8.感情の顔
「月城さんはどういう風に思ってたんですか? 彼を!」
「えっ……とー……。あたしは直接話したわけじゃないし、何メートルも向こうにいたのを見かけただけで……。だけど」
「だけど?」
「……悲しい顔を、していたから」
「はああ?」
大声を上げたのは不死原で、百合も影浦もポカンと口を開けていた。
静かな店内に大声が響いて他のお客への迷惑が一瞬頭をチラついたが、老人と女子高生は全く反応を示さない。
奥に行ってしまったユラからの反応も特になかったので、とりあえずこのまま進めよう。
「何だそりゃ? アイツが何だって?」
「だ、だから……泣きそうな顔してたんですよ。あたしに気付いて、目は合ったので」
「泣きそうだ? それ別人だろが! 何度でも言ってやるがオレはアイツに殺されかけてんだぞ!?」
「わっ、わかってますよ!」
「アイツに表情なんてあるかよ。あったとしても、殺意しかねぇようなクソ野郎だ」
「表情がないなんて、そんなことありません!」
不死原へ反論を始めたのは百合だった。
愛しい人が侮蔑されたかのように彼に詰め寄る。
「あの方はとても優しいお顔をされるのですよ! それはもう、心の底から落ち着くような素敵な笑顔を……」
「だからキモいつってんだろ! 誰の話してんだテメェ!」
「え~僕は不思議な人だなぁと思いましたけどね。彼のこと」
「綾子君も違うの……?」
言い合う二人を眺めながら綾子は頬杖をついて首を傾げていた。
「えぇ、まぁ僕は見逃してもらった立場なので特殊かもしれませんが。僕があることないことまくしたてるのに、静かに僕の話を全部聞いたと思ったら『そっか』って言って行っちゃったんですから」
「……か、影浦君は?」
そしていよいよ収拾がつかなくなったところで、影浦は意見を求められた。
二年前のあの光景をぼんやりと思い出しながら、「捕食者」の印象を口にしようと言葉を探す。
「俺は……」
今朝、夢にも見たあの光景。
なるべく彼女のことは思い出さないようにして、こちらを見つめる男の姿だけを思い浮かべる。
黒革の手袋に握られた銀のナイフ、黒いパンツ。
白い上着に、白い髪と……泣きボクロ。
――しっかりと、見ていて
彼はまっすぐこちらを見て、そう言っていた。
彼は、不器用に笑っていた。
「……頭のおかしい奴だと思った」
「いえそれはわかってるんですよ、そうじゃなくてですね……」
綾子がすかさずもっと詳細に、と言葉を求めて来たが影浦にはそれ以上の言葉が見つからなかった。
あいつは笑っていた。
笑ってこちらを見て、まるでこちらに聞かせるように何かを喋りながら彼女を殺していった……。
何故笑っていたのかはわからない。
ただ、弱々しい笑顔だったことを思い出すと無性に腹が立つ。
(笑えるかよ……迷うくらいなら、笑うな)
とどのつまり、やはり思い出したくないというのが彼の答えなのだ。
「影浦君は本当に嫌いですよね~彼のこと」
「殺人鬼を好きな奴なんて、……」
「いますよ~、ここに二名程」
「だから続けなかったんだ」
しかし妙なことになってきた。
皆同じ人物を探して集まっているはずなのに、全員の記憶というか印象がまるで違うのだ。
五人の動機がバラバラなのに、人物像までバラバラとなると……これから探していくのが不安になってくる。
「彼は自分を探していたし、バラバラなのも無理はない」
言い合いを繰り広げているといつの間にかユラが戻って来ていて、不死原へコーヒーを差し出しながらそう言った。
すると一番やかましかった不死原はコーヒーを飲み始め、途端に静かになる。
(小さい子供かよ……)
影浦はぐっと突っ込むのを堪え、ユラの言葉を聞いた。
「私が見た彼も、警察が考えていた彼の人物像も、彼の友人も……皆彼に対する印象はいつもバラバラなのよ」
その不思議な言葉に綾子は更に聞き返す。
「自分を探してる、っていうのはどういうことなんです?」
「自分がわからない、そう言っていたわ」
記憶喪失か何かか? と尋ねると、彼女は首を横に振った。
「自分の名前も親も、どういう子供時代を過ごしたかもちゃんと覚えていたし、勉強も難なくこなしていた。私とは大学で知り合ったから」
「じゃあ、一体何がわからないんですか?」
「感情」
自分の感情も、他人の感情もわからない。
それがどうしてかもわからない。
わかりたいのに、わからない……どうやっても。
ねぇ、どうして君はそんな顔をするの?
「『何か辛いことでもあった?』……そう言っていた」
恐らくその時ユラは「捕食者」を哀れに思い、同情した。
それが顔に出ていたのだろう。
しかしそうなんだとして、それでも影浦達の矛盾は消えない。
(ならどうして笑ったり、泣きそうになったり出来るんだ……?)
月城、百合、影浦の証言と合わない。
だが綾子が言っていた不思議な人という印象とは合う。
人を殺した直後に綾子の長話を聞き、そのまま「そっか」と何事もなかったように立ち去った。
それは彼が何も感じていなかったからだ。
全く共感は出来ないが、そう考えれば辻褄は合う。
「ただ、人一倍他人への興味は強かった。私や友人の考えを読み取ろうと積極的だったし、客商売も一生懸命やっていたわ」
「……ということは、小鳥遊さんはそんなにあの方のことが好きだったのですね」
百合の突然の言葉に場が白ける。
あの無表情だったユラも、目を丸くした。
「だから、あの方は婚約を申し込んだのではありませんか?」
「…………ま、まぁそれはいいとして」
咳ばらいをするユラを見て、ようやく彼女に人間味らしさを感じられたなと思わず皆が笑いそうになる。
「とにかく彼は見る人によって別人になる。人伝いに探すのはあまりオススメしない」
「ユラさんなら一目でわかるんじゃないですか?」
「私はもう探すのをやめた。帰ってくるのを待ってるだけだよ」
綾子の問いに冷めた答えが返ってくる。
姿を消してから二年経った今。
二年も探した結果、もう探すのはやめたということなのかもしれない。
そこまで語らなかったが、あながち間違ってないだろうと影浦は思った。
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