4.二年前の事件
二年前に世間を騒がせた連続殺人犯を、マスコミは「
由来はその特徴的な犯行手口からである。
彼は標的を決めると被害者を捕え、まず初めに鋭利な刃物で首を切り裂く。
そして両手足を杭で打ち付け固定すると、被害者の息がある内に胸部に刃を入れる。
まるで開胸手術でもするかのように胸だけを切り開き、肋骨や臓器が外気に晒されるよう皮を開く。
それから心臓が中心に来るような角度で、銀食器のナイフとフォークを両脇に添えるのだ。
被害者がその時点で息があるかないかは個人差があったが、こと切れていた方がマシだったに違いない。
それを終えると「捕食者」は立ち去り、被害者は皆大抵失血死した。
動機は不明。標的も無差別。
強いてあげるなら、十代から二十代の被害者が多かったというところか。
約一年という短い活動期間内に出た被害者は、わかっているだけでも十数人。
だが「捕食者」の犯行だと思われる事件は突然ぱたりと止み、彼は姿を消してしまった。
それから二年。
警察の捜査はまだ続いているのか定かではないが、世間からはもうすっかり忘れ去られようとしている。
深い傷をつけられた者以外は……。
あれから二年経った今、「捕食者」の話はネットの隅でしか見かけることはなくなった。ワイドショーもまるであの事件がなかったかのように何の報道もしない。
だから、まさか今になって他人の口からその名を聞くとは思っていなかった。
(探しましょうたって、警察ですら見つけられない奴を俺等が見つけられるとでも思ってるのか? あいつは……)
警察の鑑識画像データを堂々と盗むような奴だから望みはあるかもしれないが……どこまで信用していいかはわからない。
それに綾子以外にもあの二人、百合と不死原もだ。
殺人鬼に殺されたい、殺人鬼を殺したい……?
前者はあまりにもバカげた願いだし、後者はほぼ不可能ではないかと思える。
まぁそもそも「殺人鬼を探す」ということ自体、無謀にも程があるのだが……。
「ねぇ」
「……」
綾子達と解散して昇降口に向かう途中、声をかけられた。
突然声をかけられたものの、影浦としては声をかけられるには待ちくたびれた人物だったが。
「影浦……君、だよね?」
「影浦相一」
「わかった、影浦君。あのさ」
――あたしのこと知ってるの?
予想通りの言葉で月城は聞いて来た。
いつ聞かれるか……今日か明日かとずっと考えていたが、どうやらわからないことはすぐに解決したいタイプらしい。
だから影浦も準備していた言葉で返事をする。
「悪かった、じろじろ見て」
「むしろ見ようとしなかったでしょ? どうして?」
(……鋭いな)
そうだ。
彼女のことは意識的に見ないようにしていた。
その理由は単純だが、誰かに言いたいものではない。
二人しかいない寂しい昇降口は、やけに声を反響させる。
「影浦君って隣のクラスだし、中学も違うはずだから面識はないはずだけど……」
「俺のことは知ってるのか」
「……『捕食者』の被害者だから」
なるほど。だからクラスも知っているのか。
彼女が隣のクラスだということを影浦は知らなかったし、合同授業も部活も委員会もどこにも接点がない。
被害者同士の共通点としては、確かに自分はわかりやすいかもしれないなと頭をかいた。
名前こそ伏せていたものの、彼は二年前の事件で一部のメディアに露呈してしまっている。
「安心しろよ、俺は月城のことは何も知らない。それこそクラスが隣だったなんて気付きもしなかった」
「じゃあ……あ、あたしの顔に何かついてたり」
「それもないから安心しろ」
どうやら彼女は人から見られることに過剰な意識があるようだ。
まぁ殺人鬼と接触した後も苦労したようだからわからなくもないが。
「本当に何でもないんだ……悪かったよ」
やはり女子のことはじろじろと見るものではないなと痛感し、影浦は靴を履き替えようと歩き出す。
だが月城の手が伸びて、彼の手首を掴まえた。
「待って」
「……」
「悪ふざけにも見えなかったし、嫌がらせにも見えなかった。でも、何かあるからあたしを見ようとしなかったんでしょ? どうして?」
「それを知って、あんたはどうしたいんだ?」
そう尋ねると、月城は言葉を詰まらせた。
ただ気になる、理由を知りたい。
それだけなんだろう。
「どう……って、言われても……その」
「知らない方がいいと思うぞ」
「え?」
彼女の手を振り払い、向き直った。
月城のキョトンとした顔を見て、ますます重なる。
「目の前で殺された幼馴染とそっくりだ、なんて……知りたくないだろ?」
その言葉を聞いた月城は固まり、ゆっくりと視線を落とした。
影浦の両手の平には包帯が巻かれている。
「俺はあいつに、『見てろ』って言われた」
幼馴染をこれから殺すから見てなさい、と。
打ち込まれた杭の感触は、今でも生々しく手の平に残っている。
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