9.余りのフォーク
「う~ん……居場所もわからず、行動も読めず、人に聞いても無駄となると……ダメですね~」
「お手上げか」
「そうは言ってませんよ。ただ非常に難しいだけです」
一緒だろうと影浦は呆れたが、そこは譲れないらしい。
とにかく、綾子が今日この店に来た目的は全て空振りだったわけだ。
何の収穫もなく、ただ腹を満たすことしか出来なかった。
残る手掛かりは「捕食者」の模倣をしていると思われる「模倣者」だけ……。
「なあ、タカナシさん」
話を終えそうになったところで、今まで静かだった不死原が再び口を開く。
「どうした? まだ何か食べるか?」
「この食器よぉ……オレ見覚えあんだけど」
そう言いながら不死原は自分の使っていたフォークを掲げた。
どこのレストランでも扱っているようなフォークだし、特別変わったところは見受けられない。
と言いたいところだが、言われて影浦もすぐに気が付いた。
むしろそのフォークは自分も使っていたのに、どうして気が付かなかったんだと乱暴に手に取る。
「……どういうことだ? ナイフもあるのか?」
「え、ちょっと待って。何の話?」
「食器がどうかなさったのですか?」
影浦の手の中にあるフォークをまじまじと見ていた綾子もやっと気付いた。
「あぁ、なるほど。だから警察はこの店に来たわけですね?」
「あの、説明をお願いしたいのですが……」
「だーかーらー、ナイフとフォークだつってんだろ」
百合の言葉を遮るようにガタンと椅子を鳴らして不死原は立ち上がり、ユラへゆっくり歩み寄る。
長身のユラよりも頭一つ高い彼は至近距離で彼女を見下ろした。
銀色のフォークを彼女に握らせながら。
「このフォークの彫刻、特注か何かか?」
「……私の友人が作っているものよ」
「アイツも間抜けだなぁ、死体にこんなわかりやすい証拠を残していくなんて」
そもそも本名もわかっていない「捕食者」の家を警察がどうやって特定したのか、彼女の口から語られていなかった。
DNAの一つでも出ていれば、綾子がその情報を掴んでいるはずだが彼も何も言わなかった。
だが、「捕食者」の証拠はここにある。
「死体の胸に置く為に作ってんのか? ここのフォークは」
フォークの柄には、小さな羽と蔦の模様が刻まれている。
その模様は「捕食者」に殺された被害者達に添えられていたナイフとフォークに酷似していた。
というか、そのものだ。
「彼が勝手に持ち出していただけよ。どうして食器なんかを使ったのか、私には見当もつかないけど」
「オレも知りたいねぇ」
不死原は煽るようにユラを見下すが、彼女の表情は相変わらず冷めている。
「どれだけ聞かれても、これに関しては私から言えることはない。こっちだって数が減って困ったんだから……」
嘘をついているようには見えず、ユラはそれ以上何かを答えることは出来ないとしか言わなかった。
そして問い質しても無駄だと悟ると、不死原はつまらなさそうな顔をして自分の席へと戻る。
随分あっさり引き下がるなと拍子抜けした。
「警察は現場にこれが残されていたと言ってうちに来た。けど指紋は出なかったし、さっきも言った通り彼がここにいたという証拠も何も出なかったのよ」
「……本当か?」
「時間を無駄にしたいならどうぞ」
どうしてこんなわかりやすいミスをしたのか、そもそもそんなことも考えていなかったのか。
「捕食者」の一番の特徴である凶器を目の前にして疑問は次々と浮かんだ。
しかしこればかりはユラの言う通り、どれだけ彼女に聞いても時間の無駄らしい。
あとは本人に直接聞くしかない。
「わからないんじゃ仕方ないですね。ご飯も食べれましたし、そろそろ帰りましょうか」
「もういいのか?」
「僕が聞きたいことは聞けましたし、他に何か聞きたいことがあったら個別に……どうでしょう?」
「私なら構わない。いつでも来て」
「だそうです~」
お開きにしようと綾子が立ち上がると、皆も彼に続いて席を立ち財布を手にした。
だが伝票用紙を手にした百合はお構いなくと微笑んで一人で会計へ向かう。
人をおごるのが好きなのかな……と月城が困惑した表情でぼやいた。
何の話だ? と影浦は首を傾げたが、その間に百合は全員分の会計を済ませてさっさと店の外に出てしまう。
綾子と不死原はラッキーと言わんばかりの顔で財布を鞄へしまった。
「あの」
「?」
自分以外が店の外へ出たのを確認してから、影浦はレジ作業をしているユラに声をかけた。
一つだけ、どうしても気になることがある。
「本名は、教えてもらえませんか?」
「……彼の?」
「えぇ、ニュースでも見たことがないんで。まぁ、ニュースに出ないってことは警察にも言ってないのかもしれませんが……」
「……
「!」
「久しぶりね、彼の名前を呼ぶの」
随分あっさりと答えられて驚いた。
すかさず小鳥遊優樹と頭の中で復唱すると、店の外からこちらを覗く綾子に気付く。急かすなと顔をしかめると彼はまたニヤニヤと笑った。
「ありがとうございました。俺はまた来るかもしれません」
「この時間帯なら空いてる。朝と夜は人が多いから避けるのを勧めるわ」
「どうも」
ユラが扉を開くとドアベルが鳴り、影浦が出るのを見送った。
「そういえば、ひとつ」
「?」
すれ違いざまに彼女は影浦へと声をかける。
次に来店する時の注意事項がまだ? と耳を傾けた。
「カトラリー……ナイフとフォークのことだけど、彼が持ち出したせいで作り直す羽目になったの。なくなった組を数えたら、彼が殺した人数もわかってしまって……複雑な気持ちになったわ」
「……でしょうね」
「それで、報道された人数となくなったカトラリーの組の数を比べたんだけど……足りないのよ」
――ナイフが一本だけ、どこにも見当たらない
その言葉の意味を理解して、心臓が大きく脈を打つ。
耳を疑ったが、彼女はまっすぐこちらの目を見つめている。
外から流れ込んで来る湿気を多く含んだ空気が冷やされ、汗が背中を伝った。
「それは、つまり」
「もう人殺しなんてやめたと思いたいのは、身内だからでしょうね。でも、見当たらないナイフはまだ見つからない。必ず一組ずつなくなっているのに……どういう意味だと思う?」
「……どうして俺に?」
「あなたなら一番にわかると思って。彼のこと、よくわかってるしね」
「俺は、何も……わかりたくなんか」
「彼の頭がおかしいなんて。そんなこと、昔から知ってるわ」
哀れむような声で、ユラはそう言い捨てた。
ナイフが一本だけ見つからない。
一本だけ持ち去った意味を知っているかだって? そんなこと……。
至極簡単な質問だ。そんなの決まっている。
彼はまた、誰かを殺そうとしているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます