどういうこと? 店主さんが……何か? あたし達と同じとか」

「いえいえ、僕等以上と言ってもいいでしょう」



 月城が言葉を濁しながら尋ねたが、被害者以上なんてあるものかと影浦は眉間にしわを寄せた。

 皆の誤解を解かねばと、綾子は更に説明を加える。



「ユラさんは『捕食者』の被害者である僕等よりも重要なんですよ。なんせ彼女は……」





 ――「捕食者」の婚約者ですから





 平然とした綾子の声、言葉に耳を疑い、飲み込んでいたものが喉に詰まりそうになる。

 月城も百合も言葉をなくしていたが、不死原だけは構わず食事を続けていた。

 「捕食者」の婚約者、ということはつまり、殺人鬼の婚約者ということだ。



「婚約者って……まさか、あんたも……」



 自然とユラの左手に視線が行き、無意識に薬指を見ていた。

 指輪は、してある。

 外していないのか。あんなことがあったというのに。



「いや、私はただの一般人だよ」

「……どうだか」

「ちょっ、影浦君」



 ユラの言葉に怒りと動揺が膨らみ、立ち上がった影浦に月城の言葉は届かなかった。



「あいつの……いや、俺等は二年前に事件に遭ったんだぞ。二年だ、二年! なのにまだソレを外してないってことは共犯か、肩を持ってるかのどっちかなんだろ!?」

「私には人を殺せる度胸も動機もない」

「涼しい顔してよく言うな……」



 ユラの表情は全く変わらない。

 眉も頬も一ミリも動かず、目を閉じて影浦からの責め立てが過ぎるのを待っているかのようだ。

 それが余計に油を注ぐ行為だと彼女もわかっているはずなのに、それでも彼女は堂々としている。

 自分の婚約者が、目の前の高校生達を危険な目に遭わせたというのに。



「影浦君!」

「!?」



 立ち上がっていた影浦の体を引き、引っ込めたのは月城だった。

 その隣で百合も心配そうにこちらを見ている。



「気持ちはわかるけど、小鳥遊さんは何もしてないでしょ? あたし達はを直接見たけど、彼女とは初対面だし」

「そうですよ影浦君。それに、きみが怒ってちゃ話が進みません」

「……言いたいことがあるならハッキリ言え、綾子」

「スミマセ~ン」



 月城の説得に加勢したのは綾子だったが、彼は影浦から睨まれないようにとテーブルの下に半分隠れていた。

 呑気な声を上げながらテーブルの下から出て来た彼は、口をモグモグと動かしている。

 この連中はどれだけ神経が図太いんだ、と影浦は頭が痛くなった。



「じゃ、影浦君は月城さんに押さえてもらうとして……、僕が今日ここに来たのはユラさんからあることを聞きたくてなんです。僕もほぼ初対面ですしね」

「そうね」



 するとユラはようやく目を開いた。

 嵐は去るまで静かに待つタイプなのだろう。

 嵐が去ると、彼女は積極的に口を開いた。



「それで、生き残りの学生五人が私に何の用? さっきも言った通り、私は何もしていないし、詳しいことは聞かされていないんだけど」

「ユラさんに聞きたいのはの足取りについてなんですよ」

「……」

「僕等は皆、に会う為に集まっているんです。皆でを探してるんですよ」



 それを聞いてユラは視線を微かに泳がせた。

 そして組んでいた腕をゆっくり解き、彼女の右手は自然と左手に触れる。



「……彼に会って、どうするの?」

「それは皆バラバラです。もしかしたら百合先パイは殺されるかもしれませんし、不死原先パイはを殺すかもしれませんし……影浦君が捕まえてしまうかもしれません」

「あなたは?」

「僕はただお話出来れば満足です」

「じゃあ、彼女は?」

「月城さんは、会えればいいんです」

「会うだけ? 何か聞いたり……怒りをぶつけたい、とかじゃなくて?」

「えぇ。月城さんは彼に会った後に、ご両親も親友も亡くしていますから……間接的な被害者ですので」



 誰かが「え」と声を漏らした。

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