6.名無しの届け物


「月城さん、今日はお付き合い頂いてありがとうございました」

「……あ、あの」

「はい?」

「こんなので、よかったんですか?」



 初夏の夕方は明るく、空はまだ赤くなっていない。

 だが女の子が夜遅くまで外を出歩くのはいけないということで、月城は百合に家まで送られていた。

 影浦が去ったあの後、月城は百合にまんまと捕まった。

 しかし一体どんな話に付き合わされるのだろうとビクビクしていたものの、百合に連れ回されたのは今話題のパンケーキ屋だったり、彼女の行きつけのお高い紅茶専門店だったり……。


 殺人事件や「捕食者」、死体の話はほぼ話題に上がらなかった。



「あたしを捕まえたのって、てっきり『捕食者』の話をする為かと……」

「あら、そう言われてしまうと……もっとお話ししたかったですね」



 フフ……と百合は妖艶に笑う。

 その不敵な笑みに月城はゾッとしたが、その反応を見て百合は手を横に振った。



「大丈夫ですよ。今日知り合ったばかりの月城さんにそこまでわがままは言えませんから。それに……」

「?」

「私、こうして誰かと遊びに行くことが滅多にありませんでしたから……付き合って下さってありがとうございます」

「滅多にないって……やっぱり、その、お嬢様だから……ですか?」



 百合に連れられるがままあちこちの店を回ったが、外に出る度彼女の監視と思える黒塗りの長い車が視界の端に留まった。

 月城の家の前に来た今でも、向こうにその車が留まっている。



「家がということもありますが、どちらかと言うとあの事件があったから。の方が正しいのでしょうね」

「……二年前の」

「えぇ。あの事件以来、お父様もお母様も今まで以上に過保護になってしまって……家を引っ越し、受験していた学校まで変えざるを得ない状況になってしまいました」



 二年前というと、百合は中学三年生だ。



「外出は極力控え、お友達との交流も一切許されず、家と学校の行き来には必ず車での送迎も義務付けられてしまって……窮屈でしょうがなかったんです」

「……でも、それは」

「えぇ、当然のことです。親は子を心配するものですが、その子供が殺人事件に巻き込まれたのですから……お兄様の死体を見られたあの時の二人は忘れもしません」



 百合は穏やかな口調でそう言った。



「しかし、今日綾子さんにお誘い頂き月城さん達ともお会いすることが出来て……それはもう嬉しくて仕方がありませんでした! やっとについて堂々と口にすることが出来る、と……!」

(……百合先輩の場合、多分誰にも喋らない方がいいと思うけど)



 またあのテンションになりかけている百合を白い目で見ながら、月城は聞こえない程度にぼやく。



「それに『同じ境遇の方とあの事件についてお話をして、少しでも忘れたい』と言えば、お父様も外出を許してくれましたから」

「……え、そんなこと言って今日パンケーキ食べに行ったんですか!?」

「ずっと食べてみたかったんです」

「先輩なら家でも食べれそうなのに……」

「家で食べるのは味気がありません。やはりああして列に並んで、誰かと一緒でないと」



 漫画に出てくるようなお嬢様だなと呆気にとられるが、お嬢様にはお嬢様なりの不満があるのだろう。

 同感はしにくいけど、と月城は思ったが。



「ま、まぁ先輩が楽しかったんならいいんですけど……」

「えぇ、楽しかったです。月城さんも気分転換になりましたか?」

「え?」

「私や綾子さん、不死原さんとは違って……月城さんと影浦さんはあまりいい顔色をされていませんでしたから。あの事件への執着の形は、人それぞれですものね」

「……」



 彼女がそんなことまで考えていたとは思ってもみなかった。

 ポカンと口を開けていると、「気分転換になったようですね」と百合が笑う。



「また今度、お付き合い頂けたら嬉しいです」

「とっ、とんでもないです! っていうか今日だって全部百合先輩のおごりだったし……」

「それは私の方が先輩ですもの。……



 楽し気に笑っていた彼女の笑顔が、再び怪しくなってきた。

 それと同時にタイムリミットが来たのか、車の運転手がいよいよ姿を現しこちらをじっと見つめている。

 百合自身もそれを理解しているように踵を返したが、去り際に月城に囁いた。



「本当は少し、期待していたんです。月城さんのその〝死を引き寄せる体質〟というのに」

「えっ……」

「またお話ししましょう」



 最後はニッコリと笑って、百合は行ってしまった。







 月城の住むアパートのすぐ裏にある高台で、カラスが鳴き始める。

 そろそろ陽が沈み始めるのだろう。



(……『それに』って、……そういうこと?)



 外を歩き遊びまわる為、月城の気分転換をする為、〝体質〟の効果を見たい為……。

 きっとどれも彼女の本心に違いない。

 どれも嘘ではなく、どれも本当のことだ。

 月城はそう確信していた。



「いい人、なんだろうけど……よくわかんないや」



 どっと疲れを感じて、重い足を引きずって階段を上った。

 まだアパートには誰も帰って来ていない時間だが、先程叔父に連絡したら早めに帰ると言っていた。

 今日あったことを、自分と同じ被害者達と会ったことを言うかどうかは……まだ決めていない。



(言った方がいいんだろうけど、別に言ったところでどうなることでもないだろうし……それに叔父さんの方がもしかしたら知って……)

「?」



 階段を上がると、自宅ドアの前に箱が置いてあるのを見つけた。

 さほど大きくもない段ボール。郵便や宅配の伝票は何も貼っていないし、宛名も何も書いていない。



(……誰かの忘れ物?)



 このアパートの下の階には小さい子供も住んでいる。

 二つ隣の大学生は先日越して来たばかりだ。

 朝家を出た時にはなかったはずの段ボール箱。



(中を見ないことには……でも、勝手に見るのはちょっとなぁ)



 と思っていたがよく見ると段ボールの上側にはテープが貼られていなかった。

 指先を引っ掛けて恐る恐る中を見てみると、箱の中にまた箱が。

 今度は小ぶりなクーラーボックスだった。



「……?」



 何故か、ざわりと胸騒ぎがする。

 クーラーボックスは新品だし、段ボール箱も新品だ。

 汚れも凹みも何もない。ただここに誰かが置いただけかもしれない。

 そう考えたが、胸騒ぎは止まらない。



「……お、大家さんがケーキでも置いてったとかじゃ」



 そう声に出しながら顔を上げたが、自分以外に人はいない。

 アパート全体もいやに静かだ。



「…………」



 手を伸ばし、クーラーボックスのストッパーを下ろす。

 バチンと大きな音が鳴り思わずビクついてしまった。



(中身は何もない、空っぽ……誰かが置いてっただけ……)



 そう自分に言い聞かせながらやっと蓋に手をかけ、勢いよく開く。



「っ……!」



 鞄が肩から落ちるのと尻もちをつくのは同時だった。

 高台の大きな木に留まる数羽のカラスが濁った声で次々に鳴き散らす。



「……こ、これっ」



 やはり胸騒ぎは正しかった。

 そして、今回もまたこうなってしまうのかと血の気が引く。

 今朝学校で発見された男性の、が見つかった。



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