第三章:いなくなった人
1.運命の分岐点
店を出ると、途端に熱気に体を包み込まれた。
店に入る前と比べて太陽の位置は低くなっているが、そろそろ一日の最高気温になる時間帯だ。
早くも暑さにうんざりする中、相変わらず綾子はニヤけた顔でこちらを見て来たが百合の姿だけがなくなっていた。
「先に帰ったのか、あの人」
「あぁ、うん。昼に美術部のデッサン会があるらしくって……さっき車が」
「車?」
「監視用の車……みたい。多分、前にも見たから」
まだ百合のお嬢様っぷりに慣れていないのか、月城はぎこちなく答えたが影浦はそうかと軽く流した。
以前本人の口からも親が心配していると聞いたし、つい先日学校でも惨殺死体が発見されて物騒なのだ。お嬢様ならそれくらい普通だろう。
「それで、影浦君は一体何を聞いたんですか? やっぱり、殺人鬼のことは嫌いでもちゃんと興味はあるんですね~」
「捕まえようとしてるんだから当たり前だろ。名前を聞いてきたんだよ、あいつの」
「名前? ……え、本名教えてくれたんですか!?」
綾子が驚いたことに影浦はビックリした。
そんなに驚くことか? と思う程に彼は目を丸くしている。
「お前は聞かなかったのか?」
「聞きましたよ! でも僕には教えてくれなかったんです!」
「……あっそ」
「教えてくださいよ~!」
普段はのんびりとしか喋らない綾子がこうも声を上げるのは面白かったが、影浦は取り合う義理はないとそっぽを向いた。
綾子もしばらく粘ったが、望み薄と判断すると影浦に詰め寄るのをあっさりやめる。そしてぶつくさと呟き始めた。
「いいですよ~……何としてでも僕のルートで探し当てますから」
「綾子君どこか行くの?」
「? 学校ですけど」
とぼとぼと歩き始めた綾子は猫背気味に振り返る。
「今日皆さんに集まってもらったのはユラさんにお話を聞くだけでしたし、あとはもう解散ということで」
「解散なら家に帰れよ、帰宅部」
「僕ん家、冷房弱いんですよ……」
「なら図書館行けよ」
「百合先パイと殺人鬼語りでもしようと思ってたんですよ~」
そう言うと綾子は学校へと向かって行ってしまった。
涼しくなるまで学校で時間を潰すのか、それとも百合と談笑する為か……。
どちらが本当かはわからないが、影浦にとってはどちらでもよかった。
「用がねぇならオレは帰るぜ」
そして続くのは不死原だった。
正直彼に関しては遅刻して、ただ食事をしに来ただけなような気もするが……。
文句を言っていないからいいのだろう。
そういうことにしておきたい。
「……じゃあ、影浦君も帰る?」
「帰ろうと思ってたが、……ちょうどいい」
「?」
「お前に話がある」
本当はまっすぐ帰るつもりだった。
しかし、彼女に話さなければならないことが出来てしまった。
月城は何の話? と首を傾げたが、影浦の様子を見て場所を変えることにし、近くの公園まで移動しようと提案する。
喫茶店から見える団地のすぐ脇には小さな公園があり、日陰のあるブランコに腰かけることにした。
待っててと言った月城はどこかへ行き、しばらくすると冷たい缶ジュースとミネラルウォーターを手に戻ってくる。
「暑いから、はい。さっきも飲んでたし、水でよかった?」
「え、……あぁ。……金」
「今度何か奢ってくれたらいいよ」
はにかむ彼女は隣のブランコに腰を下ろし、缶ジュースのプルタブを開けた。
その横顔を見ながら、やっぱり違うよな……と影浦は小さく呟いた。
「それで、話って? っていうか、綾子君達はいなくていいの?」
「……あぁ」
「そっか」
お返しを次に約束されたペットボトルの蓋を開けられず、影浦はゆっくりと口を開いた。
綾子達がいては出来ない、聞かれてはいけない話だ。
月城はただ影浦の言葉を静かに待っている。
ぱっちりとした大きな二重の目で、こちらを見ている。
はつらつとした彼女に、それでもその面影が重なってしまう。
「お前は抜けた方がいい」
「……え? ……な、何から」
「この集まりだ。あいつを探すとかいうくだらない集まり……」
突然の言葉に月城は目を白黒させた。
まさかそんなことを言われるなんて、と。
「く、くだらなくなんかないでしょ? あんな事件を起こした殺人鬼を探そうって言うんだから」
「前にも言ったが、普通こういうことは警察に任せておくべきなんだ」
「じゃあ……影浦君も抜けて、警察に任せるってこと?」
「俺は続ける。一人でも」
「だったらあたしは抜けないよ」
顔を見なくても声でむっとしているのがわかった。
しかし彼女の方へ顔は向けられない。
「あたしだけが抜ける理由なんてないし、あたしだって抜けるつもりはない」
「……いや、やめた方がいい」
「どうして? あたしがあの人に『運命を元に戻してもらいたい』っていう動機じゃ弱い?」
月城の言葉ははっきりとしていて、落ち着いていて、しっかりとしていた。
相手に言葉がきちんと届くように、理由をきちんと聞き出したいと伝わるように。
影浦に向かって、その言葉は吐き出される。
「さっき綾子君も言ってたように、あたしは親と親友……他に数えるなら友達や親戚だって亡くしてるんだよ。それが理由じゃダメ?」
「偶然かもしれないだろ」
「十三人も死ぬのが偶然だと思う?」
具体的な数字が彼女の口から出た瞬間、それは一気に現実味を帯びた。
影浦は彼女の身の上に何があったのかをまだ知らない。
月城は一つ一つ思い出しながら語った。
「初めはあの人を見かけた……目が合った次の日。お父さんとお母さんは買い物に行った帰りに、交通事故で死んだ。けど、相手側はわざと突っ込んで来た……わざわざトラックを選んで、人をひき殺す為に」
「……」
「その次は幼稚園の頃からずっと一緒だった親友。何日も連絡が取れないと思っていたら……あたしの、代わりに……。連れ去られて、乱暴されて、……バラバラにされて……」
「……」
「あたしと間違えた……って、言ってたんだよ? 間違えたから何? だからって殺していいわけないじゃない」
段々彼女の声音が強くなっているのは涙をこらえているからか、怒りを抑えているからか……。
顔を上げずに横顔を盗み見てみたが、どちらかはわからない顔をしていた。
ただ、今自分はひどいことをさせているということは、影浦もわかっている。
「それからどんどん、あたしと関わりのある人ばかりひどい目に遭って……皆死んでいく。皆お互いに知り合いってわけじゃない。あたしが、皆と繋がってた……。だからあの人を見つけないと」
「あいつはまだ誰かを殺そうとしている」
遮られた言葉に、月城は固まった。
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